第9話「商業ギルド」

 つい一ヶ月前までは、個人と個人の小売商売が出来て非常に満足していた。俺の酒を気に入った客が、あれやこれやと質問をしてくれて、俺は情熱を燃やしながらこだわりを語れた、のだが……。


「ショウゴさん、頼みますよ〜私の商会に貴方のお酒を卸して下さいませんか〜」


 揉み手で、すり寄ってくる商人。


「アタイの酒場で、酒が売れなくなってきてるんだよ!どうしてくれるんだい?!責任持って、あんたの酒安値で卸してもらおうか?」


 逆恨みの脅迫まがいな、交渉をしてくる酒場の女将。


 こう言った輩が、最近増え始めている。困ったもんだ、俺はただうまい酒を作っているだけだと言うのに。


「でもまぁ、俺の酒はこの世界では旨すぎるのかもしれないな」

「何を今更なこと言ってんだ、兄ちゃんの酒は最高の娯楽なんだぜぇ。あんたの酒のおかげで、薬に手を出す奴が減ったくらいなんだ」

「薬?」

「あぁ、薬だよ。<黒砂コクシャ>っていう、植物から作るタチの悪い薬だよ。一度始めたら、中々抜けられないんだ。薬欲しさに、殺しまでする奴がいるほどだよ。だけど、兄ちゃんの酒は安くて、簡単に酔えるから高い金払って薬を買う奴が減ってんだよ。」


 おいおい結構物騒だな。俺は全くこの街の探検をしていない。というのも普通に怖いからだ。前世の日本のように治安がいい訳もなく、ひったくりなんて日常茶飯事なんだからな。

 俺がこの町で出入りするのは、自分が店を出す西門に通じるこの大通り近くまで。普通に路地裏を覗くと日中でも薄暗くやばそうな匂いがしてくるのだ。


「うーん、そんな薬の代わりが俺の酒っていうのは・・。なんか腹立つ。」

「おいおい、こんな時まで頑固な職人だねぇ。少しは、人を救ってる事を喜べよ。」

「嫌だね。薬に手を出す奴は大っ嫌いなんだ!!」

「お、おぅ。」


 歌舞伎町で店をやってる時、ノンアルカクテルBARだったとはいえ、場所は天下の歌舞伎町裏社会の住人の巣窟だ。切った張ったは日常で、薬の取引だって茶飯事だった。俺の、お気に入りの風呂屋の娘も結局、タチの悪いスケコマシに捕まって、シャブ漬けで闇の中に消えていった。その娘は被害者だと思ってたけど、仲のいい風呂屋好きの旦那が噂で、借金の肩に薬に手を出したって話を持ってきた時に冷めた。


「まぁ、そんなことはどうでもいい!!」

「お、おう。情緒不安定だな兄ちゃん。」

「この調子だと、嫌がらせをしてくる奴らが出そうだな。どう思う親父。」

「さすが兄ちゃん、鋭い!最近、こっちの店を伺ってるよくない眼をした連中もいるぜ。」

「うーん。せっかく、解放市で大通りに店を構えられたのになぁ。はぁ〜〜」

「どうしたんだ、そんなでっかい溜息なんかついて?」


 そこには、西門の門番ベンが立っていた。食事の後らしく、爪楊枝をシーシーしてた。


「ん?あぁ、ベンさん。聞いてくださいよぉ〜」


 俺は彼に現在の悩みを話した。


「なるほどな。確かに、最近酒場であんたへの僻みをよく聞くよ。薬売ってる連中も、命かけて法を犯してるからな。ショウゴも気をつけないと、夜歩いていたら後ろからズバッ!!」


 突然、芝居がかった大声をあげるベン。


「わぁ!!・・びっくりさせないでください。」

「なははははっ、まぁ俺の警備隊には出来るだけ、この辺を往来させるよ。俺もこの店が無くなったら生きていけないからな。」

「俺より、酒が大事なんですか。」

「うん。」

「ひどい!」

「後はあれだな。商業ギルドに入って、店を持つことだな。」

「なんか良いことあるんですか?」

「そりゃあ、あるぜ。商業ギルドに入って、年間加入料を払えば店でなんかあった時補償してくれるし、金を払えば信頼できる警備も派遣してくれるぜ。兄ちゃんの商売なら、十分その辺の金は賄えると思うぞ。」

「なるほど!金もずいぶん貯まったし、店でも持ちますかね。」

「とうとう兄ちゃんも、店持ちの商人かぁ。」

「あぁそっか。俺が店持つと親父が、また路地に逆戻りか。」

「そんなこと気にすんな!十分、兄ちゃんのおかげで稼がせてもらったよ。応援してるぜ!」


 ナッツの親父は、まじで良い人だった。新参者の俺によくしてくれた。世話をしてもらって、ここで見捨てるのは情けない。とにかく、新しい店には親父のナッツを置く売り場を設置することを約束した。今俺にできるのはそれぐらいだ。


 そして俺は、商業ギルドに来ていた。前世の古き良き時代の銀行といった感じの木造建造物で、雰囲気は粛々と仕事をこなしている感じだった。


「時は、金なりって感じだな。無駄がない。」


 俺は、ギルド加入の手続きを受けるために受付へと向かった。受付には、茶髪ショートの若いお姉さんが座っていた。


「あの、すみません。」

「はい。」

「商業ギルドに加入したいんですけど。」

「かしこまりました。それでは、こちらの記入用紙に、名前、種族名、年齢、業種、店舗名、店舗住所の記載と契約事項の確認をお願いします。」

「あ、はい。」


 契約事項には、商業ギルドのルールなどが記載されていた。例えば、売り上げの5%をギルドに納めることや、詐欺などをした場合即時追放される事といったことだ。


「質問があるのですが。」

「はい。」

「納めた売り上げは、どのように使われるのでしょうか。」

「商業税は、その7割がアクアリンデルの領主である、シールズ侯爵家に上納されます。残りの3割が商業ギルドの運営資金に当てられます。」

「なるほど、あとまだ店舗を持っていないのですが、問題ありませんか?」

「ギルドに加入するには、加入料と年間会員料をお支払いしていただければ問題ありません。ただ、店舗を持った際には必ずギルドに申請しに来て頂く必要があります。」

「わかりました。それでは、これでよろしくお願いいたします。」

「・・確かに、書類を受理いたしました。続いて、ギルドへの加入料金貨1枚と年間会員料の銀貨5枚をお願いいたします。」

「これで。」

「確かに、金貨1枚と銀貨5枚を受領いたしました。」


 すると彼女は、銀色のクレジットカードサイズの金属板に、羽ペンで記載を始めた。書かれた文字は光り輝いていて、一区切り書かれると銀板に溶けて消えていった。


「お待たせいたしました。これがショウゴ様のギルド会員証となります。身分証明書及び、商業ギルド銀行の口座取引でも使いますので、決して無くさないようにお願いします。」

「あ、はい。これって暗証番号とかは・・。」

「それはこれより設定いたします。」


 せっかちですみません。


「そのギルドカードを、お持ちのままでいてください。刻印魔法:<刻石ルドガーン>」


 彼女が魔法を使うと、俺の体とギルドカードが光った。そして俺の体の光が、カードに吸い込まれた。


「これで、ギルドカードにショウゴ様の魔力を刻印しました。ショウゴ様の魔力にのみ反応するので、それが暗証番号の代わりとなります。以上で、全ての手続きが終了しました。何かご質問はありますか?」

「あぁ、はい。実は警備を雇いたいんですが・・。」


 俺は、彼女に警備兵の相場を聞き、予算と合わせて警備の申請をしておいた。そしてギルド会館を後にした。


 先程の、受付嬢の背後に近づく影がいた。


「彼が噂の酒売りか。」

「はい、街で噂になっている商人の名前と一致しているので間違い無いかと。」

「ふむふむ、ほう。警備の申請か。運よく、一発当てただけの野良商人かと思っていたが、先見の明はあるようだ。」

「えぇ、ただ。危機予測にズレがないと良いのですが。」

「そうだな。彼が敵にしてしまった相手は思いの外大きいからな。お手並み拝見だ。」

「それより、お仕事はどうしたんですかギルド長。」


 受付嬢の冷たい視線が、ダンディなおじ様に注がれた。


「ほっほっほ、ワシにも息抜きが必要なんだよ。」



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