第105話 目には目を歯には歯を、悪知恵には悪知恵を
話に一区切りがついたので、竜血樹の運搬について話をする。
「この竜血樹、一体どのように運べばよろしいでしょうか?」
ランバットがウルベニスタやキルギスに声を掛ける。
「どうしたものか…」
ウルベニスタたちは腕を組んで悩み出す。そこへラルフが声を掛ける。
「いや、今まで冥王に運んでもらったんだろ?このままお願いして冥王に運んでもらえばいいじゃないか」
だが誰も反応しない。全員がラルフの顔を見て、お前は単純でいいなという顔をする。するとイリーナがラルフに近づいて声を掛けた。
「ラルフ君、冥王様の本来の姿を見て、どう思った?」
ラルフはそれを見てようやく理解した。
「あっ…そうか」
「私たちは冥王様だって分かって居ても、この姿には戦慄を覚えたわ。でも何も知らない人たちはドラゴンが町の中に現れたらどう思うかしら?」
国中がパニックに陥る可能性がある。このため、冥王に容易く運んでもらうわけにはいかないのだ。
「だが人力で運ぶとなると、交代人員も含めるとなると…100名は確保したいぞ。キルギス、すぐに用意出来るか?」
「いや、その人数となるとかなりの手間がかかります」
「やはりそうか。それに竜血樹の受け入れ準備も研究者たちに聞かねばならん。それに城で陛下が報告を待っておられる。一度城に戻るしかあるまい。アドニスお前も来れるか?」
「はい…行けます」
ウルベニスタから声が掛かり、アドニスは断る事が出来なかった。本当はルーと一緒に居たい。名残惜しそうにルーの顔を見てしまう。ルーが自身と離れ、ラルフと言う本来の仲間の元へ戻る事がどうしても許し難かった。
「冥王殿、…まだこちらに居て頂きたいのだが」
ウルベニスタが言いにくそうにお願いする。
「そろそろ私も一度、戻りたいところだが、残っていた方がいいのだろう?お前たちの城へ竜血樹を運ぶ仕事が残っている」
「まだ何とも言えないが、その線も残っている。申し訳ないが残ってもらいたい」
その時ラルフが冥王に声を掛けた。
「なぁ冥王。俺たちが守ったあの卵ってそろそろ孵化する頃じゃないのか?いいのか?」
「私もそれが気になっていたところだ。戻りたいと言えば戻りたいが別に構わん。お前たちの都合に合わせる」
「だそうだ、ウルベニスタさん」
その言葉にウルベニスタは頷き、感謝した。
「ラルフとルー、お前たちは悪いが冥王殿と一緒に残ってもらっても良いか?」
「そのつもりだ。冥王だけをここに残すつもりなんて悪いからな」
「なるべく早く結論を出す。では行ってくる」
そうして、ウルベニスタ、キルギス、マスク、そしてアドニスは足早に城へと戻っていた。ちなみに一緒について来た数名の騎士は森の入り口で他の開拓者たちが入らないよう監視をするために残っている。
「イリーナ君、我々も一度ギルドに行こう。ウルベニスタ様からの指示でいつでも動けるように。君はこの国のギルド職員ではないのに苦労ばかりかけて申し訳ないな」
「旅は道連れと言います。私の友人が絡んでいますのでいくらでも付き合いますよ」
そう言って、2人もギルドの方へと戻って行った。
残ったのはラルフ、ルー、アッザム、ナナ。そして冥王。ドラゴンの卵奪還で仲を深め合った者たちだ。
「アッザムやナナは戻ってもいいんだぞ」
「この際付き合うわよ、どうせ暇だし。そうでしょ、アッザム」
「あぁ。ラルフ、お前にはまた貸しが出来たからな」
「それじゃあ皆さんで食事にしましょうか。携帯食料がまだ残っていますので」
ルーたちも腰を降ろし、ウルベニスタたちが帰ってくるのを待つことにした。
「陛下、いかがいたしましょう」
ヴィエッタへ報告しにウルベニスタたちは玉座の間に居た。
「まずは竜血樹の確認だ。冥王はそのまま木を一本丸ごと運んできたというわけか?」
「はい、本来は樹液の採取のみを考えていたのですが、大いに越したことはないという事で若木を一本丸ごと」
「若木と言っても10mを超える大きさか。人が運ぶには苦労するな。シュバルツお前はどう考える?」
玉座の間にはヴィエッタの他に何名かの者がいた。このシュバルツとはナルスニアの魔界について学術的な部門で研究を進める研究所の所長の名前である。
「私としてはその竜血樹を一刻も早く城まで運びたいと思っています。木を抜いてもう4日ほど経っていると聞くが…アドニス君、竜血樹の様子は?弱っていないか?」
「今のところありません」
「陛下、私は冥王様に運んで頂いたこの竜血樹、ただ樹液を採取するのではなく、我が城で育てる事ができないかと考えております。そうすれば継続的に樹液を採取する事も可能になります。私としてはすぐにその準備に取り掛かりたいのですが」
「分かった、その手配を至急頼む」
「かしこまりました——アドニス君、竜血樹のあった場所の環境が知りたい。一緒に付いて来てくれ」
そうして、シュバルツとアドニスは退出する。ウルベニスタたちは運搬方法について話始めた。
「一番楽な方法は冥王殿に運んでもらう事です。ですが——」
「——冥王の姿を民衆に見られてしまう…という事だな」
「はい…」
ウルベニスタは重苦しく答えた。
「キルギス、そなたが兵士を集め運ぶとなればどうなる?」
「10mは優に超える木です。それをゲート近くの森から城へ運ぶとなるとかなりの人員が必要になります。まずは木を傷つけないように保護をし、それから運ぶことになりますが…完全に朝を迎える事になるでしょう。下手をすれば昼までかかるやもしれません」
「ならば決まりだな。運搬は冥王に任せるしかあるまい」
その言葉にウルベニスタ、キルギスそしてその場に居合わせた家臣たちは驚く。
「いいのですか?冥王の姿を見られでもしたらたちまちパニックに」
「まぁ待て。運搬を開始するのは日付が完全に変わってからだ。そうすれば町の店はほとんどが閉まるだろう。店が開いていなければ外に出ている民も少ないはずだ。それに店が閉まれば街灯は消える。町は暗闇に包まれる。冥王はブラックドラゴンと言われるくらいだ。黒い存在なのだろう?だったら暗闇に乗じて動けば視認する者も少ないだろう。特に遠くからは認識出来まい。後は…そうだな。冥王に高めに飛んでもらう事をお願いしよう」
ヴィエッタの話す内容を聞いて納得する家臣たち。確かにその条件下のならば人に気付かれる数は限りなく抑える事が出来る。それに先ほどからは雨が降り出した。月は雲に隠れ、月夜の光が大地を照らす事はない。
「だがゲートを通らねばならぬ以上、そこだけは人目を浴びる可能性が高い。ゲート周辺には暗部を配置させる」
「————!」
暗部と聞いて全員に緊張が走る。
「陛下、何故暗部に配置させるのですか?」
「我々を狙う勢力の者を見つけるためだ。今回の件、おそらく私たちの行動は多分相手に筒抜けであろう。何かしてくるとは思わないが、きっと確認しに来るはずだ」
「なるほど」
「だがな私の本来の目的は別にある。私の目的は我々を狙う勢力に見せつける事だ」
「…冥王が我々の仲間になったと?」
その言葉にヴィエッタは頷く。
「敵の勢力は冥王の卵を奪い、その子供を育て手懐けようとしたのだろう。だが奴らは奪う事に失敗した。逆に王国側は卵を守った事で冥王と親しくなった。それは敵に取って大きな脅威になるはずだ」
どのような事にもリスクが付きまとう。今回のリスクは民に魔物がゲートを通った事がバレ、騒ぎになる事だ。だがヴィエッタはそのリスクを背負ってでも利を取る事にした。敵対する正体も掴めない連中に王国側は冥王とある程度の関係を築けている事をアピールする材料としたのだ。民に見られたとしても騒ぎになる程度であり、それ以上の事は起こらないだろうと。人の噂も時機に消えると判断した。
「よし、ではそのように動け」
「仰せのままに」
家臣たちが退縮していくなかで、ウルベニスタはもう一件報告すべきことがあった。
「陛下、もう1つ報告が。それほど大きな問題ではないのですが」
「ん?なんだ?」
ウルベニスタは竜血樹を王国側が手に入れる際、ラルフの指示でアッザムが悪知恵を働かせ、貸しを作ってしまった事を報告する。その話を聞いていたマスクはキルギスに耳打ちする。
「あの件は、アッザムからただで譲り受けたのですから問題ないのでは?」
すると、キルギスは大きくため息を吐く。マスクはなぜため息を吐かれたのか分からない。そんなマスクにキルギスはラルフの言葉を引用して声を掛けた。
「マスク、お前は学があるかもしれないが、反対に悪知恵が働かない。この際一度アッザムの下で働かせてもらったらどうだ?」
と皮肉めいて答えた。
「…そうか、まんまとやられたな。ラルフめ」
そう言いながらもヴィエッタは笑っていた。国側としては、スラムで組織を作り、悪行とも言えるアッザムの行動は看過出来る者ではない。面倒事と言えば面倒である。
ウルベニスタは竜血樹を手に入れる事が出来た。これは紛れもない成果であり、満点に近いと言っても良い。ただ、満点ではないのだ。最後の最後にラルフたちにまんまとしてやられた。
「ならば私たちも悪知恵を働かせようではないか」
ウルベニスタが2名の兵士を引き連れて戻って来た。
「とりあえず方針を伝えに戻って来た。やはり私たちは竜血樹の運搬を冥王殿にお願いしたい。冥王殿、申し訳ないが私たちの願いを聞いてもらえるだろうか?」
「あぁ、構わぬぞ」
「感謝する。運搬する時間帯についてはもう少し後になる。今、城では竜血樹を受け入れる準備を急ピッチで進めているところだ。…それと、別件だ。アッザム?」
「ん?なんでしょう、ウルベニスタ様」
するとウルベニスタは紙を取り出し、そこに書かれた内容を読み上げる」
「アッザム。お前を殺人未遂及び殺人、強盗、恐喝、誘拐、暴行など100件以上の事件で容疑がかけられている」
「なっ!」
思わず声を出すアッザム。ラルフたちも驚いている。
アッザムがスラムを組織し、生業を立てていく上で、罪を犯す事は避けて通れない。罪を犯さなければ生きていけなかった。極論を言えば、『殺すか殺されるか』のどちらかであり、アッザムは「殺す」選択を取っただけだ。そんな生き方をすれば罪の数は一1個や2個では済まされず、計り知れない。
だがそれを急になぜ罪を問われる事になったのか?それが解せなかったが、理由はすぐに分かった。
「しかし、今回のドラゴンの卵を守った働き、そして竜血樹を我々に譲渡してくれた事により、それらを不問とする…という事だ」
ウルベニスタは紙をしまう。ラルフは笑う。
「やられたな、アッザム」
「くそっ、結局得られたもんは無しかよ」
舌打ちをするアッザムにウルベニスタは声を掛ける。
「そう落ち込むな。陛下がお前に一度謁見する権限を与えると言っていた。陛下が逝去されぬ限り、期限切れはないとのことだ。何か困った事があればその時は頼むといい」
「まぁいい落としどころだな」
アッザムは頭を掻きながらウルベニスタの話す内容に納得していた。
「それともう1つ」
「まだあるのかよ!」
「陛下からラルフとアッザムに伝言だ。「目には目を歯には歯を、悪知恵には悪知恵を」…だそうだ」
それを聞いた全員が笑った。ウルベニスタもひとしきり笑った後、
「では申し訳ないがもうしばらく待っていてくれ」
と足早に戻って行った。
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