6.無刀の王の息子に何が分かる

 朝食を兼ねた昼食を食べ終え、碧霧は副隊長たちも召集して会議を開いた。

 会議と言っても、かしこまったものではない。みんな椅子にも座らず、立ったままテーブルを取り囲んでいた。


 鎮守府側からは佐一が出ている。

 府官長が「私も参加した方が……?」と情けない質問をしてきたので、夕飯の手配をしっかり頼むと言って追い返した。


 直轄地の拡大を図るような行為を府官長がしていると聞いた以上、佐一だけの方が沈海平の内情を聞きやすく都合がいい。


「さて反乱軍の拠点だが、分かっていないらしいな。佐一?」


 広いテーブルに広げられた沈海平の地図を睨み、与平が確認した。

 佐一が小さく頷いて奈原を指差す。


「もともと奈原に水天屋という水天狗たちが集まる大きな茶屋がありました。水天狗たちが何か鎮守府に物を言ってくる時は、必ず水天屋のあるじが代表となり養父ちちと交渉していました。それが、この春に主が亡くなりまして──。養父ちちが、他の村に奈原の決まり事を押し付けるようになったのもその頃からです。そして反乱軍の中心は、その水天屋に普段から集まっていた者たちです」


 与平が「ふむ」と口元にこぶしを当てる。

 同じように地図を見つめながら碧霧は佐一に尋ねた。


「……佐一、頭目の真比呂はその息子とか?」

「いえ、違います。水天屋には娘が一人いただけで、詳しいことは分かりませんが……」

「そうか、」


「そんなことどうでもいいですよ。根城を見つけ出して、紫月さまを一刻も早く救出しないと」


 右近が少し苛立った声で口を挟んだ。水天狗の内情なんて知ったことかという口調だ。


「その紫月の居場所なんだけど、」


 碧霧が地図上に指を滑らせる。北東から南西にかけて横断している青色の筋は染井川だ。彼は、その青い筋をなぞり途中でぴたりと指を止めた。


「ここ。岩山がっさん霞郷かすみのごう、ここにいる」


 はっきりと言いきる碧霧に、その場にいた全員が驚いた表情で目を見張る。


「碧霧さま、何か確信が?」

「ん? 別に、大したことじゃないんだけど」


 左近の問いに碧霧は小さく肩をすくめた。


「紫月のペンダントにちょっと術を仕込んでおいた。さっき、自分の位置と紫月の位置を確認して、その方向と距離を地図に落とし込んだら、まあだいたいこの辺りかなって」

「ペンダント──。ああ、あれですか」


 タネを明かすと、左近は拍子抜けした顔をした。隣の右近は呆れ顔、いや、ドン引き顔だ。


「またそういう悪趣味なことを──。それ、ストーカーって言うんですよ」

「紫月にはちゃんと言っているよ」

「で、盗聴機能は? 今はあった方が助かりますけど」

「残念だけどない」


 その機能を搭載しようかどうしようか悩んだことは、あえて言わない。


 右近が「だったら話が早い」と息巻いた。


「今夜にでも奇襲をかけましょう」

「右近の言う通りだ。それこそ、今どんな扱いを受けているか」

「いや、」


 結論を急ごうとする左右の守役を碧霧が制する。彼はテーブルを囲む鬼たちを見回し、最後に佐一を見た。


「佐一、伯子が話し合いを望んでいると、霞郷かすみのごうに伝えに行ってくれないか」

「え……?」


 佐一が戸惑う表情を見せた。いや、他の隊士たちも碧霧の真意を図りかねて、互いに目配せをしている。

 それはそうだ。今朝会ったばかりの若い鬼が、伯子の使者として反乱軍側に赴くなんてありえない。

 碧霧は佐一にはっきりとした口調で言った。


「紫月のこともあるし、場所が分かった今なら奇襲をかけたいところだけど、俺はここに話し合いに来たんだ。それを伝えに行ってほしい」

「なぜ、俺ですか?」

「……水天狗たちと顔見知りな気がしたから」


 佐一の顔がすっと強ばる。

 碧霧は穏やかに笑った。


古閑森こがのもりでの遭遇も、今朝の急襲も、偶然にしては出来すぎている。きっと鎮守府に内通者がいると思ったんだ。今朝おまえと話をして、内通者はおまえかなって、」


 佐一の話し方は、報告というよりは陳情に近い印象を受けた。それこそ、どちらの味方なのかと思えるほどに。

 仮にも鎮守府の息子であれば、こちらの動きも、鎮守府へ通じる地下道の入り口の場所も分かっていて当然だ。


 佐一が動揺した様子で視線をさ迷わせ、ぐっと両手を握りしめる。

 この一つ鬼の青年は、内通者になるには真っ直ぐ過ぎる。


 しんっと静まり返った部屋に碧霧の言葉が続いた。


「今朝の急襲は──、俺たちの入府を阻むと言うより、最初から紫月をさらうことが目的だった。そうだな?」


 碧霧の問いかけに佐一はすぐには答えない。しかしややして、覚悟を決めたように彼は顔を上げ、真っ直ぐ碧霧を見返した。


「そうです」

「なぜ?」

「交渉を少しでも有利に進めるために」

「……悪手だな。印象が悪くなるだけだ」

「それは──、信頼できる相手にだけ言えることだ。反乱軍の鎮圧に姫君を同行するような旅行気分で来ている輩にまともな話し合いなんて期待できない。彼らはの息子に何が分かるものかと言っている」


 佐一がはっきりとした口調で躊躇ためらいなく碧霧の正統性のない立場を揶揄した。


「碧霧さまに対しの息子とは、なんと無礼な──!!」

「いい。やめろ、左近」


 食ってかかりそうになる左近を片手で諌めつつ、碧霧はどかりとその場の椅子に腰を下ろし、背もたれにもたれかかった。


 こんなに潔い裏切り者も珍しい。忖度なしな物言いは、碧霧の最も好むところである。

 自然と口元がほころぶ。わりと出会い運はいい方だと思っている。

 そして、それはきっとこれからも。


 碧霧は鷹揚とした眼差しで佐一を見上げた。


「そこまで信用がないのなら、なおさら俺たちは水天狗に誠意を見せないといけない。そうなるな? 佐一」

「はい、そうなりますね。分かった上で、俺を遣わしますか?」


 覚悟ができたら腹が据わったのか、佐一が平然とした様子で答える。


 碧霧は口の端に満足げな笑みを浮かべた。

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