第34話「テスジャーザ突入」

 五月十六日の正午。


 ラントの行った降伏勧告は完全に無視された。

 グラント帝国軍は彼の前に整列しており、指示を待っている。


「中にいる兵士と住民に降伏する意思はないようだ。既に伝えているが、敵は罠を用意している。攻撃を受けても不用意に建物の中に突入するな! 降伏する者がいても近づくな。そいつらは囮だ……」


 事前に罠に対する対処方法を説明しており、簡単な確認だけ行った。


「……敵の位置が変わっていないことは既に確認済みだ。駆逐兵団は南門より突入せよ! 轟雷兵団は東門を攻撃し、これを破壊せよ! 天翔兵団のアークグリフォン隊は町の上空から必要に応じて支援! その他はここに待機だ!」


 そこでラントは全軍を見回す。戦意はあるが、無駄に高揚している者はなく、その様子に満足する。


「今日中にテスジャーザを落とす! 駆逐兵団よ、出撃せよ!」


「「オオ!」」


 鬼神王ゴイン率いる駆逐兵団五千が彼の号令に応えた後、整然と南門に向かう。残りの一千は予備兵力としてラントの近くで待機している。


 ラントは午前中にも昨夜と同様に偵察を行っており、状況が大きく変わっていないことを確認した。

 神聖ロセス王国軍は東門近くに戦力を集中させたままで、新たな罠も見つかっていない。


「轟雷兵団よ! 東門を完全に破壊せよ! 敵の目をこちらに引き付けるのだ!」


 轟雷兵団の巨人たちもラントの命令に歓声をもって応え、用意されている岩を投げ始めた。


「魔術師たちはその場で待機! 火災が発生したら水属性魔法での消火を頼む」


 可燃物に火を着け、町全体を焼く可能性を考え、リッチやデーモンたち魔術師隊は消火活動に充てることになっていた。


「アークグリフォン隊、出撃せよ! まだ隠し玉があるかもしれない! 上空から敵の動きを監視せよ!」


 三百体のアークグリフォンが一斉に舞い上がり、猛禽類の甲高い鳴き声を上げる。

 テスジャーザの町の上空に到着すると、低空を高速で飛翔しながら敵の様子を探っていった。


 一通り命令を出したところで、ラントは用意された折りたたみ椅子に座る。

 その後ろにはフェンリルのキースら側近が立ち、彼の横には神龍王アルビン、天魔女王アギー、魔導王オードが同じように座っている。アギーの後ろには通信士であるデーモンロードが十体控えていた。


「今回も俺たちの出番はなしか。そろそろ天翔兵団の活躍の場を作ってくれてもよいだろう」


 アルビンがそう言って不満を見せる。しかし、その不満は本気のものではなく、冗談に近い。


「分かっている。そろそろバーギ王国の飛竜騎士団が出てくるはずだ。その時は存分に叩きのめしてくれ」


「飛竜騎士団など敵ではないが、まあいい」


 そんな話をしていると、念話の魔道具を持つアギーが報告を始めた。


「駆逐兵団が南門に到着しました。敵影はなく、これより突入するとのことです」


「了解した。だが、くれぐれも慎重に行動するよう、ゴインに念を押しておいてくれ」


「承知いたしました」


 そういうと、魔道具を操作する。


「タレットも張り切っているようだな」とアルビンが呟く。


 彼らの目の前では身長十五メートルを超える巨人たちが数十キログラムはあろうかという岩を投げつけており、鉄で補強された頑丈そうな城門の扉が崩壊寸前になっている。

 巨人たちの中央には巨神王タレットが立ち、城門破壊後の突入に備えている。


 東門から巨人たちを突入させるのは罠を警戒したからだ。

 王国軍が用意した罠は建物の中に引き入れ、可燃物に火を着けて焼死または窒息死させるというものだ。当然建物に入れない巨人に対しては効果がない。


「城門を破壊したようだな。巨神王自ら先頭に立つか。奴も活躍の場が欲しいと見える」


 アルビンがそう言って笑う。


 巨人たちが破壊された城門を跨ぎ、町に入っていった。


「各部隊の状況を適宜報告してくれ」


「承知いたしました」とアギーがいい、各部隊からの報告を伝えていく。


「駆逐兵団の主力は大通りを前進中。建物内の敵兵は外から魔法で攻撃し無力化しているそうです。路地にも魔獣族戦士を派遣し、伏兵がいないか確認中。現状では伏兵の姿は見えないとのことです」


「了解した」


 十分ほど経ったところで、アギーが緊迫した声で報告を始めた。


「鬼神王より報告です! 大量のバリスタと伏兵による攻撃を受けつつあり! 死傷者多数! 現在防御を固めつつ、敵に対応中とのことです!」


 ラントは思わず立ち上がる。


「何! バリスタと伏兵だと!」


「大通りを移動中に左右の建物の上層階より一斉に撃たれたそうです。その数は百以上。その後、人族の兵が数えきれないほど湧き出てきたとのことです」


 ラントは一瞬呆然とするが、すぐに次の命令を出した。


「アークグリフォン隊を支援に向かわせろ! タレットにもこの情報を伝えよ! 東門近くにも伏兵の可能性がある! 轟雷兵団のデーモンたちは巨神王のところに向かえ!」


 矢継ぎ早の命令をアギーたちが伝えていく。


「俺たちも準備した方がよいか?」とアルビンがラントに確認する。


「いや、まだ大丈夫だ。だが、心遣いには感謝するぞ、神龍王」


 ラントは無理やり余裕があるように笑顔を作る。


(罠はあれだけじゃなかったのか……これは僕の失敗だ。建物の中をきちんと確認させれば発見できたはずだ。それにしても兵士たちはどこに隠れていたんだ? デーモンロードとシャドウアサシンの目をどうやって逃れた?……いや、今は戦いに集中しろ。他にも伏兵がいるはずだ……)


 そう考えると、すぐに次の命令を発した。


「鬼神王に命令! 損害を最小限にするよう適切に対処せよ。方法は任せる!」


 その命令の直後、東門近くから巨人の咆哮が聞こえた。それは苦痛に満ちており、攻撃を受けたことは明らかだった。


「巨神王より緊急報告! 敵魔術師隊による奇襲を受けたとのことです! 場所は東門より五百メートル西! 油を使い、町を焼く勢いで攻撃してくるため、デーモンロード隊が水属性魔法で対応中!」


 東門の方に目をやると、黒い煙が上がっている。


「神龍王よ。天翔兵団を率い、ゴインとタレットが足止めされている付近の建物をすべて破壊してくれ。但し火は使うなよ。ただ味方に影響がなければ、少々やりすぎても構わん」


「任せておけ!」とアルビンは言うと、「天翔兵団出撃だ!」と叫びながら、龍形態に姿を変えた。


 同じように天翔兵団のエンシェントドラゴン、ロック鳥、フェニックスらが人化を解き、次々と舞い上がっていく。

 その様子を見ながら、ラントは不安に駆られていた。


(どれほどの死者が出たんだろう……間に合えばいいんだが……いや、まだこれで終わりじゃないかもしれない。僕が敵ならどうする? アルビンたちが出てくることを予想していたら……まずい!)


 そこであることを思いつき、アルビンに連絡を取るようアギーに命じる。


「神龍王に攻撃中止と伝えてくれ! 大至急だ!」


「は、はい!」


 その勢いにアギーは気圧され、いつもの余裕が消えていた。


 しかし、ラントの命令は僅かに遅かった。

 アルビンらの攻撃が始まった直後、それまでより激しい黒煙が上がったのだ。

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