第25話 幕間:壊れかけのアースガルズ

 ――アースガルズ帝国・首都トリスディア。



 大国の中心にそびえる黄金宮殿――“グラズヘイム”。その玉座の間にて、同国の重鎮じゅうちんが一堂に会していた。

 しかし玉座の間に立ち込めるのは、重く刺々しい雰囲気。

 そんな剣呑けんのんな雰囲気の中、玉座に腰かける美男イケメンが静かに言葉を紡ぐ。


「これは一体どういう了見だ?」

「そ、それは!? 我が国の現状を提示しろとのことでしたので……」

「貴公には思考をするという能力がないのか? 私は現状を知らせろと言ったのではない。何故こうなったのか……そして、その対策を明示しろと命じたのだ!」

「は、はひっ!?」


 場を取り仕切っているのは、この宮殿の主にしてアースガルズ帝国の若き“新皇帝”――アレクサンドリアン・ラ・アースガルズ。その隣には、彼の側近にして同国の宰相さいしょうを務めるグラマラスな女性が一人。


 そして、新皇帝からの鋭い視線を向けられ、先ほど声を漏らした男を筆頭に周囲の面々はこれでもかと震え上がっていた。


「国の生産高は低下の一途を辿り、諸国貿易の鈍化も著しい。だが、比例するように国防を含めた軍事費は膨れ上がり続けている。明らかに異常な経済状況……一体どういうことだと聞いているのだ!」

「ひ、ひぃっ! で、ですが、世界各国でモンスターの出現が大幅に増加しています! 今はどこの国も経済麻痺が起こっております故、対処しようのない事態であり……」

「我が国も同様に経済の流れが滞ってしまう。更に並行して、モンスターの対処に火の車だと?」

「諸外国との国交や領土争いも含め……内にも外にも目を向けなければならないので、そういうことになってしまいます。特に国境付近・・・・の北辺境地・・・・・側から侵攻されることが爆発的に増えたせいで被害は甚大なものとなっており……」

「北の辺境……?」


 アレクサンドリアンの脳裏に銀の髪をした少年の姿が過るが、勘違いであると切り捨てられた。


「いや、今はいい。それよりもアイリスは何をやっている!? 外敵への対処は、彼女を前面に押し立てれば何とでもなるだろう!?」

「そ、それは……」

「そうだな? アウズン将軍、ユグドラシル将軍!?」


 重苦しいやり取りが繰り広げられている最中、アレクサンドリアンは肥え太った大男、経済を取り仕切る大臣――ブリミル・グリンブルから、軍部の責任者である将軍――フィン・アウズン、デロア・ユグドラシルへと叱責しっせきの刃を差し向けた。


「この膨れ上がった軍事費はなんだ!? 貴様らは何をやっていて、切り札である勇者をどのように運用している!? 今ここで言ってみろ!」


 責め立てられるような視線を受け、デロアがばつの悪そうな顔で言葉を詰まらせる一方、もう一人の将軍――フィンは、淡々と言葉を紡ぐ。


「――アールヴ嬢は良く動いてくれています。しかし、モンスターの襲来は彼女一人で対処できる範囲を超え始めている。如何いかに勇者とて、これ以上を求めるのは、人道的な立場から見ても厳しいかと。ましてや他国で神獣種の存在が確認されている以上……」

「我がアースガルズに襲来する可能性も多分にあると言いたいのだろう!? ならば、雑魚は貴様ら軍が対処すればいいはずだ! それならアイリスの摩耗まもうも最小限で済む!」

「陛下……お言葉ですが、その対外・・に向けての勇者切り札に、国内・・の護りを任せなければならない段階まで戦力は逼迫ひっぱくしています。彼女を温存したいのなら、国外へ派遣・・・・・した戦力・・・・を引き戻して頂きたい!」


 フィンの主張としては、どんな行動指針で動くにしろ、まずは国内の安定化を図った後にすべきというもの。

 既にアースガルズには、モンスターの対処と国外への侵略行為を同時進行するだけの体力はない。それにもかかわらず、国防も侵略行為も苛烈さを増しているとあって、軍事費が膨れ上がるのは自明の理というもの。

 その上、切り札である勇者アイリスを常にフル稼働させているのだから、ここから更に負荷がかかる出来事――具体的には、神獣種や他国が襲来でもすれば、大国アースガルズと言えど、滅亡の未来は目と鼻の先にあると言わざるを得ない。

 つまり、二兎にとを追う者は一兎いっとも得ず――と、言外に訴えているわけだ。


「内にこもっているだけでは何も変わらん! 他国を吸収すれば、悪化した状況も改善するはず! 何より戦力が増えれば、アイリスもより有用に運用できる!」


 対するアレクサンドリアンの主張は、その真逆。

 強硬外交で他国を吸収し、物流と経済を活性化。現状不足している要因を補填ほてんするというもの。

 そして、豊潤となった戦力で外的要因に対抗すれば、全てが最高の形で解決すると主張している。


「陛下! それは理想論です!」

「聞かん! 余は今の体制を維持しつつ、状況を改善せよと命じたのだ!」


 両者共にアースガルズという国を護る為の主張であることには変わりない。どちらにも正しさがある故に議論は平行線を辿ってしまう。

 アレクサンドリアンは、フィンを論破するのが不可能と感じたのか強引に会話を打ち切り、もう一人の将軍へと視線を移す。


「ユグドラシル将軍! 貴様はどう考える!?」

「俺ですかい? そりゃ……陛下のお考えに賛成するに決まってるじゃないですか。国にこもってビクビクしながら守りを固めるだけたぁ、大国アースガルズの名が廃るってもんですからね。そんなもんは、臆病者のすることですわ!」

「ほう、相当な頑固者だと思っていたが、中々話が分かるじゃないか。余は貴公を見誤っていたようだ」

「価値観は常に新しくしていかねぇと、時代の波に埋もれちまいますからねぇ」

「調子のいい男だな。しかし、余の理念を理解し得るのは貴公だけ……せっかくの機会だ。軍部の権利を一任するとしよう」

「な……ッ!? 陛下!?」

「デロア・ユグドラシル……貴公をアースガルズ軍最高責任者とし、特例として将軍を超える立場を与えよう。詳細は追って伝える」

「御意! お心遣い痛み入ります」


 デロアはアレクサンドリアンの前で膝を付き、騎士の礼をする。だが洗練された力強い所作しょさとは裏腹に、心中ではこれでもかとほくそ笑んでいる。


 デロアはこれまで二代将軍と呼ばれていながら、自分とは方針が違うフィンを疎ましく思っていた。その上、三ヵ月・・・と少し前ぐらいからアレクサンドリアンの自分への当たりが、何故か・・・強くなったことに焦っていた。それこそ前皇帝からの信頼が厚いフィンがより重用され、自分の立場がなくなってしまうと懸念するほど――。

 しかし、ここに来て新皇帝からの信用を勝ち取ったばかりか、当のフィンを蹴落として異例の大躍進を遂げた。正しく最上の結果と言えよう。


「フィン・アウズン、貴公は少し頭を冷やせ。」

「御意……っ」

「ブリミル・グリンブル、貴様もだ!」

「は、はいっ!」


 自分が評価され、さっきまで同格だったフィンたちが苦々しい表情を浮かべて首を垂れる。それを見たデロアの気分は、最高潮まで達していた。

 同様に太鼓持ちが出来たことで気を良くしたアレクサンドリアンは、幾許いくばくか顔つきを軟化させてデロアに質問を投げかける。


「とはいえ、具体的にどうするつもりだ? 軍事費の問題は何も解決していないのだぞ」

「大丈夫です。当てはありますぜ」

「ほう! それは興味深い! 今すぐ申してみよ」


 対する回答は、アレクサンドリアンが待ち望んだもの。

 得意げな表情を浮かべるデロアに対し、身を乗り出してまで回答を要求する。

 もしデロアの言う通りならば、それは無から有を生み出すに等しい偉業いぎょうと称せるもの。フィンやブリミルも目を見開いて驚愕を禁じ得ないほどの出来事だった。

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