第35話「時若丸」

 アントンが言う、名物ってなんだ? 名物なんて言葉、東京名物とかでしかあんまり馴染みがない。それに、付加効果。これも謎だ。


 しかも、この名物と言うのは、彼らからしたら常識のようだ。常識を知らない俺を前にして戸惑っているのがその証拠だ。


 そこへティナが、助け舟を出してくれた。


「ショウゴ、名物とはな。職人が作り上げた物に、神々が祝福を施した物のことを言うんだ」

「神々の祝福?」

「そうだ。精気ラナ魔力マナの話はしたな?」

「うん」

「たとえば、私の愛剣は名物なんだ。その銘を、烈火の乙女という。この名は、職人が剣を完成させた時、青窓によって知ることができる。これを神の啓示と呼んでいる」

「青窓って何?」

「私は、物作りをした事がないから、よくは知らないのだが」


 確かに、魔法剣士である彼女が詳しいわけはないか。ティナが、言葉に詰まっていると、アントンが代わりに説明してくれた。


「神の啓示を受けた事のあるワシが、ここからは説明しようかのう」

「お願いします」

「うむ。あれは、百年ほど前の事じゃ。その時ワシは、米酒造りに精を出していてのう、なんとかもっと上手い酒は造れぬものかと悩んでいた。そこで、米が取れるムルテウ地方に実際に足を運び、そこで造られた米酒を飲んだのじゃ。そしたらのう、ドワーフ王国で作っていた米酒の違和感の正体に気づいたのじゃ」


「違和感ですか?」

「そうじゃ、当時のドワーフ王国で造られていた米酒は人気がなくてのう。それもそのはずじゃ、米と仕込み水の相性が悪かった為に、出来上がったどぶろくはどこか水っぽく、糠臭かったのじゃ」

「なるほど、聞いた事があります。米酒、特にどぶろくは素材の味が強く出るために、その土地に流れる水で酒を造ることによって、酒の風味が渾然一体になると」


 どぶろくは、清酒と違い、米、米麹、水を発酵させた後に一切漉さない。つまり、米や米麹といったドロドロしたものが、そのまま酒として売られるのだ。その為に、米や米麹といったそのものを直接味わう事ができる。


 その為、自分が生まれ育った米や水以外で造られたどぶろくは、口に合わない事が多い。


「さすがじゃ、ショウゴの言う通り米が持つ精気とドワーフ王国の水の精気との相性が良くなかった。米の精気と麹菌の魔力の相性が良くとも、これでは、いい酒は造れない」


 なるほど、ティナの言っていた精気と魔力の相性っていうのが、なんとなくわかってきた。酒を構成する、全ての原料に精気と魔力が存在していて、そのどれか一つでも相性が悪ければ、良いものはできない。


 それは、酒の風味に大きく影響するんだ。なんてことだ……。もっと早くに、この事実を知っていれば、もっといい酒を造れたのに。


 転移直前、神様からはそんな話は聞いていなかった。それもそのはずで、神様からは酒造りに関しては俺に任せると言っていた。前世の知識だけで、酒造りをしてきたが……郷に入れば郷に従え。俺は自分の異世界における無知さ加減に、頭を抱えた。


「ショウゴ、大丈夫か? 頭でも痛いんか」


 アントンが、説明の途中の異変に気付き、声をかけてくれた。


「あ、あぁ、すみません。続きをお願いします」

「よし、つまりじゃな。精気と魔力の相性が悪いこともあれば、良いこともある。互いの潜在能力を、爆発的に引き上げることも可能なのじゃ。これを神のみぞ知る配合、神配合と呼んでおる」

「か、神配合」


 なんてわかりやすいんだ!


「わしは、それから神配合となる原料を探すべく、東奔西走した。そして、ついに十年の時をかけて、見つけたのだ。米、麹、水が三位一体となり、精気と魔力が金色に輝く神配合をな」

「おぉ! それが、先程の俺が酔ったどぶろくなんですね!」

「そうじゃ」


 確かに、あの酒は俺が今まで飲んできたどぶろくの中でも、群を抜いて美味かった。どぶろく特有の、乳酸の匂いは全く気にならず、口当たりはまろやかで、とても円熟した甘さ、アルコール臭さなんて全く感じなかった。


 そう、あの酒は万人に気に入られる、まさに王道の名酒。


「す、すごいです! 神配合!! これなら、現実では不可能なお酒を作れる可能性もあるんですね!」

「まぁ、待て。まだ話は、終わっておらん!」

「あっ、はいすみません。興奮しちゃって」


 そうだ、焦るな。見切り発車は良くない、知識を自分のものにするまで俺はここから動かないぞ!!


「しかしのう、いくら神配合を見つけたところで、職人にそれを生かし切る腕がなければ、名物にはなり得ない」


 それはそうだ、素材を生かすも殺すも、料理人次第だ。前世で俺は、若かりし頃は料理人を目指していた。そういえば、初めてできた彼女は、料理が致命的に下手で、初めての手料理は全て焦げていて、苦い味がしたなぁ。


「だがな! ワシはドワーフ王国の唯一の杜氏、腕が悪い訳はない。酒を完成させた時、酒神バッカスの祝言と共に酒の入った壺の前に、青い窓が現れたのじゃ。そこには、神々が考えたその酒の名前と、酒が持つ力について書いてあった」


 おぉっと?! もしかして、青い窓っていうのは……


「アントンさん、青い窓っていうのはもしかして、これくらいの青い板に文字が書かれていることですか? その青い板に実体はなくて、触ろうとしても触れない」


 俺は、前世でよく見かけたゲームに登場するブルーウィンドウを想像して、両手を使って身振り手振りで伝えた。


「そうじゃ! 何じゃ、やっぱり知っておったのか? おかしいと思ったのよ、あれだけの美味い酒を造っておきながら、神々に祝福されていないなどと」

「いや、本当に!! まだ!! 俺の酒は名酒になった事は、ただの一度もなく! 恥ずかし限りです!! しかぁし!! 漢、ショウゴ! 必ずや、世界中の人に愛されるお酒を造ります」


 俺は、もう、最高潮のテンションだった。いつの間にか、俺も椅子に乗り上げ、机に足で乗り上がり、アントンの顔を覗き込んで鼻息を荒くしていた。その勢いに、気圧されたアントンは、引き気味に目をまんまるにして驚いていた。


「う、うむ。お前ならできる、応援しとるぞ」

「ありがとうございます!!」


 ティナに、行儀が悪いと首根っこを掴まれ、俺は着席した。


「おっほん、最後にわしの名酒は、時若丸と言ってな、飲めば時を忘れ、若返るほど酔える酒と言われておる。名酒の効果は、酩酊じゃ。この酒を飲んで、酔わずにはいられない。そう、どんな大酒豪だろうともな! ブハハハハッ」


 アントンは、自分の名酒を誇るように笑ってみせた。


「親父の名酒は、うちの国じゃたいそうな人気なんだぜ? ドワーフは、酒にめっぽう強いからな、必ず酔えて、すげぇ美味い時若丸はなくてはならない名酒なのよ」


 そ、そうか! 神様から認められた、酒。授かる名前に、それに見合った神様の力が宿っているのか。だから、神様に神改造された俺の肝臓を持ってしても、酒に酔ってしまったのか。


 酔いたくても、酔えない俺に救いの酒だな。


 俺は、アントンからこの酒を買うことにした。いつか、酔いたくて仕方ない時に備えて。しかし、彼は金銭は受け付けず、支払いはウイスキーで飲み応じると言ってくれた。俺は、素直に嬉しかった。


 アントンにとって、俺のウイスキーは、彼の名酒と同等の価値がある様に言ってくれたからだ。俺もいつの日か、神々に認められて、俺の名酒が世界中で愛されるように頑張ろうと心の中で誓った。

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