第23話 大人になった兄と子供の弟
鋼鉄の扉が開かれた先には、透明の壁で仕切られた簡素な部屋が広がっている。その中央には椅子が二つほど配置されており、それぞれ一人ずつ腰かけているのが見て取れた。
つまりは装備を
「な……ッ!? お前は……!」
「取り調べタイムだ。
そんな二人なのだから室内に俺が姿を見せれば、どうなるかは想像に難くない。実際その通りの行動を取ろうとしたわけだが、半眼を向けて沈黙させる。
「えー、君たちの名前と所属は把握している。国際法に
「ふざけるなッ!
「
「黙れェ!」
なるほど、これは
「というか、勇者誘拐・洗脳を
「だが、貴様も父さんの……父上の子供には違いない! 軍家の者が他国の軍に身を置くなど許されると思っているのか!?」
「流石に一週間も経てば、俺のことは知っているわけか。でも、それがどうした?」
「何ィ!? 貴様、言うに事を欠いて自らの責任を
「確かに正規の軍属であるお前が俺と同じことをしたのなら、筋が通らない話だ。でも、民間人として辺境で過ごして来ただけの俺には関係ない」
「な……っ!?」
主張を二転三転させて
恐らくユリオンは、この国の現況を好転させられるような情報を持ち得ていない。それでも将軍の子供という存在は、少なからず戦況に影響を与えてしまう。
故にニヴルヘイム側も扱いに困っていたわけだ。
なら、効率的かつ最適解な方法は一つだけ。
ユリオンの
コイツを相手にするのだから、多分に私情を挟んでいるのは言うまでもないが――。
「軍事機密も知らない。軍と契約も結んでいない。要は引っ越し先で新しい職に就いたようなもの。実際は家族に追放され、辺境に追いやられた後の国外追放だったわけだが……これで問題があるのか?」
「そ、それは……!? だがお前は!」
「皆と同じ魔法は使えなくても、戦う力がないわけじゃない。結果的にだが、周りの連中もそれを承知の上で迎えてくれた。そして、俺は
一つ一つ、
「俺の話はいい。それより、今はお前たちのことを話す時間だ。少しは自分の置かれている状況を自覚しろ」
「は……っ!? そうだ! 今すぐ僕たちを解放しろよ!」
「どうやったらこの状況で、そんな言葉が出て来る?」
「うるさいっ! お前は僕の言うことを黙って聞いていればいいんだよ! この出来損ないのクズが!」
「はぁ……どうしてこうなった」
どうやら世の中には、二種類の馬鹿がいるようだ。それは可愛げのある馬鹿と救いようのない馬鹿。
こいつは間違いなく後者。
相手にするのも馬鹿らしくなってしまい、思わず心からの本音が口を突いて出てしまう。
「コレが弟だと思うと顔から火が出そうだよ。全く……」
「な、ぁ……っ!? きしゃまあああっっ!!!!」
激昂するユリオン。
元々マイナスだった奴への感情が地の底まで落ちて行く。同時に議論にもなっていない問答を終わらせる突破口が見つかった瞬間でもあった。
「
「ふじゃけるあぁ!! 貴様が高貴な僕に指図など……!」
「ああ、もうそのやり取りはいい。飽きたから」
「お前ッ!? だまれええぇぇっっ!!」
奴がここまで騒がしくなった原因は、散々蔑んできた俺に見下されたと思っているから。
これまでのユリオンの言動を思えば、価値観が壊れるほどの衝撃。最大級の屈辱であるのは間違いない。でも、そんなことは議論の対象ですらない。
「お前は、ただの捕虜。それ以上でも以下でもない。誰と親子や兄弟だとしてもな。その中で身の振り方を考えろ」
「うるさいッ! 初等部で学園を辞めさせられた奴が偉そうに指図するな!」
「何も分かっていないようだが、今のお前はアースガルズ軍の正規兵。なら、お前が向ける刃も国と軍の総意となる」
「そんなことわかってる……ッ! な……ぐびっ!?」
興奮し過ぎたのか、
だが自分がどれほど無様な状況にあるのかを認識すらせず、あくまでも悪態をつき続けている。
「違うな。今のお前がやっているのは、子供の
「……い」
「戦場や
「……さい」
怒りを通り越して呆れ、更に失望。
これはアースガルズ帝国のヴァン・ユグドラシルとしての最後の言葉。
最早どうでもいいものとしていた過去を、目の前の馬鹿が呼び起こしてしまったが故の断罪。
先の戦闘に加えて今回の一件――ここまで迷惑を被ったのだから、
「戦争は
「……るさい」
「戦争をしている自覚もなく、命を奪った罪を背負う気もない。正に責任逃れ。最低最悪の行為だ。戦士としても三流以下、
「うぅぅるしゃああぁぁぁあああぁぁぁっっっいっっ!!!!!!」
ユリオンが顔中に血管を浮かび上がらせ、凄まじい勢いで発狂する。
エリートとしての自分。
戦士としての自分。
俺を
俺が放った言葉は、これまでユリオン・ユグドラシルという人間を形成していた全て――選民思想と歪んで膨れ上がった
その結果引き起こされた、
「はぁ! はァ! ぐ……ぐぅううっ!!」
現にユリオンはこちらの理論武装に恐怖し、怒りを
俺と会話をさせて
静寂が室内を包み込む。
しかし、それは一瞬のこと。
「――ふ、ふひっ! やっぱり僕は選ばれた者なんだ! お前が僕に説教を垂れるなんて間違っているんだァ!」
「ゆ、ユリオン?」
突如としてユリオンが笑い始める。それはパートナーのアメリアすら、困惑してしまうほどの変容だった。
とうとう気でも狂ったのかと、顔に出さないように困惑していたが、なんとユリオンはふらりと
「どうやって奴隷から成り上がったのかは知らんが、家族に売られたお前は一生出来損ない! 存在価値もないクズ野郎なんだ! 何があったって僕よりも格下なんだよォ!!」
目を向ければ、ユリオンの腕はバインドの形に青く
更にその手には、魔力で創られたナイフ状の小剣が収まっている。
「おまえがぼくをみおろすなんて、ゆるされないんだあぁぁッ!!!!」
ユリオンがこちらに駆け出して来た。
黙って座っていればよかったのに、最悪手を取ってくれやがったものだ。
「旦那!」
扉が開き、見知った連中の姿が垣間見える。だが
「これがぼくのまほうだ! しねぇぇっっっ!!」
突き出される魔力の刃。
直後、小さな刃は儚く砕け、一瞬の内に
「根本的に救いようがない。セラの気遣いを無駄にさせたな」
そのまま無防備に腕を突き出している馬鹿の顔面目掛けて、足刀蹴りを叩き込む。
「ごぶぅぅうっ!?!?」
そしてユリオンは潰れた動物のような
「――残念だが、
ユリオンが知っているヴァン・ユグドラシルは、もうどこにもいない。全てが
瞳に浮かび上がらせた蒼穹の紋様によって、魔法を
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