第187話 挨拶
「冥王!」
ラルフは城の客室の扉を勢いよく開けた。
「ラルフ殿。よく来たな…それにルー殿。動けるようになったようだな」
「えぇ…おかげさまで」
ルーは客室を見て唖然とする。ここは城を訪れた者をもてなすための客室のはずだと。しかしその一室は冥王の部屋であるかのように様変わりしている。
冥王はいつものようにソファに半分寝転んだ状態で果物を頬張っていた。
「冥王、いきなりで悪いんだが俺たちの頼みを聞いてくれないか?」
「うん?頼み?」
冥王がラルフの思いがけない言葉に意外な反応を示す。
「魔界で俺たちの護衛をしてくれないか?」
「ほぅ」
冥王は嬉しそうな顔をする。寝込んだ状態から体を起こし、座り直してラルフたちの話を聞き始めた。
「ルー殿の正体がバレたことで居づらいとな。そこは人間ならではと言ったところか」
人間社会は他の生物とは違い、力の強さだけで上下関係が成り立つわけではない。金、権力、身分、様々なものが混ざり合い、上下関係が成り立つ。そして状況によってそれは日々変化する。
ルーは王女として頂点の地位に君臨するも、それを隠して生きている。冥王にとって隠す意味もバレた時の問題も正直分からないが、とにかくルーたちはその面倒な状況から逃れたいと思っている。
そしてもう1つ。戦闘好きの冥王にとってはこちらの方が重要だった。
「レオナルド…あの時私に唯一攻撃を加えた男か」
かつてアルフォニア騎士団が魔界遠征中に不運にも冥王と出くわし、戦うハメになった。ルーを含むアルフォニア騎士団は赤子の手をひねるようにやられてしまったが、唯一レオナルドだけは冥王へと立ち向かった。
そのレオナルドは現在アルフォニア騎士団を抜けている状態にある。それは全てルーを連れ戻すためである。
そしてルーが王女の立場を捨てる原因となったラルフを狙っているのだ。今もどこかでその隙を狙っているのだ。
「ラルフ殿はそのレオナルドに命を狙われているのか」
「そんなことはさせません!」
その言葉を聞いたルーが感情をむき出しにして反論する。
「冥王、半分正解だ」
ラルフはルーに気にも留めずに自分の意見を語り出す。
「ん?」
「あいつは俺の命を狙っているが、俺もあいつの命を狙っているんだ」
「互いに因縁の相手ということだな」
そう言って冥王は不敵な笑みを浮かべた。
「でも今の俺じゃ勝てない。だから強くなりたいんだ。だから冥王、俺を強くしてくれないか?」
「冥王さん、お願いします。私も強くならねばならないのです」
ラルフはレオナルドを殺すため。ルーはラルフを守るために。そして何より…ラルフに人を殺させないために。
それぞれの想いは違えど、強くなることを渇望していた。
「私の指導は厳しいぞ?それでもいいか?」
その言葉に2人は笑みを浮かべる。
「あぁ、頼む!厳しくしてくれ!普通の鍛え方じゃダメなんだ」
こうしてラルフたちは冥王と共に魔界へ行く事となった。
その後、ラルフとルーは一度別れ、ラルフはアッザムに会いに、そしてルーはヴィエッタに報告することになった。
「なっ、急に何を言うかと思ったらここを出て魔界へ行くだと?」
ルーの報告にヴィエッタは驚きを隠せない。
「はい…魔界へ行けばいろいろと面倒ごとは避けられます」
「そんな面倒ごと、私たちが全力で払ってみせる」
「それだけではありません、魔界で冥王さんが傍に居ればラルフの身をレオナルドから守ることが出来ます」
ルーの言葉を聞いたヴィエッタは玉座の背にもたれかかる。
「お前たちはいつも忙しいな。確かにあの武神を止められる者は私たちでは無理だ。いや、他の人間では誰もおるまい」
人類最強の男、レオナルド。そのレオナルドが痺れを切らし、周囲を気にする事無くラルフを殺そうとすれば誰も止められない。
そう考えると、冥王が傍にいることでレオナルドであっても簡単に手を出すことは出来ない。人類最強であっても、この世の全ての生物の頂点ではないのだ。
「行くなとは言わん。だがせめて治療が終わってからでどうだ?お前も、そしてラルフもまだ傷は癒えていないんだぞ?」
「それも含めて鍛錬の内に入るとか。冥王さんが言うにはそういう時こそ新たな力を発見しやすいとのことです」
「なんだそのわけのわからぬ発想は」
ヴィエッタはため息をつく。これ以上話をしていても無駄だと。
「それにしても冥王はラルフの言うことは何でも聞き入れるな。やはりラルフに恩を感じているのだろうな」
「はい。ですが冥王さんは恩義だけでなく、単純にラルフのことが好きなようです。ラルフと一緒に居ると飽きないとおっしゃっていました」
「確かに飽きることはないな。だが、こっちは見ていてハラハラさせられる」
「それは同感です」
ルーとヴィエッタは少し話をした後、玉座の間を出た。玉座の間を出る際に、困ったことがあったらいつでも頼れとヴィエッタはルーに伝える。ヴィエッタもまたラルフとルーに恩義を感じており、好意を感じている1人なのであった。
ルーは城を出て外に出る。ラルフを追い掛けるためだ。
周囲の気配を探るルー。
(私を監視している気配は幾つか感じられますが、レオナルドの気配は…感じられません)
ヴィエッタはレオナルドの件を聞いて、ラルフとルーには常に暗部の者を監視として置かせていた。これは全てラルフとルーの身をレオナルドから守るためである。ラルフが先ほど1人でアッザムの方へ向かわせることが出来たのもこれによるものだ。またラルフ自身も「今は危険な匂いはしない」と独特な気配察知を働かせていた。
ルーはアッザムに会いに行く前に自宅に向かうことにした。ナナにも話しておく必要があるからだ。
「ナナ、ただいま戻りました」
「あら、おかえり。もう歩けるようになったんだ」
「はい、おかげさまで」
「ナナ、実は——」
「——ラルフともう話したわ。あなたたち魔界へ行くんでしょ?」
「はい…急な話でごめんなさい」
「それだとこの部屋も引き払わないとね。私1人じゃちょっと広すぎるわ」
ルーは申し訳ない顔をする。いろいろ話さなきゃいけないことがあるにも関わらず、ナナは何も聞かず、普通にルーに接している。そんなナナにルーは深い感謝と謝罪の気持ちで胸がいっぱいになる。
そんなルーにナナは近づき、肩にポンと手を置く。
「あんたがどこかのお姫様ってことには驚かされたけど、今はラルフと一緒に開拓者として活動をしているルーなんでしょ?」
ルーは言葉を出さず、黙って頷く。
「だったら私はそれでいいわ。ルー、あんたは私のルームシェアをする友人であり、仲間。アッザムも同じよ。それでいいでしょ?」
「はい…ありがとうございます」
目に涙を浮かべながらナナへ笑顔を向けた。
「私も本当はついて行ってもいいかなって思ってるんだけど、私も他に仕事があるし、ちょっと冥王さんに鍛えてもらうのは辛いしね………ん?アッザムからだ」
ナナは魔伝虫を取り、アッザムとつなぐ。
「おい、いきなりでわりぃがおめぇから嬢ちゃんにラルフを今日だけ借りたいって伝えてくれねぇか?」
「何よ、いきなり。どうしたのよ?」
「ラルフ、急に魔界へ行くって言うからよ。ちょっとおもしれぇとこに連れてってやろうと思ってよ。じゃあ頼むわ」
そう言って一方的に魔伝虫を切ってしまった。
「なんなのよ、こいつ」
ナナは舌打ちをする。
「ナナ、アッザムさんはラルフと面白いところへ連れて行くと言っていましたが、どういうところなんでしょう?」
「あぁ…それは…」
ナナは1つ思い当たる節があった。
「どこなんでしょう?」
ナナはまずいと思いながら口を開く。
「多分娼館ね」
「…なんですってぇ~」
ルーは目を見開く。先ほどの感謝していたルーの態度は一変する。ナナはそれを見て、まずいと感じた。危機感を最大限にまで高める。
「ナナさん…今すぐに娼館に案内して下さい」
「はい…」
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