第15話 皇女、告白?
俺とセラフィーナは、ニヴルヘイム首都の街並みを見ながら足を進める。
少しばかり積もった雪と新緑の森。
薄っすらと見える蒼白の山。
他の景色と同様に白と蒼を基調とした街並み。
温暖で派手なアースガルズとは、色んな意味で対照的な街並みに目移りしてしまっていた。国も違えば、文化も変わる。狭く歪んだ世界で過ごしてきた俺は、少しばかりのカルチャーショックに見舞われていた。
「我が国の様子は
「そう、だな。俺も他の国の事情に詳しいわけじゃないけど、雰囲気は悪くないと思う。だけど、その割に活気がない」
「――でしょうね」
人の往来が激しい
寂れているわけではないが、混雑し過ぎない清らかな街並み。
アースガルズの連中は、共通の敵だった俺さえいなければ、世間一般で言うところの善人だった。気の良い連中や元気な子供が行き交う街は、活気に溢れていたと断言できる。だからこそ、ゴチャゴチャとした賑やかさが街を包んでいた。
一方でニヴルヘイムは、その逆。センス溢れる装飾が成されて洗練された街並みは、一種の芸術の域に達している。だが、そこに住んでいる人々は、子供も大人も活気がない。表面上は普通に過ごしているように見えるが、住民から感じられるのは確かな恐怖と焦燥感。鬼気迫るとまでは言わないが、常に何かに追われているように見える。
「何も聞かないのですね」
「俺が聞いてどうこうなる状況なら、もう君が解決しているはずだ。それに興味本位で聞いていい話じゃないことぐらいは分かる」
「そう、優しいのですね。貴方は……」
「俺が優しい? それこそ冗談だろ」
「いえ、貴方は皇女である私に臆することはなかった。私に取り入って私腹を肥やそうともしなかった。それに初めて
白で彩られた美しい街を歩き続けて辿り着いたのは、昨夜も訪れた
静寂が俺たちを包む。
それから程なく、セラフィーナは衝撃的な言葉を紡いだ。
「――今、この国は滅亡の
「滅亡の、危機……。昨日の戦闘が関係してるのか?」
いきなりの言葉に驚きながら答えると、セラフィーナは首を縦に振った。
その一方、確かに驚きではあるものの、昨日までのやり取り、アースガルズとの戦闘を経験した今では、どこか
「“今はまだ”ってのは、そういう意味だったのか……」
――
昨晩、セラフィーナによって紡がれた言葉が脳裏を過った。更にこれまでの断片的な情報が一つに繋がるかのような感覚が去来する。
眼前で輝く稀少な
夜襲への手慣れた対応。
いくら強いとはいえ、皇女自ら軍部の指揮を執り、最前線へ出向かざるを得ない現状。
これらが指し示す事象は、ただ一つ。
「この国は、ただ侵略戦争の板挟みになっているだけじゃない。明確な
「聖剣を扱う、この私……ということになるのでしょうね」
今現在、ニヴルヘイムは他国から度重なる侵攻を受けている。その目的は、単に領地と領民を手にしようというだけじゃない。本質はニヴルヘイムに伝わる稀少鋼石と加工技術、そして
「クリスクォーツの安定供給ラインを確保できれば、その恩恵は計り知れない。それに聖剣……か。周りが放っておかないのは、分からない話じゃない。でもどうして今更、こんなことになってるんだ? この国は……」
「確かに我が国が積極的武力行使に出ることは無いに等しい。しかし、降りかかる火の粉を払うためなら、その限りではありません。特に人間相手でない場合は……」
「なるほど、モンスターとの戦闘で止む無く、聖剣をおおっぴらに使ってしまったわけか。もしくは他の国も非戦国家に侵略戦争を吹っ掛けないと、どうにもならない状況にある?」
「恐らくは、そのどちらも……」
セラフィーナが目を伏せる。前髪で目元が隠れ、その表情を
「数ヵ月前、今回のケルベロスと同様、我が国近郊に神獣種の一柱――“アンドラス”が襲来しました」
「アンドラス……巨狼を駆り、黒き翼を持つ鳥獣騎士だったか? でも君が五体満足でここにいるってことは……」
「多大な被害を受けながらも、一太刀浴びせて撃退しました。残念ながら討つことは叶いませんでしたが……」
「いや、神獣種を撤退させただけでも御の字どころか、歴史に名が刻まれるレベルだ。英雄と言ってもいい。胸を張るべき……いや、だからこそか」
「ええ、先んじて神話との戦いを経験し、剣の聖女などと祭り上げられることになってしまいました。
「でも、そのせいで聖剣の所在と所有者が他国に伝わってしまったということか……」
まずアースガルズからの襲撃理由を端的に言えば、ニヴルヘイムの軍事・政治的価値の高さが明るみになってしまったから。
クリスクォーツ鋼石は言わずもがな、セラフィーナ自身と聖剣の価値も計り知れない。現に大国のアースガルズですら、表舞台で継承されている聖剣は一振りのみ。そもそも聖剣を扱える人物自体の出現も稀だ。更に実戦レベルの運用を想定するとなれば、一〇〇年単位で一人出て来ればいい方だろう。
この全てを独占できれば、国力増加は爆発的なものとなる。だからこその争奪戦。
「でも、いくらアースガルズとはいえ、下手に非戦国家を侵略するのはリスクが高いはずだ。ここまではっきりした利権が絡むのなら、他国間で牽制し合いそうなもんだが……」
「確かに貴方の言う通りです。ですが、
争奪戦が起こったという事実が示す通り、他国を出し抜いてニヴルヘイムを取り込めれば、
目先の利益だけを見て飛びつくのは、賢い選択と言えないだろう。であれば、そうなるに至った確固たる理由は――。
「各国でモンスターの動きが活発になり、人里にまで出没するようになりました。ここ一年ほどの話です。軍属ではないヴァンは知らぬ話とは思いますが……」
「いや、モンスターの動きが活発に……確かにそうかもしれない。政治闘争に関わったことはないが、
アースガルズの辺境で過ごしていた頃、確かにモンスターの出現頻度が異様に高まったと感じることは多々あった。だからこそ、この局面でセラフィーナの口から出て来るのかという驚きはあったものの、自然とその事実を受け入れていた。
「つまり神獣種の度重なる出現と、モンスターの行動には関連性がある?」
「恐らくは……。でも実際、出現したモンスターは、近隣国家全てに多大な被害を与えているそうです。神獣種の出現は、未だニヴルヘイムの二件だけだと聞いていますが、今後は……」
「自国統治・他国との権力闘争・人智を超えた外敵という脅威。我先に防衛能力の強化に走るのは考えられない話じゃないわけか。たとえ、血を流してでも……」
「そういうことになるのでしょう。各国とも程度はあれど、強硬体制に入らざるを得ない」
セラフィーナが明かしたのは、世界の裏側とも言える真実の一端。
不条理とも呼べる事象に対し、心に去来したのは憤りや怒りなどではない。
それは虚無と哀傷。
致命的な危機は、人間の本質を白日の下に晒す
かつて無力だった俺に向けられた醜悪な眼差し。あれこそが世界――人間の本質。結局、覚悟を伴わない言葉や主義に価値などない。
“自分さえよければそれでいい”、“誰かに優しくしている自分が誇らしい”――自分に余裕があることを前提とした優しさや正義など、これほどまで
絶望と失望――幽鬼と成り果て、色を失った世界が更に価値のないモノに感じていた。
でもこれまで人間の悪意を浴びて生きて来たのだから、人間の醜悪さに驚くことなんて今更だ。
むしろ疑問だったのは――。
「世界の混迷……この国の危機は、とりあえず理解した。でも、
「確かに貴方に話すという選択は非合理的なのかもしれません。ですが、私は貴方が欲しい」
会話の最中、蒼銀の皇女が紡いだ言葉を受けて俺の思考は凍り付いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます