第47話(下)収容所の攻防、その傍らで爆発する彼女の事情

 収容所屋外における戦闘は、騎士団の援軍がやって来たことで一気に好転した。

 戦況が落ち着いたのを見計ってデュオは離脱、侵入した敵を追ったディアナの援護に向かった。


 岩盤を削ってできた、暗い石室が並んでいた。

 幾つもの小部屋があり、部屋同士は分厚い岩壁で区切られている。出入口は木製の格子が嵌められていて、通路から室内の様子を窺うことができた。

 それぞれの部屋には囚人が五、六人ずつの小集団で詰め込められている。狭いうえ湿度が高く、着ている服もボロ切れで、とても衛生的には見えない。雨風を凌げる造りな分だけ、牢屋としてはマシな部類ではあったのだが。

 デュオが収容所に突入すると、玄関ホールでは多くの守備兵達が倒れていた。


「屋内の守備隊は全滅、ですか。主力は外に配置されたようなので、仕方の無いことではありますが」


 事務方の一般職員もいたはずだが、遺体が無いということは、どこかに隠れたのか、或いは逃げたのか。守備隊の抵抗も、まるで無意味と言うわけでもなかったのだろう。

 一方で、牢屋へと向かう通路や看守詰所では、襲撃した公爵軍の兵士が大勢倒れていた。靴跡や血痕が散見され、この場所で大きな戦闘があったことが分かる。

 とはいえ、屋内の守備隊が踏ん張ったという訳では無いだろう。この収容所自体は、多くの人員を配置されていたわけではない。入場口と玄関ホールの遺体の数を考慮すれば、ここで粘れるような余剰戦力は残っていないだろう。

 だが現実として、襲撃犯たちはここで多くが討ち取られている。


「救援は間に合いませんでしたが、牢の開放は防ぎましたか。戦力差を考えれば上出来ではあります」


 牢を開放される一歩手前で、彼女は駆け付けられたのだろう。

 窮状を察知して一足先に突入した同門生は、遺体で溢れた戦闘現場で唯一、二の足で立っていた。

 収容所の石壁は黒い焦げ跡が残っていて、戦闘には火が用いられたことが窺える。多くはその火で命を落としたのだろう。炎の影響が少なく、生き残った公爵兵にはしっかりと、剣によるとどめが差されていた。

 通路の奥で唯一の救援者は、公爵軍の騎士の遺体を、弄ぶように剣で突ついている。


「ここにいましたかディアナ。随分暴れたようですね」


 そこは政治犯が収容されているエリアだった。ロベールとアルノー、陣営が異なる者同士で治世が入れ替わったため、公爵家ゆかりの者でさえ、多くが捕囚の憂き目に遭っていた。

 公爵軍がこの場所の解放を考えるのは、予想に難くない。

 ギリギリで目標を達したはずのディアナだが、しかしその目は感情を映していなかった。道場にいるときの彼女と同一人物だとは思えない、感情の希薄さが目立った。

 極めて浅い切創があちこちに見られるが、見たところ深手は負っていない。単騎で殲滅したことは想像に難くなかった。

 その事実について、デュオは特に驚かない。彼女の実力は知っているし、術使いとしての才能も芽吹かせつつあるのだから、こうなることは想像がついていた。

 周囲の焦げ跡や遺体の損傷具合を見るに、実験中だった疑似遠隔術式も活用したのだろう。あれがあれば、狭い場所にいる敵は、まとめて焼き払える。


「そっちこそ遅いよ。中の味方は秒で全滅するし、わたし一人でやる羽目になっちゃったじゃん」


 彼女を一人で収容所内に向かわせたことを、デュオは改めて悔いる。

 自分が外で撹乱し引き付ければ、敵の侵入を阻めると踏んでの配置だったが。読みが甘く、多数の敵を収容所内に招いてしまった。

 それでもいつもの彼女であれば、内部の救援が手遅れになった時点で、手を引いたはず。そもそも普段から極力戦闘行為は自制しているので、今回も深追いは無いと妄信してしまった。異変には、気付いていたはずなのに。


「ていうか外は? デュオ一人で片付く数じゃ無いと思ったけど」

「騎士団の救援が来ました。それ以外にも色々と事態が動いたので、先行して様子を見に来たんです」


 貴女が心配だったから、とはわざわざ言い足さない。言わずともディアナは察することだろう。

 辺りからは血臭が凄まじい。見れば公爵軍側の兵士の遺体は損壊が著しかった。

 火術を凌いで交戦したと思われる兵士もいたが、多くがめった斬りにされた挙句、手足を失った個体もいる。即死したと見受けられる者がいない。

 そこから察せられる事実にデュオは頭を痛める。


(式場に飾られたあの絵が、とどめでしょうね)


 どうやら悪い癖が発症しているらしい。最近は収まっていたはずだが、血染めの戴冠式以降のいざこざで、また荒んできているようだ。

 駄目押しとばかりに、祝賀会でのアルノーを貶める絵だ。不快極まる代物だったが、ギリギリで理性を保てた自分と違い、妹弟子はその受けた衝撃で、色々とタガが外れている。パーティー後にアーネを慰めていたが、正確にはディアナこそが、姉とのやりとりで気を保ちたかったのだろう。

 だから爆発するのであれば、そろそろだとは感じていた。


「敵とはいえ、なぶるのは褒められた行為ではありませんよ」

「そうだね。本当、楽しくないんだよ。この人達、みんな大したことなくて。動きも遅い、連携もいまいち、こっちへの予測も足りない」


 目の前の骸を踏みしめ、ねじる。それなりの力が加わってそうであるが、当然死体は何も言わない。

 この加虐性が、彼女の唯一にして最大の難点だった。

 普段はそうでも無いのに、戦闘などで興奮が高まると、途端に発症する。道場での鍛錬や組み手に加わらないのも、どちらかといえばこちらが本命の理由だ。知っていたから、皆がいる道場でのサボりを、アルノーやアーネも許容していた。

 しかし姉と慕うアーネの影響で、ここ一年は比較的穏やかな暮らしを続けていた。攻城戦の折も問題無かったため、悪癖は落ち着いたと思っていたのだが。


「本当、足りないんだよ。にーさんやねーさんなら、わたし程度、楽勝で制するのに。寄ってたかって、この程度。こんなんじゃあ、全然足りない」


 それは違うと、デュオは思う。

 少なくとも師達は、ディアナには大分手こずらされていた。同門の年長組でも、相手になるのは自分だけだ。他の弟弟子達には危険すぎて任せられない。初期の頃は模擬試合の中で、同じ門下生のノルンを半殺しにしたことさえある。

 ディアナの雰囲気が、またも変化を見せる。野生の獣のような獰猛さをまとっていく。

 その意味を察したデュオが、腰に下げた剣に手を置く。

 間髪入れず、ディアナがデュオに斬りかかった。

 読めていたので、その一撃は受け止められる。女の細腕から繰り出されたとは思えないほど、その一撃は重かった。


「ねえ、あいつらじゃあ、駄目だったの。知らない人が傷付いても、全然アガらない」

「でしょうね。貴女は、そういう性分だ」


 返す返すも、祝勝会の絵画が実に良くなかった。加えて、公爵軍が格好の八つ当たり相手になるはずだったのに、発散し切れていない。

 お手製の術式が強力過ぎたのも原因だろう。あれは攻撃する側に、人を傷付ける手応えを残さない。

 そもそも彼女の性格からして、知らない人間が相手では駄目なのだ。

 こうなるのではないかと、この場に着いた時から予見していた。だからこの展開自体は、構わない。

 しかし問題は、握っているのが模擬専用の木剣ではなく、本物の剣であるということ。


「ここには誰もいないし。少しだけ遊んでこうよ」


 まるで、ちょっとした悪戯に友達を巻き込むかのような気軽さで、ディアナが誘う。

 いつもは眠そうな眼を見開いて、獲物を捉えた猫のように、無邪気な視線を向けてくる。


「厄日です。無傷では、帰れませんか」


 ディアナが剣を背負うように構え、上段から下段へ真っ直ぐ斬り下ろす。威力を鑑みてディオが受けずに避けると、次いで右から左へ、斜めに斬り上げる。

 収容所外での公爵軍との激戦が、お遊びに思えるような鋭い連撃だった。

 デュオが下段からの一撃を、剣で受け止める。弾かれた勢いでこちらは体勢が崩れるのに、ディアナはその勢いを利用して即座に二撃、三撃に繋げてくる。大きく腕を振り捻転を加え、時には体をくるりと一回転させながら。寸止めも峰打ちも無しの、殺意のこもった攻撃が襲ってくる。

 薙ぎ払いを受け流せば、横方向にくるくると周り。その勢いで、振り向きざまの逆袈裟が降ってくる。デュオが受けずに引いて回避すると、ディアナは止まらず、勢いでそのまま身をひるがえす。

 回転で背中を見せた隙に、牽制の一突きをデュオが見舞えば、ディアナは腰を回し肩をねじり腕を振って旋回速度を上げ、ターンと共に剣を弾く。背中に目でもあるかのような、正確な動きである。

 捻転を戦いに組み込む、ディアナならではの剣術だ。女性特有の体の柔らかさと、ねじりにより生まれる遠心力を生かしている。元はアーネがそれに近い剣術を使うが、ディアナは動きがより破天荒で、読み辛い。型の流れに、敢えて無駄を取り込んでいるのだ。

 フェイントとしての無駄、次の動作のための溜めを兼ねた無駄が不規則に絡み、相手は攻め手を見失う。そして恐ろしいことに、彼女の本領はこんなものではない。

 幾度かの剣戟を経て、デュオがついに機を得る。

 ディアナの動きに、自分の剣が。牽制の横切りにディアナが食い付き、剣で弾こうとしたところをすかさず腕を引き、空振りさせる。

 剣の守りは無く、体勢も悪い。

 ここぞとばかりに、一度は引いた剣を寝かせ、峰で再度横薙ぎを放とうとして。

 ディアナが空いた左手で、小石ほどのジャガイモを放り投げてきた。


「っ!」


 慌ててデュオが身を屈める。

 先程彼女が、屋外で魔石入りのジャガイモを投擲していた姿を、デュオは見ている。

 反射的に、体が動いた。

 だがすぐに、ジャガイモが何の光を纏っていないことに気付く。


「はい残念。ただのジャガでした」


 待ってましたとばかりに、ディアナの爪先が無防備なデュオの腹部に突き刺さった。


「ぐっ!」

「あは、っははは! まともに喰らってやんの! デュオ、痛い? 苦しい? わたしは楽しい!」


 爪先に更なる力が加えられつつじ込まれ、鍛え抜かれた腹筋が悲鳴をあげる。

 哄笑が聞こえた。

 すぐに追撃の横薙ぎが飛んで来て、デュオは痛む体を無理矢理起こし、大きく下がる。

 分かっていたことだが、デュオは本気を出せないことも加わり、守勢に回らざるを得ない。

 激しく重い斬撃に、徐々に付いていけなくなる。デュオの顔が苦痛に歪む。


「まだだよ、まだアガれる、もっとイケる! デュオも動いて。傷付きながら、傷付けて! 苦しみながら、苦しめてよ!」


 ディアナが更に攻勢を強める。

 その偏った攻撃の中に、隙があるのも気付いているが。それこそが彼女の罠だ。

 そもそも無傷で終わろうと考えていない。

 人を傷付ける衝動に駆られながら、同じだけ傷付けられることを望んでいる。

 付き合う道理は無い。結局自分にできるのは、紙一重で受けるだけ。

 為す術無い状況に追い込まれ、手や頬に浅い傷が生まれていく。

 それを見て、ディアナが嬌声を上げる。

 ディアナの首元でペンダントが光る。光は床へこぼれていき、襲撃犯達の血溜まりに落ちた。

 血の池が震え始め、デュオの背後で水の塊が迫り上がる。水術によって操られた血液は、人型に成形されていく。ディアナの水鏡ウォーター・アバターだ。

 驚くような話でも無い。師の残した指南書を読み込み、術の訓練を積んでいたのは、彼女も同じだ。


「っ! 流石に魔石はルール違反でしょう!」

 

 ディアナが水術を使い始めた影響で、剣による攻勢が弱まった。

 その隙をついて、デュオは出来上がりかけていたディアナの血の水鏡ウォーター・アバターを、裏拳で打ち抜く。

 すぐさま自分も、ペンダントの魔石を起動させる。飛び散った水人形の血液を、今度は自分が水術で掴み、操る。一瞬で紐状に変え、左手で掴んだ。そのまま水紐を素早くディアナに投げつける。

 ディアナが身をもじる。血の紐は躱されるものの、デュオは素早く手首を返し、たわませて紐で円を描いた。流れるように素早く、紐を持つ左手を引き戻す。輪になった部分に、剣を握るディアナの右手がはまり、拘束に成功する。

 だが大部分の血液は、未だディアナの水術の支配下にあって。ディアナが再度水術の光を強めた。

 床の血溜まりから、筆ほどの太さの杭がデュオに打ち出される。正中線のど真ん中を狙った一撃を、避けられないとデュオは判断する。

 避けようとすれば、ディアナを拘束する血の紐を離さなければならない。意を決して、デュオは血杭の一撃を腹部で受ける。

 人体を容易に貫くであろう一撃を、土手っ腹に浴びて。

 衝撃が走る。だがデュオはこらえて、退かない。

 流石にこの挙動には驚いたのか、ディアナが一瞬怯んだ。

 ぎゅっと握り締めた血の紐を、思い切り引く。

 ディアナは倒れないまでも、大きくバランスを崩して。

 デュオは大きく踏み込み、右足を振り上げる。

 そのまま勢いよく、ディアナの両足を刈った。

 体重を乗せつつ、自分の体ごとディアナを床に沈める。

 受身も取れず、投げられた衝撃がそのままディアナを襲った。


「っ、かはっ!」

「終わりです、ディアナ!」


 空気が漏れる音を残して、ディアナは動かなくなる。デュオもまた、今ので力を使い果たしていた。守りに入ったことで、体力が相当に削られていた。

 まだ慣れない水術を連携させたので、戦闘続行が不可能なレベルで消耗し切っている。これで終わってくれないと困るというのが、本音だった。


「はは、やーらーれーたぁ。まさか一瞬で今鏡プリテンド・アバターを用意されてるなんて。まあ、マグレだろーけど」


 最後の、血の杭のことだろう。回避不可能な一撃のはずだった。

 だが水人形を破壊したとき、操作可能な血液全てを紐に変えず、懐で予備としてキープしていた。それが結局、最後の防壁になった。

 とはいえ、己に水人形を被せて保護する今鏡プリテンド・アバターの形成は、ギリギリだった。

 用意した箇所に血の杭が飛んできたというのが、実際のところだ。例えば顔や足元を狙っていたら、組成が間に合わなかっただろう。

 紙一重の攻防だった。


「でもデュオ、やりこんでいるね。反応凄かった」

「貴女だけに、指南書を任せるわけにいきません」

 

 アルノーの遺言と共に見つかったそれには、水の魔石を利用した、応用的な水術の実戦方法が書かれていた。

 その中には水鏡ウォーター・アバターをはじめとする、アルノーが開発した水術の秘奥、四鏡クアドラプル・アバターに関する記述もある。

 結局は彼の口からは伝えられず、自分達でそれを読み解くことになってしまっているが。


「いやー、術の実践練習もできて、ストレスも発散できて。お腹いっぱいだよ」

「満足しましたか? 全く。魔石有りの実戦組手なんて、師範代に知れたら雷が落ちるところです。最近は静かだと思ったのに。戦闘狂もいい加減にしてください」

 

 一度火が付くと、彼女は自分で自分を止まられない。最後までその身を砕いて爆発し続ける、爆竹のような女だった。

 それを分かっているからディアナは、平時は道場で組手をしないし、そもそもサボる。変に気分が上がってしまえば、無闇に門下生達を傷付けてしまいかねないから。

 どうしてもと言う時は、他の門下生が来る前か帰した後、デュオや師達が相手するしかない。彼女の性分は指導者には、あまりに不向きだ。


「戦闘狂じゃないし。痛くて苦んでる姿に、生き甲斐感じるだけだし」

「それを戦闘狂と呼ぶのです」

「だから違うって。相手は選ぶもん。誰が相手でも、喜びを感じるわけじゃない。こういうのは、大事な人と分かち合ってこそだよ」


 息が荒いまま、二人は会話を交わす。

 周囲は死体だらけで、自分達も血で汚れていて。

 それでもお互いから溢れる清涼感は、丸出しの道場の稽古後のようだった。


「本気のにーさんやねーさんに、心ゆくまでボコられるのも堪らないけど。デュオを一方的にボコるのはまた格別。本気で戦えない姿を見てると、逆にこっちが切なくて苦しくて。大事にされてるんだなって、実感できる」

「相変わらず愛情表現が狂ってますね。将来貴女の伴侶になる男には同情しますよ」


 恐らくはまだ、他人事にはならないのだろうが。師範代として道場を任されている以上、彼女を止めるのは、兄弟子である自分の仕事の範疇はんちゅうだ。

 そのことを考えると、デュオは頭が痛くなる。彼女の愛を受け止めるのは、いつだって命懸けだ。今日だって、一歩間違えば大怪我では済まなかった。


「あ、二回戦どうする? まだ時間ありそうだけど。わたしはいーよ、幾らでも」

 

 やっぱり付き合いきれない。

 そう言おうとして、デュオが咳き込む。思った以上に、体は悲鳴を上げていた。

 まだ何か仕事はあっただろうか。

 そう言えば外で起きた惨事を、まだディアナに伝えられていない。

 少しだけ考えて、どのみち助けに行けそうにないことを、デュオは心の中でアーネに詫びた。

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