第12話(上)離間、戸惑いの夜

 道場を出たアディは、項垂れながら帰りの途にあった。

 唸り声をあげたかと思えば、勢い良くかぶりを振ったり。衛兵の目に留まれば、間違いなく呼び止められる挙動不審ぶりだった。


「ああ、我ながらなんて自分勝手なことを。みんな困っただろうな」


 何度目かの溜息をつく。

 頭では、アルノーが正しいと理解していた。だが戦いに巻き込まれる城の者達のことを思い、気付いたらあの場で口をついていた。


「誰にも死んで欲しくない。それだけなのに。私は間違っているのかな、ジェラール」


 故人の名を呟くと一瞬だけ温かな気持ちに浸れたが、すぐに虚しさに変わる。いつも傍にいてくれた大事な人は、もういない。


「もっと頑張らないと。やることもあるんだし」


 道場で言われたとおり、陛下の傍について不安を和らげて差し上げて。決起日には、必要に応じてすぐに脱出できるよう、脱出路を見直して。


 そんなことを考えていたから。

 アディは自分に近付いてくる人間がいることに、気付かなかった。


「おい、お前。王室付きの侍従、アディだな」


 目の前に、鎧を着込んだ三人の男が立っていた。

 襟章を見るに、おそらくは第二師団。

 その威圧感に、アディは一瞬言葉を失う。己の失態を、アディは察した。

 アルノー達と交流があることは、城の中の人間ならば少し調べれば分かる。

 そんな自分がアルノー達の拠点から、のこのこと城へ戻ろうとしている。国王派から何か指示を受けたと、勘ぐられてもおかしくはない。

 せめてもう少し周囲に気を配っていれば、逃げることも選択できただろうに。自らの軽挙に、アディは心の中で苛まされる。

 返事をしないアディを待たず、大柄な騎士が腕を掴んでくる。

 騎士に周囲を囲われつつ、アディは連行されていった。


 いくつかの通りを継ぎ歩き、貴族街の真っ只中のとある屋敷に到着する。

 小さくない庭を持ち、周囲は高い塀で囲われている。かなりの有力者の邸宅だということは、一目見ただけで分かった。

 それでも町外れの薄汚い小屋でないだけ、ましと言えばましかもしれない。


「確か、この屋敷の持ち主は」

「宰相閣下がお待ちだ。ダラダラ歩くな」


 アディの予想どおりの名前が出る。

 否応もなく、アディはそのまま引き摺られるように邸内に通された。

 どのくらい歩いただろうか。やがてアディは、

とある部屋の前までやってきた。掲げられたプレートには、執務室と文字が彫られている。

 扉を開くとそこには、屋敷の主人と思しき壮年の男性が椅子に鎮座していた。

 リデフォール王国宰相であり、先頃王座につくことを宣言した奸臣、ロベール・ド・クラオンが姿勢よくアディを待ち構えていた。

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