第50話 今は一人、ただ一個の生命
戦の最中とは思えないくらい、静かな夜だった。
道場の近くにある海岸で、ディアナ、ノルンの年長組二人が、魔石の稼働実験をしていた。
器材を組み立てて、吹き飛ばし、破壊しては組み直し。夜の静けさなどお構いなしに轟音を響かせている。
「ねえ、キミら。いつまでやってんのさ。とっくに日付変わってるよ」
欠伸を噛み殺しながら、もう一人の年長組、商家の長男オクタビオが、端の岩場で寝転がっている。
視線の先ではディアナとノルンが、魔石屑の量を調節しながら、人の頭ほどある大きさの、丸い岩のような構造物に術式を施していた。
それは土製の砲弾で、中に炎の魔石が仕込まれており、そこから更に導線が伸びている。導線の先はノルンが握りしめ、魔石を間接起動させて、砲弾内で火術を発動させていた。
但し炎は発生させず、加熱段階で止まっている。魔石を半端に起動させるのは本来事故の元だが、それこそが彼らの目的とする状態だった。
ノルンの作業を監督しつつ、自らも魔石を握り待機しているディアナが、面倒くさそうにオクタビオへと視線を向ける。
「オクトーの家、色々取り扱ってるから。渡し付ける意味でも、も少し付き合って欲しいんだよね」
「付き合わされる下請業者の気持ちも、推し量って欲しいな。深夜料金と残業代、さぞかし弾んでくれるんだよね?」
「え、なに? 哲学の話?」
ディアナがすっとぼけながら、手に持った風の魔石を起動させる。魔石が発光すると、土製の弾の周囲、気流を操る術式を起動させた。
対してノルンの術式の方では、起動させた火術によって、砲弾内の魔石が次第に熱を帯びていく。火の魔石の可燃性を利用した、疑似遠隔術式をテストしていた。
ちなみにアーネは、デュオを連れて破壊現場の実況見分だ。いつ戻るかも分からないため、術式のテストはディアナが主導となっている。
「こっち、加熱もう大丈夫だよディアナちゃん!」
「こっちも真空形成はりょーこー。では実践テスト行ってみよ」
言うが早いか、ディアナが虹色の光を強める。
かと思えば、土の砲弾をディアナが力一杯蹴っ飛ばした。砲弾は、星の見えない夜の浜辺に飛び出していく。
二人の手元を離れた途端、虹や赤の光は萎んでいき、霧散してしまった。
砲弾はそれ以上目ぼしい変化を見せることなく、そのまま浜辺に力無く落ちる。
見届けた面々が思い思いに落胆し、溜息をつく。
「うわああん! ディアナちゃん、また失敗だよ。……もうヤダぁ」
「ノルン泣き言言うなし。みんな辛いの、アンタだけ辛いんじゃ無いの」
「同じ
「え、なに? 文学の話?」
オクタビオとディアナが茶化し合っている傍らで、長時間の実験が実らず、心の折れたノルンが倒れ込む。
ディアナは一切
「それで、今回の失敗の原因は何なんだい?」
「うむ。では言ってみノルン」
「え、えっとね。僕が思うに、真空で減圧される影響で、土製砲弾の水分が気化して熱を奪ってるんじゃないかな。……あぅ。ディアナちゃん、その踏みつけ、もうちょっと強くても僕は、ぷぎゃっ!」
聞きなれない類の悲鳴を残して、ノルンが後頭部を、ディアナに踏み抜かれる。
砲弾の材料にした土は、そこいらで掘ったものに、水を加え泥状にしたものだ。それを地術で整形しているため、水分を多分に保持している。
「温度が無いと、火の魔石もただの石ころだからねー。ジャガはサイズ差と水分量で、爆発がまちまちだったけど。あれでバランスが良かった方かも」
ジャガイモ程度の人が握れるサイズなら、火術で熱し続けやすい。そして体積の都合上、真空形成が容易で、施術するのも直前でよい。温度を維持しやすいので、擬似遠隔術式の成功率もそこそこだった。
今回の実験では器となる弾をサイズアップした分、真空の層も早めに形成と調整をしなくてはならなかった。結果的に、砲弾は長く真空に晒され、温度低下が早くなってしまう。
「ねえディアナちゃん。素材を泥じゃなく、乾いた土や砂にすれば、いけるんじゃないかなあ」
「それじゃあ実践環境にならない。想定された戦場、確実に雨が降るのよなー」
巨大竜巻は、前触れとして嵐を呼び込む。前回西門が爆心地になった際も、そう報告を受けていた。であれば、それを念頭に置いた試験が必要だ。
「攻撃対象は多分、陛下なんだよね。どこかに予め設置できないかな。分からないよう隠しといて」
それならば、現地調達に頼らなくて済む分、素材の幅は広がるが。もっと根本的な問題があった。
「隠し場所で戦闘があれば、回収できなくなる。だったら、完成品持ち込んで随伴した方がいい」
「ディアナちゃん、それが爆発物だって忘れてない? 何かあって陛下吹き飛ばしたら、誰が責任取るの」
ディアナとノルンで案を出し合っては、反証し合う。但し術式の考案からかけ離れて、運用面の話になっていた。技術班としての議題としては後退している。
それを見かねてか、オクタビオも面倒くさそうに輪に加わってきた。
「そもそも、真空にこだわる必要は無いだろう。 例えば水術による水の膜でも、空気への接触が無くなって、暴発防止になるんじゃないか」
「え、なに? は? 科学の話?」
「そうだよ、他に何の話だと思ったんだキミは」
オクタビオがキレる。
口は悪いものの、彼なりに議論に参加してくれているのは伝わった。
「すぐ爆発する高熱をキープしなきゃだから、物理的に無理なのよなー。水蒸気になって逃げちゃう」
残念ながら、言われた内容はシミュレート済みだったが。
真空が必要なのは、断熱による高温維持と、予定外に空気と触れて暴発するのを防ぐためだ。
オクタビオの意見に加え、水の膜であれば減圧による気加熱と違い、芯部の魔石の温度は維持できるかもしれないが。沸騰して水の膜が消えてしまったら、元も子も無い。
オクタビオに構うのを妬いてか、ノルンが勢い良く手を上げる。
「はいはい! 器が二層構造ならどうかな。土、真空、土、炎みたいな感じで」
「馬鹿ノルン。真空層を覆って保護したら、風術が解除されても真空が維持されちゃうし。真空が維持したままだと、魔石が発火しないでしょ」
「だから一番外側の層だけ、地術で保護するんだよ。術者の手を離れれば、解除されて真空層ごと破棄されないかな」
「風と火でも並列作業大変なのに、地術も増やして誰がバランス取るの? 今でさえ操作ミスったら、ボムるリスクとってるのに。わたしイヤだから」
現状の、風術による真空形成と火術の発火現象でさえ、ギリギリのところで制御しているのだ。
ディアナの実感としては、これを安定的に行使できるのは、道場メンバーでは自分とアーネくらいのものだ。
こうなったらしょうがないと、ディアナが腕を空に向けて、うんと伸びをする。
突き出すように主張した胸部に、ノルンの視線が釘付けになった。
「イヤだったけど、胡散臭い諜報系女騎士を頼るかあ。高位の地術師っぽいし、陶器なり金属なり、水分を保持しない容器くらいその場で作れるでしょ」
真空下でも変化の無い砲弾を用意できるなら、大体の問題がクリアされる。乱戦だろうが、爆発物だろうが、雨に降られようが関係無い。
後の問題は、戦時におけるベルサの動向だけだ。
「最初っからそれじゃあダメだったのかなあ?」
力が抜けたように、ノルンが抗議する。もちろん今の実験の意味はあった。
「どこでも簡単に作れるってのが、ポイント。まあそれは今回関係無いから、妥協するよ」
「じゃあまず、情報部の騎士様に確認を取る必要があるね。どこにいるんだい?」
何の気無しにオクタビオが指摘する。
言われて気付いた。
軍情報部のエースの、戦時下における居所。
そんなもの、分かる訳がなかった。
最後に会った時も、切り札を取りに行ってくると言い残していたので、執務室には確実にいない。
「……どこだろ?」
「ちょっとぉ! それじゃあテスト終わらないってこと⁉︎」
ノルンの悲鳴が海岸に木霊する。
まだ、家には帰して貰えそうになかった。
*
全身が水でできたその異形は、湖の底にいた。
溶けるように、
湖の水と一体化しながら、取り込んで。
文字通り薄れかけた己の肉体を、強大な魔石の力を持って、補強していた。
次に必要なのは何か。
水に埋もれながら、その異形は思考する。
---お別れだ
主から受けた最後のオーダーが、何故かノイズとして頭の中で再生される。
己の身体を顕現させたのは、「血染めの戴冠式」における出来事がきっかけだった。
だが人間的な思考を獲得するのは、その時が初めてと言う訳では無かった。
その上で独自進化を遂げていくのが、古来から伝わる四大の魔石達だ。
---何だ、魔石が体に入り込んだぞ? これ、大丈夫なのか? でも、そう言えば父上も---
主であったアルノーも、一番初めの頃はそうやって驚いていたものだ。
宿主の観察を得て外界を蓄積、記録し。
宿主の意思を汲み取り物事を解釈、理解し。
宿主のフィルターを通した判断を元に、享受したものを分別、評価する。
行きつく先は、独自の知能の発芽だ。
とは言え、その擬似人格は未熟のままで。
完成には別の存在による認知を必要とした。
結果、産声にもならない叫びを発信した時は、主に大層驚かれたものだ。
---あれ。魔石が喋った? いや、実際声に出ては無いから、テレパシーか?---
肉体構成をリビルドするため、メモリを整理して最適化を進めていた影響だろうか。
懐かしい声が、聞こえた気がした。
敢えてノイズ処理せずに、自己修復機能をバックグラウンドへ移行。
(重篤な誤作動や機能不全はゼロ、再起動は順調。水分補給率は九割を越えタ。外殻の再形成は問題無イ。だが外敵への対応には更ナル最適化ガ必要)
人たりえぬ身を持ちながら、それは人間のように物事を論理的に導き、当て嵌めて、解を得る。
そのための性能を、その異形は持ち合わせていた。否、かつての宿主から写し取ったという方が、正しいのかもしれない。
水は他の物質を、己の
そうやって、主より与えられた少なくない知識は、その異形を完成形へと導いていた。
---そうか。俺が見えてるもの、聞こえてくるものを、お前も感じることができるのか。じゃあ尚更、いい景色を見せてやらないとな---
かつての主人の声が、己の記憶からノイズとして浮かび上がってくる。
とても長い間、彼と一緒にあった。
綺麗なものも汚いものも、共に見てきた。
主ならば、この問題を解決するためにどうしていたか。
それを組み立て、意味を与えていく。
戦いに必要なもの。
生きるために必要なもの。
その機能を引き出すために必要なものを、取り込んだ湖水をエネルギー源として再現していく。
---しまった。
そう言っていた主は、結局甲冑姿をベースとして
確かに甲冑は、実物であれば身体を守る堅固な装備なのだろう。だが肉も骨も鎧さえも、水そのものである水人形にとっては、甲冑そのものはあまり再現する意味がない。駆動性を確保するには、別のモチーフが必要だ。
とは言え、長く人の
例えば人間のような手足、関節機構、筋肉組織、骨格。
見た目だけでなく、可動域や強度、柔軟性に至るまで、高精度で己を組み上げ直していく。
再現するための情報は、ちゃんと己の中で眠っている。他ならぬ主の肉体で、長いこと過ごしてきたのだから。
---いつかは水人形で、お前の体を作ってやれるかな。ああでも、
水の中で漂いながら、水人形は変容していく。
主であり友でもあった人間は、もういない。
己が見捨て、己が死を運んだ。
間違えさせたくなかったのだとは、言い訳にもならない。
自分が彼から、文字通り全てを奪ってしまった。
ならば彼が為したであろうことは、己が為さねばならない。
ただの水の塊に過ぎない身ではあるものの。
---ヒトだろうが動物だろうが水だろうが、さ。自分で何かを考えることができるなら、それは一個の命だろう?---
そう教えてくれたのは、彼なのだから。
かつての主を想うたび、やるべきことが自分の中でハッキリしていく。
決意と覚悟が決まるのに合わせて、まるで稼働中の魔石のように、身体が光を帯び始めた。
湖中であっても、光は水の青さに負けることなく、なお青く輝く。
「全てヲやり直す。そのタメに、残ったのだ!」
水の中で異形が吠える。
水中にも関わらず、その咆哮は音として伝播していく。
一度は
地下水脈から辛くも逃れ、流れ流れて今は王都近くの湖底にあった。
だが隠れるのは終わりだ。
湖面を震わせ、異形が浮上する。
人の形を取った、けれども人ではない何かが、生まれ出でる。
「主よ。今一度、共に。今度ハ我が、連れ行こう」
湖に突如現れたそれは、本質的には水人形のままだった。
だがその姿は、以前の甲冑の騎士ではない。
鎧は要らない。
どう姿を変えたところで、それは結局、水でしかないから。
魔石が無くとも、水は淡く光り輝く。
否、例えどこにも見当たらずとも、
肉体も魂も、それを構成する全てが、魔石そのものだ。
強いて言うならば、水人形そのものと化した
アルノーが生み出した
「我はリヴァイアサン。今ハ一人、ただのリヴァイアサン」
アルノーの姿形を纏った水人形が、華々しく名乗りを上げる。
故に、今し方生まれ直したそれが
「お目覚めですか、
それはいつの間にか、そこに立っていた。湖岸の端、ぎりぎりの地面に足をつけて。湖の上に浮かぶ
「リデフォールに未曾有の危機が近付いています。滅びの風が、間も無く島中を吹き荒らします。貴方はどうしますか?」
答えるまでもない質問だった。
再形成されたばかりの首を震わせ、それは短く首肯する。
「元気なのは良いことです。でも貴方では、天空を舞う妖鳥は捕まえられません。お分かりですね」
それは悲しいかな、純然たる事実だった。
市街地で遭遇した時は、何も出来ずに無力化されてしまっていた。
地下水脈を見つけられていなかったら、どうなっていたことか。芽生えたばかりの思考でも、それは想像がついた。
「それでも、
交換条件。そう、目の前の女性は告げる。
それは、生まれたばかりの異形が判断するには、とても難しい条件だった。
恐らく目の前の女性も、単独であれを止める術は無い。
彼女も、色々な綱渡りが必要になっていて。
リヴァイアサンとてそのか細い綱の、繊維の一本にすぎない。
それでも、例え利用されてでも。
その
何が一番大事なのか。今度こそ間違えるわけにはいかない。
アルノーの姿を被る
ぎこちない動作で、その手を取った。
触れた瞬間、途端に目の前の女性の顔が緩む。
「ようやく触れ合えました。初めまして、わたしの新たな同胞。これからは普通に、お話できますね」
さっきまでの固い物言いは角が取れて。暖かな春の陽気のような、優しい笑みを浮かべる。
きっとこちらの方が、彼女の素に近いのだろう。
「それにしても、この絶好の機会を逃すなんて」
ベルサが警戒するように辺りを見回す。
敵についての話ならば、そう遠く無い場所に、ミリー公爵の陣があるはずだ。
しかし彼の軍は兵を消耗したうえ、城攻めに取り掛かっているだろうから、この近辺を偵察する余裕が無い。
ベルサとリヴァイアサンが真に警戒すべき相手が、他にいる。
「妖鳥ノ眷属は、近くには居ないようだ」
「ええ。消耗を嫌って温存を選んだようです。あくまで優先順位は復讐が上位、ですかね?」
どうやら彼女は、この場で戦闘が起きることを覚悟していたようだった。
リヴァイアサンは出し惜しみせず回復と復元に努めていたので、ベルサやエルがこの場所を探り当てるのは、難しい作業では無かったはずだ。
幸か不幸か、近くにエルネスト・ジズ・サーラなる四大の継承者の気配は無い。
もちろん、姿を隠すのも聞き耳を立てるのも、風使いの得手だ。こちらの感知外から機会を伺っている可能性は、無いでも無い。
どちらにせよ姿を現さないのであれば、何か他のことに、かかずらっているのだろう。
「妖鳥にダメージが残っているとハ考えられない。準備をしていると考えるべきだ」
「この隙に、こちらも動きますか。その前にリヴァイアサン。自身の形態変化は可能ですか?」
エルネスト・ジズ・サーラ攻略戦に向けて、その凶行を止めようとする者達が集い始める。
避けられない決戦が、目の前まで迫っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます