第102話 ルーの想像

 ルーは自身に襲って来るハンティングウルフに対処しながらアドニスのサポートをしていた。だが時間が経つにつれ、そのサポートは次第に減っていく。

 最初はハンティングウルフがアドニスに同時に襲い掛かるような事があれば代わりに対処していたが、それも必要無くなった。ルーのように同時に撃破は出来なくとも、わずかな時間差を見極め順に対処したり、攻撃を躱してから対処したり、自分なりの戦い方を見出していた。

 途中からはもはや声を掛ける事も無くなり、いつしかルーも安心して背中を預けられるほどにまでなっていた。


(すごい、この短時間で…アドニスはこの戦いでものすごく成長している)


 ルーは他人の目覚ましい成長に喜びを感じるほどであった。

 そしてアドニスも自身が実感出来るほどの成長の速度に驚きを覚えつつも手ごたえを感じていた。


(僕はもっと強くなれる。強くなれば開拓者として活躍する事が出来る)


 反対に焦っていたのは容易く獲物を狩れると思っていたハンティングウルフである。仲間たちが討ち取られる姿を見て、次第にその足が重くなっていく。


「どうした?もう終わりかい?」


 心地よい疲れを感じながらもアドニスはまだまだ戦える余力を十分に残していた。


「ルー、どうやら————!」


 アドニスがルーに話しかけようと少し視線を後方へ向けたのをハンティングウルフたちは見逃さなかった。針の糸を通すかのような一瞬の隙を狙っていたのだ。ハンティングウルフはアドニスとルーを目掛けて5匹同時に襲い掛かって来た。

 しかし心配はいらなかった。アドニスの集中力は極限にまで高まっており、一種のゾーンに入っている状態であった。もちろんルーも反応する。

 2人は同時に広がるように転がり、そこから一番近いハンティングウルフの背中をそれぞれが斬りつけた。そのまま2人は止まらず別のハンティングウルフに攻撃し、最後の一匹はルーが左拳でハンティングウルフの目のあたりを攻撃し、対処した。

 そこで完全にハンティングウルフの足は止まる。もはやこの獲物は狩る事が出来ないと認識したのだ。


「くそっ、5匹目は僕が相手をしようと思ったのに」

「まだまだアドニスには負けませんよ」


 2人はそんな会話を出来るほどであった。そのタイミングで竜血樹がぐらぐらと動き始めた。


「間もなく抜ける。お前たち、脱出する準備をしておけ。抜けたらこの木に登って私の背に乗るのだ」


 それを聞いてルーがアドニスに声を掛ける。


「アドニス、先に登って下さい。殿は私が務めます」


 なぜルーがこのような事を言うのか?それはこの場を立ち去る瞬間、必ず敵に背を向けるからだ。敵に背を向ける時が一番危険である事をルーは熟知している。


「ここは僕が…と言いたいところだけど、ルーに任せるよ。悪いね、女の子に任せちゃって」

「知っていますか?今は男女平等というのが当たり前なんですよ」

「あはは、そうだったね。でも男としては女の子の前で恰好を付けたいものなんだよ」


 そう言葉を言い残した後、アドニスは竜血樹を駆け上がる様にして冥王の背に乗った。


「冥王様、抜けた竜血樹が抜けたタイミングでルーが登って来ます」

「分かったもう少しで抜ける。お前は落ちないように捕まっていろ」


 冥王たちの下ではルーはハンティングウルフに360度囲まれた状態になっていた。視線を定めず周囲に目を配る。どこから襲われても対処出来るように神経を研ぎ澄ませる。

 ルーのその行為は同時に威圧としても効果があった。ハンティングウルフたちはルーの威圧に臆し、前に出る事が出来ないでいた。


「抜けた!ルー!」


 アドニスから声が掛かる。するとルーは体を反転させ、竜血樹の方向に向かって駆け出す。目の前には2匹のハンティングウルフがいる。だがその時、ルーはすでに剣を鞘に納めていた。もはや抜く必要もなかったのだ。

 ルーは2匹のハンティングウルフに向かい、射殺すように目で威嚇した。睨まれたハンティングウルフはバックステップし道を開けたため、ルーは2匹の間を通って最短の距離で竜血樹にたどり着きそのまま駆け上がった。


「2人共乗ったな。では行くぞ」


 冥王が言葉を掛けた時、一匹のハンティングウルフが諦めきれずにルーたちのように竜血樹を駆け上がって来た。


「どうする?登って来たところで斬るかい?」

「いえ、このまま持ち帰りましょう」


 そう言うとルーは剣を抜き、それをハンティングウルフに向かって投げた。剣は見事ハンティングウルフの体を貫通し、そのまま竜血樹に深く突き刺さった。剣からはハンティングウルフの血と竜血樹の樹液が混ざった赤い液体がぽたぽたと流れ落ちている。


「新大陸の魔物を持ち帰れば、脅威の算定もしやすくなるでしょう。まぁハンティングウルフは戻る前に息絶えてしまうと思いますが」


 アドニスもルーの言葉に納得し、相槌を打った。


「ルー、改めて礼を言いたい。さっきの戦闘、君が背中を守ってくれてよかった」

「いえいえ、そんな。私はほとんど何もしていませんよ」

「いや、君が居てくれたおかげで僕はこの戦闘で成長する事が出来た。本当にありがとう」

「私もアドニスと一緒に戦えて楽しかったです」


 ルーは微笑み返した。微笑みながらルーはアドニスの未来を見ていた。きっとこの人はもっと強くなり、英雄になる日もそう遠くないと。実践を通して改めて感じていた。


(私も負けていられませんね…いえ、私たちもですね。私はラルフと一緒に行動するのですから。アドニスは私たちの将来のライバルですね)


「ルー?」


 アドニスはルーが自身の顔をじっと見つめて来るので照れ臭くなり、声を掛ける。だが反応はない。よく見ると、ルーの焦点は自身に合っておらずどこか遠くを見つめているようだ。

 それもそのはず、ルーが考えているのはラルフの事であったからだ。先程の一戦で共闘したのがアドニスではなく、ラルフであったらと考えを巡らせていた。


(ラルフならきっと先程の戦闘は…残念ながら無理ですね。いえ、そもそも私が参加を許しません…いや、もしかしたら「俺はここから降りないぞ」と冥王さんの背に乗ったままかもしれませんね)


 ルーは1人微笑む。アドニスはそんなルーを不思議そうに見つめている。ルーはそんな事は知らず尚もラルフの事を考える。


(ですがもし今日の戦闘ラルフが参加せざる得ない状態になったら…ラルフは私が守らないと。そうなると私は今の武器のままでいいのでしょうか?)


 ルーは竜血樹の方を向き、突き刺さった剣を見る。


(今まで騎士という事で何も考えず剣をずっと握って来ましたが、今の私はもう騎士じゃありません。この際もっと違う武器に変えても問題ないのでは?)


「ルー?」


 もう一度、アドニスはルーに声を掛けた。今度は気付いてもらえるようルーの顔の前で手を振るジェスチャーを交えて。


「あぁ、ごめんなさい。少し考え事を」

「…それは仲間の事かい?」


 アドニスは聞きにくそうに尋ねた。するとルーは微笑みながら答えた。


「ねぇ、ルー、君の仲間って一体どんな——」

「——お、重い。重いぞ、これは」


 突然冥王が声を出した。


「ルー殿。お主がこの竜血樹を指定したから仕方がなくこれにしたが、ものすごく重い。やっぱり先ほどの小さいのにすればよかった」


 ルーはここで高度が下がっている事に気付く。今は新大陸を抜け、また海の上にいる。その海がどんどんと近づいているのだ。


「冥王さん、頑張って下さい!植物に海水は絶対にだめです。竜血樹に影響があったら大変です。高度を上げて下さい!」

「ぬぅううう、簡単に言いおって」


 冥王は不満を漏らしながらも高度を上げた。


「そうです、その調子です。さぁ私たちの大陸まで戻りましょう」


 アドニスは聞くタイミングを逃してしまい、冥王に話しかけているルーの背中をそのままじっと見つめていた。


「ぐわぁ、疲れた」


 冥王はなんとかして昨日休んだ元の大陸の海岸にまでたどり着いた。


「もう一歩も動かんぞ。悪いが今日はここまでだ」

「お疲れさまでした、冥王さん」


 ぐったりした冥王を見てルーは労いの言葉を掛けた。


「それにしても腹が減った」


 冥王は一昨日城で果物を頬張っていただけで昨日は何も口にしていない。ルーたちは携帯食料を分け与えても良いが、ドラゴンが人間の食事量で足りるはずがない。


「ルー、冥王様にハンティングウルフを食べてもらおうよ」

「確かに!それは良い考えですね」

「いいのか?私としてはありがたいが、その魔物は持ち帰るのでは?」

「私とルーがしっかり報告すればいい話ですので。気になさらないで下さい。ただ、爪と牙を少し頂いてもいいですか?ギルドに証拠品としてお渡ししたいので」


 アドニスが竜血樹に刺さったハンティングウルフの方へと近づく。ハンティングウルフは息絶える寸前であった。横に居たルーは剣を抜き取り、そしてハンティングウルフに止めを刺した。アドニスは息絶えたのを確認し、爪と牙を数本採取した。後はメモにハンティングウルフの体長などを記録した。

 冥王は許可をもらってハンティングウルフを食べ始めた。食べ始めたと言っても、その食事は一瞬にして終わった。大きな口でハンティングウルフを咥え、そのまま一気に丸呑みした。


「よし、寝るぞ」


 食事を終えた冥王はすぐさま横になり、寝息を立て始めた。その寝息はまるで地響きのようであった。


「アドニス、私たちも休みましょうか」


 ルーたちも疲れた体を休ませるためにそのまま眠りについた。

 その後、3日を掛けてルーたちはナルスニアのゲートまで無事にたどり着いた。


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