第119話 素材を託す
「はぁ、やっと着きました。ごめんくださーい」
牙と鱗を入れた袋を持ってルーはズーの鍛冶屋を訪れる。鍛冶屋と言っても一見ただのボロ屋にしか見えない。看板などない。
「おい、人の家に何勝手に…あっ、ルーさんでしたか。失礼しました」
この男はズーの所で腕を磨いている職人であり、弟子である。以前もこうやってルーたちと対峙した。
「ズーさんは?」
「居ますよ。連日の鉱山での採掘ですっかり参っています」
弟子に連れられてズーの居る部屋まで案内される。ズーは椅子に座りウトウトとしていた。
「おやっさん、客だ」
ズーはその声に酷くうるさそうな反応を示す。
「帰ってもらえ。俺は今忙しいんだ」
「寝てるだけじゃないですか」
「寝るのに忙しいんだよ」
「でもルーさんですよ?」
「ん?嬢ちゃん?」
そこでようやくズーは目を少し開ける。
「ズーさん、こんばんは」
「なんだこんな時間に。来るならもっと早い時間に来い」
「ごめんなさい、ちょっと急用で。見てもらいたい物があるんです」
「見てもらいたい物?それは明日じゃダメなのか?俺はここ最近老骨に鞭打って疲れてんだ」
「もしかしたらこれを見たら疲れが吹っ飛んじゃうかもしれませんよ」
そう言われると黙っていられないズー。
「ちゃんといいもんなんだろうな」
ルーが袋から素材を取り出す様子をじっと見つめていた。何を出すのか気になって仕方がない。ちなみに弟子の男も今日は残っていた。ルーが出そうとする物に興味津々であった。
「まず、1つ目です」
ルーは黒光りする冥王の鱗を手に取って見せる。目を丸くする2人。
「おめぇそれは…この前みたいなドラゴンの鱗か?」
「はい。正解です。でもこの間のドラゴンさんの夫の鱗です。ちなみに冥王と呼ばれているブラックドラゴンの鱗です」
ドラゴンの中でも希少種と言われるブラックドラゴンの鱗。ルーは椅子に座るズーに鱗を渡した。ズーは両目を見開き、そして状態を確かめるようにして鱗を隅から隅へと触る。その手つきは先程城でウルベニスタが連れて来た鍛冶師と同じだ。その横で弟子がじっとズーが触る鱗を見つめている。自身も早く手に取って触りたい。
そんな2人へルーは話しかけた。
「これを1700Jで買取ってくれませんか?明日までに必要なんです」
「1700J?…おめぇマジで言っているのか?」
それを聞いた弟子がルーに提言する。
「ルーさん、俺が個人的に1700J払うから俺に譲ってもらえませんか?」
「てめぇ!嬢ちゃんは俺に持って来たんだぞ!おめぇなんぞに渡すか!」
ズーと弟子で今にも喧嘩が始まりそうな様子だ。やはりこの鱗には価値があるのだ。
「なぁ嬢ちゃん、1700Jっていくらなんでも安すぎるぞ。それに1つ目って言ったな?まだ何かあるのか?」
ルーは頷き、もう1つの布に包まれた物を袋の中から取り出した。ズーたちは黙ってそれを見つめる。今度は何を出すつもりだ?湧き起こる好奇心を抑える事が出来ないズーと弟子。
ルーが袋から取り出した物は先程よりも大きく、棒状の物のようだ。ルーはその布を丁寧に取り外した。
「鱗の値打ちがどれほどなのか分かりませんが1700Jでお譲りします。その代わりこの素材、冥王さんの牙で私に槍を作って欲しいのです」
ズーは弟子に鱗を渡し、代わりにルーから牙を恐る恐る受け取る。弟子はやっと鱗を触らせてもらえたのに今は牙の方に釘付けだ。
「またとんでもねぇ代物を持って来やがって…」
「あの、私が用意出来たのは穂の材料になる牙なんですが、柄の部分はそちらでなんとかご用意していただけないでしょうか?」
「いや、その前に…本当に鱗も牙も頂いちまっていいのか?」
「えっと…1700Jは頂きたいのですが…」
するとズーは職人に「おい!」と一言掛ける。すると、弟子は鱗を置いて走って金を取りに行った。そしてルーに1700Jを渡す。
「よし、これで鱗と牙は俺のもんだ。返せって言ってももう返さねぇからな!」
「ズーさん、牙は私の槍にしてほしいのですが」
「あぁ、分かってる。作ってやるよ、最高の腕をかけてな」
「それで…手間賃というか、加工するお金——」
「——そんなもんいらねぇ!鱗を安く譲ってもらった。それにこんないい素材を扱わせてもらえるんだ。金を取ったら罰が当たる」
ズーは良い物に巡り合えると、採算を度外視する傾向にある。以前のルーのミスリル装備を見たときもそうだった。ミスリルを扱えるだけで鍛冶師としての心を満たす事が出来る。ズーにとって金は二の次になるのだ。いつもそれでアッザムに叱られる。
そして今もズーは目を子供のように輝かせている。「明日から忙しくなるぞ」と意気込んでいる。
「おい、明日から俺は鉱山へ行かねぇからな。お前たちだけで行ってこい」
「ちょっと待って下さいよ!俺にもちょっとは手伝わせて下さいよ!」
「うるせぇ。お前みたいな半人前がこんな超一流の素材を触ったら素材がダメになる」
「そんな事は分かってますよ。でもせめて横で見させてもらうとか、それぐらいはさせて下さいよ!というかこの事知ったら多分誰も鉱山に行きたがりませんよ」
結局のところ、弟子はズーの仕事を見学する事で落ち着いたようだ。そんなやり取りをルーは微笑ましく見ていた。
その後ズーは一通り素材を触る事に満足したのか、それをようやく弟子に渡した。
「ついでに訊くが…嬢ちゃん、なんで急に新しい武器が必要になったんだ?」
「それは…」
ルーはズーに理由を説明する。
「そうか、小僧のためにか。それでラルフの状態はどうなんだ?」
「今、新薬の開発中でその実験体にラルフが自ら志願して、いろいろと試験を行っている最中です」
「あいつも怖いもの知らずだな。治ったら今度こそケガをしないように嬢ちゃんが見守ってやらんとな」
ルーは「えぇ、必ず守って見せます」と答えた。その表情は決意に満ちた顔をしている。
その時、横で牙を触っていた弟子が難しい顔をしながらズーに質問をする。
「ねぇ、おやっさん。柄の材料はどうするんです?俺にはルーさんの実力は知りませんが、とにかくすっごく強いんでしょう?柄もちゃんとした材料にしないと戦っている時の衝撃で折れちまう」
それを聞いたルーが苦い表情をする。
「やっぱり柄の材料も必要でしたか…」
「大丈夫だ。わしがなんとかして牙に見合う素材を探して見せる…とは言っても探すのには時間が掛かりそうだな」
「例えばこのミスリルなんてどうでしょうか?」
そう言ってルーは腰にぶら下げていたミスリルの剣をズーに差し出す。
「………いいのか?ずっと使って来たものじゃねぇのか?」
「愛着があるかないかと問われればもちろん愛着はあります。ずっと使って来たものですから——」
「——だったら」
「ですが私としては新しい槍が少しでもいい物になる事の方がずっと重要なんです。だから使って下さい」
ズーは受け取ったミスリルの剣を鞘から取り出し、状態を確認する。
「いつ見てもいい剣だ。きっとミスリル自体も混ざり物なんかねぇはずだ。柄の素材と使えるはずだ………嬢ちゃん、もう一度確認する。このミスリルの剣、柄の材料として使っちまっていいんだな?」
ルーは力強く頷き、
「はい、使って下さい」
と答えた。
「よし、分かった」
「よかったですねぇ、おやっさん。ミスリルは軽くて丈夫だから柄に使うにはうってつけですよ」
「あぁ、でもなぁ。それだけじゃねぇ」
「…どういう事です?」
「俺たちはこのミスリルって代物を上手く使いこなせてねぇ気がするんだ」
これにはルーも反応する。
「使いこなせていない?」
「あぁ。ミスリルっては軽くて丈夫なだけじゃない。最大の特徴は——」
「——魔力を非常に通しやすい」
「その通りだ」
ミスリルは非常に高価な代物である。その理由として軽くて丈夫であり、魔力を通しやすい性質を持っているからである。
「俺たち人間はまだ魔力を身体強化としてしか扱う事ができねぇ。だがもっと魔力を上手く扱えるようになればミスリルの力を最大限発揮出来るようになる」
「例えば…魔法を放つための媒質としてミスリルがなり得る事も」
「あぁ。でも俺には魔法を放つ人間を見た事も聞いた事がねぇ。まぁとにかくミスリルにはそんなファンタジーな可能性を秘めてるってことだな。とりあえず嬢ちゃん、槍の事は任せておけ。俺がこの素材を使って最高の槍を作ってやる」
「お願いします」
その後、ルーは武器が何もないのも不便なのでズーの店から武器を拝借する事にした。ここでは剣ではなく槍を借りる事にした。勘を取り戻すとの理由で。ちなみにこの時ルーは、当然のようにこの店で一番良い品の槍を選んだ。「これならなんとか使えますね」と言いながら。ズーも弟子もこれには苦笑いしていた。
ルーが店を出て行った後、弟子はズーに自身が抱いた疑問を訊いてみた。
「ねぇ、おやっさん。どうしてあのルーさんはラルフさんと一緒にいるんでしょうね。ルーさんはものすごく実力者なのにラルフさんは本当に開拓者なり立てらしいじゃないですか。普通そんなに実力が離れていたら愛想を尽かして他の所に行っちゃいそうじゃないですか。それなのにルーさんはラルフのためって今度は自分の武器まで新調しようとしてる」
「それは俺に訊かれたって分からねぇよ。でも嬢ちゃんはそんな事は些細な事なんだろうよ。あの小僧とずっと一緒にいる事が大切なんだ。まぁ聞くところによるとまだ出会って短いみたいだけどな」
「ものすごく強くて、何よりとんでもなく美人で、おまけに性格まで良い。普通に考えて貴族や他の有名開拓者が放っておきそうにない気がするんですけど。それにギルドとしても広告塔として使えるでしょう?」
「そういうトラブルはこれから付いて回るだろうな。というかもう起きているかもしれん。でもあの嬢ちゃんの様子を見る限り、小僧の元を離れる事はないだろうな。そんな事よりもう俺は寝るぞ。明日から忙しいからな。お前は明日から道具の準備に走ってもらうぞ」
「へい!」
この2人の会話の通り、本人の知らぬ間にルーの知名度は開拓者や貴族の中で広まりつつあった。
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