第11話「問題児」

「酔ってる旦那も良かったけど、シラフの旦那は純情って感じで可愛かったよ」


 娼婦は、俺の腕枕で一晩中寝ていたわけだが、既に左腕の感覚がない。


「大人を揶揄うんじゃない」


 そういって、さりげなく左腕を抜いた。


「あぁん」


 不意にエッロい声を出すなよ、こっちは左腕がもげそうなんだぞ? 俺は粛々と服を着始めた。

 すると、彼女は背後から俺に抱き付き、彼女の豊満で柔らかな胸が容赦無く背中に押しつけられた。そして彼女は自然な声で囁き始めた。


「あたしさぁ、母親の記憶ほとんど無いんだけどね。一つだけ、覚えてることがあるの。男は、可愛いのが一番だって言ってた」

「……何だよそれ」


 お、俺が可愛いだって? あれか前世でいう最近の女子高生は何でも可愛いって言う的な……。俺は悶々とその真意を考えているうちに恥ずかしくなった。


「ふふふっ、やっぱり旦那が一番可愛い男だよ」


 娼婦は、俺の後ろ姿を眺めてご満悦といった様子だ。

 何故なら、後ろから見ても俺の耳までが真っ赤になっているからだ。恥ずかしさから来る動揺と左腕の感覚が無いせいで、シャツのボタンをうまく留められなかった。

 それを見兼ねた彼女はベッドから降りて来て、俺のシャツのボタンを代わりに止めてくれた。そしてちょうど俺の眼前には、彼女の豊かな乳房と綺麗いなピンク色のボタンが見えていた。


 俺は平然を装って、できる限り早く靴紐を結び直し出立しようとした。すると娼婦は、薄いネグリジェを羽織り、俺を部屋の外まで見送ってくれた。


「気をつけなよ。特に、夜は一人で出歩かないほうがいい」

「そうだな。夜出歩くと、金貨がいくらあっても足りない。」


 軽口を叩いた俺の脇腹に鈍い痛みが走った。娼婦が俺の脇腹を小突いたのだ。


「うっ!! 殴ることないだろぅ……」

「ふん! あたしは命の恩人だよ?」

「あぁ、悪かったって」


 俺は、不機嫌な彼女の為に金貨を二枚置いていった。すると、彼女は金貨一枚を返してきた。「また来てくれれば良いよ」とだけ去り際に言っていた。俺は、「あぁ、また来る」と返した。


*娼婦視点

 あたしが昨夜歓楽街を歩いていた旦那を見つけたのは、この窓から外を今の様に煙草を吹かしながら眺めている時だった。そして三頭蛇の連中に付けられているのも、ここからだと丸見えだった。いつもの私なら気にも留めなかっただろうけど、気付いたら体が勝手に旦那を迎えに行っていた。


 あたしを抱いていった旦那が丁度娼館から出ていくところが良く見える。


 なんて愛しい背中だろうか。


「姐さん、客に惚れちまったよ。私ももう、娼婦としては終わりかもしれないね」


 昔、娼婦として見習いをやっていた時の姐さんをふと思い出した。姐さんも客に惚れて死んじまった。あたしはこの掃き溜めで死んでも構わないと思っていた。元々ここにいる住人は死んでいる様なものだから……。

 だけど、感じてはいけない希望ってやつを心に住まわせちまったかもねぇ


「次はいつ会いに来てくれるんだい、あたしの愛しい男」


 吸った煙と一緒に、あたしの希望も出ていく様な気がした。


 俺は、急いで商業ギルドへと向かった。警護の申請結果を確かめる為、それと店の住所を申請するために。昨日、加入手続きをしてくれた受付嬢を見つけた。


「あの、すみません」

「はい、あぁ昨日の。今日はどうなさいましたか?」

「まずは、店の住所を申請しに来ました」

「わかりました。こちらに記入をお願いします」


 俺の目の前に資料が提示された。俺はそれに羽ペンで記載した。この羽ペンが厄介で力加減を間違えたりすると、思い通りに字が書けないのだ。

 

 ちなみに、この世界の言語は日本語で記号としてアルファベットが存在している様だった。詳しい事はわからないが、言語の壁に悩まされる事はなくて安心している。きっとこれも神様の配慮だろう。


「…………。記載しました」

「はい、確かに承りました。他にご用件はございますか?」

「はい。警護の件はどうなってるでしょうか。出来るだけ早く、派遣していただきたいのですが」

「はぁ。少々お待ちください」


 受付嬢はまたこの手の客かと言わんばかりの気怠さを隠しもしなかった。それはまぁいい。ただ、日本の接客レベルの高さを思い出すと少しだけ、傷付くだけだ。


 それよりも娼婦の話を信じるなら、俺は前世でいうヤクザ連中から的に掛けられたことになる。いきなり魂を狙われるか、嫌がらせが先か分からないが、どちらにせよ街にいる間は警護が必要だ。


「お待たせいたしました。ショウゴ様の申請と警護者の要望を照らし合わせた所、今すぐ派遣できる警護は紹介出来ません」

「そんな!」

「最後まで、話をお聞きください」

「す、すみません」

「ショウゴ様のご予算、つまり一日の警護料銀貨一枚を、銀貨三枚まで引き上げればすぐにご紹介できますが、如何いたしますか?」

「ちょっと待ってください」


 銀貨一枚は前世の感覚で言うと約一万円で、銀貨三枚となると一日警護料に約三万?! うーーん……まぁ何とかなるか。


「わかりました。銀貨三枚で、お願いします」

「かしこまりました。それでしたら、こちらの方が今すぐ派遣できる警備者になります。時間と賃料をあげていただけると、さらに候補者を提示できます」


 そう言って、受付嬢から一枚の履歴書を受け取った。それには次の様な事が記載されていた。


<ファウスティーナ>

等級:二級

職業:魔法剣士

種族:ハーフエルフ

年齢:十九歳

性別:女

武闘大会受賞歴:ヴァルテノン剣闘会優勝


「すみません、この等級って言うのは?」

「その等級は、当ギルドが警護者の有能性を審査し、ランク付したものになります。内訳は、

<特級>:単独で騎士100名を相手にできる実力者、日当:大金貨一枚(約百万)

<一級>:単独で騎士10名を相手にできる実力者、日当:金貨一枚、(約十万)

<二級>:単独で騎士1名を相手にできる実力者、日当:銀貨一枚、(約一万)

<三級>:単独で素人数名を相手にできる実力者、日当:小四角銀貨一枚(約五千)

となっております。」


 なるほど、警護者はランク付けされていて、それに見合った報酬を支払わないといけないんだな。


「なるほど、あとこのヴァルテノン剣闘会って言うのはすごいんですか?」

「はい、武闘会にもそれぞれ等級がございますが、ヴァルテノン剣闘会は中でも武王級、つまり、国王主催の剣闘会ですのでその優勝者は、国王の近衛騎士に叙任されるほどです」

「え、国王の近衛騎士様ですか?何で、そんな人が二級なんかに」

「ショウゴ様のお察しの通り、彼女はその……人格に難がありまして、王子を殴り爵位を剥奪、王都を追放され生まれ故郷であるここ、アクアリンデルで特級警備者として当ギルドで働いていたのですが。問題を起こし、今は二級騎士まで降格処分となった人物です」


 なにその危険人物、ほぼテロリストじゃん!!


「やばい人じゃないですか!! 何でこんな人を紹介するんですか?」

「……それは、私の幼馴染だからです」


 彼女は少しの逡巡の後に開き直った様に言い放った。


「私情はもっとダメでしょ!! はぁ……他にはいないんですか?」

「いません。もっとお時間をいただければ、紹介可能ですが」

「どれくらいの時間がかかりますか?」

「最低でも一月、最長ですと半年になります」

「そんなにですか?!」

「はい、ショウゴ様もご存知の通り、ここアクアリンデルは貿易の要であり、多くの商人が利用しております。その方々がもっとも利用されるのが、二級程度の警備者です。もっとランクを下げるか、大金を積まないと当ギルドが用意出来る警備者はおりません」

「な、るほど。少し考えます」


 俺は、商業ギルドのフロアに設置された革張りの椅子に腰掛けた。どうする……。正直、警護を急ぐ理由は娼婦からの情報だけ、ただ、俺の事をやっかむ人間が出始めてるのも事実だ。ナッツの親父にまで、届いている薬の噂。事は俺が考えているより、重大な局面を迎えている可能性がある。このまま行けば、歌舞伎町でいうケツ持ちを輩に頼むハメになる。それだけは御免だ。


 それに、危険が俺だけでなくナッツの親父にまで及ぶ可能性もある。やっぱり、警備者は必要だ。ならば、とりあえず実力は確かな彼女を面接し、ダメだったら他の筋にあたろう。


 俺は、考えをまとめて再度受付嬢に話しかけた。


「先程の、候補者と会わせてください」

「かしこまりました。それでは、しばらくお掛けになってお待ちください。ただいま、彼女を呼び出しますので」

「はい」


 それから待つこと三十分−−


 −−商業ギルドに一人の女性が入ってきた。彼女の足音は、剣士が好んで履く厚底の革ニーハイブーツだ。”コツン、コツン”と歩くたびに、甲高い音を鳴らすので分かった。

 彼女の姿が近づいてくる、背は俺より高く、髪は長髪の白銀、肌は浅黒く、軍服のような薄手の白い制服を上下で着こなしていた。腰には、細いレイピアを佩き、彼女はその剣の様に細身で姿勢正しかった。


 彼女は、俺の前を通り過ぎ受付嬢の元へと向かい、少し会話した後俺に視線を向けてきた。彼女は、迷いない歩様で俺の元まで来て、いつの間にか抜いたレイピアの先端を俺に向けて、冷たい視線で睨みつけながら言い放った。


「貴様は美しいか?」

「……はい?」



*近況ノートで、ファウスティーナ、イラスト公開中☆


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