第22話 凱歌の咆哮、幻影は縋る

「これでひとまず司令部は陥落かな。早速次いってみよう」


 本陣に詰めていた敵を掃討し終わったあと、アーネは肩をぐるぐる回しながら宣言した。

 余力のありそうなアーネを尻目に、他の襲撃メンバーは重傷者こそいないものの、皆その場にへたり込み息を乱していた。


「ねーさん、ちょっち待って。もうむりきつい。魔石使ったの、十回や二十回じゃきかないから」

「師範代、少し休めませんか。既に期待以上の成果を得ています。自分やディアナは兎も角、他の弟子達や合流した兵達は、もう限界です」

「うーん。恐怖を通り越して極限状態に至ってる今こそ、占領を完了したいんだけど。流石に欲張り過ぎかな」

「それ、もうボーダー振り切ってるんじゃないかなー」

 

 敵本陣であった饗応きょうおうの間は、暴風雨にでも遭ったかのように荒れ果てていた。輝くほどに磨き抜かれた石床は、今は見る影もなく血で染め替えっている。

 アーネが第二騎士団長を討ったことを契機に、敵の中でまだ無事な者は退却している。北か西の戦線に合流される可能性が高いが、もう他の攻略部隊に任せてもいい頃合いと言えた。

 敵の本陣だけあって、物資の貯蔵も充実している。地理的な面も鑑みて、新たな拠点に据えるには申し分ない。

 アーネは改めて敵司令部の占拠を宣言し、怪我人の手当てや物資の運搬、伝令の準備等をテキパキ指示していく。


「んで。我らが騎士サマはいつまで隠れて見ているつもりなのかなあ?」


 物陰から観察していたアルノーが体を震わせる。どうやらアーネは気付いていたらしい。とはいえ、アルノーも隠れようと思って隠れていたわけではない。これ以上なりを潜めているのは意味のない行為だった。

 アルノーは疲労が蓄積した身体を持ち上げ、改めて饗応の間に姿を見せる。

 その途端、室内のあちらこちらから歓声があがった。作戦の先導者が駆け付けたこともそうだが、アルノーが持つ首が誰のものか、皆すぐに察しがついたらしい。民衆の間でもロベールの認知度が高いことが、今回は役に立った。この様子ならば、敵総大将討ち取りの流布も、スムーズにいくことだろう。


「悪い。来たら既に大勢が決していたからな。部下の手柄を奪う真似はしたくないだろ」

「はいはい、言い訳おつおつ。戦争なんだから素直に加勢してくれた方がよっぽど、ってアルノーどうしたの大丈夫⁉︎」


 呆れ顔をしていたアーネがいきなり焦り始める。何事かと他の門下生や兵士達もアルノーの前に集まり始めた。


「アルノー、すっごく顔色悪いよ。真っ白通り越して土気色になってる。穴掘りでもしてたの?」

「トカゲじゃあるまいし、土の中にいたからって同じ色に染まるかよ。てか、この首級見れば分かるだろう。追いかけて討ち取ってきたんだ」

「では師範、やはりこの首が宰相ロベールなのですね。おめでとうございます」

「ああ、勝ったぞ。デュオ」


 正確には、城内のあちこちに残存兵がいるはずだが。第二騎士団も含めた残党に、総大将討死のあとも戦い続ける骨のある人材はいない。

 話を聞いていた者達が、揃ってホッと息を吐く。いかに城を制圧できたとて、肝心である敵の首魁しゅかいを逃しては意味がない。

 城の占領により挟撃の恐れは回避できたものの、ロベールを逃がしてしまうと今度はクラオン領の軍との連戦になってしまう。いかに地の利を得たとしても、消耗した状態での新たな戦いは避けたいのが、第一騎士団としての総意だった。


「それにしても意外と数を集めたな」


 周囲を見回すと、数十人の味方が周辺に集って守りを固めている。斥候や伝令、救護に出ている者を合わせれば、実働は百を超えるか。怪我で脱落した者を考えればもっと増えるだろう。


「城の前でうろちょろしてるお坊っちゃん騎士達が加わってくれたら、楽だったんだけどー」

嵩増かさまし要員に過ぎないとはいえ、土壇場で寝返られても困りますからね。事実、どう転ぶか分からない状況がありました」


 デュオの言葉に、アルノーが胸を痛める。心当たりがあった。海外から呼び寄せたと偽っていた、五百体の水人形の軍団だ。

 ロベールに苦戦を強いられた結果、水術のリソース確保のため途中で解除せざるを得なかった。

 見ていた段階では、宰相派の兵は増鏡ユナイテッド・アバターを攻略できていなかったので、体感的には南門攻略までは保ったはずだが。

 それでも南門攻略部隊二千のうち五百が音もなく消滅すれば、共闘する部隊がどうなるか容易に想像できる。恐慌に陥りながら孤立し駆逐された仲間が、相当数いるはずだ。


「でもねーさんが頑張って、前に出た敵守備隊の指揮官を討ち取ったの。そこでうまく散り散りになった味方に檄を飛ばして、一まとめにしたんだよ」


 反転攻勢の出鼻を挫いたわけだ。敵の士気を削り味方を鼓舞するには最高のシチュエーションといえる。


「やるじゃないかアーネ。さすがだな」

「は、素直に褒めた? 何なのこいつ」

「いや何なのも何も、手柄を称賛したんだろ」

「はあ! 元はといえば、いきなりいなくなったアルノーのせいだよ!」


 アーネがいきなりぶちギレる。その迫力に、アルノーは思わず立ち竦んだ。


「伝令はどんどこ来るわ、後続のお坊っちゃん達はついてこないわ、傭兵は無視して城門を攻めた挙句勝手に消えるわでもう散々! 敵の指揮官倒した後も、迂闊に攻められないようちょっとだけシバいておこうと思ったら、散発的にしか来ないお陰で突出する羽目になるし!」

「ええっと、じゃあ戻って陣形立て直せばよかったのでは」

「敵陣ど真ん中にいて、背中見せて逃げるバカがどこにいるの! 屋内戦だよ野戦じゃないんだよ、敵がどこに潜んでるかわかんないじゃん! 陣形組み直すもなにも、チーム足軽プラス雑魚お坊っちゃま軍団だよ、どう陣立てするのさ連携とれるわけないよねえ! 進むも地獄戻るも地獄だから、囲まれる前に前進した結果がこの大手柄だよ! 嬉しいね、まったく!」

「お、おう。ありがとう。助かったよ」

「ありがとうじゃなくて、ごめんなさいでしょ!」

「ご、ごめんなさい」


 アーネの迫力に負けて、アルノーが堪らずに頭を下げる。注目を浴びていたのか、周囲からはいくつも笑い声が飛んだ。


「ねーさんから昔『ごめんじゃなくて、ありがとうでしょ』、って諭されたことあったよーな」

「仕方ありません。今回は師範が悪い。みんなを守ると仰ってましたが、今どんな気持ちなのでしょうか」


 アルノーは返す言葉もなかった。増鏡ユナイテッド・アバターが継続できていれば間接的にも守ることに繋がっていたが、それすら維持できなかった。

 それどころかロベールとの決闘で、あわや戦死しかねない有様だったのである。見通しの甘さを、アルノーは痛感していた。


「ほんと、心配したんだからね」

「すまん」

「敵総大将まで単騎駆けなんて、現実度外視、浪漫見すぎ。引くから」

「かもしれん」

「しまいには死人みたいな顔で戻ってくるし」

「ヤバいよな」

「返事がてきとう! ほんとに分かってるの!」


 アーネ達に皺寄せがいった以上、アルノーが何をどう弁明しても言い訳になってしまう。

 残存兵力をまとめ上げるのも、従士のアーネでは言うほど楽ではなかっただろうに。敵の反撃を食い止めたばかりか、遂には敵の司令部まで陥落せしめた。それは紛れもなく、配下一同の手柄である。せめてそれが真っ当な評価が下されるよう尽力するのが、上官としてのせめてもの責務だ。

 そう、アルノーが決心を固めるなか、ディアナが首級について言及する。


「ところでにーさん、そのスプラッタなお土産どーする? お裾分けした方よくない?」

「そうだな、勝利のお裾分けと行くか。誰か槍を持ってきてくれ!」


 首を持って喧伝してまわれば、他の戦場もカタがつく。宰相派は寄る辺となる大黒柱を失ったのだ。

 それなりに戦力は残っているかもしれないが、相手としてもこれ以上戦闘を継続する理由はないだろう。元は同じ国の人間なのだから、今後のことも考えて殲滅は避けておきたい。ただでさえ、クラオン領にはまだ無傷の領兵軍が残っている。

 更には城に残っている宰相派の貴族や文官も、この機会に一気に処理したい。そのまま生かして登用すれば第二第三のロベールが現れないとも限らない。取り分け、貴族院はその多くを粛清する必要がある。期を逃し、罪人側に同情する世論が形成されては敵わない。 

 今回の内乱が本当の意味で片付くのはまだまだ先の話だ。

 だが、それはそれとして。


「敵総大将、討ち取ったり! さあ、勝ちどきだ!」


 その場にいる全員が大声をあげ勝利を祝う。

 城内隅々まで響き渡るよう、腹の底から息を吸い上げ、力一杯叫んだ。

 叫び過ぎたせいか、消耗激しいアルノーが思わず蹈鞴たたらを踏むが、即座にアーネが寄り添い腕をとって支える。えも言われぬ多幸感がアルノーを包む。

 このあとはロベールの首を掲げ戦場を駆け巡らねばならないことを考え、少し鬱屈する。誰かに任せたい気持ちで山々だったが、今後の計画を鑑みればアルノー自身が行わねばならない。

 途中で限界を迎えないか不安になるが、アーネが支えてくれるなら大丈夫。

 何となくだが、そう思えた。

 その瞬間。


「え?」


 寝て起きたような間の抜けた声が、アルノーの口から漏れた。

 駄々広い饗応の間の、一角をじっと見つめる。

 皆が一様に、腕を高く突き上げ勝ち鬨をあげる中で。一人だけ時が止まったように、その空間をぼんやりと見ていた。


「アルノーどうしたの?」

「ああ。今、一瞬」


 言い淀む。

 というより、自分の思考に口がついてこない。


「先生が、そこにいた気がしたんだ」


 何をバカなことをと、己でもそう思う。

 アーネもキョトンとしたまま、リアクションに困っている。


「何言ってるのアルノー。そっちには誰もいないよ。てか先生はもう」


 死んでいる。

 それはアルノーが一番分かっている。

 他でもない自分が、その手を下し看取ったのだから。

 だが理屈では分かっていても。

 アルノーの目に焼きついたジェラールの姿は、簡単に消えてはくれなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る