第23話 大人になった兄と子供の弟

 鋼鉄の扉が開かれた先には、透明の壁で仕切られた簡素な部屋が広がっている。その中央には椅子が二つほど配置されており、それぞれ一人ずつ腰かけているのが見て取れた。

 つまりは装備を剥奪はくだつされて囚人服を着せられた戦士二人――俺にとっても顔見知りの二人が、魔力の帯バインドで縛り付けられながら椅子に腰かけているというわけだ。


「な……ッ!? お前は……!」

「取り調べタイムだ。わめくな」


 そんな二人なのだから室内に俺が姿を見せれば、どうなるかは想像に難くない。実際その通りの行動を取ろうとしたわけだが、半眼を向けて沈黙させる。ちなみに他の三人は、話が進みやすいようにとのことで室外待機。必要であれば、入室して来る手筈てはずとなっている。


「えー、君たちの名前と所属は把握している。国際法にのっとるかは状況次第だが、君たちはニヴルヘイムの法に守られ、裁かれることになる。申し開きはあるか?」

「ふざけるなッ! 売国奴ばいこくど! 裏切り者がァ!」

公的オフィシャルな場だ。せめて礼節をわきまえて会話をしてくれるか? 一応、騎士なんだろ?」

「黙れェ!」


 なるほど、これは手古摺てこずるわけだと思いながら、目の前の二人に呆れ混じりの視線を送る。


「というか、勇者誘拐・洗脳を捏造ねつぞうして、一方的に国家権力で押し潰そうとしてきたのはそっちだ。俺は言われた通りに国外追放されただけ。その後の行動に文句を言われる筋合いはないな」

「だが、貴様も父さんの……父上の子供には違いない! 軍家の者が他国の軍に身を置くなど許されると思っているのか!?」

「流石に一週間も経てば、俺のことは知っているわけか。でも、それがどうした?」

「何ィ!? 貴様、言うに事を欠いて自らの責任を放棄ほうきするつもりか!?」

「確かに正規の軍属であるお前が俺と同じことをしたのなら、筋が通らない話だ。でも、民間人として辺境で過ごして来ただけの俺には関係ない」

「な……っ!?」


 主張を二転三転させてわめき続けるユリオンとの会話を不毛と判断し、淡々と事実だけを述べていく。


 恐らくユリオンは、この国の現況を好転させられるような情報を持ち得ていない。それでも将軍の子供という存在は、少なからず戦況に影響を与えてしまう。

 故にニヴルヘイム側も扱いに困っていたわけだ。

 なら、効率的かつ最適解な方法は一つだけ。


 ユリオンの自尊心プライドを叩き折って沈黙させること。

 コイツを相手にするのだから、多分に私情を挟んでいるのは言うまでもないが――。


「軍事機密も知らない。軍と契約も結んでいない。要は引っ越し先で新しい職に就いたようなもの。実際は家族に追放され、辺境に追いやられた後の国外追放だったわけだが……これで問題があるのか?」

「そ、それは……!? だがお前は!」

「皆と同じ魔法は使えなくても、戦う力がないわけじゃない。結果的にだが、周りの連中もそれを承知の上で迎えてくれた。そして、俺は此処ここに立っている。誰にも恥じることなく、正当な手段でな。神にだろうが皇帝にだろうが、非難されるいわれはない」


 一つ一つ、稚拙ちせつな主張を叩き潰し、論破していく。重要事項だった戦闘の早期終結を優先して囮役を買って出ただけの前回とは違い、今度は本当の意味で――。


「俺の話はいい。それより、今はお前たちのことを話す時間だ。少しは自分の置かれている状況を自覚しろ」

「は……っ!? そうだ! 今すぐ僕たちを解放しろよ!」

「どうやったらこの状況で、そんな言葉が出て来る?」

「うるさいっ! お前は僕の言うことを黙って聞いていればいいんだよ! この出来損ないのクズが!」

「はぁ……どうしてこうなった」


 どうやら世の中には、二種類の馬鹿がいるようだ。それは可愛げのある馬鹿と救いようのない馬鹿。

 こいつは間違いなく後者。

 相手にするのも馬鹿らしくなってしまい、思わず心からの本音が口を突いて出てしまう。


「コレが弟だと思うと顔から火が出そうだよ。全く……」

「な、ぁ……っ!? きしゃまあああっっ!!!!」


 激昂するユリオン。

 元々マイナスだった奴への感情が地の底まで落ちて行く。同時に議論にもなっていない問答を終わらせる突破口が見つかった瞬間でもあった。


わめくなと言っとろうに。まあ、俺から伝えることは一つ。自分の立場と状況を自覚しろということだけ。さっき言った通りな」

「ふじゃけるあぁ!! 貴様が高貴な僕に指図など……!」

「ああ、もうそのやり取りはいい。飽きたから」

「お前ッ!? だまれええぇぇっっ!!」


 奴がここまで騒がしくなった原因は、散々蔑んできた俺に見下されたと思っているから。

 これまでのユリオンの言動を思えば、価値観が壊れるほどの衝撃。最大級の屈辱であるのは間違いない。でも、そんなことは議論の対象ですらない。


「お前は、ただの捕虜。それ以上でも以下でもない。誰と親子や兄弟だとしてもな。その中で身の振り方を考えろ」

「うるさいッ! 初等部で学園を辞めさせられた奴が偉そうに指図するな!」

「何も分かっていないようだが、今のお前はアースガルズ軍の正規兵。なら、お前が向ける刃も国と軍の総意となる」

「そんなことわかってる……ッ! な……ぐびっ!?」


 興奮し過ぎたのか、魔力の帯バインドで縛りつけられているユリオンが椅子ごと地面へと転がった。前回と同様、床を這う姿は芋虫の様――。

 だが自分がどれほど無様な状況にあるのかを認識すらせず、あくまでも悪態をつき続けている。


「違うな。今のお前がやっているのは、子供の癇癪かんしゃくでしかない。それもアースガルズが一方的に仕掛けて来た侵略戦争・・を大義名分にして、ストレスを発散しているだけだ。まあ、それすらミスってこうなったわけだが」

「……い」

「戦場や収容所ここでの態度。俺に対して軍の作戦を超える個人的な暴走。とても国に忠誠を誓う兵士には相応ふさわしくない。将軍の子供以前の問題だな」

「……さい」


 怒りを通り越して呆れ、更に失望。

 これはアースガルズ帝国のヴァン・ユグドラシルとしての最後の言葉。

 最早どうでもいいものとしていた過去を、目の前の馬鹿が呼び起こしてしまったが故の断罪。


 先の戦闘に加えて今回の一件――ここまで迷惑を被ったのだから、まわしい過去を清算する為に感情をぶつけるのも構わないだろう。無論、ユリオンとは違い、正規の手段にのっとり、誰もが認める合法的な復讐を敢行かんこうする。


「戦争は英雄ヒーローごっこじゃない。ましてや皆が命と誇りをかけて戦っている場所でストレス解消なんてありえないし、それが出来なくなったら不貞腐ふてくされて喚き散らす……」

「……るさい」

「戦争をしている自覚もなく、命を奪った罪を背負う気もない。正に責任逃れ。最低最悪の行為だ。戦士としても三流以下、無垢むくな子供よりもたちが悪い。お前は、これ以上ないくらいの未熟者だな」

「うぅぅるしゃああぁぁぁあああぁぁぁっっっいっっ!!!!!!」


 ユリオンが顔中に血管を浮かび上がらせ、凄まじい勢いで発狂する。


 エリートとしての自分。

 戦士としての自分。

 俺を蹴落けおとして成り上がった――らしい、という自分。


 俺が放った言葉は、これまでユリオン・ユグドラシルという人間を形成していた全て――選民思想と歪んで膨れ上がった自尊心プライドを、完膚かんぷなきまでに破壊するものだったということなのだろう。

 その結果引き起こされた、自己同一性の喪失アイデンティティークライシス。いや、そんな高尚こうしょうなものじゃない。ただの精神崩壊メンタルブレイクと発狂といったところか。


「はぁ! はァ! ぐ……ぐぅううっ!!」


 現にユリオンはこちらの理論武装に恐怖し、怒りをつのらせながらも言葉を紡げていない。ようやく現状を自覚し始めたということなのだろう。

 俺と会話をさせて貰っている・・・・・今この時が、交渉カードになる・・か、させられる・・・・・のかの瀬戸際だということを――。


 静寂が室内を包み込む。

 しかし、それは一瞬のこと。


「――ふ、ふひっ! やっぱり僕は選ばれた者なんだ! お前が僕に説教を垂れるなんて間違っているんだァ!」

「ゆ、ユリオン?」


 突如としてユリオンが笑い始める。それはパートナーのアメリアすら、困惑してしまうほどの変容だった。

 とうとう気でも狂ったのかと、顔に出さないように困惑していたが、なんとユリオンはふらりと立ち上がった・・・・・・


「どうやって奴隷から成り上がったのかは知らんが、家族に売られたお前は一生出来損ない! 存在価値もないクズ野郎なんだ! 何があったって僕よりも格下なんだよォ!!」


 目を向ければ、ユリオンの腕はバインドの形に青く鬱血うっけつしている。椅子ごと倒れた際、緩んだバインドを負傷覚悟で引き千切ったのだろう。

 更にその手には、魔力で創られたナイフ状の小剣が収まっている。


「おまえがぼくをみおろすなんて、ゆるされないんだあぁぁッ!!!!」


 ユリオンがこちらに駆け出して来た。

 黙って座っていればよかったのに、最悪手を取ってくれやがったものだ。


「旦那!」


 扉が開き、見知った連中の姿が垣間見える。だがはやるグレイブを視線で制すと、目の前の馬鹿に向き直った。


「これがぼくのまほうだ! しねぇぇっっっ!!」


 突き出される魔力の刃。

 直後、小さな刃は儚く砕け、一瞬の内に消失・・した。


「根本的に救いようがない。セラの気遣いを無駄にさせたな」


 そのまま無防備に腕を突き出している馬鹿の顔面目掛けて、足刀蹴りを叩き込む。


「ごぶぅぅうっ!?!?」


 そしてユリオンは潰れた動物のようなうめき声を上げ、鋼鉄の壁に勢いよく突っ込んだ。陥没した壁から血まみれの手足だけが飛び出している無様な姿は、なんとも哀愁を感じさせる。


「――残念だが、無力な過去の俺ヴァン・ユグドラシルは、もう死んでいる。刃を向ける相手を間違えたな」


 ユリオンが知っているヴァン・ユグドラシルは、もうどこにもいない。全てが終焉おわった、あの月夜――無力な俺は、当の昔に死んでいる。

 此処ここに在るのは、災厄を宿して再誕した我が身のみ。


 瞳に浮かび上がらせた蒼穹の紋様によって、魔法をき消したことがその証明だった。

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