第13話 開戦準備、一人の軍団

「やっぱり暗殺しちゃうのが手っ取り早いって。今から街に潜り込んで、戦いに乗じて近付いてすぱーん、みたいな」

「外壁は警備緩めだしな。門もデカくて多い。ありゃあ楽に忍び込める」

「街はともかく、城への侵入が不可能だね。潜入してる奴からの連絡じゃあ、城に戦力を固めてるらしいし。暗殺は不可能だ」

「じゃあ普通に城囲んで陥せばいいだろ。所詮はただのデカい建物、外壁よりよっぽど簡単に囲える」

「リデフォール城は固いよ。二度の普請で城壁はガチガチだし、対攻城用の仕掛けも多い」

「食糧も武器もすぐに尽きるだろ」

「クラオン領軍忘れてるよ。挟撃と合流を防ぐために今回強行するんだから」

「じゃあやっぱり暗殺でー。一番早いってー」

「思考停止な投げやり発言はやめてくださいディアナ。そういうところ師範代そっくりですよ」

「あ、デュオがねーさんの悪口言ってる。おーい、

ねーさん聞いてー」


 城攻めの件を、仲間達に伝えた三日後の晩。

 アルノーは年長組の門下生達をまとめ、郊外にある騎士団用の宿舎に滞在していた。

 門下生達の親には、これから起こるであろうことを端的に説明の上、連れ出す了承を得ている。場合によっては、親達にも火の粉が飛ぶ可能性があったので、避難を促すのも兼ねていた。


「まー賑やかなことだね。戦争直前なのが嘘みたいだよ」

「頼もしいじゃないか。今の苦難を自分たちなりに捉え、どうすべきか話し合ってるなんて。師匠冥利につきる」


 師というよりは、親のような感想をアルノーとアーネが言い合う。

 とはいえ、戦況は既に国王派、宰相派が一触即発の状態に陥っている。

 郊外では、第一師団が大規模に兵を動かしている。反抗作戦は宰相派にも知れ渡っている頃合いだろう。

 物見からの報告によれば、城を占拠している第二師団側も、兵の配置に動きがあるとのこと。


「まあ、弟子達の楽しい一時を眺めている場合でもないか。少し出掛けてくる」

「なに、また悪だくみ?」

「そんなところだ。留守を頼む」


 弟子達をアーネに任せ、アルノーは宿舎を出る。

 他の騎士の元へ向かうでもなく、物資の確認に倉庫へ向かうでもなく。

 人目を避けるよう密かに陣地を抜け出した。


 半刻ほど移動しただろうか。夜に紛れ、アルノーは市街地南西の海岸を訪れていた。

 風雲急を告げるリデフォール城が、遠くそびえているのが見える。敵の目と鼻の先まで、アルノーは単独で近付いていた。

 危険を冒してまで忍び込んだのは、当然理由がある。戦いの行く末を決定づける、最後の仕上げがあったのだ。

 アルノーは周囲に敵が居ないか確認しつつ、人目に付きづらい岩場に移動する。


「この辺りだな。こつこつ作り溜めた仕込みを回収だ。増鏡ユナイテッド・アバター、起動」


 目を瞑り、心を落ち着ける。

 ゆっくりと静かに、語りかけるように。

 己が身に宿る魔石に、呼び掛けた。

 体から光が漏れだし、吸い込まれるように海へ。拡張された知覚が海中を駆け巡り、やがてあるものに突き当たる。アルノーはそれを、水術を用いて地表へたぐり寄せた。


 それは、一揃いの甲冑だった。

 正確に言えば甲冑に似せた、アルノーがよく使う水人形の一形態である。

 アルノーが特に水鏡ウォーター・アバターと呼ぶその操り人形は、通常の水人形より遥かに高精度の動作を行う。

 その代わり人形は自身を模したものでなくてはならないため、素性を隠したいときは、基本的に鎧姿の自分を想像して像を作り上げていく。

 その水人形が、一体、また一体と次から次へ岩場へと姿を現した。

 鎧を纏った個体の他、五体に一体程度は外套を羽織った個体もいる。

 水面から現れた鎧の軍団は、岩場の上で所狭しと列をなしていく。

 ひとしきり水人形を出現させたところで、アルノーは軽く目眩を覚える。まるで、血液をごっそりと抜かれたような気分だった。


「ふう、二十体起動させただけでこのざまか。まだ決戦前なのに、我ながら先が思いやられる。しかし一体につき二十五体を管理させるのは、少し大雑把過ぎたかな」


 自嘲をこぼしつつ、歪に列を組んだ水人形達を眺める。

 その数はアルノーの二十体という言葉とは異なり、総勢五百体が並んだ。戦場であれば立派に一軍と数えられる規模だ。


「よし。余力も残さなきゃならないし、スタンバイさせておくのはこれで充分か」


 満足げに、五百体の水人形を見渡す。

 開戦まではもう間もない。来る決戦に備え、新戦力の配置を行う必要があった。

 二十五体ずつでしか動かせないが、ここに雁首揃えて置いておくわけにも行かない。宰相派の哨戒に引っ掛かれば、その場で切り札の全容が露見してしまう。


増鏡ユナイテッド・アバターで負荷を減らしているとはいえ、もう少し小分けで設定すればよかったな。二隊は予定通り潜行させておくとして、ほとんどは直接ぶつけるから、このまま南門前まで連れて行くか」


 他の騎士より早い陣立てになってしまうが、突如現れた謎の傭兵部隊に、探りも入れずに攻撃してくるとも思えない。

 そうであって欲しい。でなければ自分の負担が青天井になってしまう。

 だが取り敢えず、これで盤面の上の駒は出揃った。あとは雌雄を決するだけだ。

 高度な水術の行使で、疲労感が全身を包む。

 戦への興奮も相まって、荒い息はしばらく収まりそうもなかった。どれだけ夜が更けようと、今晩は眠れる気がしない。

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