第22話 破壊

女が振り上げた腕に暴威が集う。

空間をきしませるような高密度の破壊力が禍々しい竜爪となって振り下ろされる。

世界もろともに裁断する絶大の鋭利はしかし絶対正義の右腕によって甲高い音とともに受け止められた。


吹きすさぶ衝撃波によって教会全体が悲鳴を上げる中、視線が弾ける至近距離で女と絶対正義は睨みあう。


「大司教というのはずいぶんな洒落者なのだなッ」


衝突により弾け飛んだ法衣の袖―――露になった鉄骨のような剛腕に刻まれる光脈の文字列に女は吠えた。

それがなにかを知るがゆえに、その視線にはこれ以上ないほどの警戒が、その頬にはひしゃげた笑みが浮かぶ。


即座に叩き込む拳もまた受け止められ、がっぷり四つで組み合った瞬間同時に額を叩き込んだ。

お互いに頭蓋骨を粉砕して弾き飛ばされ、急速に再生しながら牙を剥きだす。


「真言といったか。聖教会秘蔵の体表回路・・・・―――なるほど『純種吸血鬼ピュアブラッド』といえど即席魔術師になれるというわけだ」


全身が魔術により構成されているといっても過言ではない『純種吸血鬼ピュアブラッド』は本来魔術を使えない。魔術を使うために必須である生体回路がすでに彼らを造形するのに使われているのだからそれは当たり前のことだ。


しかし体表に刻む魔術回路とでも呼べる真言ソレはその不可能を可能にする。


女も実物を見たことはないその教会秘蔵の謎技術―――オノが見たら大喜びをしそうだとそんなことを思いながら殴り掛かる彼女を強引に弾き飛ばし、絶対正義は鼻を鳴らす。


「ふんッ。英傑にしては博識な奴よ。だが真言は魔術などではない」


ドゥンッ!!!!

絶対正義が踏み鳴らした足場がはじけ飛び、まき散らされる木片を女は腕の一振りで消し飛ばす。


「真言とは魂に刻まれし戒律よ。すなわちこれぞ真に神を信ずる者の証にして、この強靭なる力は敬虔なる信徒に与えられた神からのご加護であるゥッ!」


バォウッ!!!と大きく床板を地面もろともえぐり抜いて射出される絶対正義―――そうその勢いは跳躍や走行ではなく射出と呼ぶにふさわしく、瞬きさえ許さずその巨体が女へと迫る。


「ハッ! 要は『硬質化』『身体強化』といったところだろうがッ!」

「神を愚弄するか貴様ァッ!」


拳が、蹴りが、頭突きが、衝突のたびに衝撃波と肉と骨を爆発させる。

女が竜を纏って放つ拳と絶対正義の聖なる拳はその打撃力において絶対正義に分があったが、女はそれを手数と鋭さで補いどうにか互角というところまでもっていっていた。

神への祈りを届けるべき教会はとうに荒れ果て、戦闘が激化するたびに倒壊までのカウントダウンが加速していく。


そんな激烈な戦場のさなかに身を置けば、必然のように闘争の熱が女を燃やした。


竜の呪いは闘争の本能を呼び覚まし、衝突のたびに女の身から竜が溢れていく。

闘争を喰らい強大になっていく竜は敵たる絶対正義どころか宿主である女さえもを喰らわんとその身を躍らせ―――


「「邪魔をするなッ!」」


女と絶対正義の拳が竜を叩き潰して衝突する。

はじけ飛んだ竜はあっさりと女に吸収され、より鋭く速く暴力的に振るわれる斬撃が絶対正義を上下に分断する。


「ふゥんッッッ!!!」


分断をものともせず振るわれる蹴り足を女は殴り飛ばし、即座に飛来する流星のごとき拳を掴んだまま体を回転させる勢いで頭から叩き落せば、叩きつけられた上半身が床に陥没する。

その瞬間女を中心に荒れ狂う熱狂の竜巻により絶対正義は教会の床もろともに吹き飛ばされ、天井をぶち抜き夜に消える。


「お前は空で踊れるかッ!」


女の背に翼が爆ぜる。

吹き出す竜威が形作った荒々しいそれをひとつ弾けば、女の身は弾丸のように空へと放たれた。


空中で上下合わさり再生していた絶対正義の胴体に強烈な頭突きで突っ込み、全身に走る灼熱痛と自分の首からのとてつもない破砕音を聞きながらも女は身をひるがえすように彼を蹴り飛ばす。


―――その瞬間、絶対正義を黒が射抜いた。


「ぬぅッ!?」


それは幾条もの長く細い槍のようなもの。

夜空を駆け抜け飛翔したそれが絶対正義を滅多刺しにし、次の瞬間爆裂のような閃光が絶対正義に打ち上がる・・・・・


「ハハハッ! さすがのウデだなオノよ!」


つんざく雷鳴の中で女は歓声を上げる。

いつかは誰彼構わず感電させたオノの雷撃。

先んじた槍を目印としてでも使ったのか、かなり近くにいた女はわずかな痺れさえ受けていない。


雷撃の根本に視線を向けてみれば、村の半ば辺りで空を見上げるオノが遠目に見える。

どうやら女たちを追ってきていたらしいが、戦場が空に変わったことで移動をやめて観察に専念しているのだろう。


さらにちらりと視線を転じてみると、そんなオノからも離れたところで村人たちが各々抱き合ったり座り込んだりと恐れている様子なのが目に入った。

なにせ凄絶な破壊と衝撃なので随分と怖がらせてしまっているらしい。


―――と。


そこで女は、ラクラの姿がないことに気が付く。

見るとその両親は男衆に止められながらも必死に飛び出そうとしている。


「あれは……」

「ぶぅるぁあああああああッッッッ!!!!」

「チィッ!」


いったいなにごとかと視線を巡らそうとした瞬間、絶叫とともに飛び込んでくる絶対正義を回避するため再び翼を弾く。

血しぶきとともに真下を通過していった絶対正義は空中でぐるりと体勢を変え、切り落とされた足首から噴き出す血液によって女へと飛来する。


「吸血鬼というやつはなんでもありなのかッ!」


自分もあまり人のことは言えない竜に呪われた女の絶叫。

第二の心臓と呼ばれるほどポンプ機能の強い脚の筋肉と、吸血鬼ゆえの血液操作能力によって成される出血飛行―――しかもまき散らされた血液は巻き戻るように足から再吸収されるというのだからなんともよくできたものだ。


「フンッ!」


絶対正義がぎゅるると回転し、硬質化した血液が弾丸のようにまき散らされる。

即座に竜爪で薙ぎ払うもその隙に接近した絶対正義の拳が振るわれ、女は受け止めた腕ごとへし折られ吹き飛ばされていった。


追撃に放たれる黒の槍をまき散らした血液で逸らしながら追撃してくる絶対正義に、女は負けじと竜鱗を巻きちらすことで目くらましをし、体勢を整えるなり翼を弾いて絶対正義を強襲、その顔面を破砕しながら殴り抜く。


急速に落下していく絶対正義を追い越して教会に着地した女は、できたクレーターの中で両腕を広げ天を向く。


「いつぞやのお返しだ」


女の両腕が竜威を纏い赤黒く染まる。

ごうごうと唸るそれはさながら竜が咆哮を上げるがごとく。


一方の絶対正義もまた空中で両腕を広げ大きく後ろに振りかぶる。

両腕が肥大し、骨の軋みと熱産生による陽炎がその暴威をありありと示す。


互いの有する暴力を集結させた一撃が、屋根を挟んで向かい合う。


不死者たる両名でさえまともに受ければ無事では済まない破壊の結実。

果たして目前まで迫った敵へと溜め込まれた力は解き放たれ―――


「―――ッ!」


そして次の瞬間、竜鱗の球体がふたりを包み込む。


卵のように囲うその中で爆ぜた衝撃が、ついに教会を倒壊させた。

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