第11話(下)師弟の絆、友情の亀裂
アディは怒っているというより、どこか必死さが窺える形相だった。
「私のような一介の侍従はまだしも、人質の方々は外出が許されず、今も軟禁状態です。その状況で、城攻めを行うのですか」
「横から失礼を、アディ殿。聞けば宰相は演説で、城の者に手を出さないと宣ったとのこと。わざわざ巻き込むメリットも薄い。であれば、そうそう人質が害されることはないのでは」
「演説を鵜呑みにしろと。追い詰められるような状況になればそのような発言、反古にされるのは目に見えています。そうでなくとも、戦いの流れで、人質達に危害が及ばないとは限りません」
咄嗟にフォローに入ったデュオに対しても、アディは引かない。ここまで食い下がってこられるのは、アルノーとしても大いに予想外だった。
「先んじて潜入させる傭兵部隊に、人質の確保を最優先にさせるつもりだ。その程度の予備戦力はあるし、どのみち内部からの陽動も必須だからね」
「首尾良く確保できればいいですが、しくじれば人質達がいる場所が、戦場となるのでは。余計な危険が増えるだけだと思います」
困ったことになったと、アルノーは内心で嘆息する。
自分が王になるという確固たる目的がある以上、現王族が事故に巻き込まれる事態は、むしろ臨むところだった。
指揮した自分の評価が下がることは避けられないものの、王族に直接手を下す事態になる方が、よほど危険度が増す。なにせ味方である第一師団こそが、国王支持者の集まりでもあるのだ。
次善策はあるものの、自然な流れで退場して貰うに越したことはなく、アルノー個人としては保護に消極的だった。
ただ付け加えると、肝心の国王は長らく病床におり、宰相の傀儡だったという背景がある。国民からの人気はさほどでもないため、必ずしも死んで貰わなければならないというわけでもない。
このあたり、人気実力を兼ね備えていたジェラール王太子とは状況が異なる。
「さっきも言ったとおり、我々には時間がない。騎士団の瓦解を孕んでいるし、士気の低下や離反など、時間を掛ければ掛けるほど危険が増えるんだ。そのうえ、宰相の領兵軍を動かされると、それだけで身動きが取れなくなる。宰相への怒りと戦意が頂点になっている今しか、逆転の機会はない」
それこそ、宰相の政治が安定すれば今の王族への忠誠心や求心力も翳る。そうなればどのみち、国王はいつ切り捨てられてもおかしくない。
アディは険しい表情のままだったが、やがて、分かりましたとだけ短く応えた。
どう見ても納得している様子ではないが、これ以上の説得は難しいことも見て取れる。アルノーはこの場での話し合いは、切り上げるべきと判断した。
正直、アディの王家への忠誠心を見くびっていたと、内心で反省する。
アディにとって王族は単なる雇用主にすぎないと思っていたが、ただの侍従以上の思い入れを抱いているようだった。
確かに王室付きの侍従といえば、多くの知識やマナー、血筋が要求される花形の職業だ。そこいらの領地なし貴族より、よほど身分が保障されている立場といえる。
直接仕えていたジェラールと良い関係を築けていたことも、大きな要因なのだろう。亡き主の家族だけでも守りたいと願うのは、生真面目なアディらしいとアルノーは分析する。
そして、手にかけた真の犯人が自分だということもまた、胸に小さな穴を穿つ。
こんな事でいちいち感傷に浸っても、益のない話だとは分かっているのだけれども。
「まあまあ。どこをどう攻めるのかなんて、アルノーの一存じゃ決められないって。師団内を掌握できてないアルノーが悪いってことで、ここは一つ」
「庇うと見せかけて、結局全部俺のせいにしてないか? これでも結構出世した方なんだが」
「はいはい。変な犠牲が出ないよう、出撃するみんなで頑張ろうよ。アディくんも、いつでも王様と逃げられるよう準備しててよ。そのへん、アルノーも他の団員に周知お願いね」
「そう、ですね。すみません。一番何も出来ないくせに、我が儘ばかり」
恥じ入りようにアディが頭を下げる。とはいえ、アディの立場であれば当然の指摘だ。
どちらかといえば、立場を明確にしていない相手に、ペラペラと喋りすぎたアルノー側にも大いに問題はある。
「大丈夫、謝らなくていい。それよりもアーネはああ言ったが、事態が落ち着くまでは城を離れるのもありだと思うぞ」
「お気遣いありがとうございます。ですが実のところ、出奔する者が多く、城内の仕事も決して手が足りているわけではありません。そんな事情もあるので、今からでも城に戻ろうかと考えています」
「そっか。忙しいところ手伝わせちゃってごめん。無理しないでねアディくん」
城に戻る。
そう聞いて後方で動く気配があったのを、アルノーは逃さなかった。
牽制として、自分が壁となるよう、さりげなく横に動く。
「ではもう帰った方がいいな。随分遅くまで手伝って貰って悪かった。礼はまた後日」
「お礼はもう貰っちゃってますけどね。でもそう言うことでしたら、全てが終わったらお茶でも御馳走してください」
丁寧にお辞儀をして、アディが道場を出て行く。
どうやら一部で不審な動きがあったことに気付かなかったらしい。
だがそれとは反対に、不穏な動きの張本人、デュオがアルノーの側にそっと近付いてきた。
「師範。恐れ入りますが」
「アディには手出し無用で頼む」
言われる前に、アルノーが自ら告げる。
デュオの危惧することについては、アルノーも思い至っていた。
つくづく、この弟子は自分の悪い部分が似てしまったようである。
「とはいえ城は既に敵地。彼を戻せば、そこから作戦が洩れる可能性があります」
「アディは腹芸が出来る性格ではないからな。でもどのみち、騎士団を動かすのなら、遅かれ早かれロベールには伝わる。そのための強行軍だ」
兵を動かすということは人や物を動かすことであり、城攻めを行うならばそれなりの準備の動きが必要となる。
平時と違う動きをすれば宰相派の耳に届くし、そこから戦を類推することは、ロベールにとっては難しいことではないだろう。
ことの露見が分かり切っているからこそ、拙速を尊び準備を進めているのだ。
その準備でさえ、今日からスタートしているわけではない。従者として随伴を頼む門下生への下知が、たまたま今日になっただけだ。
大群を引き連れて街や砦を経由し、隣国に攻め込むわけというわけでもない。宰相派が対応を取る前には体勢を整えられるというのが、アルノー達第一師団の読みだ。
さらにいってしまえば、アルノー個人としては、第一師団の戦力そのものをアテにしていない。
「ではせめて見張りを。土壇場で宰相派に寝返られても困ります。戦局に影響が出ないよう、国王から遠ざけておくべきかと」
「下手に国王を連れて右往左往されても困る、か。だが適任者がいない。迂闊な動きをして、宰相派に囚われるようになれば元も子もない」
無論、今でも城内における内通者はいる。衛兵や侍従、更には第二師団内にも潜り込ませている。
しかしそれらはあくまで情報を流して貰っているだけで、偽報や工作など、いわゆる敵国に対してのスパイのような活動を行っているわけではない。
専門的な知識や判断力が問われる間諜は、やはりそれ相応の訓練が必要となる。誰にでも任せられるというわけではないのだ。
その辺り、デュオもアルノーの懸念を予想していたのか、自信ありげな表情を見せる。
「ご安心を。既にエクトルを城壁補修の人足として、潜り込ませる手筈を整えております。オクタビオの実家のルートからですので、敵方にばれる心配は少ないかと」
「お前、師範の許可無く弟弟子達を使ったのか」
「お叱りは覚悟の上です。ですがエクトルに間諜の技術を仕込んだのは師範です。裏切る危険の少ない身内ならば、潜入役として納得いただけるかと」
アルノーは頭を抱える。
まさかこんな形で、危険に巻き込むことになってしまうとは。
とはいえ先程門下生を集めて、力を貸して欲しいといったのはアルノー自身だ。時系列的にはデュオの独断専行だったとはいえ、巻き込むことを許容していたことに違いはない。
戦闘以外の技術も、専門的に教え込んでいたのが仇になった。
間諜方面の才能がありそうだったエクトルにだけは、ジェラールとタッグを組んで、そちら方面の勉強もさせていたのだ。
もう一人の弟子のオクタビオは商家の次男で、彼の家そのものは宰相派の貴族相手にも覚えがよい。経由して来歴を偽るならば、適任といえる人選だろう。
「ほんと、お前は俺の悪いところがうつってしまったな」
「お誉めにあずかり光栄です」
誉めてない。だが。
真の計画に一切加担させていないのに、この気の回しよう。本格的に手伝わせていれば、さぞや負担が減ったものを。
そう思うものの、すぐにその考えを捨てる。
計画が失敗したときは間違いなく重罪になる上、たとえ成功しても、罪なき人間を手にかける苦悩を味わわせる羽目になってしまうのだ。
「もしもーし。そこの男子二人、怪しい密談は終わりましたかー」
いかにも文句がありそうな声で、アーネが二人を呼ぶ。内緒話をしているのがバレたらしい。
言いたいことはまだあったものの、これ以上は続けることが不可能のようだった。
周囲には見慣れた道場の仲間達が、何かあったのかと言わんばかりの顔をしている。
その顔を一通り眺めて、アルノーは改めて、皆を光指す場所へ導かねばという義務感に駆られた。
デュオをはじめ、アーネもディアナも他の門下生達も、アルノーが守るべき対象なのだ。
選ばれなかった者達に選択肢を。
恵みなきこの大地に、潤いと癒しを。
そのためならばこの命、惜しくはない。
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