第14話(下)開戦、初手の攻防
「アーネ、そろそろ傭兵達が南門に食いつく頃だ。俺達も進むぞ。穴が開き次第、一番で突入する」
「おー、にーさんが雄々しい。きゅんきゅんするね、ねーさん?」
「いや、後ろでふんぞり返ってるだけだし。最後尾で勢いのいいこと言ってもなあ」
「お二方。師範は、この軍の将なのです。死んでは元も子もない。良い鎧を着て馬に跨り、後ろで身を固め、いざというときは一番に脱出するのが役目。生存していることが、最大のお務めなのです。まあ我らの中で一番腕が立つのも師範です。先陣を切っていただければ、それはもう此方の被害も目減りするのですが」
散々な言われようだった。
正直、アルノーとしては
負担軽減のため、水人形は半自動で動くようエネルギー源として魔石を埋め込んでいる。
更には中継役となる水人形をバイパスにして、一度に操作する個体を減らしているのだが、それでも五百体同時稼働は規格外の規模だ。
他にも麾下の部隊にいくつかの指示を飛ばし、改めて進軍を再開しようとしたときだった。東から早馬が駆けてくることに、アルノーは気付いた。
自軍側の伝令役である。伝令はアルノーの姿を見つけるや否や、大声を上げた。
「報告します! 宰相らしき男が部隊を引き連れ、東門から脱出しました! 東は兵が薄く、押し止めるのが困難! 囲いを突破されます!」
周辺の騎士や兵がどよめく。動揺はすぐに拡がっていき、行軍は瞬く間にちぐはぐになった。
開戦直後の、優勢である中での大将首の離脱。隊が混乱するのも無理はない。
「師範。すぐに宰相が恐れおののいて逃亡したと喧伝しましょう。落城間近で勝利は目前とでも言えば、嫌が応にも士気が上がります。事実はどうあれ、利用できる状況は利用すべきかと」
即座にデュオが進言してくる。
それは正しい。あのロベールに限って逃げただけということは考えにくいものの、どちらにせよ城の奪還はマストだ。指揮系統が迷っては、軍全体の動きに悪い影響が出る。
すぐにアルノーは声を張り上げ、今こそ攻めるべしと声高らかに号令を出した。
「でもでもねーさん。今ウチら城を囲ってるじゃん? なんでこんなに簡単に抜かれちゃったの?」
「城の東はすぐ港があって、その先は海だからね。布陣できる場所がないし敵に近すぎるしで、東側だけは囲えなかったんだ」
「じゃあ宰相は、なんでそっちに抜けたの? 海があるなら袋小路で、逃げ場がないじゃん」
「船、でしょうね」
デュオが渋い顔をしながら、東に拡がる海を見つめる。進言してきた彼自身、宰相の狙いにはもう気付いているのだ。
「そうすぐには出港できないんじゃないの。船で領地に逃げられる前に、にーさん達で追っかけてふんじばればいいじゃん」
「用意してたんだろーねぇ。あたしがロベールの立場でもそうするし。少なくても陸路が使えなくなったときの保険くらいは用意しているはず」
「師範代の言うとおりです。東側は制圧が間に合っていません。無論斥候は出していますが、港湾部は宰相の庭。どこかに出港できる状態の船を用意していたとしても、おかしくないでしょう」
「ああ。水術師が何人かいれば、風や波が無くても出港できる。足止めも用意するだろうし、今から真っ直ぐ追っても間に合うかは」
間に合うかは、微妙なところ。
アルノーはそう言おうとして、しかし言葉を繋げることが出来なかった。
鞍に跨ったまま俯きながら、頭を振るわせている。その姿は、傍目には思案しているように見えているだろう。
だが実際の彼は、悩んでなどいない。
込み上げる笑いを我慢するため、顔の筋肉を無理矢理強張らせるので必死だった。
(勝った!)
心の中で、勝利を確信する。アルノーはこの状況を待っていた。
理由をこじつけて包囲を半端にしたのも、城に水人形を侵入させ、安全地帯が無くなったかのように追い込んだのも、全てはこのため。
ロベールに城を飛びだして貰い、海路を使って欲しかったからだ。
作りあげた状況から逆算すれば、序盤が勝負だと考えていたが、思いの外上手くことが進んだ。
アルノーからすれば、ロベールの行動は今となっては手に取るように推察できる。
「ねえアルノー。すぐ動かせる船ってあるの? あるなら追いかけた方よくない?」
「波止場はすべて宰相派が握っている。強引に出させることはできるかもしれんが、後手に回ってしまったのが痛いな」
「じゃあじゃあ。追いかけるのがダメなら、回り込むのはどうかなぁ」
「難しいですね。船の速さもさることながら、一番の問題がその到着地です」
「そもそも囲いを崩すのがネックだよ。ただでさえ薄いんだし。よく考えてから言ってよディアナ」
「えぇ? ねーさんの援護したら、ねーさんから撃たれたんだけど」
逃げたロベールの目的地はただ一つ。戦前から懸念していた、自領への退避だ。
クラオン領は北の海岸部で巨大な港を持つ。そこへ船で直行されれば、まず手出しできない。
恐らく領地に戻り次第、自らが領兵を率いて、首都へと雪崩れ込む算段だろう。
いかに伝え聞いているとはいえ、領兵軍が実際にリデフォール城まで進軍したことはない。故に当然、行軍もスムーズにとはいかない。城での攻防は一刻を争う趨勢になるのは予想できるため、その遅れは致命的なものになりかねなかった。
だがロベール自らが戻り、兵をまとめ上げれば話は違う。士気が高まることは言うに及ばず、最大の利点はロベールが首都への道を先導できることだ。
最速最短での移動は、陸海問わず国内の運輸を取り仕切るロベールの得意とすることだ。その腕で貿易を主導したからこそ、クラオン家は国庫が霞むほどの財をなしたと言われている。その力を、今度は行軍で発揮するつもりなのだろう。
そして恐らく城の攻略も、言うほど容易くは行かない。城に残る兵にも策を予め伝えておけば、士気を保ったまま籠城させることが出来る。何も伝えず城を抜け出して士気を下げるといった愚は犯さないだろう。
城の第二師団を中心とした軍。
そして自領からの援軍。
両者を素早く往き来することで、どちらも自らが指揮しつつ、挟撃することを可能とさせる。二つの軍が揃ってしまえば、数でも陣形でも勝る以上、あとは士気を保ちながらほころびを出さなければ、勝てる。
ただ一点。無事に領地に帰ることが出来れば、という話ではあるが。
「俺が宰相を追う。ここは任せたぞ、アーネ」
「はあ! ちょっとアルノー何言ってるの!」
馬を翻し、城とは別の方向へと走り出す。
いきなり現場を任されたアーネが素っ頓狂な声を上げた。
「師範、そちらは港からは遠ざかる道です! 海に出ることは出来ますが、船着き場まで続いていません!」
叫びながらも冷静な指摘がデュオから飛ぶ。
だがアルノーは答えている暇がないとばかりに、そのままその場を走り去っていった。
「道は続いているんだよ。俺にとってはな」
その小さな呟きは、誰の耳に届くこともなく、馬蹄が土を蹴り上げる音だけがその場に残されていった。
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