第51話 四大の戦い、空を裂く星屑

 女王自ら軍を率いて前線に出るとの噂は、瞬く間に王都中へと広がった。

 国家元首が戦場に立つという、通常ならばあり得ないその陣容は、最早退路がないことの表れでもあり、取り分け貴族院や官僚達からの批判を浴びることとなる。

 だがそれに反比例するように、元より忠誠心が高い末端の騎士や衛兵達は大いにたぎり、存分に士気を高めた。

 対してミリー公を総大将する公爵軍も、一時は竜巻による被害で、立て直しを余儀無くされていた。

 しかしクラオン軍残党を吸収することで、損失した兵の補充に成功。

 そればかりか、二頭制が崩れミリー公に全ての権限が渡ったため、二つの地域の混成軍が、集団として一体感を持つにまで至った。

 そして王都と公爵家、二つの陣営は城壁の外と内にて陣形を敷き、再び相見える。


「おー、綺麗に並ぶもんだねえ、ねーさん」

「王都守護を使命とする第一騎士団が、本拠地で陣組さえ満足にできないようじゃあ困るよ」


 本陣がある丘の上から、ディアナが暢気な声で感想を述べる。話しかけられたアーネは緊張感を崩さぬまま、妹分と同じ光景を眺めていた。

 当初の想定通り、公爵軍は廃墟と化した旧西門前に布陣している。建物は吹き飛ばされ更地と化しており、王城までは真っ直ぐの道のりだ。

 そしてその道を塞ぐように、騎士団を中心とした王都の軍が横陣を敷く。

 アディは近衛兵を率いて、中央に位置していた。


「近衛はキビキビして流石だねー。やっぱ普段の訓練から、回れー右、帰れ! とかやってんのかな」

「それ訓練違う。怒られた時に言われるやつだから。『やる気無いなら辞めろ』の同義語だから」


 思えば従士として働いていた頃も、騎士団長を務めるジェラール指揮のもと、陣立ての訓練をしたものだった。

 特に今回は、アーデイリーナ女王が自ら前線に立っている。これで発奮しないようでは逆に困る。

 なおアーネ達は、正規の騎士団とは別行動をとっていた。

 現在はアディとベルサの取り計らいで、情報部直轄の機動部隊として本陣に位置取っている。


「それで、例の術式兵器は?」

「え? 出来てるよ? 昨日試作品見せたでしょ」

「配備が済んだか聞ーてんの。ウチらが持っててもしゃあないでしょ」

「ベルサさんに渡しといたよ。今はでデュオと最終調整中。でも起動はわたしも手伝わないとだから、そろそろ待ち合わせ場所へ向かうけど」


 いまいち緊張感に欠けるが、一応与えた仕事はこなしたらしい。そういえば道場でノルンとオクタビオが爆睡していたが、それとも関係があるのかもしれない。

 とは言えベルサの担当する、竜巻内部への術式の射出方法が気になる。作戦自体はアディが認めているので、問題は無いのだろうが。

 そのアディは丁度、兵達の前に立って檄を飛ばしている最中だ。

 侍従として過ごしていた頃の彼女を知っているので、古い知己であるアーネとしては、何だか妙な気分だった。


「今更だけどー。ジズの人が、竜巻じゃなく別の攻撃方法を取ってくる可能性って無いの?」


 本当に今更な疑問を、ディアナが投げかけてくる。とはいえその可能性は、アーネも常に考えていた。

 例えば超高高度から吹き下ろされる突風などでも、大きな被害を与えることは可能だろう。或いは局所的に空気を極端に薄くするなど、風使いならではの攻撃が予想できる。だが。


「まあ、生成可能であるなら、竜巻が一番効率的かな。作るのが大変な分、維持しやすくて継続的な効果が期待できるし」


 突風は威力は作りやすいが、継続的に高出力で風術を行使する必要があり、消耗が激しい。空気操作による窒息は、ダメージが無い分、気付かれたら容易に逃げられる。

 風術は射程距離と術式制御が売りとはいえ、限度はある。

 竜巻ならば、発生する状況が出来上がれば、後は渦巻く風が全てを巻き上げ、切り裂いてくれる。


「じゃあやっぱり当面の問題は、いつ、どこに、攻撃が来るかってとこカナー?」

「うん。そしてそれを限定してくれるのが、バスフィールド卿と、アディだね」


 ちらりと遠くに目を向ける。

 そこには女性がてら、鎧に身を包んだ親愛なる女王陛下が、遠く公爵軍に睨みを利かせていた。

 公爵軍に気を配りながら、予め決められたポイントで先端を開くのが彼女の仕事だ。

 全ては、異能の風使いに対抗するため。

 女王自らが馬に跨り、瓦礫の散らばる城下町を駆けようとしていた。


「そろそろ開戦だね。あたし達も動こう」 


 リデフォールの命運を決める戦いの火蓋が、切って落とされようとしていた。



 


 戦線が動き出したのを、エルは王都の遥か上空から捉えていた。

 その身は既に分厚い雲の上。

 そもそも、その黒い雷雲を呼んだのはエル本人であった。

 水術師ほどでは無いが、時間さえあれば風術師でも雲を作ることは容易い。

 異なる温度の空気をぶつければ、後は自然に出来上がる。空気の温度もある程度は操作できるので、地形や気象に依ることなく、必要な雲を召喚することができる。


「女王自ら先陣を切るか。勇ましいな」


 初めて会ったのは、ロベールとアルノーが戦った内乱のときだった。

 あの当時は、何をすべきか決められず、ひたすら頭を抱えていた侍従の女だったが。今は王位を得て、最前線で槍を振るっている。

 色々な経験が、彼女を強くしたのだろう。


「感動的な話だが、付き合ってはやれない。王を名乗るのであれば、尚更な」


 会話を交わしたのも、一度や二度では無い。

 とは言え、所詮はその程度の仲だ。

 成し遂げたい願望があって、そのために彼女の排除が必要であるなら、躊躇わず剣を振るう。

 もう、戦わないという選択肢は無いのだから。

 だが、これ見よがしに前線に飛び出たのは、気になるところではあった。


「大方、獣の巫女の入れ知恵か。ならばその策も読めるというもの」


 剣身の無い柄を上段に構える。

 七色の光が、エルの全身を包んでいく。

 その光の中心点たる胸元では、二枚の羽が交差する紋章が、輝きを放つ。


「こうなることは、分かっていたのだろう? 望み通り、妖鳥の風晶ジズの真髄を見せてやる。虹剣こうけん、限界駆動。吹き荒れろ、天望の虹、風の剣ジズ・オーバーロード


 エルの纏う光が、掲げた虹剣こうけんへと集まっていく。あたかも剣身のように渦巻いた光が、柄の先で収束し対流する。

 虹剣こうけんの光はやがて雲海へと零れ落ちていき、空に染み込む。

 光が周囲の風を掴み、気流を成していく。

 次第に、地上から上空へ向けて空気が昇り、渦巻き始めた。空気の流れが変わり、地表を穿つが如く雲が捩れる。

 雲の下では風が強まり、雨粒が落ち始める。

 高さ千メートルを悠に超える巨大竜巻が、生まれようとしていた。


「予想通り程度で終わってくれるなよ。虹剣こうけんの限界駆動、見事止めて見せるがいい」


 戦場の様相も変化を見せる。風に煽られ、落馬や転倒する者が続出し始めた。それでも戦いは止まらない。

 どれだけ風が吹き荒れようと、戦いの最中敵に背を見せれば、追い縋られて斬られるのみだ。

 その逃げ場の無い戦場に、エルは容赦無く力の奔流を注いでいく。

 四大の魔石ほどの出力を持って、ようやく引き出される虹剣こうけんの限界駆動が、今再び地表を薙ぎ払わんとして。

 地上で何かが輝くのが、エルの視界に飛び込む。

 積乱雲すら貫通するそれは、黄金の光だった。まるで、見る者の眼を灼き払わんばかりの、猛々しい輝き。

 それを視認したエルが、獰猛な笑みを浮かべる。


「やはり持ってきていたな、獣の巫女。あると思っていたぞ」


 エルの心臓が早鐘のように、その鼓動を幾重にも重ねていく。

 牙を突き立て喰らい付いたはずの獲物が、急遽爪を立ててきた感覚だった。冷たい汗が、身体中から瞬時に湧き出す。

 だが、決して想定外の展開では無い。

 北部大陸にて獣の巫女は、エミリア教の神殿騎士団、その筆頭たる『第一槍スピア・ワン』に敗れ、リデフォールに逃げ延びたと聞いていた。

 だがを持たずに、単独で他国に流れ着くはずがない。

 「虹剣こうけん」という強大な武器を祖国の蔵から持ち出した以上は、その抑止力も必ず持ち込んでいるはずだった。


虹剣こうけんの兄弟剣。四大のみが本領を発揮できる、四振りのみの戦術兵装。その内の大地を司るもの。来るがいい、『星剣せいけん』よ!」


 黄金の光へと向けて、虹剣こうけんを振り下ろす。

 直後、空気を裂くような音を撒き散らしながら。

 天地を貫く竜巻が顕現した。





 エルの風術の影響で、地上には強風が吹き荒れていた。

 隊列を組んだ兵達が横倒しになり、馬上の騎士は馬に放り投げられ、既に大惨事だ。

 誰も彼も立っているのがやっとで、戦闘どころではなくなっている。中心部の外側はまだ穏やかだが、巻き込まれた者達は暴風域を抜け出すことすら、ままならない。

 巻き込まれた者達の中には女王の部隊も見られた。だが周囲の焦燥に反して、アディは両の足でしっかりと立ち上がっている。近衛隊も同様で、時折飛んでくる瓦礫や備品を、器用に打ち返している。

 気付く者は多くなかったが、彼らの足元の地面は、仄かに光を帯びていた。見るものが見れば、地術による加護が働いていると分かるだろう。

 風を受けて立ち続けるアディの精悍な面持ちは、まるでどこでどのような風害が起こるか、予測していたかのようだった。

 そしてついに、戦場に竜巻が産み落とされる。

 同時に、それに応えるかのように、暴風の中心の地面が音を立てて割れ始めた。

 割れた大地の面は、磨かれたように真っ直ぐで、凹凸が全く無い。一般家庭の煙突ほどの幅だが、深さは家一件で収まらない程度にはある。

 地割れの奥底には、巨大な黒い砲弾がセットされていた。そして、その砲弾の横にデュオとディアナが立っており、魔石を使って何らかの術を行使している。


「こっち、いつでもいけるー。火の魔石、ガンガン熱してるよー」

「風の魔石を使った真空形成も問題ありません。短時間なら手を離しても維持できます」


 二人が手を挙げて合図する。

 二人の頭上、地割れの淵には、いつの間にか一人の女性が立っていた。黒い軍服に身を包んだその女性は、了解の合図を返し、空の上を見つめる。


「うん、バッチリ。別の場所から遠隔発動されたら困ったことになりましたが。虹剣こうけんといえど、流石にこの規模ならば、直接操作が必要でしょうね」


 場を整えた張本人、ベルサ・B・バスフィールドが満足気にうんうんと頷く。

 そのまま地割れの底の壁面を変形させ、通路を作り出す。デュオとディアナは急ぎそちらに駆け込んで、その発射場を後にした。


「既に虹剣こうけんは限界駆動に入ったようですし、今なら爆撃ポイントを変えるのは不可能。ピンチは最大の好機とはよく言ったものです」


 ベルサが懐から、小さな金属片を取り出す。名残惜しそうにそれを見つめて、溜息を零した。

 金属の破片を握り締め、ベルサが祈るように両手を組む。


「使えて一回が限度ですけど。ここが使いどきでしょうね。きっとこのときのために、マスターも託してくれたんでしょう」


 組んだ手から光が溢れる。土の魔石を示す黄金色の輝きが、大地に染み込んでいく。光は地割れの中をも進んでいき、やがて最下層に設置された砲弾に伝わっていく。

 その巨大な砲弾の外殻は、地術によって形成されたものだった。

 ディアナに相談された時はどうしたものかと思ったが、コンセプトがハッキリしていたため、割と短時間で対応できた自信作だ。

 輝きが投映された今は、まるで夜天に輝く恒星のようにも見えた。


「砕かれてもなお頼ろうとするわたしを、許してください。もう一度だけ力を貸して、『星剣せいけん』よ」


 大地が鳴動する。

 地上にいる兵士達も、ただならぬことが起きていることを察し、地割れが生まれた暴風域の中心地に視線を注ぐ。

 地割れによって生まれた穴は、いわば砲身だった。そこに備え付けられた砲弾を文字通り空へと飛ばす発射口の役割を持っている。

 ただし火薬の爆発を利用する大砲や、梃子の原理を応用したバリスタとは射出方法が異なる。

 砲弾を飛ばす力は、地下深くを流れる地熱貯留槽、つまりはマグマで熱せられた水や蒸気だ。地術でそれらを、縦穴直下まで一気に呼び込み、炸裂させて砲弾を発射する。


眠れる猛獣の地晶べへモス、起動。わたしの正体を知るが故に、見誤りましたね。確かに真っ向勝負は出力の点で不利。北の闘争で、『星剣せいけん』も伝承殺しに砕かれましたが。切り札くらい持ってますとも」


 本来は大地の奥底に存在する熱水や蒸気、或いはマグマそのものを操るのだが。十全に力を発揮して空に放っても、上空数千メートルに滞空するエルには届かない。

 故に地熱エネルギーを基礎とした二次媒体、つまりは特製の砲弾を用意して射出する。

 蒸気圧の制御、術の安定持続性、砲身や弾の強度、どこかでバランスを崩せば、術式は決壊する。下手をすれば、砲身となる地割れや砲弾自体が損傷し、周囲に被害をもたらすだろう。

 それこそベルサのような超一流の地術師でも、補助が無ければ成し得ない難易度だ。


「虚空を舞う妖鳥、何するものぞ。これが『星剣せいけん』の限界駆動。我が哀しみ、獣爪の一掻き、とくその身に味わえ。簡易展開、天塵の星、大地の剣べへモス・オーバーロード


 直後。

 轟音を響かせて、地の底から弾丸が射出された。

 音を置き去りにして、衝撃波が地上の兵士達を薙ぎ払っていく。

 形成され始めていた竜巻の中心を突き進んで、速度を緩めず高度を上げていく。

 変化はすぐに起こった。

 竜巻が渦中心部に向けて縮まる。まるで登ってくる砲弾を押し潰すように。

 エルが地表へのダメージより、飛翔体への防御を優先させた証だ。

 だが風圧に逆らい、砲弾はなおも上がる。全方位から圧力がかかる中、黄金の光に包まれたそれは、速度を落としながらも雲を抜ける。

 だがそこが限界だった。

 遂に風が砲弾を絡めとる。目に見えて失速しながらなおも登ろうとして、それは空中で静止した。瞬く間に空気の圧力が砲弾を潰しにかかる。

 外殻がひしゃげて、ひびが入ったところで。


「簡易展開ではこれが限度ですね。でも十分です」


 砲弾が炎を撒き散らしながら爆発した。

 本来ならば空気の薄い上空で、そこまでの爆発を見せるはずは無いのだが。

 エルが風術で上昇気流を形成していたため、それが道となった。

 炎は熱を放ちながら竜巻を燃やして、上昇する。

 その炎は遂に雲の越えて遥か上空、『虹剣こうけん』の限界駆動を発動させていたエルまで届いた。

 元より、巨大竜巻による地上一掃を遅らせてまで『天塵の星、大地の剣べへモス・オーバーロード』を迎撃していたところを、内部から爆発を受けたのだ。風術を維持するのは莫大な負担となっていたはず。そこに、炎が昇ってきたのだ。普通ならパニックで火に巻かれてもおかしくないが。

 

「流石に、そこまで上手くはいきませんか」


 竜巻がいきなり拡大を止める。時計回りに渦を巻いていた力が、僅かに乱れだした。術者であるエルが、制御を解いて離脱したのだろう。

 とはいえ、それもきっと一時的なものだ。炎が上がってくる竜巻の中心部から外れれば、危険は無くなる。その程度の退避であれば、一度制御から外れたとしても、瓦解する前に再び竜巻を操作することは可能だろう。エルの性格を考えても、一度や二度の妨害で攻撃を諦めるとは思えない。

 今頃は再度掌握するために、離れすぎないようにしつつ、やや降下した宙空にでも降りて来ていることだろう。

 二発目の『天塵の星、大地の剣べへモス・オーバーロード』でも警戒しながら。


「まあ弾切れですけどね。でも、貴方は知らないから、にする。だからこそ見逃す。出番ですよ、リヴァイアサン」


 ざっと探って、上空に漂うエルの気配が、雲の中に移ったときだった。

 もう一つの四大の力が、急速に膨れ上がった。

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