第17話 変わる戦況、たとえ傍にいなくても

 城攻めを引き継いでいたアーネは、その異変をすぐに察知していた。

 市街地南部は既に制圧し、各部隊は開いた門へと終結して城内へ雪崩れ込もうとしている。ロベールの兵達に押し止められてはいるものの、それを破るのは時間の問題だと思われていた。

 だがここで、傭兵主体となる部隊が突如勢いを失う。それは、いきなり消失したとしか思えない速さで、戦場から姿を消していた。


「師範代。これは」

「うん、分かってる。よくない流れだね」


 主力として最前線で戦っていた傭兵部隊がいなくなったことで、こちらの軍はバランスを失い、敵の反転攻勢を受け始めている。

 隊を率いる騎士達が鼓舞しているが、数百を超える部隊が忽然と消えた事実は、前線の兵士に困惑と動揺を引き起こしていた。


「ねーさんねーさん。前の様子見ていた人に話を聞いてきたよ。黒ずくめの傭兵さん達、溶けるように消えちゃったんだって。残ったのは、謎の水溜まりだけ。ミステリーだね」

「ディアナ。分かって言ってるよね」

「やはり師範代も気付いておられましたか」


 どうやら状況を察していたのは、アーネ、デュオ、ディアナの三人だけらしい。近くにいた他の門下生達が揃って首を傾げる。


「まず間違いなく正体は水人形。動きの癖や規模から考えて、アルノーが作ったものだね」

「一応確認します。師範の雇った傭兵達が熟練の水使いの集団だったという可能性もありますが」

「んー、でも一斉に消えるのはおかしくなーい? 術師が死ぬと水人形が解除されるとしてー。一斉に消えたってことは、一斉に死んだってことでしょ。普通は全滅するにしても段階的に死んで、水人形もそれに合わせて小集団ずつ消えないかなあ?」

「ディアナの言う通りかな。仮にそんな凄腕の水使い集団を雇ったとして、そんな連中を動かせばカネとヒトの動きが大きくなる。アルノーの近くでそんな形跡はないし、ロベールも見逃さないと思う」

「師範が単独で、五百もの水人形を使役したと。それはそれで、信じがたいことですね」

 

 それについてはアーネに心当たりがあった。

 アルノーは自作の水人形を水鏡ウォーター・アバターと呼んでいる。これはオリジナルの水術、四鏡クアドラプル・アバターの一種にすぎないと、彼自身が零したことがあった。であれば他の派生技として、強度や操作性を落として代わりに大量生産する技も存在する可能性がある。


「時間を掛けたり、水場限定とか制約があれば、アルノーなら出来るかもしれない。魔石をこまめに買い付けてたフシはあるし」

「いつだかねーさん、怒ってたねえ。こんなに買ってどうするんだ、じゃあ給金あげろって」

「最近、先生にも挙兵の上申してたしね。自信ありげだったから何か秘策があるとは思ってたけど」


 数百もの規模で兵士を水増しできるなら、それは充分奥の手に成り得ただろう。何しろその兵士は斬っても立ち上がり、命令一つで死地に赴き、食料すら不要なのだから。

 そして、その傭兵達が今、戦場から忽然と姿を消した。それはつまり術主であるアルノーに、何か異変があった証左に他ならない。

 胸中に巡る不安感を、けれども今は不要のものとして、アーネは敢えて見ないふりをする。


「師範代。港に誰か向かわせましょうか」

「ううん、それはいらない。まずはこっちの勝敗を確定させよう。北と西の味方も攻めあぐねている。南側まで膠着させたら、それこそロベールの思うつぼだよ」

「時間を掛けたらまずいのは、変わらないしねー。にーさんに何かあったのは間違いないと思うけど、今から向かって何か変わるとも思えないし」

「ディアナ、師範代の前でその言い方は」

「ううん、いいの。ごめんねデュオ君、気を使わせちゃって。他の子達も不安がっていると思うから、そっちを見てあげて欲しいな」

 

 余計なことを頭から排除する。今やるべきことを改めて思い描き、アーネは前を向く。

 実のところ、南部の市街地にはまだ予備部隊がいる。だがそれらは、名ばかりで騎士の称号を戴いた、貴族の御曹司の寄せ集めであった。

 いても邪魔なので、アルノーが敢えて本隊とは分けていたのだが、窮状が伝わっているだろうにも関わらず、動く様子がない。やはり現有戦力でやり繰りする必要があった。


「今の面子めんつで改めて南門を突破しよう。門扉そのものは既に破ってるから、周辺にいる敵兵を迅速に突破。付近にいるであろう敵指揮官の首を上げます」

「どーやって? そういう指揮官って、奥にいるもんでしょ?」

「最初押されていたにも関わらず、相手はこちらに隙ができたと見るや、すぐ攻勢に出たからね。傷付いた兵士を引っ込めて、奥にいる予備隊を出したんだろうけど動きがスムーズすぎる。間違いなく前に出て来てるよ」

「集団戦闘に慣れているのでしょう。瞬時に上官の指示に対応できる、優秀な部下が持っていますね」

「第二師団の騎士で、そこまで出来る人間は凄く少ないよ。恐らく重要な役職に据えられているはず。そいつを叩けば、南側の戦場は勝利を確定できる」

「言うの簡単だけど、できるかなあ。だって相手は強敵ってことでしょう?」

 

 アーネが革袋を取り出し、ディアナに放り投げる。袋の中には、大量の魔石が入っていた。


「あたしの魔石こっそり持ち出して使ってたの、知ってるよディアナ。それ使っていいから、正面の敵に思い切りぶっ放して、注意を引き付けて」

「えぇ、酷い無茶ぶり。いい的になるじゃん、死んじゃうよ」

「デュオ君は、他のアルノー麾下きかの兵士を連れて、ディアナを守って。敵も術使いがいると思うけど、他の部隊と連携をとって護りに専念してれば、容易たやすくは突破されないから」


 相手の陣に術使いがいると分かれば、敵は嫌でも注意を払わざるを得ないし、消極的になる。守り切るだけの戦いで、無理に攻撃を敢行する道理はない。もちろんそれなりに圧力は掛かるだろうが、そうなれば背後に穴が開く。

 敵の眼がディアナ達に向き、両軍入り乱れている状況になれば、相手の指揮官に近付くための段取りが整う。


「あたしは負傷した敵兵に化けて最前線をすり抜ける。一番前だけでも抜ければ、こっちのもの」

「お待ち下さい師範代。首尾良く仕留められたとしても、単騎では師範代の身が危険です。せめて私を供に」

「ごめんデュオ君。頭数が増えるとすり抜けが大変になるの」


 そもそもディアナの警護も、簡単なものではない。前からの敵に加え、後ろからはまだ慣れきっていないであろうディアナの術が飛んでくる。両側を見つつ、戦線のバランスをとるのは大仕事になる。

 誰か信頼のできる者を、ここに置きたかった。


「デュオ、振られちゃったねー」

「茶化さないの。それよりも陽動はあんたの手に掛かってるんだから、くれぐれも宜しくね」

「りょーかい。それにしてもねーさん、やれば出来るんだから、普段からにーさんの前でキリってしてればいいのに」


 緊張をほぐそうとしているのか、ディアナが生意気に茶化してくる。

 アーネは叱ろうと思って、だが緊張しているのは誰なのか改めて思い直し、息を吐いた。

 妹分に不相応な大役を押し付けたのは、自分自身なのだ。


「頼られてるくらいのが好きなんだよ、アルノーは。適度に隙作ってやらないとね」

「そんなに好きなら、さっさと抱かれちゃえばいいのに」

「やだよ。アルノーがあたしにメロメロになっちゃうじゃん。アルノーはいいトコのお嬢様と結婚して、もっと偉くなって貰わないとね。あたしは二号さんで充分」

「さすがねーさん。さも慎み深い風に言ってるけど、めっちゃゲスい」

「人生設計が出来ていると言って」

「ドロ沼になる未来しか見えないけどなー」

「沼ってきたら考えるよ。何事も最大公約数が一番。いい言葉だよね」

「何と何をどう割ったの?」


 いつも通りの、取り止めのない遣り取りをディアナとしていると、横からデュオの咳払いが聞こえてくる。少し調子に乗りすぎたと、アーネは心の中だけで反省する。


「よし、じゃあ行こうか。みんな準備はいい?」

 

 門下生達が首肯する。これほど大掛かりな戦は初めてだろうに、頼もしいことだ。ここからはさらにアーネ抜きで、他の部隊と共同して貰わなければならない。


「では行動を開始します。ぬかりなく、お願いね」

 

 アーネ達が前に出ていく。眼前の戦場では、味方が押され陣形を大きく崩している。

 潜入するアーネはここで一旦離脱。タイミングを見計らって戦場をすり抜けていく手筈だ。

 追い抜いていく門下生達を見守りながら、アーネは無事を祈る。

 その中で最後に一人、別の戦場で戦っているであろう幼馴染みのことが、脳裏に浮かんだ。

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