第14話「慟哭」

 幼王フィリップ2世の朝は、とても遅い。王位についてからというものの、全ての政務を宰相マーリンに丸投げし、毎日王宮で社交会ばかり開いている。そんな彼は、今日もキングサイズのベッドで涎を垂らして、朝を迎えていた。

 いまだに夢の中にいるフィリップは、今日ばかりは側近の侍従長に叩き起こされた。

「陛下!陛下!!一大事で御座います!!!」

「ん、むにゃ、なんだこんな朝早くに。」

「陛下、窓から外をご覧ください。」

「外が何だというのだ・・。余は眠い、下がれ。」

 ここまで緊急事態な雰囲気にも関わらず、フィリップ2世は惰眠を貪る事を選ぼうとしていた。これ以上、侍従長といえど王の機嫌を損ねれば、出世はおろか命すら危ういだろう。それでも、彼らは王への忠誠ではなく、国への愛国心に身を震わせ。王を、無理にでも叩き起こし窓際まで抱き抱えた。本来ならば、不敬罪になっても致し方がない行為だが、不機嫌極まりないフィリップ2世も、いつもよりこの部屋が寒いことに気づいた。 

 アビノ王国は、ライオット半島最南端に位置する常夏の国、肌寒さなど感じるはずがないのだが・・。その初めての経験に、徐々に眠気は覚め、窓から見える異様な光景を見て、幼王は王位について初めてその目を見開いた。

「凍っている!!!?」

 氷の魔法を見たことがなければ、この国の人間が一目でこの状況を理解し、表現はできなかっただろう。

「・・・まさか、地平線全ての海が凍っているのか・・はっ?!即刻、朝議を開く、文武百官を招集せよ!!」

「御意!!」

 侍従長が慌てて、寝室を飛び出していく。それと入れ替わって、メイドが着替えやお湯の入った桶を持って入ってきた。幼王が全ての身支度を整えるまで、一時間強の時間がかかった。その間に、全ての文武百官が謁見の間に揃うのであった。

「フィリップ2世のおな〜り〜!!」

 文武百官が一斉に跪き、幼王の着座を待った。

「表をあげよ。」

 その声を待って、彼らは立ち上がり視線を幼王の足元に落とした。

「報告を聞かせよ!」

 声変わりもまだな、幼王の声は謁見の間によく響いた。王座から一段低いすぐそばに、白くながい顎髭を蓄えた、国王三代に仕えた重臣マーリンが渋い声で説明し始めた。

「本日未明、海に漁に出ていた国民及び、海軍、貿易船全てから報告があがりました。王国西部の海岸線全ての海が、厚い氷によって閉ざされてしまったと。」

「それは余もこの目で確認した!余が知りたいのは、全ての海が凍ったのかどうかだ!」

「王国東部の海からは、何の報告も上がっておりません。現在、早馬を飛ばし確認中で御座います。しかし、未だに東部から何の便りもない所を見ると、東部の海では異常が起きていないのでは無いかと愚考します。それと、この現象が他国からの大規模な魔法による、侵略行為の可能性については、」

 宰相マーリンの報告が、幼王の質問以外の議題に移ろうとした時、彼は口を挟んだ。

「なんだ、全部の海が凍ったわけでは無いのか。」

「・・陛下?」

「海が凍ったのは、西部だけなのであろう?」

「左様です。」

「ならばもう良い、朝議はおしまいじゃ。」

「なっ、陛下!?これは、重大な議題なのですぞ。」

「全ての海を凍らせたのであれば、古代の悪魔でも蘇ったのかと期待したが、やはり物語は空想なのだな。めんどくさい話に興味はない。マーリン良きに計らえ」

 幼王は、身長が足りずに足がつかない玉座から、弾むようにして飛び降りマントを脱ぎ捨てながら帰っていった。

「はっ。」

 その後、ざわめく文武百官達を宥めて、マーリンは周辺諸国への警戒を強化することを通達した。

 場所は変わり、王国西部の海域に位置する孤島の氷聖極冠コキュートス城では、一人の子供が泣きじゃくっていた。

「うわぁぁぁぁぁん、オルガ、どうしよう!!僕、スカジに化け物って言っちゃったよぉぉ。グスンッ」

(泣いてるテオ様シュキ!!!)

「て、テオ様。大丈夫です!このオルガが付いております!!一緒に謝りに行きましょう。」

「うぅ、本当に一緒に来てくれる?」

「もちろんで御座います!」

 マチルダを探した。彼女なら、スカジの居場所を知っているはずだ。なぜなら、この城を管理しているのは、彼女とその眷属たちだから。マチルダは、ヒルダの寝室で彼女にワインを注いでいた。

「ヒルダ〜。」

 僕はヒルダを見つけるなり、たまらなく恋しくなった。だから、座っている彼女に抱きついちゃった。

「何じゃ、起きて早々童のように甘えおって。鬱陶しい///」

「えへへ〜言っていることと、表情が矛盾してるよ、ヒルダ。」

「五月蝿い。・・・どうやら、泣き止んだようじゃな。」

「・・うん。ヒルダ、ありがとうね。」

「・・・ふん。早く奴を、迎えに行ってくれんか。朝から寒くて敵わんのじゃ。」

 そう、僕も寒さで朝目が覚めた。外は雪が降っていて、遠くの空では吹雪いている。その先にスカジが居るのだろうと、すぐに分かった。

「うん。わかった。ヒルダ、連れてって!」

 こうして僕は、ヒルダに毛布でグルグルにされながら寒空の中、スカジの元へと向かった。お城から、海の方に向かって飛ぶこと数分、あたりは真っ白の吹雪になっていた。それこそ、1メートル先の視界もよくないほどだ。

 まるで、僕が近づくことを拒んでいるようだった。僕のまつ毛は氷、吐息を吐くたびに白い氷の結晶に変わった。

「ヒルダ、降ろして。」

「しかし・・。」

「ここからは、一人で行くよ。オルガもここで待ってて。」

「・・畏まりました。」

 オルガも、マチルダさんから降りて吹雪の中、僕の背中が見えなくなるまで立ち尽くしていた。猛吹雪の中、一歩ずつ進むたびに、昨日の事を思い出す。大事な家族を、言葉の刃で傷つけた僕に、スカジの親で居る資格があるのだろうか。彼女の語った、壮大な運命を前に尻込みをしてしまった僕に・・。

 それでも、彼女の元へ向かうのは謝りたいからじゃない。もう一度だけ、君と一緒に笑い合いたいから。ただ、笑顔が見たくて。ようやく会えたのに、こんなのはないよね、君もそう思うでしょ・・

「スカジ。」

「・・・。」

吹雪が彼女を包んでいた。雪原の中、一人の泣いている愛娘を見つけた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

無能の兄に嫉妬されて国を追放されたけど、龍王の親なので、竜とか、真祖の吸血鬼とか、死の支配者etc..を従えて世界最強の軍事国家を開拓しちゃいました。 悲劇を嫌う魔王 @catastrophy

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ