第49話 起き抜けの一戦、竜巻を吹き飛ばせ

 目を開けると、真っ白な天井と木製の柱が、視界に飛び込んできた。

 頭にかかったもやが次第に晴れていき、寝惚ねぼけ気分が次第に薄れていく。

 手指、足先は自由に動かせる。

 大きな怪我も無く、拘束もされていない。

 そこまで把握できたところで、アーネはゆっくりと上半身を起こした。

 筋肉が、少し固まっている感覚を覚える。背中の痛みと併せるに、長時間寝ていたのだろう。

 今まで横になっていた場所を見てみると、地面の上に、ほつれや破れが目立つ薄い布が広げられているだけだった。痛くなるはずだと、投げやりに納得する。


「ここ、どこだろう」


 思った以上に、ふやけた声が自分の口から飛び出す。最近寝不足のがあったので、かなり深く寝入っていたのかもしれない。


「確か、王都に公爵軍が攻めてきて。それから街に行って。……そうだ、エルに会ったんだ」


 そこから先は、とんとん拍子に思い出せた。

 思い出してしまって、すぐに暗澹あんたんたる気持ちになる。

 実の兄の様に慕っていた故郷の友は、あろうことか公爵家の尖兵として、アーネの前に立ちはだかった。

 そのエルは、故郷を滅ぼした事実をはじめとする、沢山の秘密を晒して。

 何も考えられなくなったところを、思い切り突風を浴びてしまった。

 それで大穴に落ちて。その後は。


「……あれ、夢だったのかな?」


 それにしては未だに、触れた時の感触が身体に浸み付いている。その気になればすぐにでも、アルノーの声や匂いを思い起こせた。

 だが不思議な世界の中で、幼馴染は人が変わった様にやつれていて。


「あれは夢でいいか。まあ夢だよね。てか夢だし」

「ねーさんねーさん、なにその三段活用。弟子らに散々雑用、押しつけて自分は緩慢に療養、ウチらの手柄もいつかは清算してよ」


 声の方を向くと、そこには。

 指を軽く曲げて、手をグー半握りのまま前に突き出し、妹分がキメ顔をキメていた。


「うるさいバカ。寝起きで頭痛いのに、いん踏みながら絡んでくんな」

「あれれ、ねーさんまだまだ寝起き? もうそろそろ吹き飛ばそうgroggy、今は立って歌おうよrhyming、眠り過ぎてて頭はlike a journey? 悩む意味は無いから取り敢えずrunning、これぞカミの導き? じゃないぜ妹からの愛のいたわり、さあ立ち上がってride me」

「うっざ! ソロン語混じりでそしってくんなし!」


 外国語も交えたディアナのディスに、一気にアーネの頭脳が稼働率を上げていく。

 更にディアナが指をクイクイっと曲げて挑発してきたところで、背後からデュオに頭をはたかれていた。


「病み上がりの師範代に、バトルを仕掛けるのは止めなさい」

「むう。アンサー待ちだったのに」


 時折、妹の言っていることが分からなくなる。

 あれこれと無理矢理本を読ませたことが、悪影響になっているのかもしれない。

 心の中で反省しつつ、アーネは改めて状況を観察する。

 簡易的なベッドや医療道具が整えられていることから、ここは負傷者用の救急テントだ。

 そしてここに運ばれたということは、大穴に落ちた後、救助されたのは間違いない。


「デュオ君、あたしどうなってたの?」

「師範代は、川沿いで倒れているのを発見されました。大穴から、そう離れていない地点です」

「連絡が届いたときは、びっくりしたねー。別行動指示しておいて、自分は消息不明になるんだから」


 真っ直ぐな批判を浴びて、アーネは言葉が詰まる。新人騎士が偉そうに指示しておいて、気付けば意識を失いこのザマだ。

 状況判断が甘かったと言われれば、反論の余地が無い。


「でも何で、地下に落ちたのに川にいたんだろ?」

「うまいこと地底湖でも存在したのでしょうか。ただ地下水脈の循環を考えたら、流れ着くとしたら海になりそうなものですが」


 デュオも、自分で言って釈然としないようだった。

 その辺りの地政学的な専門知識は、誰も持ち得ていないのでどうとも言えない。というより、王宮の国土担当者でも把握し切れていなさそうだ。

 それに二人は知らないだろうが、あの場所には先に、異形の水使いが落ちている。

 後から落ちたアーネに気付き、救ってくれたというのが一番ありそうな線ではあった。


「ていうかわたし的には、穴に落ちたねーさんが、無傷なことの方がミステリー。見てきたけど、そこらの井戸より深かったよ」

「あたしも、落ちたときの記憶が無いんだ。すぐに気を失っちゃったっぽい」

「であれば、岩肌にぶつかることなく、綺麗な体勢で地下水脈まで落下したということでしょうか?」


 それもそれで、中々あり得ない話ではあった。

 とはいえ無事な以上は、問題無いわけで。考察するにも材料が欠けているので、検証しようがない。長く寝入っていたせいか、頭も本調子から程遠く、考えも纏まらない。


「お疲れだね、ねーさん、だいぶ。地下へのdiveで頭がdrive? 今はまだまだ様子見time」

「そのネタ、もういーから。ていうかテンション高いねあんた」


 自分が寝ている間、何かあったのでは無いかとアーネがデュオを窺う。すぐに分かりやすく、目線を逸らされた。

 そんなデュオをよく見れば、腕や頬などあちこちに細かい傷がある。その様子で、アーネは何となく察してしまった。


「あー、ごめんデュオ君。この子の癇癪かんしゃくに付き合ってくれたんだね」

「いえ、まあ、はい。すみません」


 口籠もりながら、デュオが何故か謝罪してくる。

 基本的にディアナの鬱憤うっぷん晴らしには、アルノーかアーネが対応する決まりだった。

 アーネの立場としては、危険な真似をさせてしまい申し訳ないという気持ちしかないのだが。

 変に生真面目なところも、アルノーに似てきたかもしれない。


「本当にもう。ディアナ、その性癖直さないと、嫁の貰い手無くすからね」

「妹を異常性癖者扱いするなー。愛と苦しみは表裏一体なんだぞー。誰かを想って苦しんだり痛んだり、それが愛なんだよ」

「だからって相手を傷付けちゃ駄目でしょ。ハリネズミじゃあるまいし」


 やっぱりどうにかしなきゃなあと、アーネが投げやり気味に考える。

 愛情表現は千差万別だが、ディアナは特殊過ぎる。生まれが生まれだから、仕方無い話ではあるが。そこを上手く導くことが、彼女を預かるアーネの命題だ。

 それより先に、考えなければならないことがある。公爵軍の侵攻の速さは、妖鳥の風晶ジズの継承者、エルが大きく関係していた。敵に四大の使い手がいることは、大至急王宮に伝えねばならない。

 固くなった体を持ち上げ、立ち上がる。幸いなことに、行動に支障をきたすレベルの負傷は無い。


「あ、待って待ってねーさん。急に動いちゃあダメだって」

「そうも言ってられないよ。公爵軍にヤバい奴がいるの。急いで伝えなきゃ」

妖鳥の風晶ジズの使い手については、既に情報部から報せが回っています。全軍最大限の警戒網を敷いています」

「三日前の西門破壊事件の件もあるし、状況のマズさは知れ渡っているって」


 アーネの動きが止まる。

 聞き捨てならない情報を聞いた気がする。


「ディアナ、今何て?」

「だーかーらー。三日前の時点で情報が回ってるんだって。凄かったんだよ。西門が巨大竜巻で粉砕されて、跡には何にも残らなかったんだから」


 アーネは眩暈がしそうだった。

 三日前。

 西門破壊。

 巨大竜巻。

 誰が何をやらかしたのか、断片的なワードからでも推察できる。

 ようやくアーネは、兄貴分が本気でリデフォールを滅茶苦茶にするつもりなのだと悟った。


「本当にやるんだね、エル」


 そして、それが三日前だというのも良くない情報だった。眠りこけた自分が腹立たしい。

 それだけ時間を与えれば、エルが例え大規模風術で消耗していようが、もう回復していてもおかしくない。四大の魔石相手なのだから、術後の隙を突くのがベターな戦術なのに。もうそれは不可能だ。


「じゃあ今の戦況は? どうなった?」

「敵方は旧西門前にて布陣。陣立てから察するに、真っ直ぐに突っ込んできます」

「で、うちは城門は放棄。王城で迎え撃つ方針だよ。今は物資や怪我人を移動させてる最中なの」


 このタイミングで二人が現れた理由が分かった。

 軽傷だったために支援部隊による移送が受けられず、お迎え待ちの扱いだったのだろう。救護テントに空きベッドが多いわけだ。


「それにしても公爵め。この状況で攻め込むとか。竜巻の正体について、少しは考え至らないわけ」

「強盗する予定の家が、鍵を開けてるばかりか、扉を外して風通し良くしてるワケだからねー」

「期を逃せば、クラオン領に派遣した騎士団も王都に戻り、形勢は逆転します。目的の分からないジズの行方など、待っていられないのでしょう」


 浅はかな選択だが、ミリー公を責めてもしょうがない。

 恐らくエルは、公爵軍に出入りしているものの、妖鳥の風晶ジズの継承者である事実を意図的に隠している。

 情報の与え方、隠し方が上手いのだ。流石はアルノーに、戦略を仕込んだだけはある。


「公爵家もそうですが、当面の課題は妖鳥の風晶ジズの使い手です。現状、あの竜巻への対抗手段が無い」

「恐らく、もう一度撃ってくるよ。エルはリデフォールそのものに、復讐を望んでいるようだった。被害が一番大きくなるタイミングで来るはず」


 つまりは、王都の守備と公爵家の軍が再度激突したとき。

 そして次の開戦は、前回よりも更に城に近付く。全てを巻き込むには、打ってつけだ。


「でもその人って、何でそんなにリデフォールのこと恨んでるの? そもそも妖鳥の風晶ジズって、エミリア教国の管轄じゃあなかった?」

「復讐の動機は、見当が付くかな。エルの家族って、あたしらの故郷じゃあ、よそ者扱いだったし」


 そもそもエルの一家がリデフォールにやって来た理由も、大海蛇の水晶リヴァイアサンを探しに来たのだとすれば納得できる。

 風使いは探索、捜査を得手とする。更に四大同士であれば、引き合う何かを感じ取れても不思議ではない。

 集落では、大海蛇の水晶リヴァイアサンの家系は里長として崇められていた。

 対して妖鳥の風晶ジズの家系は、何故か腫物扱いを受けていたのだ。今考えれば、エルはその境遇に怒りを感じていたのかもしれない。

 とはいえ集落を滅ぼした今、その矛先が王国そのものに向かうのは、飛躍し過ぎていないだろうか。エルが何に怒っているのか、その本質はまだベールに隠されているような気がした。

 天幕の入口から、足音が聞こえてきたのはそんなときだった。


「おや、ティファート卿。丁度起きられたみたいですね」

「本当ですか、良かった。失礼しますアーネさん」

「アディ! え、何でここに?」


 現れたのは、アディと情報部のベルサだった。女王であるアディが来るとは考えていなかったので、一瞬パニックになる。護衛はベルサが務めているのだとしても、今は非常事態だ。軽々しく、国家元首が出歩いて良い時勢では無い。


「ご心配なく。怪我人のテントを回る慰問の最中です。遊びに来たわけじゃあ、ありませんよ」

「開戦直前にしなくてもいいでしょうに」

「だからこそです。ここはもう城の目の前、退く場所は無いのです。王都が落とされるかどうかの瀬戸際であれば、士気は上げるに越したことはない」


 アーネのいさめにも、アディは強気な姿勢を崩さない。しかし本当に、今はタイミングが悪い。公爵家との争いが劣勢なのもそうだが、一番の理由は、やはりエルだ。


「普通の内戦なら、アリかもだけど。今は更にヤバいのが来てるんだって」

妖鳥の風晶ジズ、ですね。西門を更地に変えた、あの破壊力は脅威の一言です」


 アディの後ろで、ベルサが「喋っちゃいました」とばかりにウインクする。吸い込まれるような碧い瞳から繰り出されるそれは、同性すらも魅了する仕草だった。

 言うなら言うで構わないが、その危険性まで含めて、過不足なく伝えてほしい。


「エルは、怒ってるって言ってた。だから多分、もう一度来るよ。アディは今のうちに、撤退した方がいいんじゃないかな」

 

 今すぐ撃ってこないのは、やはり大技は連発できないからであろう。できるのなら、とっくにしているはず。

 なるべく大勢を巻き込もうと、今はどこかに潜んでいる公算が高い。

 裏を返せば、小さくまとまってバラバラに逃げるのならば、対応は取れない。


「お城は公爵家が占領しちゃうかもだけど。所詮は拠点だよ。直轄領や友好的な貴族の多くは無事なんだから、別の場所で再起をかければいい」


 楽観的な見方をすれば、残った公爵軍はエルが始末してくれるかもしれない。

 あれとて大きな軍なのだ。クラオン本陣をそうしたように、エル自らが手を下す可能性はある。


「それは、できません」


 アーネの提案にアディは微笑んで、だがしっかりと前を見据えて回答した。


「確かに物理的には、ただの拠点に過ぎません。ですが王城は、戦を想定した砦や要塞とは違う、国の中枢機関としての機能が詰まっているのです」


 アディがはっきりと言い切る。その言は、分からない話でも無かった。

 都における王の居城とは、概念的には国そのものだ。リヴァイアサンの一族がこの地を治める、重要なシンボルである。

 国の在り方を決める行政機能も、財源である国庫も、更にはそれを支える多くの役人が集っている。軽々しく遷都することはできない。


「人も物も、容易に移せないのは分かってる。でも女王に万一のことがあれば、立て直すどころじゃなくなるよ」

「全て捨てて逃げてしまえば、王室の権威が地に落ちます。権威の喪失は即ち求心力の低下、私を助ける者は、本当の意味でいなくなるでしょう」


 そうなってしまえば、その時こそ本当に、王室は公爵家に取って代わられることになるだろう。戦後の時点で、ミリー家かクラオン家が存続できているかはさておき。

 確かに撤退に即して、王宮の者達を説得するのは骨だ。彼らはエルのことを知らない。脅威はあくまで公爵軍のみで、それだけならばまだ戦えるという認識のはず。


「私が女王に立つまで、沢山のことがありました。玉座を巡って、とめどない血が流れて。たおれていった者達に恥じぬよう、在りたいのです」


 理想論だと言いかけて、アーネは口をつぐむ。

 アルノーを否定した以上、自分達の理想に殉じていこうと、剣墓の前で誓ったのはアーネも同じだ。

 それが、こんなにも早い段階で現実を突きつけられるなんて、思いもよらなかった。

 正しく生きようとすることの、何と道の険しいことか。


「策は、考えてるの?」


 自分では主君を引き留められないことを、アーネは思い知る。

 アーネの問いかけに対して、アディが自分の隣を見る。その先には、護衛として随伴する情報部のベルサ・B・バスフィールド卿がいた。


「はいはーい。ここで情報部のベルサさんからお知らせです。継戦が決まったところ申し訳ありませんが。現状では公爵軍はともかく、妖鳥の風晶ジズ所有者に対抗する手立てはありません」


 極めて悲観的なことを断言される。だが今更その程度で驚くメンツでは無かった。そもそもエルが神出鬼没のうえ、叩き込んでくる大火力を防げないからこその、撤退案だったのだ。


「より正確に言うと。防御手段だけなら無いでもないのですが。肝心のエルネスト氏を排除しない限り、何度でも同じ脅威に晒されます」

「ずっと上空を飛んでるからねー。疲れて降りてくるにしても、人気ひとけの無い所に降りるだろうしー」

「そこでです。届かない場所にいる彼ですが、正確な居場所が誰にでも掴めるタイミングがあります」

「大規模風術の発動の瞬間を狙う、と。確かに技の始点に術者はいるでしょうが。ですがそれでは、何の解決にもなりませんね」

「さすがアディ道場の一番弟子さんです。その通り、分かったところで術者は遥か上空。迂闊に近付けば撃ち落とされますし、矢や大砲が届く距離でも無い。そこで、ディアナ氏」

「ほへ?」

「先日は収容所の防衛感謝です。聞けばディアナ氏は防衛の際、大きな火術を用いたようですね」


 そこでアーネはピンとくる。ディアナは確かに術を学んでいて、幾つか魔石も所有している。

 だが情報部が目をつけるような術式となると、彼女に預けていたある試案を、思い出さずにはいられなかった。


「ディアナ、あんたまさか」

「あー、うん。えっと。綺麗な花火だった!」


 間髪入れずアーネが拳骨げんこつを落とす。

 悲鳴を上げつつ、ディアナは頭を押さえてしゃがみ込んだ。


「あれはまだ試作段階だからって、言っておいたでしょうが。勝手に持ち出して」

「勝手にじゃないし。前に預かった時から、ずっとポケットに入れっぱなしだっただけだし」

「もっと危ないじゃん! 直射日光厳禁、冷暗所保管を徹底って言ったでしょ! 火薬握りながら焚き火の上でダンスするのと、大差無いかんね!」


 妹分の危機感の無さに、頭が痛くなる。客観的に見た場合、ディアナに預けたアーネのミスと、呼べなくも無いが。


「話を戻しますとですね。使われた火術って、従来のものより遠隔操作可能だったりしません?」


 その言葉で、アーネは用途に当たりがついた。

 とはいえ、その回答は彼女の期待を裏切ってしまうことになるが。


「残念だけどバスフィールド卿。あれは例え量を増やしても、竜巻を吹き飛ばすのはとても」


 単純に火力不足なのもそうだが。迂闊に竜巻にぶつけても、弾かれて周囲に被害をもたらす危険性がある。

 更には、下手に空気を温めると上昇気流が活性化してしまい、竜巻の規模を大きくしてしまう可能性さえある。


「ではその火術を、竜巻の中心で炸裂させる手段があるとすれば?」

「中心部なら上昇気流に煽られて、火は大きくさせやすいでしょうけど。どのみち竜巻を散らすには至らないし、って。あー、そういう狙いです?」


 竜巻内部に遠隔術式で炎を生めば、燃え上がる先、空中には必ず術者がいる。上手く炎が煽られれば、その熱はエルに届くだろう。


「えっとすみません。お二人とも、つまりどういうことでしょう?」

「でもやっぱ火力不足かなあ。炸裂させるポイントにもよるけど」

「でしょうねえ。精々、大規模風術の制御を乱して、竜巻の威力を散らすくらい。でもそれでいいんです。そこから先は、別の当てがあるので」

「んー、でも二つ問題。火術を届ける手段についてやっぱり疑問なのと、後は」

「正確な爆心地、ですね。どこが狙われるか絞れないと、こっちの迎撃が間に合いません。それについては、確実にエルネスト氏が狙うであろうがありまして」


 ベルサがちらりとアディの方を向く。

 話に付いてくるので一杯一杯なのか、その意図が伝わっていないようだ。しかしアーネはすぐさま、理解する。


「ちょっと! どこの国に、自分とこの国家元首を囮にする作戦部があるってのよ!」

「あ、そういうことですか。分かりました。大丈夫です、やりましょう」

「アディも断ってよ!」


 なぜ怒られたのかしらとばかりに、アディが頰に手を当て首を傾げる。

 ノリノリの女王陛下に、アーネは頭が痛くなった。逃げる逃げないの話でさえ揉めたのに、それ以上の爆弾を放らないで欲しかった。


「風に巻き上げられる危険もそうだし、飛翔物が当たれば体がバラバラになるんだよ!」

「陛下には、わたしがカバーに入りますよ。別途、腕利きの近衛兵も付きますし」

「アーネさん、私のことは心配なさらないでください。どのみち無理を通すのだから、これくらいは体を張らないと」


 やる気十分だと言わんばかりに、アディが両手の拳を「むんっ」と握る。

 そういえば血染めの戴冠式でも、いの一番にアルノーに向かって行ったのは、彼女だった。

 ここぞという時におけるアディの胆の太さを、今更ながら思い知らされた。


「というかバスフィールド卿、火術を高高度に叩き込むなんて真似、本当に大丈夫なんですか?」

「そっちはまあ、耐久性含めて問題無いかと。虎の子を張れば、貴女の遠隔術式を竜巻中心部に放ることは可能です」


 つまり彼女個人としては、放り込んでからが問題だったと言うことだ。ならばアーネ達の遠隔術式は噛み合うだろう。

 自信ありげに言う以上、一騎士に過ぎないアーネの身分では信じるしかない。

 アディが撤退を考慮してくれれば、余計な心配をせずとも済むのだが。その説得は、今ではもう時間の無駄だ。


「と言うわけで。時間的猶予もありませんし、わたしはもう一人の助っ人を回収に行ってきますね」

「助っ人ねえ。それって、もしかしなくても」


 異形の水使い。あれとどういう関係があるのか、何を知っているのか。

 聞きたいことは沢山あるが、聞けばどうあっても長くなってしまう。少なくとも、今は無理だ。


「質問は無しでお願いします。ぶっちゃけ、わたしもあれが何なのか分からないんですよ。ただ間違いなく、ジズに対抗する最後の切り札です」

「……分かりました。全部終わったら、ちゃんと話を聞かせてもらいますよ、バスフィールド卿」


 胡散臭い笑みを浮かべて、ひと足先にベルサが天幕を出て行く。恐らく逃げる気満々だろうが、そうは問屋が卸さない。

 しかし、彼女にしかできないことも多々あるのが現状だ。


「初めてお会いした方のはずですが。ディアナの名前を知っていたのは、どういう訳でしょうね師範」

「えー、分かんないのデュオ? わたしが国宝級の美人だからに決まってんじゃん」

「だらしなボディが何言ってんのよ。そういえば二人は初見だったね。情報部のベルサ・B・バスフィールド卿。やり手だよ」


 と言うより、作戦立案といい術師としての技量といい、ただの敏腕諜報員というだけでは済まない気がする。

 ここ最近の邂逅で、そう思わせられる出来事が相次いでいた。


「てかてかねーさん。これもしかして、例のアレ、完成急ぐ感じ?」

「それどころか、もう実戦運用な感じ。あんたが迂闊に見せるから」

「見せてませーん。目撃者は残してないもーん」


 かわい子ぶって、物騒なことを口走る。

 とはいえ、開発中のものが何なのか、バレていないのは本当だろう。少なくともあれの本質は、火術などでは断じて無い。

 未完成な技術であることもそうだが、ベルサ個人相手に、この技の正体を探られることは避けた方がいい気がした。


「さて。私も王宮に戻り、軍議を開かないと」

「そっちは任すね。あたしが出てもどうにもなんないし。二人とも、例のブツ仕上げるから手伝って」

「了解です、師範代」

「あいさー」


 そう言いながらも、アーネは内心で気が重くなる。もうどうあっても、顔馴染みであるエルとの対決は避けられない。

 アルノーに続いて、またも、だ。

 運命に弄ばれる感覚が、不快で不愉快だった。

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