第17話 原田雅晴・一日目その二

「どうぞ、あちらへ。落合、出来てるか」

「はい」

 落合は頷くと、ノートパソコンを持って立ち上がった。そして先に同じフロアにある会議室へと向かう。

「それで、私の意見が聞きたいなんて、そんな奇妙な事件があったんですか。ここに来る前にネットを見ていましたけど、奇妙な事件なんて起こっていなかったように思っていましたが」

 土屋は原口と並んで歩きながら、そう訊ねる。

「ああ。まだマスコミには奇妙な点があったとは伝えていないんですよ。というより、我々も解剖が行われる前までは、本当に事故か事件か解っていませんでしたから」

 川でちらっと見た大きな切り傷からして、他殺の可能性が高いだろうとは思っていたが、その程度だ。傷口は綺麗に縫合されていて、違和感はあるものの手術の結果だとは否定しきれなかった。どうにも手術痕にしては奇妙だな。そのくらいの感想だった。だから、まさか内臓が入れ替わっているだなんて、あの場では想像さえしていなかったことだ。

 会議室に入り、落合がすでにパソコンを開いて用意していた写真を見ながら、原口は内臓が入れ替わっていたという事実を土屋に教える。

「それは大変ですね」

 土屋はなるほどと大きく頷き

「入れ替えられた内臓は誰のものか、解っているんですか」

 と訊ねてくる。

「いえ、今のところはまだ解っていません。監察医が内臓にあった縫合痕を見つけて気づくまで、誰もそんなことがされているなんて思っていませんでしたからね。もちろん、同じように内臓が入れ替わっている、もしくはない遺体の報告も今のところありません」

 原口は今、G県以外にもそういう死体があったかの確認をしていると付け加えた。とはいえ、そんな奇妙な死体があったのならば、今頃大騒ぎになっているはずだ。そういう話を今まで耳にしていないことから、まだ見つかっていない可能性が高い。

「なるほど。わざわざ別の人の内臓を詰めて、ちゃんと閉じてあったわけですね」

「はい。それだけでなく、内臓を入れ替えられてから一日は生きていたようなんです」

「あら」

 それはますます困りますねと、土屋の顔が初めて険しくなった。やはり土屋にしても、内臓を入れ替えて生きていたというのは不思議らしい。

「普通は無理ですか」

「どう、でしょう。内臓を丸ごと移植したという例がないわけではありません。もちろん海外での話ですが、ちゃんと成功しています。しかし、そう簡単にできるものではない、と断言できます。それに成人男性となると、成功例があるかどうか。私が知っているものは、子どもの移植でしたので」

 大人で全摘して入れ替えるとなると、かなり難しいことですと、土屋の顔が険しくなる。

「そうか。大人の内臓となると、かなり大きいですもんね。心臓って握り拳くらいの大きさがあるんでしたっけ」

 原口はサイズも問題なのかと、自分の手で握り拳を作ってみて悩んだ。これだけでも移動させるのは大変そうだ。

「それに高度な医療機器が必要です。さらにいつ、拒絶反応が起こるか分かりません。まあ、今回の場合は殺すつもりだったのかもしれませんから、拒絶反応が出たらそれまでと考えていたのかもしれませんが」

「まあ、そうですね。川に遺棄している時点で、助ける気はなかったのでしょう」

 医者が患者を川に捨てるはずがない。そう考えると、これは内臓を入れ替えることで石田を殺そうとしたと考えるのが素直だろう。尤も、なぜあえてそんな面倒なことをしたのかという謎は残ってしまう。

「それに内臓が誰のものか、ですよね。これ、一繋ぎになった状態でしたか」

 こうでろんっと咽頭から大腸まで繋がっていたのかと、土屋が訊ねる。

「いえ、内臓ごとにばらばらになっているようです。各箇所に縫合があったのを確認しています」

「となると、ますます難しいですね。そもそも、例えばですけど心臓移植をしていたとして、その間に他の内臓が使える状態から悪化してしまいます」

 土屋はさらに問題が複雑になっていると、深刻な顔をする。どうやら医学の知識がある者からすれば、この石田に施された手術はあり得ないものということらしい。

「つまり、犯人は普通ではない手術をやってのけたと」

「ええ。複数の人が関わっているのでしょうか。しかし、これほどの内臓移植なんて、国内では例がなく、また不可能だと言わざるを得ないでしょう」

 どんな凄い医者でも、これを行うのは容易ではない。土屋の断言に、原口は思わず天井を仰ぎ見ていた。

「それはつまり、医者に限定して捜査するのは賢明ではないということですか」

「少なくとも、病院が関わっているということはないでしょう。それにこれは殺人事件なのでしょう。まず、普通の医者や研究者の所業ではありませんよ」

 土屋は人体実験なんて以ての外ですものと、そう付け加えたのだった。

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