第21話 望んだ光景、そして花は芽吹く
「ペンダントが間に合ってよかった。反応は、よし問題ない。これなら探せるな」
引っ越しの日、門下生達に配ったペンダントには、仕込みがしてあった。魔石屑だとアーネ達に説明したが、近付くとアルノーの親石が反応して、微弱な発光が生じる仕組みになっている。
詳細な場所までは分からないものの、近づいていることさえ分かれば十分だった。反応のある場所に絞って、
「守らないと。ちゃんと生きて帰すって約束したもんな」
泥だらけの大理石の床。
血痕の散った白塗りの壁。
砕かれた格子の窓ガラス。
はらわたを飛び出させて倒れ伏す兵士。
頭を割られて絶命した騎士。
かつて知ったる見目麗しいリデフォール城が、戦争の色に染まっている。ともすれば、大事な者達も塗り潰されるかも知れない。
アルノーは魔石の反応が大きくなる方へ、歩みを進めた。
そして、あることに気付く。
「城の主塔なのに、争いの跡がある。どこか味方が押し込んだのか?」
当初、アルノーは隠し通路を通じて城の中枢、王族の居住域に潜入した。そこで先王マクシミリアンと接触し今に至るわけだが、中央付近が戦場跡と化している。
一方でおかしなことに、攻め込んだにしては自陣営の後詰や見張りといった後方支援の部隊が全く見受けられない。
ふと外を見ると、城の西門が目に入ったが、門上の兵士は敵方だ。味方は西門の突破を果たしていない。更に耳を澄ますと、北側からは争う音が聞こえてくるが、南からはほぼ何も聞こえない。
「中央まで食い破ってきたのは南側か?」
ならば筋は通る。南に布陣させた
とはいえ、そうなれば城内の予備隊の格好の狩場となるはずだった。只でさえ、
しかし実際は、遥かに敵の遺体の方が多く、戦線は城の中央部を飛び越えるまでに至っている。
「何をしているんだあいつは」
戦況の予測はできたが、何がどうしてそうなったか分からない。
自軍戦力が半分以下になったのならば、侵攻をやめて現状維持に努める。城攻めをしている軍勢は、西と北にもあるのだから。
それなのに、押し込んだうえ敵中枢にまで食い込むとは。呼び込むための敵の罠という可能性だって捨て切れないだろうに。
訳がわからないまま、疲れ切った身体に鞭を入れてアルノーは走った。
もはや水人形どころか、まともな水術さえ発動させることができない。そんな状態で最前線に行ってどうするのか、答えのないままアルノーは急いだ。
やがて、一つの戦場が現れた。
城の中央北側一階、
否、終わろうとしていた。
「ベン、トリスタン! 右手の二人、魔石使いです、押さえ込んでください! ディアナ、援護を」
「はいはーい、火の玉一丁、と。ねーさん種火なくなっちゃった。替え玉ちょーだい」
デュオが門下生や若い兵士達を指揮して敵を分断しつつ、孤立した敵を仕留めていく。
ディアナは指示を受けて火術で敵を牽制し動きを制限。場合によっては敵の術に火術をぶつけて相殺していた。
そしてそれを指揮しているのが。
「待ってディアナ。こっちももう終わるから」
アーネの前では、第二騎士団団長が肩で息をして剣を構えていた。
剣は赤く光り輝き、炎を纏っている。柄に埋め込まれた魔石はまず間違いなく火術のもの。剣が燃え上がりながらも安定しているあたり、かなり上等な得物だ。
そんな火術使いの騎士を前に、アーネは臆することなく対峙している。
第二騎士団長が雄叫びをあげて上段から剣を振り切る。纏っていた炎が火球となりアーネに飛んだ。
アーネは焦ることなく、近くにあった小振りのラウンドテーブルを片手で持ち上げ、火球にぶつける。テーブルは燃え上がり砕けたが、火球も標的に届くことなく、その場で木片と共に燃え落ちる。幾つかの破片はディアナのところまで飛んでいき、好都合とばかりに彼女の火術に再利用された。
「だから。それじゃあ推進力が足りないんだって。当たれば革鎧ごと人間を焼き尽くせるんだろうけど。遮蔽物一つで簡単に無効化できちゃう。連発するか、風術師のサポートがないと」
アーネが的確に、術を分析して指摘してみせる。
確かに火球を勢いよく発射するには、技術がいる。手っ取り早く風術で援護する以外では、噴射方向を調整して一気に爆発させるのがセオリーだ。
とはいえ火の玉が飛んでくるというのは、本来それだけで強い。まともに当たれば焼死、直撃せずとも窒息死の危険があり、一瞬で相手に恐慌に陥れる。大した技術がなくても、火は命を奪えるのだ。
往々にして決まれば一撃必殺が故に、第二騎士団長に工夫がないのも仕方ないのだが、今回は相手が悪い。あの火球ではスピードもないから、距離さえとっていれば対応も間に合ってしまう。
とはいえ普通であれば左右に跳びずさって躱すのが精々で、軌道を見てから遮蔽物を投射するのは、よほど冷静な判断力と胆力が要求される。
「くそ、くそ! 南側は自滅する手筈との話だったのに、これでは話が違う! こんな手練がいるとは聞いていないぞ! いったいどこの騎士だ」
第二騎士団長の悔しがる声が、息切れしている。火術は消耗が激しいため、連発は難しい。仲間との連携が要求されるのだが、そちらはデュオとディアナが真っ先に断ち切っている。指揮官はアーネが抑え込むので、立て直しも効かない。
恐らく彼女らはこうやって分断、各個撃破を繰り返しつつ、戦線を押し上げてきたのだろう。
「騎士じゃないし、その下。第一騎士団団長補佐サー・アルノー麾下の従士アーネ・ティファート」
「従士⁉︎ しかもあの成り上がりの
「南側部隊が突出した時、城内の兵を結集させて、早期に叩き潰さなかったのがあなたの敗因。北門も西門も、未だ余力たっぷりで持ち堪えてるのがその証明だよ。全体のバランスを気にしたんだろうけど、相手がバランス崩して攻めてるのに、対応変えないなんて有り得ないから」
「小娘風情が、知った口を!」
第二騎士団長が真っ直ぐに突っ込む。柄を両手で握り直し、最上段からアーネ目掛けて剣を振り下ろす。
アーネは軽やかなバックステップで振り下ろしを避け、続けて一歩で前に加速し飛び込んだ。
振り切った団長の剣が、床に刺さると同時に。
アーネの剣が、団長の首を真横に一閃した。
「っはは。見たかロベール。やっぱり俺が正しかっただろう」
一連の様子を見ていたアルノーが、壁に寄り掛かりながら、持ってきた首を正面にして笑う。喉のみを鳴らした、乾いた笑いだった。
「咲いたじゃあないか、大輪の花が。お前はこれを切り捨てようとしたんだぞ。この才を」
ジェラールの直弟子であるアーネは言うに及ばず、デュオやディアナをはじめとする、門下生達が躍動する。まともな戦などほぼ経験していない、彼らの輝かしい初戦が始まり、終わろうとしていた。
確かにロベールを討った以上、遅かれ早かれリデフォール城は陥落しただろう。だがここまで早期に落ちることは誰も予想できなかったはず。
正確にはアルノーだけはそう目論んでいたが、それも己の
少なくてもリデフォール湾の決闘以降は、アルノーはもうニ、三日は余分にかかると踏んでいた。
その目算は、意外な者達の躍起によって覆された。アルノーとしては嬉しい誤算以外、何ものでもない。
「そうだ、俺は間違えなかった。埋もれゆく若い芽を、日の下に導く。そして、分け隔てのない光を」
そして咲き誇る花は、この国を更に豊かに彩る。
アルノーはそう信じて止まなかった。
種子がなぜ、芽吹こうとするのか。
その意味に、至らないままで。
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