第34話「寝落ち」

「んん……、ユリア?」

「ッ!」


 いつの間にか、寝ていたようだな。目が覚めると、目を瞑ったユリアの顔がそこにあった。部屋の中は薄暗く、ベッドのそばにある間接照明だけが頼りだった。ユリアは、俺が目を覚ますと驚いたように、目を見開いた。


 そして彼女は、驚いたように少し固まると、素早く俺の側から少し離れてベッドに腰掛けた。その時に、彼女の匂いが俺の顔に降り掛かる。薔薇の香水。この家で、香水をしているのはユリアだけで、彼女はいつも控えめにこの香水を使用していた。それこそ、肌と肌がくっつきそうな程至近距離でないと、この匂いは感じられないのである。


「お、おはよう。ショウゴ」

「う〜んふわぁぁ〜、おはようってまだ外は暗いぞ? あれ? 俺さっきまで、ドワーフのおっさん達と一緒に酒を飲んでた気がするんだけど」

「あ、あぁ! それならね、俄には信じ難いんだけど、お酒で酔っちゃったショウゴが、その場で寝始めちゃって、ティナが寝室まで運んだみたいよ」

「え、まじか……」

「うん、まじ」


 ウオッカを何リットルでも、ストレートで飲み続けられる俺が、グラス一杯のどぶろくで酔っ払った? うっ、記憶ははっきりしてるな。確かに、あのお酒を飲んでから、俺は気分がふわふわして、俺の悪い酒癖のせいでティナにセクハラ発言を……。


 あとで謝らないと。


「それで、ユリアはここで何してるんだ?」

「えっ?!っと……わ、私はただ。大酒豪ショウゴの酔った顔でも、見てから寝ようかなと思っただけで。特別に、意味はないかな!」


 あくまで、惚けるか……。


「ふ〜ん、俺にはユリアが、寝ている俺の唇を奪おうとしていたように見えたんだけど?」

「ッ!? バカッ もう知らない!!」

「おっと」


 ユリアは、図星を突かれて怒り出した。俺の枕を、奪い取って俺に投げつけると、隣室へと繋がっている扉から出て行ってしまった。ご丁寧に、鍵までかけて。俺とユリアの部屋は、扉一つで自由に行き来できるようになっていて、お互いに鍵を閉めることができる。まぁ、俺は鍵をかけたことはないが、彼女の怒りっぷりが伝わってくる。


「ふふっ、知らないふりをしてあげても良かったんだけどな」


 寝込みのキスか……。本当に、ユリアは俺のことが好きなんだなぁ。正直、同居を迫られた時も、ユリアの身の上を聞いた直後も、娼婦に逆戻りしたくないっていう恐怖に駆られてると少し思った。


 だから、彼女は俺のことが好きなんだって。もちろん、彼女が命懸けで俺を助けてくれたことは、わかってる。でもそれは、一種の打算的な投資だとも思えた。


 けれど、違ったみたいだな。キスする直前の、ユリアの顔を思い出した。本当に、安らかな顔をしていた。そこに安らぎがあるように−−。


「ショウゴ!! 起きてるなら、こっちに加勢してくれ!! ドワーフどもが家を解体する気だ!!」


 ユリアとのやり取りで、俺が起きたことがバレたのかな。ティナの悲鳴にも近い、救援要請が聞こえてきた。


「全く、今度は何をしようとしてるんだ??」


 俺が、自室から出ていくと洗面所の方で、何やらやっているようだった。


「何してんだ?」

「おぉ! ショウゴ起きよったか!! 説明してくれんか!! この家の設備は一体どうなっとるんじゃ!!? 便所は、臭くないし、水で流れるし、何よりこの水道という仕組みが実に興味深い!」


 アントンが、工具を片手にやたら興奮して、俺に迫ってくる。そうか、こいつらドワーフだから、先進的なうちの設備が物珍しいんだな。


「説明するから、待ってくれ」


 俺は、神様やら異世界転移やらの話は伏せておいて、魔術が得意な友人に頼んで造らせたと説明した。


「親父、確かにこの家の地下から高密度の魔力反応と、いくそうにも重ねられた術式反応が感じられるぞ!」


 ヴァジムは、変なゴーグルを掛けながら、報告していた。なんだ? 特別な道具か何かか?


「うーむ、この蛇口から水が出てくる仕組みは、最近開発された汲み上げ式ポンプとは違うようだな。この取っ手を捻るだけで、水が流れ出すと言うことは、常に水圧がかかっている事になる」


 ミラの叔父さんも難しそうな顔をしていた。そこへ、疲れたような顔をしたティナが俺のそばへ歩み寄ってきた。


「助かったぞ、ショウゴ。私だけでは、手に負えなくてな」

「あはは〜ティナのおかげで解体されずに済んだよ。ミラは? 寝た?」

「あぁ、先程まではカイと楽しそうに、喋っていたんだがな。もう夜も遅いから、カイの部屋で寝させたよ」

「えっ? カイの部屋で?」

「まずかったか?」

「ううん、大丈夫だと思う、多分」

「……カイは、お前のような獣ではないから安心しろ」


 ケダモノって、俺ってティナにそう思われてたの? 結構ショック。でもねティナさん、男はみんなケダモノなんですよ?


 さて、このままドワーフを放っておくと、まじで家がバラバラにされそうだ。


「さぁ、みなさん。宴に戻りましょう。今度は、僕のお酒を振る舞いますよ」

「「「おぉ、あの酒か!!」」」


 反応いいな、おい。ドワーフのおっさんずが、すごい喜色を浮かべながらリビングに戻っていった。ふぅ、ひとまずこれで一安心だな。


 俺は、キッチン側の食料庫からウイスキーの酒瓶を持ってきた。ティナには、グラスを用意してもらった。


「おぉ、お待ちかねのウイスキーか。この酒を飲むために、はるばるやって来たんじゃ。感謝するぞ、ショウゴ」

「いえいえ、ただその前に俺が酔った理由を聞きたいんですけど、名酒がなんとかって」

「ん? ショウゴは名物の持つ付加効果を知らんのか?」

「付加効果ですか……?」

「こりゃたまげたな。あれほどの酒を作る職人が、名物を知らんとは……」


 おっさんずは、互いに顔を見合わせていた。

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