第43話「急な知らせ」

 昔、田舎の山道を親の車で走っていたことがある。その時俺は、後部座席でなんの面白みもない、山の景色を眺めていた。車の速さで、景色はあっという間に後ろへと過ぎ去っていくのだが、それは車だからであって、二足歩行の生物が出していい速さでは無いと思うんだ。


「ティ、ティナ?! 少し飛ばし過ぎじゃ無いかな!!」

「なんだ、怖いのか? これでも手加減してやってるんだ。しっかり、捕まってろ! 今からさらにスピードを上げるぞ。昼過ぎには、アクアリンデルだ! おしゃべりしようとすれば、舌を噛むぞ!!」

「うっ! うわぁぁぁぁ!!」


 人力車という乗り物がある。しかし、これは人そのものだった。ティナの身体能力が異常なのは、前々から知っていたが、まさか人一人おぶって車ぐらいの速さを出せるなんて知らなかった。


 乗り心地は、控えめに言って最悪だ。少しでも、ティナの体との間に隙間が出来れば、俺は激しい衝撃を受けてしまう。その為、俺は彼女の背中に可能な限り密着するようにした。


 そして、あっという間にアクアリンデルが丘の上から姿を現したのだった。俺は、ティナの背中から降りた、と言うよりは、力尽き転げ落ちた。


 俺はその場で嘔吐してしまった。それに、頭が脳震盪を起こしているように、揺れていた。


「し、死ぬかと思った。こ、こんな事なら、もう一頭地竜を買おう! 二度と、ティナの背中はごめんだ!! おぇぇぇ」

「ふふっ、その割には私の背中を楽しんでいたようだがな」

「た、楽しむ? 何言ってるんだ。これなら、ジェットコースターに乗る方がマシだ」


 丘の上で、冷たい水を飲み小休止を挟んだ後、俺の酒屋へと足を運んだ。

 店の前には、立派なフルプレートを纏った騎士が姿勢良く立っていた。いつもなら、お客さんで賑わっているはずの時間帯だ。何が、あったんだろうか?


 すると、店の外の通りに置いてある樽に腰掛けた中年が、声をかけてきた。


「おい、兄ちゃん! とんでもねぇお方が店に来てるぞ?! 一体今度は、何をやらかしたんだ?!」

「ナッツの親父きてたのか? 一体いつから飲んでるんだ、酒クセェぞ」

「いつから飲んでるかって……、そりゃぁ開店からだよ。って、俺の話はいいんだよ! ヒック! アクアリンデルで長年商売してきた俺でさえお初にお目にかかったぜ! 無礼だけは、気をつけろよな! 忠告はしたぜ!」


 そう言うと、ナッツの親父は風のように大通りに出て、人混みの中に消えていった。


「ったく、心配性な親父だぜ。まぁたどこかの酒場にしけ込む気だな? へへっ」


 ナッツの親父は、いつも俺の心配をしてくれる、こりゃぁ腐れ縁だな。

 そして俺は、騎士達からの身体検査を受け、ティナの剣は取り上げられた。この時点で、店の中にいる人物が誰なのか見当がついた。気を引き締めて、店に入った。


「やぁ、早かったな」


 今回は、お忍びでの来店なのか、比較的手落ち着いた格好をしていた。しかし、どう見ても平民ではない雰囲気が出てしまっている。変装下手だな、こいつ。


「シールズ侯爵、私の店へのご来店、誠に光栄であります。」

「あぁ、やめろ。堅苦しい挨拶はやめてくれ、ショウゴ、貴様はすでに私の大事な友人だ」

「はぁ、ありがたいお言葉です」


 シールズ侯爵、そして後ろに控えるのは侯爵家お抱え騎士団の団長と、アーネット子爵だ。俺は彼らにも、一礼した。どうやって、この状況で堅苦しい挨拶を抜きにしろってんだ!


 俺は、今の今まで彼らの相手をしていたであろう、カウンターに立っているユリアに声をかけた。


「ユリアンヌさん、有難う。あとは俺が引き継ぐから、今日は店外販売にしてくれますか?」

「かしこまりました、オーナー。カイ、行くわよ」

「うっす、姐さん」


 今日のユリアの黒いドレス姿も一段とそそった。ユリアは、俺のそばを取り過ぎ去る際に、俺の体に近寄り俺の右頬に手を添えて微笑んだ。先程までの従順さとは違って実に、挑発的で素晴らしいウインクと笑顔だった。彼女が、過ぎ去ると薔薇の香りがした。


 カイとユリアが店の外に出て行き、俺は入れ替わるようにカウンターへと立ち、ティナは、カウンター脇に待機した。


「ショウゴ、あの女性は貴様の恋人なのか?」

「いえ、あくまで彼女は私の従業員です」

「そうか、なら今日私の城へ寄越してはくれないか?」


 俺の中の黒い感情が、ざわついた。必死に表情には出さないようにしたが、言葉が出てこなかった。


「ふっ、ははははっ。冗談だ、そう怖い顔をするな。存外、貴様も素直では無い上に奥手なのだな」

「なっ……。閣下、あまりいじめないで下さいませ」

「ほら、まただ。貴様が、堅苦しいからからかったのだ。もし次、堅苦しい事を言ってみろ? あの元娼婦を、私の妾にしてやる。良いな?」

「……かしこ、あ、分かりました。この場では、友人に接するように喋らせてもらいます!」


 俺は、侯爵の相変わらず人を食った態度に苛立ちながら、そこまで言うならとフランクな感じ全開で行くことにした。ユリアの素性も全てばれてしまっているようだし、侯爵がその気になれば俺にはなす術がない。


「それで閣下は、何故平民街にきたんですか? 確か、伝言では俺が城まで行くような話でしたが」

「無礼な!」

「よい、私が許可したのだ。貴様が、出しゃ張るなボーマンド卿」

「はっ」


 おいおい、これで首でも切られたら、枕元に出てやるからな。そう思いながら、剣に手をかけた騎士団長を睨んだ。


「やれば出来るではないか、感心したぞ」

「そりゃ、どうも」

「貴様の問いだがな、答えは特に意味はない。外出したくて出てきただけだ」

「はぁ、そうすっか。それで、要件をお聞かせ願いますか? 俺は、あんたのせいで死ぬ思いをしてここまで急いできたんでね」

「クククッ、それは悪かったな。それでは本題に移ろう。実はな、貴様に頼まれていたワインが届いた。それを今日は届けに来たのだよ」


 こいつまたニヤけ顔で、堂々とまぁ……。


「……侯爵自らの配送、このショウゴ、心より感謝申し上げます」


 俺は皮肉をたっぷりこめてそう言ってやった。なんなら、最近覚えた屈折礼まで添えてやった。


「くくっ、もちろんそれだけでここには来ないさ。実はな、アレス商国との会談が三月後から次の満月の夜へと変わったのだ」

「えっ、マジですか?」

「あぁ、重大な知らせだろう?」

「はい」


 参ったな、そうなると考えていた酒への構想が崩れかねない。この世界に、暦はなく、月の満ち欠けなどで日付を決めていたりした。`次の満月は、えっと、二週間後くらいだな。はぁ、完全に予定が狂った。何か考えないと……。


「どうしてまた、そんな変更が?」

「実はな、近々戦争が起きる。今言えるのはそれぐらいだな」

「なるほど、まぁこちらとしては立ち入った話は聞きたくないので大丈夫です。俺に必要な情報は、何をいつまでにどこへ届ければ良いのかだけですから」

「頼もしい限りだ。さて、仕事の話はこれくらいにして、ショウゴ何か飲ませてはくれないか?」

「侯爵閣下ともあろうお方が、こんな昼間から飲んで良いんですか?」

「構わないだろう、一体誰が私に指図できると言うんだ?」

「うっ……、それもそうですね」


 ったく、タチの悪い客だぜ。

 そうだなぁ、午後のひと時を過ごすのに、良い酒か。そうだ、あの酒なら持ち合わせで作れるな。カクテルになるけど、まぁ良いだろう。


「少々お待ちください」


 まぁこの店は、酒屋兼BARだから別に良いだろう。俺も久しぶりに、あれが飲みたい。


 幸い、アイテムBOXから何かを取り出す必要はない。鍋に水を入れて、竈門の火にかける。お湯が沸騰する間に、コーヒー豆を石臼で砕き、いつでもドリップ出来るようにしておく。この世界には、濾紙などはない為に、出来る限り目の細かいザルによって何度か繰り返し濾す。


 本当は、深煎りのコーヒー豆を使い、苦みを引き立たせたいが味のバラスを考えてやめておく。


 シェイカー二つにたっぷりの氷を砕いて入れる。クラッシュアイスと呼ばれるもので、液体の熱を素早く奪ってくれる。お湯が沸いたら、コーヒーを抽出して氷の入ったシェイカーに注ぎステアーする。ステアーは、かき混ぜ棒で中身を混ぜることを指す。


 次に、アイスコーヒーをもう一つのシェイカーに注ぎ、そこにウイスキー、蜂蜜を加えてステアーする。そして、侯爵閣下の目の前に置かれている、カクテルグラスにそれらを注いだ。


「閣下、ミルクはお好きですか?」

「新鮮か?」

「もちろんでございます」

「ならば、頂こう」


 最後に、スプーンいっぱいの生乳を垂らす。本来ならば、コーヒーの苦味を引き立たせる、甘い生クリームをフロートさせるのだが。

 カクテルグラスの足を押さえて、閣下の前へと提供した。


「お待たせいたしました。ショウゴのコーヒーでございます」

「まさか、正午とショウゴをかけてる訳ではないよな……?」

「ちっ、違います!! ったく// ご説明いたします。本来このカクテルは、アイリッシュコーヒーと呼ばれるものです。アイリッシュウイスキーをベースにした、コーヒーを使ったカクテルが元だったからです。しかし、アイリッシュウイスキーは現在ありませんので、私のウイスキーで作ったカクテルという訳です」

「そうか、では早速頂こう。飲み方は、あるのか?」


 閣下は、グラスを持ち上げて思い出したように聞いてきた。


「本来は、色々と楽しみ方があるのですが、今お出ししたものは、この暑さを考慮しての変わり種ですので、そのままお飲みください」


 閣下は、少し楽しそうな表情を浮かべると、アイリッシュコーヒーアイスバージョンを口にした。


「これは驚いた……。私は、コーヒーがあまり好きではなくてな、いつもは紅茶を飲むのだが、うむ、これは悪くない。コーヒー豆の香ばしさとウイスキーのモルトが、互いを引き立てながら香り高く、鼻、口へと広がっていき、新鮮な牛の乳が濃厚な味をつなぎ合わせているな。残暑を忘れさせる、実に見事なカクテルだ」

「有難うございます」

「貴卿らも、飲むとよい。ウイスキーを使った、カクテルなど国王様ですら飲んだことはないからな! フハハハッ、ショウゴ、この二人にも同じものを」

「かしこまりました」





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