第14話(上)開戦、初手の攻防

 その日、現国王ロベール・ド・クラオンはけたたましい怒号で目を覚ました。

 場所は貴族街の本邸ではなく、城内にある執務室。昨今の情勢を鑑み、ここ数日は城で寝泊まりをしていた。

 起きた直後にも関わらず、ロベールは状況をすぐに理解する。


「やれやれ。ようやく仮眠できたところなのだが」

 

 ロベールはうんざりしつつも、人を呼ぶためにベルを鳴らそうとする。その前に都合よく、部下の一人が部屋に転がり込んできた。

 

「市街地の北門、西門、南門前に布陣した第一騎士団が、進軍を開始した模様です。外壁の衛兵だけでは抑えきれません!」

「分かり切ったことだ。諸侯には先走らぬよう伝令を。籠城を徹底させろ」


 この通達も、事前に何度説明したことか。

 とはいえ戦時中は、常に状況に応じた指示が求められる。

 作戦本部には側近や第二師団の重鎮がいるものの、旗頭が引っ込んでいては上がる士気も上がらない。ロベールは支度もそこそこに、すぐに作戦本部のある広間へと向かった。


 本部についても、慌ただしさは変わらなかった。

 特に普段自分の指揮下にない、第二師団の狼狽が酷い。戦時にも関わらず、文官より慌てふためいているようでは、先が思いやられる。

 その中で、現場の最高責任者たる第二師団の団長が、慌てた様子でロベールに駆け寄ってきた。


「既に市街地の城壁を抜けたとの話もあります。やはり外壁にも兵を配置しておくべきだったのでは」

「外壁で防衛するには二つ問題がある。一つは、人数も連携も足りないこと。あちこちに門や通用口を増やしたことも拍車をかけているな」


 第二師団と城直属の衛兵による混成部隊とはいえ、人数は多くない。街を覆う外壁を守護するためには、頭数からして不足していた。

 更にそれを補うための部隊間での連携などは、習熟が足らず話にならない。

 首都を貿易の集積地にしたことで、利便性を求めて付け足した門や通用口も多く、防衛の足を引っ張る。出入口の数だけ、その分人員を割かねばならない。


「幸い、王城自体は守りが固い。二度戦火に巻き込まれたことで、防衛のための普請が進んだからな」


 設備も動線も、城は守りやすいよう設計されている。場所が狭い分、中央からの指示も各所に届きやすくなる。


「な、なるほど確かに。ですが二つということは、さらに理由が?」

「そもこれは国同士の戦ではない。普段同じ街にいる者同士の争乱なのだ。街全てを掌握しようとしても、必ず懐に相手を残してしまう。陣立を万全にするには、人も時間も足りん」


 ならば自陣を城に限定して、敵味方を確実に分離させようというのがロベールの策だ。城だけならば、自前の兵力で伏兵を排除できる。


「どのような形でも持ち堪えられれば、援軍が届き挟撃が成る。攻めと守りの立場が逆転すれば、放棄した外壁が、退却を阻んでくれる」


 敵の背後に援軍が雪崩れ込めば、相手は逃げ場がなくなる。その時のために、国王派にはもう少し城側に寄ってきて欲しいくらいだった。


「ですが、市街地には多数の市民がいます。そちらへの被害が」

「国王派にとっても民衆は重要だ。圧政から国を守るという大義名分を掲げ、兵を興したからな。将来の支持勢力となる市民の不興を買う真似はせぬよ」

「しかし市街地には我々の屋敷があります。人質に取られたり、そちらに矛が向く可能性も」

「家族を城に連れ込む許可は出している。この期に及んで、財産隠しを優先させて逃げ遅れるようであれば、それはもはや知らん」

 

 どうでもよい質問を飛ばす第二師団長を尻目に、ロベールは自身の側近に視線を送る。

視線の意味を推し量った側近は、大きく首を縦に振る。どうやら万事状況は整ったらしい。備えを用意してきたのは国王派だけではない。

 

 外の怒号が大きくなって来る。

 商業のため市街地は道の整備が進んでいる。外壁さえ越えれば、敵はあっという間に城まで到達するだろう。

「さて。仕掛けてくるとすれば、そろそろか」


 そうロベールが独りごちた瞬間、本部となっている会議室に伝令が駆け込んできた。

 第二師団でもロベールの私兵でもない、城直属の衛兵だ。


「報告します! 地下の保管庫から、突如重装兵が現れ、城内の味方を切り捨て暴れ回っています」


「バカな!」

「第一師団の連中か!」

「城の中からなど、一体どうやって」

 

 本部が途端ざわめく。だがロベールにとっては、やはりという感想しか出てこない。


「慌てるな。襲撃は、北の地下保管庫からで間違いないな? 数は?」

「数は一小隊のみ。ですが敵重装兵は一、二度斬りつけられても構わず戦い続けており、持ち場の衛兵では手に負えません!」

「であれば、特段指示は必要ない。既に予備隊が鎮圧に向かっているであろうよ。対策は既に言いつけておる故、衛兵は予備隊に従って動くように」


 やって来た伝令が、返事を残して現場へと戻っていく。奇襲を意に介さないロベールの態度に、呆気にとられたようだった。

 会議室内の焦燥は消え失せていく。


「既に備えがあったとは。閣下、奇襲を予測しておられたのですか」

「当たり前だ。敵方も同じ手を使うとは芸のない。だがこれで、王族しか知り得ない隠し通路を、あ奴が把握していることが確定したか」


 その疑念が生まれたのは、王太子暗殺のときのことだ。

 どこからか城に侵入した賊に掻き回され、守衛が散らばり王太子の居場所が確定できず、暗殺を成功させてしまった。

 あの時の賊は、どこから沸いたのか。

 当時は公爵暗殺があったばかりで、警備を増やしていたというのに。

 分かりやすい答えが、城の隠し通路だ。


「奴は殿下と懇意にしていたからな。身内に甘いジェラールならば、或いは洩らしていると考えたが」


 迂闊な真似をするものだ、とも思う。それが原因で、ジェラールは暗殺の憂き目にあったのだから。

 兎も角、相手の襲撃の手段が分かっているのであれば、あとは簡単だ。予め付近に兵を構えていればよい。

 当然、こちらは隠し通路を一般の兵士に公開するつもりはないので、完全な待ち伏せの形を取ることは出来ないのだが。現れた以上は、あとは残る仕掛けでどうにでもなる。

しばらくした後に、何かが崩れるような音が、どこかからか聞こえてきた。


「閣下、これは」 

「地下に繋がる階段が破壊されたのだろう。予備隊に工兵を同行させたからな」

 

 工兵は皆土術の使い手で、階段をはじめ壁や床を崩壊させるよう指示を出している。道を塞げられるうえ、上手くいけば敵は生き埋めとなってくれるだろう。

 状況を知った本部では、ロベールへの喝采が続く。外、襲撃現場の方からも、歓声らしき声が聞こえてきていた。この士気を維持できれば、援軍が来るまで持ちこたえる助けになるだろう。

 籠城戦は戦場が必然的に狭まるので、こういった士気の高さも伝播しやすい。


 だが。

 本部の人間は気付いていなかったが、ロベールはすぐに察知した。先程の外からの歓声が、すぐに止んでしまったことに。

 どういうことか、誰かに様子を見に行かせるか。そんなことを考えていると、さっきとは別の衛兵が部屋に飛び込んできた。


「土術で埋めたはずの重装兵が瓦礫の下から続々と這い上がってきます! 鎧に傷さえつけられていません! 乱戦になります!」

 

 本部が静かになる。


「なんだ、それは!」

「生き埋めになりながら、傷一つないだと」

「もしや、相手も土術師を用意していたのか!」


 周囲が凍り付いたことを察しつつ、ロベールは一瞬だけ思案した後、すぐに次の指示を衛兵に伝える。


「周辺の予備隊を襲撃者達に集中させろ。倒しきらずとも構わん。数でその場に押し止めろ」


 本部付きの連絡員を使い、ロベールは速やかに指示を飛ばす。

 侵入した敵の狙いは二つ。即ちロベールの殺害若しくは城門の破壊と言ったところだろう。


「閣下、例の予定を早めますか」

「まだ様子を見る。潜入した敵は、場内の配置図を変えれば対応可能な範疇だ」


 耳打ちしてきた側近に、ロベールが小さな声で答える。

 だがそう言ったものの、生き埋めにされた敵が突破してきたことが気になった。歓声が消えたタイミングを見るに、かなり早い時間で攻略されている。

 崩落を防がれたならばまだしも、まともに受けた上でのこの速さ。相手に熟練の土術使いが居ても、もう少し手こずるように思える。


「これは、やはり」


 ロベールは敵の動きに引っかかりを覚え、再度状況を頭の中で描く。


今は受けに回っているが、籠城戦であれば珍しい情勢ではない。

 奇襲部隊の人数は少ないものの、練度は高い。

 自分が相手なら第二波を用意するが、地下道を使った襲撃は想定内で、対処が完了している。伝令に聞いた数ならば、先程の指示で封じ込めることが出来る。

 現場へ直接見に行って確かめたかったが、万が一のことがあればこちらの陣容は瓦解する。


「どうやって塞いだ地下を抜けた? 土中を自在に動ける土使いが複数いるなら、他の兵ごと大勢を一気に送り込む」

 

 だが現実は、僅かばかりの精鋭が単発で送り込まれるのみ。

 敵は道自体を作る能力は無く、あくまで元ある通路を進む。


「瓦礫の隙間から這い出たことからも、間違いなく水人形の軍団が今回の襲撃者だ。奴の正体も、最早疑いようがない」


 何かが頭の中で、実を結ぼうとしていた。

 そのときだった。

 三度目となる、伝令兵の到来が訪れた。


「あ、新たな重装兵の一団が現れました! 場所は城の中庭付近、使われていない会議室からです!」

 

 今度こそ完全に、本部の中が凍り付く。

 中庭は地下保管庫とは逆方向の南側。もちろん南門にも兵はいるし、その後詰めも予備として付近に待機させている。散在させている衛兵が侵入者を止められなくても、その予備隊は充分な規模を持って対応できるはずだった。

 他所への援軍として、移動でもさせていない限りは。


「城の改修時に埋めた、昔の地下路か。まったく。普請のし過ぎも考えものだな」


 他人事のように、ロベールは呟いた。

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