第97話 下部組織への仲間入り

 部屋に戻って来たウルベニスタはサラに5000Jの金を渡す。その金を受け取ったサラは困惑していた。


「お兄ちゃん、私こんなお金持ったことないよ。どうしよう?」

「俺に聞くな。俺だってそんな金を持ったこと一度だってない」

「こんなお金持っていたら一日でスラムの人たちに盗られちゃうよ」

「確かに…」


 ラルフは腕を組んでどうしたものかと悩む。するとウルベニスタが声を掛けようとするがラルフがそれを制す。


「ウルベニスタさん、あんたは心配しなくていい。ここからはサラの問題で俺たちが考える。忙しいのに悪かったな」

「しかしだな」

「あんたのようなお偉いさんの考えだと、どうせ護衛を付けるとか言い出すんだろ?サラが5000Jを使い切るなんて1年以上かかるぞ。それまでずっと護衛をつけさせるのか?そっちの方が高くつく。後は俺たちでなんとかするからあんたは仕事に戻ってくれ。俺たちも城を出よう」

「…分かった」


 そう言ってラルフたちは城を後にした。ラルフは早速サラに注意をする。


「サラ、気持ちは分かるけどそんな大事そうに金の袋を持つな。ここはまだ裕福な連中のいるセクター2だからいいけど、そんな調子でセクター4まで行ったら狙って下さいって言ってるようなものだぞ」

「そうだけど…」

「ねぇ、あんたさっき妹がいるって言ってたわよね?他にお父さんとかお母さんはいないの?」


 ナナが会話に入って来る。


「そんなもんいないよ。私たちは親無しの子供たちだけで集まって助け合って生きてるんだ」

「ふ~ん、そういうものがあるんだな」


 ラルフは自国のアルフォニアのスラムとは少しあり方が違うと感じていた。アルフォニアのスラムは基本組織だったグループは存在しなかった。あくまでも個人や数人のグループでの活動だった。しかし、ナルスニアではアッザムのような大きな組織が存在し、そして子供たちも助け合って生きるようなコミュニティがいくつも存在しているのだ。ラルフは少しだけそんなサラをうらやましく感じていた。


「サラはその今のグループのメンバーはみんな信用出来るのか?」

「うん、みんな助け合って生きてきたから」

「そうか…」


 ラルフはサラの言葉を素直に受け取る事が出来ない。


「でも急なお金が入った事でそこにほころびが生じるかもしれないわね」


 イリーナはラルフが感じた不安と同じことを声に出した。


「それに急な贅沢をし始めたら周りが黙っていないしな」


 5000J。それはサラにとっては非常に大金であり、今まで喉出る程渇望してきた金だ。そんな金を手にしたはいいが、身の危険を心配せねばならぬほどのトラブルが待ち構えていると思うと怖くて仕方がなかった。


「これはあれね、もうアッザム案件ね」

「だな。それしかないな」


 ナナの意見にラルフは賛同するが、


「えぇ~!アッザムってスラムで一番怖い人じゃん。私嫌だよ」

「大丈夫だ。俺はこうみえてもアッザムと顔見知りだ」


 サラはそれを聞いて少し驚いた顔をする。それと同時に少し安心したような顔になる。アッザムと繋がりを持てば簡単に手を出されることはないと。子供たちもいくつかのグループがあり、抗争とは言わないが、喧嘩騒ぎになる事は何回もある。だが、アッザムの名を出せば襲われる事はまずないのだ。


「アッザムさんにこのお金を渡して私たちも仲間に入れてもらうのね」

「まぁそういう事だな。この金はサラ1人では荷が重すぎる」


 ラルフは自身の事を思い出していた。5000Jではないにしろ、ラルフは1000Jを1人で稼ぎ、守りながら過ごして来た。誰にも頼ることが出来ない。常に気を張っていないといけない。その苦労は想像を超える。


「お前は大事な妹がいる。それに仲間だっているんだろ?だったらそいつらの事も守らないといけないからな」

「うん、分かった」


 ナナは5000Jを失うのは惜しいが、少しでも確実に生きて行く道を選ぶ事にした。ナナとイリーナは、こんな事を当たり前のように話している幼いサラとそうやって生きて来たラルフを見ながらスラムで生きる事の大変さを改めて実感していた。


「とりあえずスラムへ向かおう。アッザムいるといいな。ナナ、俺たちの護衛は頼んだぞ」

「私は早く新居に行きたいんだけど、しょうがないわね。サラちゃん、ラルフの車いすを押してちょうだい」

「うん」


 スラムへ向かう途中、イリーナとは別れた。それはナナの「3人も守るなんてちょっと面倒」という言葉からだった。何十人規模で襲われてはさすがに守り切れないという考えからであった。しかし、そんな心配は杞憂に終わり、アッザムのアジトへはあっさりと辿り着くことが出来た。


 サラはアッザムのアジトを前にして震えていた。しかし、ラルフとナナは全く動じていない。


「ねぇ、アッザムって今いる?」


 ナナは堂々とした声でアジトの前に立っている男に声を掛ける。そしてすんなりと中へ入りアッザムの元まで案内される。この時になるとサラは震えより驚きの方が大きくなっていた。


「なんだお前ら、もうセクター2での生活が嫌になってスラムに来たのか?」


 アッザムが笑ってラルフたちを出迎える。ソファーへ腰を降ろしてもでかい図体はサラの身長を超えていた。そしてアッザムの後ろには側近の男が立っている。


「違うわよ。ちょっと面倒事に巻き込まれてこっちに来るハメになったのよ。ちなみにあんたをその面倒事に巻き込みに来たのよ」

「ふざけんな、こっちは忙しいってのに…それでその面倒事ってのはそこにいるガキの事か?」


 アッザムはサラをじろりと睨む。サラは慌ててラルフの車いすに隠れた。


「おいおい、ガキはホント勘弁してくれ」

「まぁそういうなよ。アッザム。俺とお前の仲じゃないか」

「おめぇとは昨日今日の仲じゃねぇか。そんなに仲良くなった覚えはねぇ」

「はは、確かに…おい、サラ。自分でお願いしろ。ほら」


 サラは言われて観念して前に出た。大きく深呼吸をする。そしてアッザムが座る机の前に5000Jを叩きつけた。


「こ、このお金で私と私の妹、そして私の仲間の面倒をみてほしい」

「どうしてガキがこんな金を持ってるんだ?」


 アッザムはサラの言葉を無視し、ラルフたちに声を掛けた。アッザムにとって5000Jはそれほど大した金ではない。だがスラムの人間にとって5000Jを持っている事、ましてや子供となるとあり得ない事だ。


「それはだな…」


 ラルフとナナは事情を話した。


「って事はこのガキが偶然にもイメリアを見つけたって事か。なんだよ、俺んとこに持って来ればどっかのバカに高値で売り付ける事が出来たのに」

「そう言うなよ。それでどうなんだ?」

「このガキ——」

「——私の名前はサラだ」

「ッチ。確かにこのサラが大金を持ってたらその日に奪われちまう可能性もある。それにもしかしたら金を奪い取る裏切り者が現れる可能性もあるしな」

「私の仲間はそんな事なんてしない!」


 虚勢を張るサラにアッザムは自身の顔を突きだし、悪意のある笑みを浮かべる。


「本当にそう言えるか?お前たち、少ない食料で奪い合いとか結構起こしてるんじゃねぇのか?それがこの大金だったらどうなるか、お前でも想像がつくだろ?」


 アッザムの言葉にサラは口ごもってしまう。先程ラルフたちも同じことを心配していた。そして自分の心の中でも…金の奪い合いが起こる事が目に見えているからだ。


「サラ。もしあれならサラと妹の2人でアッザムの世話になればいいんじゃないか?仲間とは別れて」


 だがサラは首を激しく横に振る。


「嫌だ。確かに皆、完全には信用出来ない。それでも今まで私たちは一緒に生きて来たんだ。だからこれからも一緒がいい」


 ラルフはサラのこの言葉に少し驚きを覚えていた。ラルフはルーを仲間にするまでずっと1人だった。仲間と共に過ごす経験が乏しい。そのためラルフにとって仲間とは絶対に裏切らない関係である前提にしている。

 しかし、サラは違う。仲間と共存してきた経験から時には関係がうつろうものと心得ているのだ。不変のものではないと。そんな脆さがあったとしても仲間と共にありたいと望んでいるのだ。ラルフはそんなサラが少し大人に見えた。


「アッザム。私たちは変なチンピラや他のグループに襲われないためにしたいんだ」


 サラの言葉にアッザムは手を口元に運び頷きはじめる。


「要は俺たちの名前を貸して欲しいって事か?」

「あぁ、あんたたちの名前を貸して欲しい。5000Jはその金だ。私たちのグループはメンバーが7人しかいなくて少ないんだ。力も弱いし。いつもケンカになったら逃げるしかない。でもあんたが名前を貸してくれたらそれだけで私たちはずっと生きやすくなる。簡単に喧嘩を売られなくなる…もしその金で足りないならあんたたちの仕事だって手伝う。この通りだ」


 サラはアッザムに頭を下げた。


「ねぇ、アッザムどうするの?こんな小さい子に頭を下げさせておいて断るつもり?」


 ナナがアッザムにはっぱをかける。


「わぁったよ。いいぜ、お前の話乗ってやる。今日からお前たちは俺たちの下部組織だ」


 サラたちは顔を見合わせて喜ぶ。


「それにちょうど人手も欲しかったところなんだ。ズーのじいさんたちが鍛冶をするための材料調達でな。鉄鉱石などを採掘する人間が欲しいんだ」

「アッザム、子供たちだけで魔界に行かせるつもり?」

「いや、ちゃんと護衛はつけさせる。こいつらは採掘の手伝いや荷物運びなどの雑用だ。それならいいだろ?」

「それなら問題ないわね」


 ここでアッザムは再度サラに自身の顔を近づける。だが今度は真剣な表情で。


「俺の組織に入った以上、裏切りは絶対に許さねぇ。お前の仲間にもよ~く言い聞かせろ。分かったな?」


 サラは怯えて頷くかと思われたが、


「分かってる。でも、あんたも私たちを裏切ったらどうなるか分かってるでしょうねぇ?」


 アッザムは驚いた表情をし、


「面白れぇ事言うじゃねぇか。裏切ったらどうなるんだ?お前に俺をどうこう出来る力があるのか?」


 アッザムは不敵な笑みを浮かべる。


「もし、裏切ったら。その時はお兄ちゃんの仲間のお姉ちゃんに懲らしめてもらう。お兄ちゃんはあんまり強くないけど、お姉ちゃんはものすごく強いんだから。ね、お兄ちゃん?」

「えっ?」


 すると横に居たナナが大声で笑い始めた。


「あっはっはっはっは。確かに。ルーさんが出て来たらあんたたちは一瞬でお終いね。この国じゃルーさんに敵う人はいないもの」


 アッザムは苦い顔をする。


「おい、ラルフ。面倒くせぇガキを押し付けるんじゃねぇよ」

「はははは。ルーたちが戻って来たら何か埋め合わせするから許してくれ」

「約束だからな…まぁいい。お前たちの用は済んだろ?俺もこれから出かける用がある。サラ、後はこいつの指示に従え。おい、ズーのじいさんの所に行って話をつけておけ」


 アッザムは側近に指示を出した。


「ではサラさん。行きましょう。それと以後、ボスの事を呼び捨てしないように。いいですね?」

「は、はい」


 サラはアッザムよりこの側近の方がよほど怖く思えた。

 サラと側近は退室し、部屋の中にはラルフとナナのアッザムの3人だけとなった。


「これから抗争が始まるのか?」

「いや、グエンんとこはすぐに白旗を上げて来た。そいつの下は結構まともな奴でな。負けると分かっている戦いはしないみたいだ」


 ラルフはグエンという男について考える。思い出そうとするがちっとも思い出せない。


「グエンってのは昨日のフォレスター家の襲撃の際にルーの嬢ちゃんが一撃でぶっ飛ばした野郎だ。あいつは自分の手下に殺された。いろいろ恨まれていたからな。あいつらしい最後だったよ」

「あ~、あいつか。それにしても血生臭い話だな」

「まぁな。でもこれが俺たちの日常だ…安心しろ。ガキ共は巻き込まさせねぇ」

「悪いな」


 ラルフは改めてアッザムに感謝した。


「それで、あんた抗争が無いなら何の用があるのよ?」

「さっき言ったろ?俺は裏切り者を許さねぇって。フォレスター家に殴り込みに行く際に俺たちを売った奴がいる。グエンの手下から報告があった。俺はこれからそいつの粛清だ」

「やっぱり血生臭い話ね。でも私たちには関係ないわ。ラルフ、私たちは戻りましょう」

「あぁ。そうだな。アッザム、邪魔したな。どうもありがとう」


 こうしてラルフとナナはアッザムのアジトを後にした。外に出る頃にはもう夕日が差し掛かっていた。


(ルー、今ごろどうしているかな?)

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