第11話(上)師弟の絆、友情の亀裂
執務室を引き払い終えると、外はもう日が暮れていた。
荷物を道場に運び終えたアルノー達は、みんなで休憩を取ることになった。
アルノーはアディを含む主要メンバーが揃っていることを確認し、更には水術の網を道場周辺に走らせ、周りに間者がいないことを探査する。
「よし、そろそろいいかな」
手を叩いて、その場にいる人間の注目を集める。
「休んでいるところ、すまない。少し手を止めて貰っていいか。話しておきたいことがある」
声掛けと同時に、みんながアルノーの前に集まり出す。きびきびした動きはそれだけで、普段の稽古の成果が窺えた。
「今日は急に呼び立ててすまなかった。みんなにお礼の品を用意しているから、受け取って欲しい」
「やったね、にーさん気が効く。らびゅー」
「師範、気を使わずとも構いませんのに」
「駄賃だと思ってくれ。一応、騎士としての面目もあるしな」
そう言いながら、運び終えた荷の一束から、人数分のペンダントを取り出す。チェーンの先には、それぞれ不揃いの鉱石があしらわれていた。
アルノーは一つ一つ、その場にいる者に手渡ししていく。
「何これ。アルノーの手作り?」
「そうだよ。あんまり見栄えしない出来だけど。いつか道場のみんなに渡そうと思って、準備していたんだ」
年長組総勢九人に欠席がいないのは幸いだった。アーネを含めて丁度十個、用意していた分が綺麗に行き渡った。
無関係にも関わらず手伝ってくれたアディには、アルノーが身に付けている試作品で勘弁して貰うことになった。
「いいんですか、私まで。道場の人間ではありませんのに」
「半分身内みたいなものだし、気にしないでくれ。間に合わせの物で悪いんだけどな」
「ね、ね、アルノー。この石ってなに?」
「魔石だよ。本体から削れ落ちた欠片で、力は持たないけど。元の魔石は強力なものだから、お守りにはいいかなって」
「残念、売れそうにないねぇ。って、ねーさん。冗談だから殴ろうとしないでよ」
「全く、変なところで逆張りするんだから。っと、ありがとアルノー。大切にするね」
アーネが貰ったペンダントをすぐに身に付ける。それを皮切りに、他の門下生達も謝辞と共に、すぐに身に付け始める。作った甲斐があったと、アルノーは心の中で安堵した。
時間の都合で年少組の分は用意できなかったが、その内作成に取りかからねばならない。そう密かに決心する。
「まあ、それはそれとしてだ。みんなには、改めて報告しなければならないことがある」
今の和やかな雰囲気の中で告げたくはなかったが、避けられない話題だ。何人かは既に知っているとはいえ、改めて直接、説明する必要があった。
「聞いていると思うが、俺に出向の話が来ている。赴任先は遠方で、今後は道場を管理するのが難しくなるだろう」
その場にいる全員が、重苦しい表情に変わる。
門下生達に手伝いを頼んで一堂に集めたのは、どちらかと言えばこの件が本題だった。
「俺が始めたこの道場、集めるだけ集めておいて、結果こんな事態になってしまい、申し訳なく思う。今後も迷惑を掛けてしまうであろうことも含めて、謝らせて欲しい」
アルノーが真っ直ぐ頭を下げる。
周囲からは庇う声が相次ぎ、アルノーは少しだけ気が楽になった。
今日で道場は事実上の解散。屋敷は接収され、デュオのような道場を仮住まいとしていた者は、家を追われることになる。
国王派のアルノーに師事していたことが世間に知られれば、今後も周りに白い目で見られ続け、ともすれば迫害を受けることになるだろう。
そう。
アルノーがこのまま素直に左遷を受け入れれば、の話ではあるが。
「十日後。俺は兵を興し、城攻めを行う。狙うは宰相ロベールの首だ」
門下生達の、嗚咽を噛み殺したような声がぴたりと止んだ。静寂が場を支配する。
ややあって、代表でと言わんばかりにアーネが手を挙げた。
「あの、アルノー。今なんか滅茶苦茶不穏な単語が飛び出した気がしたんだけど」
「耳に疾患がないようで何よりだ。一応、分かりやすく言うとだ。戦争するからお前ら準備しろ」
「やっぱり言ってた! しかももっと聞き捨てならないこと付け足したし!」
「師範、聞きたいことだらけなのですが。宰相と事を構えるというのは本気なのですか」
あくまで冷静にデュオが指摘してくる。
怒りや驚きはなく、ただ本当に知りたいから聞いているだけ、といった声色だった。
「本気だ。当然だが俺一人ではなく、第一師団の会議の中で決まったことだ。他の騎士も配下を連れて参戦する。期日が近くて申し訳ないが、時間を掛けると気取られる恐れがある。敵方がクーデター成功で一息ついている今を狙って、仕掛ける」
「城の主力は第二師団なんだよ。おんなじ騎士団内で争うの?」
「仕方のないことだ。騎士団は本来国の直属、つまりは王家を守るのが責務だ。それを放棄したのだから、誅伐されても文句は言えまい」
「それもあるけど。同じ規模で城攻めなんかしても勝ち目はあるの?」
城攻めは攻める方が圧倒的に不利だ。真っ当に攻め落とそうとするなら、十倍の兵は要るだろう。
今の時代の戦争は、術使いが動員されることがほとんどのため、単純な人数比較は意味を持たない面もあるにはあるのだが。
相手に引き籠もられて日数が掛かるようであれば、今度は宰相ロベールの領地から援軍が駆けつける。城攻めしながら背後を取られるというのは、中々絶望的な状況だ。
このことはもちろん第一師団内でも問題視されたが、当然アルノーも折り込み済みだった。
「第一師団は領地持ち貴族が多い。動員できる数は第二より上だ」
但し敵は城を制圧済みなため、騎士団とは別の枠組みである、城の衛兵達を接収している公算が高い。どのみち兵力は同数程度になるだろう。
しかしここに、アルノーの仕掛けた外的要因が加わる。
「兵力の不足については、極秘で腕利き傭兵を雇っている。海外に拠点を置いている連中で、入国時も宰相の縄張りを迂回させたから、気付かれていないはずだ」
「海外から? いつの話? 戦争に動員できる規模の人数が動いたなら、遅かれ早かれ宰相に把握されると思うけど」
「人形使いを主とした傭兵団だ。武器も頭数も要らないから、波風を立てずに入り込める」
「大陸の、人形使いがメインの傭兵集団。聞いたことないけど」
アーネが小首を傾げている。
この辺りはアルノーの創作の部分だったので、あまり突っ込まないで欲しかった。とはいえ、人員の確保が出来ているのは本当だった。
第一師団を動かすのにもっともらしい説明が必要だったので、それっぽくこじ付けただけというのが真相だ。
実のところ国王派が多い第一師団とはいえ、全員が戦いに積極的なわけではない。それぞれに守るべき立場や家族があるのだ。
戦いに不参加であればまだいい方で、下手をすれば第二師団のように、宰相陣営に流れるといった事態も予想できる。
とはいえ自然な形の勝利を目指すためには、それなりの頭数を用意する必要があり、第一師団としての参戦はマストだった。
そして士気が低いままではどのみち戦いにならないので、そういった連中抜きで、ある程度勝利の道筋を付ける必要がある。
人形使いの傭兵は、そのためのブラフだった。
「にーさんにーさん。傭兵云々はどうでもいいんだけどさ。さっき言ってた、私達に準備しろってどゆこと?」
「今回は大がかりな戦いだ。他の騎士も、部下を連れて参戦する。ここにいる年長組は盗賊狩りや警備の任務で、従者扱いで同行して貰った経験がある」
さらにこれはおおっぴらに言えないことだが、単純な戦闘力も同年代の騎士に引けを取らない。
そもそもが、貴族の嫡男というだけで騎士の称号を得ているような連中なのだ。日頃から訓練に明け暮れている門下生達とでは、鍛え方が違う。
「戦闘は避けられないが、フォローはする。全員で生き残るのが大前提の同道だと約束しよう。無理強いは出来ないが、可能ならばついて来て欲しい」
この場にいるのは、全てが終わったあと生まれ変わる社会を生きていく者達だ。
己のエゴでしかないと分かってはいるものの、国が移り変わるその瞬間を、是非立ち会って欲しかった。
「俺の傍にいれば、水術による治癒が行使できる。状況によってはすぐに離脱させるつもりでもいる。最悪みんなが離脱しても、直衛が一人いれば他の騎士にも言い訳できるしな」
「もしもーし。離脱しなきゃな状況下でも残らなきゃいけないその直衛は、果たして誰なのかな。ちょっと扱い、雑すぎない?」
分かり切った質問は取り敢えず無視をする。
大事な話をしているのだから、従士として少しは自重して欲しい。
「私は構いません。左遷にしろ戦にしろ、師範にお供するつもりでした」
「ねーさんが付いてくなら、わたしもかなあ。気乗りしないけど」
付き合いの長い二人が、真っ先に賛同の意を示す。
それにつられてか、他の門下生も次々と参加を表明していく。やがて最後の一人も渋々ながら了諾し、年長組九名が従者としてアルノーに付き従うことになった。
そんな中、唯一道場との関わりが薄い者が、大きな声を上げた。
「待って下さい。まさか本当に、戦を起こすおつもりなのですか。陛下をはじめ、親国王派の多くが今も人質になっているんですよ」
王族直属の侍従、アディだった。
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