第24話 自称・悲劇のヒロイン

 ユリオンを蹴り飛ばした直後、室外から巨大な影が迫って来る。


「旦那!? お怪我はありませんか!?」

「問題ない。というか、近いんだが?」


 室内に入って来たのは、息を切らしたグレイブ。更に困惑しているコーデリア。

 その背後にいるセラは胸の下で腕を組み、いつも通り優雅な様子。我関せず――という態度を貫いていた。


「すいやせん! 肝心な時に立ち会えず……」

「問題ない。それより、あの馬鹿の手当てを頼む。まだ再起不能になってもらうと困るからな。役に立つかは微妙なとこだが」

「へぇ……旦那が言うなら」


 グレイブは不服そうな顔を浮かべると、ユリオンの足を掴んで陥没した壁から引っこ抜くようにして持ち上げる。

 それなり加減をして蹴り飛ばした。全身各所の骨はまた砕けただろうが、命に別状はないはず。俺個人としては奴の生死などどうでもいいが、アレでも重要参考人。ここで消すわけにはいかない。

 後は両国間の上層部の問題。今度こそ俺の手を離れた。


 そして、もう一つ――。


「ヴァン! 怖かったわ! 早くこれを解いて私を解放して!」


 グレイブとコーデリアがユリオンを連行すべく部屋から出たのを見計らって、突然動き出したこの女が頭の痛い問題だった。


「ほらぁ、早くぅ!」

「うっぷ……吐き気が……」

「私と再会できたのがそんなに嬉しかったのね!?」

「アイツよりも頭のおかしい奴がいるなんて聞いてないぞ」

「ひーどーい!」


 語尾全部にハートマークでもついているのかと思わされる猫撫で声。

 二度も刃を交えた間柄なら、お互いの印象が最悪なのは自明の理――のはずが、この有様。本当にコイツは誰なのだろうか。


「本題が片付いたから、お前には本当に何の用もない。失礼する」


 セラが温情で作ってくれたケジメをつける機会だが、遺恨の深いユリオンの方とは決着が付いた。

 俺の気持ちや主張はユリオンとの会話で一緒に聞いていたはずだし、多分アメリアを呼び寄せたのもそういう意図があってのこと。

 つまりこの女とこれ以上、会話をする意義は無い。さっさと離れようと思ったが――。


「ちょっと待ってよォ! でも、そういうツンケンした所も好き!」

「話しかけるなら、せめて会話をしてくれ」

「だーかーら! もう一度やり直そ? 付き合ってア・ゲ・ル!」

「すまん。お前が何を言っているのか、本当に分からない」


 そういえばさっきも意味不明なことを口走っていたと思い出しながら、理解不能な言葉の嵐に晒される。


「確かに俺とお前は幼馴染だった・・・。でも、やり直せる様な関係じゃないし、ましてや付き合うって何の話だよ」

「えー? 知らないってことはないでしょ? ふざけないでくれる?」

「妄想で喋るのは止めてくれ。はっきり言って迷惑だ。ただでさえ顔も見たくないっていうのに……」

「あんな昔のことどうでもいいじゃん! 皆子供だったんだし、過去は水に流して私と付き合って!」

「それは加害者の台詞セリフじゃないぞ」


 アメリアに対しては、俺が魔法を使えないと分かった途端、率先そっせんしてあることないこと言いふらした歩く拡声器スピーカーのような女という印象しかない。

 その後の再会が追放の夜であり、一週間前の戦闘。何をどう思考すれば、アメリアの言葉に辿り着くのか本当に理解出来ないでいる。


「大体、ユリオンと付き合っているんじゃないのか?」

「確かにそんなこともあったけどぉ……今の私はヴァンのモノだよ。きゃっ! 言っちゃった!」

「キモすぎる。買った覚えもないが、返品でお願いします」

「でもでも、私と付き合うために頑張って、この国の兵士として成り上がったんだよね? ユリオンから私を奪ってくれたんだよね!?」

「不良品以下の女なんて心底要らないぞ。生理的に無理だ」

「え……でも、頑張ってくれたんだよね!? 私の為に!?」

「俺がここにいるのは護るべき存在モノが出来たから。それは断じてお前じゃない」

「えっ……」

「だから、妄想で会話をするのは止めろと言っている。後、堂々と浮気宣言って……人としてどうかと思うぞ」

「だって……嘘だよ! ずっと私を想ってくれたんでしょ!?」

「悲劇のヒロインぶるのも止めろ。お前を好きな事実なんてないし、その態度も本当に不愉快だ」

「でも、でもぉ!」


 この当事者意識の無さ。ユリオン以上にたちが悪い。


「でも、私がこんな風になったのはヴァンの所為せいなんだよ!? 責任取って私を開放して、付き合って! 罪を償う為に私の騎士になってよ!!」

「自業自得だな。俺には関係ない」

「ふぇ……っ!?」


 私はこんなにもかわいそう。

 周りが私を助けるのは当然。


 それは我が身大事で悲劇のヒロインぶっているだけの現実逃避。

 更に自分を取り合って俺とユリオンが決闘したことになっており、そんなシチュエーションに酔いしれている。自分も戦っていたというのに、どう脳内変換したらこうなるのか。


 結局のところ、どこまで行っても、私、私、私――。

 人間の醜悪な部分だけを固めたような在り様。信念や誇りもなく、何もかもが無責任極まりない。本当に虫唾が走る。


「大体、なんでそんなに自信満々なんだ? 自己評価高過ぎだろ」

「だって、この私が付き合って上げるって言ってるんだよ!? 嬉しくないわけないじゃん!」

「……容姿は辛うじて妥協点、性格で全てがマイナス急転直下。どう見ても、トンデモ不良物件だろ。お前さ」

「ひどい……」

「だから被害者ぶるなよ。そういう所が人としておかしいんだ。大方、俺に取り入ろうとしたのも、ユリオンより優良物件だと思ったのか……この状況から脱出しようと思ったのか……ってとこだろ? 曲がりなりにも互いに好き合っていた相手を裏切ってまで……厚顔無恥こうがんむちなんてレベルじゃないぞ」

「わ、私の乙女心をそんな風に言うなんて!」

「今すぐ全世界の乙女に謝ってこい! 土下座で!」

「ひぅ……!?」


 端役Fぐらいの女が、ここまで必死に分不相応な悲劇のヒロインを貫くのを見ると、溜息すら出てこない。

 自己中という言葉がこれほど相応しい相手もいないだろう。


「俺とお前が過去に付き合っていたとかいう妄想も、遥か昔に親が適当に言ったことだろ? しかもその後、お前とユリオンは恋人関係になった。つまりこれでお前の論理は破綻したわけだ」

「でもぉ……! でもぉ、でもぉ……っ!」

「そうだな。えて言うなら、俺はお前が嫌いだ。好みじゃないし、情なんて全くもない。精々、独房生活を満喫できるように頑張れよ」

「そんなぁ……っ! 待って! ねぇ、私を助けて! 守ってよぉ!」


 俺は無駄極まりない会話をアメリアの主張ごと叩き壊し、耳障りな声を無視して部屋から出るべく歩き出す。

 すると、ここまで静観を貫いていたセラが、わざわざ・・・・部屋の中へと入って来る。


「――お疲れさまでした。貴方にとって望んだ結果とは違うのかもしれませんが、何かお役に立てたでしょうか?」

「ああ、確かに果てしなく無駄な時間だったけど、一つの区切りは付けられた気がするよ。それよりも、色々気を遣わせたな」

「いえ、貴方が神獣種相手に挙げた戦果に比べれば、安いものです」

「ち、ちょっと、ヴァン!? その女誰よ!!」


 セラがかけてくれたねぎらいの言葉に肩を竦めながら答えるが、ガバッと顔を起こしたアメリアが怒号を張り上げて来る。顔中が体液でぐちゃぐちゃになっており、これまた凄まじい迫力だ。

 だがそんなアメリアを前にしても、セラは怜悧れいりな笑みを浮かべるのみだった。


「お初に……ではありませんね。私はニヴルヘイム皇国の皇女などをしています」

「え……こ、皇女!?」

「そして、ヴァンは私の騎士であり、私は彼のモノ。貴方の妄言と違って、盟約を交わした本物の……ね」

「は、はあぁっ!? 何言ってんのよ! 意味わかんない!」


 それもセラは細い腕を絡ませてきたばかりか、俺の肩に頭を乗せる形で密着して来る。


 腕全体に押し潰れるように広がる暴力的な感触。

 さらりと流れる癖のない銀の髪から漂う甘い香り。


 思わぬ急接近に心臓の鼓動が早まったのを感じたが、何とか動揺を表に出さぬように努める。ちなみにどれだけ動揺したのかと言えば、アメリアの存在が頭から抜け落ちかけるほどだった。多分それが良くなかったのだろう。

 負け惜しみでしかない奴の発言に対して、紳士ジェントルとしての禁句をさらっと口走ってしまった。


「何よ! そんな女なんかよりも私の方が良いでしょ!?」

「いや、容姿なんて比べるまでもないし、性格ブスなんだから客観的に見て大惨敗だろ」

「え……そんなぁ!?」


 ここまでの蓄積ちくせきに加え、どこか浮世離れした美貌を持つセラの出現。

 更に思わず突いて出た飾り気のない一言がトドメとなって、奴の腐ったメンタルを完全にぶち抜いてしまった。

 結果、アメリアは凄まじい勢いでギャン泣きしてしまう。


「まって! 待ってよォ!! ごべんっでばァ! だずげてよぉぉぉ!!!!」


 奴にとって牢屋外にいる俺は、きっと最後の希望だったんだろう。

 だからこそ、アメリアは視線すら向けることなく去っていく俺たちに対し、プライドも何もかなぐり捨てて泣き喚く。

 でも、彼女を助けようとする人間は誰一人として存在しない。


「……」


 いつの間にか戻って来ていたコーデリアたちもアメリアに白い目を向けているし、騒ぎに聞き耳を立てていた他の看守たちも同様。


 何故、アメリアがここまで白い目を向けられるのかと言えば、俺に取り入ろうとした行為が自軍や自国への背信行為に他ならないからだ。単純な言葉で表すのなら裏切り。

 その上、恋人ユリオンまでも裏切って自己中に愛を貫く――人間ヒトとしても戦士としても最低以下だ。自称・悲劇のヒロインに手を差し伸べる者などいるはずがないということ。


 これは子供の喧嘩じゃない。

 反省しようが謝ろうが、もう全てが遅い。


「――というか、いつまで引っ付いてるんだ?」

「さあ、いつまででしょうね」


 これでアースガルズ帝国の俺は死んだ。過ぎ去った過去に価値は無くなった。

 そして先く道は、既に見定めている。後はやり通すだけ。





 そうしてセラたちと日々を過ごしていく内、気が付けばアースガルズを追放されて三ヵ月の時が流れていた。目まぐるしく変わる世界の波と共に――。

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