20 その4
探索者ギルドで金属加工店の場所を訊き、書いて貰った地図を見ながら店へと辿り着くザック。加工を頼もうとしていたが銀メッキの下の疑似ミスリルに気付き、慌てて自分で彫ってみるとデザイン画と金属用彫刻刀を買うことにした。その後、宿に戻るが芸術に疎いザックはどれがいいかわからず、再び外に出て腕輪をしている人を見て流行りのデザインがどんな物か見定めようとしたが、平民区画にはそもそも腕輪をしている人が居なかった!…仕方なくアクセサリー店に行って見てみようとしたが、平民区画の店には高額商品が存在せず腕輪は置かれてなかった。せめて貴族区画の人が腕輪をしてないかと思って門まで行って見たが徒歩で歩いている人は殆ど居らず、諦めて戻ろうとすると恰幅のいい肥満体な男にぶつかってしまう。その場では特に何もなかったが、ギルドに戻るとハンスに散々脅されてしまった。「貴族区画には用も無く近寄るな」と…
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- 翌朝 -
「ふわぁ~~~あふ」
ぐうぅぎゅるる…
起きたザックのあくびの次に、腹の虫が鳴った。昨晩は飯を食べないで寝てしまった為だ。
「しまった…ハンスがあんなこといって脅すから…」
しかも喉もカラカラに乾いている。
「…水玉」
「ふぅ…さて、着替え…なくていいか」
着替えしないでそのままの恰好で寝ていたっていう…。仕方なく、
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「ご馳走様~」
宿の朝食を食べ終え、自室に戻るザック。流石に昨日の今日でハーブティーのレシピが完成するとは思わなかったので触れずにスルーしていた。日々、スルースキルの熟練度が上がっていることだろう!
「さて…それでもサクヤさんにはどんなデザインが好みか訊かないとな…」
廊下まで出てからデザイン画の本をストレージから取り出すザック。
「厨房かな?」
本を手に歩き出し、いつも作業をしてるであろう厨房へと歩き出すと…丁度そこからサクヤが出て来た。
「お…サクヤ、さん」
「あらザックくん、何かな?」
声を掛けるとこちらに気付いて返事を返すサクヤ。ザックは本を取り出して、
「えっと…プレゼントしたいものがあるんだけど…それに模様を付けたいと思うんだ。んで、好きな模様のデザインがあれば訊こうかと思って…」
と、本を取り出してデザイン画が載っている最初のページを捲って見せる。
「え…と、プレゼントって…私、何かしたっけ?」
まるで見当が付かないって顔で見詰められる。ザックは苦笑いを浮かべながら、
「えーと、まぁ…日頃の感謝の気持ちとか?」
「…何で疑問形?」
と曖昧な理由を挙げ、サクヤに呆れるのだが…
「まぁいいわ。ちょっと貸してね?」
と本を受け取り、暫くぺらぺらとページを捲っているサクヤ。
「う~ん…私も芸術とか疎いんだけど…これなんかいいかな?…何に彫るのかは知らないけどこれなら簡単でしょ?」
と、花を象った模様が載っているページを指し示す。
「あ、うん。これなら簡単、かな?」
と、本を受け取ってページの端を折ってしおり代わりにする。
「じゃ、じゃあ早速彫ってくるね」
「うん…じゃあ行くね?」
と、手をひらひらしながら去って行くサクヤ。ザックは本を開いて指定されたデザイン画を見る…
(こんなんでいいのかぁ…。でも、彫刻刀なんて使わなくても加工できるからなぁ…)
ものの数秒で終わっちゃうよなぁ…などと思いながら、部屋へと戻るザックであった。
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・
「よし、できたっと…」
ストレージに収めて
(これなら見たまんまで素人でも加工できるし)
加工中は画像とそっくりに彫っていく為にデザイン画の絵も長方形に伸ばしてあり、トレッシングペーパーでなぞるようにして凹凸を刻んでいった。デザイン画は手描きの草花だった為(写真のような技術は無い為に仕方が無いが)凹凸部分は勘で彫るしかなかったが…
「ん~…まぁ初めてだししょうがないか…」
ストレージからサクヤの腕輪を取り出して日にかざして見てみる。彫ると表現したが、
(裏側は装着してれば見えないし問題無しと…うんうん)
流石に全部銀メッキで覆われていると、装着者に仕込んだ魔法の影響が出ないので裏側だけは疑似ミスリル地が露出している。色はほぼ同じ銀色なのでパッと見にはわからない。が、見る者にはわかってしまう。
(あの時は危なかったよなぁ…すぐ取り返せて良かったよ…)
そして、すぐに届けたい気分になるがそれは握手…もとい、悪手だ。体感的には1時間と経過しておらず、ずぶの素人が加工し終える時間でないことは誰だってわかるだろう。ザックは取り敢えず明日の夜にでもお届けしようと考え、腕輪を再びストレージに仕舞い込むのだった。
- 色々飛び越して翌日 -
「さてっと。化粧箱はこんなもんでいいかな?」
例の砂を物質変換して表面上は模様の無い化粧箱を作成した。特に魔力は込めてないが、密度だけは高めたので頑丈さには自信がある。その分、重みがあるがなるべく薄くしたので少女が持ち運ぶには問題はない。
「少女つっても、サクヤさんの素ではぶん投げて壊すかも知れないけど、ね…」
苦笑いしつつ、メッセージカードを添えてサクヤの腕輪を仕舞い込む。使い方や機能の説明を入れないと困るかもと思っての物だ。口頭で説明するにしても、仕事中では時間が掛かることは忌避したいだろうし夜寝る前にでも実際に装着して貰えばいいだろうという思惑もある。
「よし…行くか!」
時間は早朝。ザックは鍛錬の時間でもあるが今日は…いや、昨日に引き続きサボってしまっているが、大事なプレゼントを渡す為と諦めており(昨日は単純に寝坊をしていた為に鍛錬をしてなかっただけ)裏庭へと急ぐ。一応、井戸をチェックしたら新しく水源としたウォーターの地下貯水池代わりの旧水源はすっかりと干上がっていた為に補充をすませておいた。ついでに裏庭の井戸に水を補充しておきましたと伝えておいたので、水を汲みに行っている…予定だ。
- 宿の裏庭 -
「お、居た居た。サクヤさん!」
ザックが裏庭へ出向くと、そこには丁度水瓶に水を汲み上げて注いでいる途中のサクヤが居た。彼女の力なら苦でもないこの作業は、専ら任されていたという訳だ。
(こんな力作業しか任されてないとすると、力を抑える腕輪だったら受け取って貰えない所だったなぁ…グッジョブ僕!!)
腕輪は有り余る筋力を抑えるのではなく、制御が向上する器用さを増強する機能としている。咄嗟の出来事で有り余るパワーが物や人に発揮せずに制御できるようにと祈りを込めてこさえた腕輪だ。きっと役に立つ筈…そう思って後ろ手にストレージから取り出して井戸で作業をするサクヤへと歩くザック。
「あら、ザックくん。お早うございます!」
こちらに気付いたサクヤが朝日に照らされて輝く笑顔で応える。その間も流れるように桶を井戸に落として水を汲み上げ、水瓶に流し込んでいる。
(…水の濁りは無いな。良かった…急いで補充したけど大丈夫そうだ)
ザックは流し込んだ水を見てそう思い、更に接近してサクヤとの距離を詰める。
「ど、どうしたの?ザックくん…何か用かしら?」
後ろ手に何かを隠しながら接近してくるザックに少しだけキョドるサクヤ。顔を見れば、その頬はほんのりと朱に染まっている。
「えっとね…僕からちょっと渡したい物があるんだけど、今、時間、いいかな?」
「渡したい物?…それは…」
ちらと背中に隠れている腕を見るサクヤ。
「背中に隠している物かしら?」
ザックがニコっと笑みを浮かべながら、
「正解…これを」
隠していた腕を前に持って行きながらいうザック。
「どうぞ?」
それは白く塗られているように見える飾り気の無い化粧箱だった。大きさは両手に乗るくらいの大きさで、中身は明らかにアクセサリーなどを収める為の物とわかる。ザックがキィ…と小さく音を上げながら化粧箱の蓋を開ける。勿論、サクヤから見て中身が見える方向でだ。
「…!?」
サクヤが息を飲んでその中身を凝視していた。水汲みの作業も手が止まってしまい、桶が井戸の中に落ちて「バシャァーンッ!」と激しく水音を立てている。
「…これって………」
辛うじて聴き取れる声量で問うサクヤ。ザックはニコっと笑顔でこう答えた。
「サクヤさんの為に創ったんだ。名を「サクヤの腕輪」…サクヤさんのスキルに対して有効な機能を盛り込んであるんだ!…良かったら使ってくれないかな?」
詳しい内容は添えているメモを読んでねといい渡し、ザックはサクヤに箱を渡して去って行く。サクヤの住んでいた地方は結婚の前には婚約指輪ではなく婚約腕輪を相手に渡す風習があり、そのせいで腕輪を見た瞬間に頭が真っ白になりかけていたのだが…
「…ふふっ、馬鹿ね…私も」
相手はそんな風習も無さそうな地方からの出身者で、しかも子供なのだ。そんなことは考えもしてなかったのだろう…そう考えて冷静になるサクヤ。
「でも…びっくりしたなぁ…」
(何でプレゼントが腕輪なんだろ?)
…そう思いながら中のメモを取りだして読みだす。
「ふんふん…なぁるほどね」
耐久性や無くすことを考えて指輪や小物ではなく腕輪にしたと書いてあり、確かに実用性一点張りのチョイスだなと気付く。婚約腕輪などの色事とは縁遠い選択の理由に、少しだけがっかりするサクヤだが、次に書かれていた説明文に徐々に驚愕の色を隠せないでいた…
(ちょちょ…ちょっとぉ~!…これ、私の為にと考えてつくったっていってたけど…何この私専用なピンポイントな能力は!?)
考えてみれば、大勢いるであろう「常時身体強化スキル」で悩まされている大勢の人たちの希望の光となるであろうこの腕輪。もし、量産ができれば…それは莫大な富をもたらす財産となる。だが、この腕輪には鑑定をかなり集中して行使しなければ判明しない隠された能力もあったのだ…それは、「固有名詞の人物にしか装着・機能しない」という能力。製作者であるザックにでさえ、装着しか機能しなかったのはそういうことだったのだ…
「まぁいいわ。早速使ってみようかしら?」
サクヤが腕輪を取り出し、日にかざして見る。
「うわぁ~…銀色ぴかぴかで綺麗…」
そしてどちらの腕に着けようか暫し悩んだ後、左腕にしようと右手で掴み直して左腕の手首に嵌めると、するすると左腕の上腕部分まで勝手に移動してしゅるしゅると腕の大きさに縮んで固定される。
「え…この腕輪って勝手に装着する上にリサイズ機能まであるんだ…」
思わず動いた腕輪に目を見張るサクヤ。そして体に異変が起こる。それは………
「え?…何か…普通に…体が…思い通りに………」
(動く!?)
今まで、有り余る力がある為にゆっくりでしか動かせなかった体。少しでも早く動かそうとすると、その力で地面には穴が開き、床なら踏み抜き、ドアノブは握り潰すしコップは破砕するし持っていたトレイの上の食事は投げてしまうしで…要は神経をすり減らしながら動かさないと、まともに生活もできなかったのだ…。しかも反動で怪我をすることも多々あった…だが、
「え…何これ…ちゃんと…自分の意志通りに動く!動かせる!?」
それでいて、物は壊せないで使えている…さっきから桶を汲み上げ、水を普通に水瓶に注いでから桶を井戸に落としても、普通の早さで作業が進んでいる。
「…汲み終わったわね」
水汲みだけならそれ程苦にならずにいつも作業を終えていた。次は水瓶を持ち上げて歩く…しかも、地面に穴を開けずに普通に歩き、ドアも細心の注意をせずに開け閉めする。単にこれだけの作業で今までどれだけ気を使っていたか…
「…」
水瓶を持ち上げる。全然力を込めてなくとも今まで通り持ち上がるけど、それ程注意は払ってない。
「…」
歩く。スタスタと単純に歩を進める。でも、地面には穴ぼこを空けるでもなく、普通に歩けている。
「…」
水瓶を置いてドアを開けて、片足でドアが閉まらないようにして宿の廊下へと水瓶を持ち上げて中に入れてからドアを閉める。筋力は元のままなので普通にこなせている。だけど小娘ができるような芸当ではなく、しかし現実に腰を入れずともひょいっと移し終えている。しかも。細心の注意を払わずともだ。
「…」
木の板で作られた廊下を歩く。背丈とほぼ同じ大きさの水瓶なので前方不注意となるんだけど、時々横から顔を出して前を確認する。静かな早朝なら足音で確認できるんだけど、今日は重心をずらすこんな行為でもついやってしまう…
「…凄い。こんなことでも思った通りにできちゃった」
普通なら絶対やらない細かい重心の移動だけど、この腕輪をしていると普通にこなせちゃう。きっと、今なら片手に1つづつ、2つの水瓶を抱えて歩けちゃうと思う程に…
「器用のステータスが上がると、こんなことでも…」
軽々とこなせちゃうのね、と頭の中で呟いた時。
「えっと…多分大丈夫だと思うけど、慣れない内はやらない方がいいと思うよ?」
と、彼の腕輪を贈ってくれた当人から注意が飛んで来て、思わず水瓶を振り回してしまう所だった!
「きゃ…きゃあ~~~!?」
「うわぁっ!?…ストップ、ストォ~ップ!!」
という静止の声を聞かなかったら、ね(苦笑)
「あ…あの、その、ごめんなさい…」
少しだけ水を顔に被ったザックくんに謝る私に、
「あぁ、いや、いいよ。その、いきなり声を掛けた僕も悪いんだし…」
と、力無く苦笑いをした少年の顔がほんの少し赤かったんだけど、私はもっと赤いんだろうなぁと思うと、頭を下げてから全力で逃亡するしかなかった訳で…
「ちょ、ちょっと!サクヤさん、廊下を走ると危ないですよ!!」
との声を背中に聞きながら、厨房に駆け込むのでしたっ!
・
・
「あ~…まぁ濡れた廊下はドライで乾かしとくか…」
ドライ!…と唱えて濡れている廊下を乾燥させる。完全に乾かすと色々支障が出るので表面だけ乾かしておく。下手に完全乾燥させると、耐久が落ちてそこだけ割れちゃうからね。
(…遠くから見てたけど、腕輪は問題なく動いてるようだね。後は暫く様子を見て、問題があるようなら修正しなくちゃならないけど…)
定期的に問題がないかサクヤさんに訊けばいいかな?…とザックは心の片隅に留めておこうと思う。後は忘れないように、部屋の壁にでもメモを貼っておけばいいか…と決めて、部屋に戻った時に専用の板…ホワイトボードのような物を創ってメモを書いておいたのだった。それは魔力を込めて指先でなぞると線や点を描け、逆に吸い取るようにしてなぞると消えてしまうという代物だった。故に長い時間が経過すると込められた魔力が拡散して消えてしまうが再利用は普通に可能な逸品だった。後にサクヤや宿の主人にその存在を嗅ぎ付けられ、商品化できないか?と迫られるがそれはまた別の話…
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備考:
探索者ギルド預け入れ金
金貨250枚、銅貨1617枚(変化なし)
ストレージ内のお金
金貨23枚、銀貨10枚、銅貨61枚(変化なし)
財布内のお金:
銀貨5枚、銅貨20枚(変化なし)
本日の買い物:
なし
ザックの探索者ランク:
ランクE(変化なし)
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