第96話 心からの謝罪

ラルフたちはまた城へと向かって歩き始める。イリーナは話を通すために一足先に城へと向かっていた。

 ナナが疑わしい開拓者の男女2人が逃げないように後ろを見張っているために、サラがラルフの車いすを押していた。


(はぁ。あんまり行きたくねぇな)


 権力者たちの力を借りるのはやはり気が進まない。


「ごめんね、お兄ちゃん。迷惑かけて」


 ラルフの心情を察したかのようにタイミングよく申し訳無さそうに謝るサラ。


「何言ってんだ、迷惑なんかじゃない」

「あいつら、もう諦めるって言ってたから私はもういいよ」

「いや、良くない。きっちりしておく必要がある」

「なんで?」


 サラは車いすを押すのを止め、ラルフに尋ねる。


「俺たちが居なくなった後でこいつらはまたお前の荷物を狙うかもしれない。お前も今まで生きて来て分かるだろう。人をそんなに信用しちゃいけないって」

「うん、それはそうだけど」

「だったら俺の言う通りにしろ。こんな事言いたくないが、俺はお前の命の恩人なんだ。それに助けてやるんだからちょっとくらい言う事を聞け」

「…分かった」


 2mほど離れて後ろから付いて来る男女はラルフたちの話を聞いてこそこそと話す。


「おい、あんな風に言ってるぞ。なぁ本当にヤバくないか?」

「だったらどうしろって言うのよ。今さら逃げられないわ。後ろにナナさんがいるんだし。あんたこの人を倒せるの?」

「何話してんのよ、あんたたち」

「「いえ、何も」」


 男女はそのまま黙ってしまい、自分たちの身を案じながら俯いたまま城へと歩いていった。


 城へとたどり着くと、門の前でイリーナが待っていた。


「話は通してあるわ。中へ行きましょう」


 そう言って中へ入るように促し、素直に全員が城へと入って行く。


「うわっ、大っきいねぇ~」


 サラは感嘆の声を上げながら城の中をあちこち見渡しながらしゃべる。ラルフを乗せた車いすをの押しているのにも関わらずちっとも前など向いていない。その横でナナがイリーナに話しかけていた。


「よく話が通ったわねぇ」

「普通なら話なんか通らないわよね。一般市民の揉め事なんて相手にしてくれないわ。だからちょっと脅したの」

「脅した?」

「ここでラルフ君の意見を聞かないと、冥王さんに告げ口されるかもしれませんよって。そしたらすぐに予定を開けてくらたみたい。ほんの少しだけど」

「あんたってなかなかすごいわね」


 ナナは苦笑いをした。


 通された客間でラルフたちはしばらくの間待たされた。その間男と女は震えていた。ラルフたちが本当に城の中へすんなりと入る事が出来る人間なのだと。勝手にこれからの事を想像してしまう。囚われ、牢獄生活を送った先に待っているのは周りの人間に侮蔑した目で見られる人生。想像しただけでも病んでしまいそうだ。


「あの…本当は」


 女は自分の想像した未来に恐怖し、ラルフに謝ろうとする。しかし、


「待たせたな」


 だがタイミングが悪く1人の男が入室してきた。


「ねぇ、おいあれ誰だ?」

「知らないわよ!」


 女はもはや表情を保つことが出来なくなり、恐怖に震え目からは涙が今にも零れそうだった。そんな2人をよそにラルフはウルベニスタに声を掛ける。


「ウルベニスタさんで良かったか?」

「あぁ。君は確かラルフ君だったな。足はどうだ?」

「今のところ痛くはない。あんたたちのおかげだ。感謝してる。それで申し訳ないんだが、もう一つお願いしたいことがあるんだ」

「悪いがこう見えて私は忙しいんだ。揉め事程度で呼び出されるのは遠慮してほしい…が君は本意で無かったとしてもこの国を救った英雄だ。その者の頼みをないがしろにするほど私も落ちぶれていない。それにそちらのイリーナ君から頼みを断れば冥王殿の印象が悪くなる恐れがあると脅されたからな」


 それを聞いたイリーナはラルフに向かって笑みをこぼす。ラルフはそれに苦笑いをした。


「まぁ単純な話、君の頼みを聞くことは私たちにとっても有益なのだ。だから君の頼みを聞こう。話はイリーナ君から窺っているが」

「だそうだ。サラ、後ろに隠れてないで出てこい」


 イスの後ろに隠れていたサラはラルフに言われて仕方がなくウルベニスタの前に姿を現す。


「…それで?」


 ウルベニスタはスラムに住む者たちの事はもちろん承知している。貧しい暮らしをしている事も。だが目の前で自分の腰ほどの身長しかない痩せこけた娘がボロを身に纏っている姿を目にするのはやはり心に来る。ウルベニスタはそのショックを顔や声に出さないよう必死に努めた。


「この子はサラというんだが、この子が今持っている袋はサラのものだ。こいつが危険を承知で魔界に行って回収した成果物が入っている。でも後ろの2人はこの袋を自分たちの物だと主張するんだ。俺はどうにかしてこのボロ袋がサラの物だと証明したい。だからあんたたち偉い人なら何か方法がないか話を聞きに来たんだ」


 ウルベニスタはそれを聞いて相槌を打つように声を漏らす。ラルフの横に立つサラという貧しい少女を見る。汚れた手に持つのは今にも破けそうなボロ袋。それを決して離さぬようしっかりと握っている。そして視線を変え少し離れる場所に2人の男女が居る。彼らの服装からするに開拓者である事は分かる。どこにでもいる若者だ。彼らは今、目を向けられ酷く怯えた表情をしている。


(この少女が持っているボロ袋。まずこの少女の物だという事は間違いない。しかし…)


「ラルフ君。君はどうやってこの少女の荷物だと判断した?」

「それは——」

「あの!」


 女が声を張り上げた。


「おい、今俺たちは話を——」

「——白状します」

「えっ?」

「私たちはその幼い子から彼女の持っている袋を奪おうとしました。全て認めます。だからどうか、どうか許して下さい」

「おい!」


 男の制止も聞かず、女は謝り続ける。


「この通りです、どうかお許し下さい」


 遂に女は床に膝を付き、土下座をする。女は完全に恐怖に屈服したのだ。男は女の発言に驚いていたが、自身も倣うように土下座した。


「お前らはサラの荷物を盗ろうとした。それで間違いないんだな?」

「はい、それで間違いありません」

「…ウルベニスタさん、悪い。もう大丈夫だ」

「そのようだな」

「権力者と繋がっているのを知って急に怖くなったのよ。ま、普通の反応よね」


 ナナはどこか見下したかのように言った。やはり小さな少女から奪おうとした事に怒りがあるのだろう。


「彼女にはもう二度と手を出すような事はしません。お願いします、許して下さい」


 女は尚も謝罪を続ける。


「顔を上げなさい」


 いたたまれなくなったイリーナは声を掛ける。2人は顔を上げる。


「私はこの国のギルドの職員じゃないわ。でも今回の件は報告させてもらう。それでいいわね?」

「はい、それで構いません」


 女はイリーナに向かって頭を深く下げる。男は少し渋った顔をしたが、自身の立ち位置を理解し、「はい」と答えた。


「まぁこれが落としどころって感じかしらね」


 ナナの言葉を聞いたラルフは無表情のまま一瞥する。


「こんなところ?冗談だろ」

「えっ?」


 ラルフの冷徹な表情にナナは驚く。


「サラ、お前この2人からどういう風に袋を盗られそうになった?」

「うんと…最初は「袋を寄こせ」って言われて、だから私は「嫌だ!」って言ったの。そしたら「それなら力づくで」って、追い掛けてきたから私は逃げたの」


 ラルフは頷いて、ウルベニスタを見る。


「ウルベニスタさん、こいつらはサラを襲って荷物を奪おうとした。下手をしたらサラは殺されていたかもしれない。これはもうかなりの悪質だろ?だからこいつらを捕まえてくれ」

「なっ!殺そうとなんてしていない。荷物を奪おうとしただけだ!」


 ラルフの言いがかりにも近い言葉に反論する男。


「でも力づくで奪おうとしたんだろ?こんな小さい子に」

「それは…」

「ウルベニスタさん、認めたぞ。こいつらを早く捕まえてくれ」

「いや、それだけは…それだけは勘弁して下さい!」


 泣いて懇願する男。女はすでに泣き崩れており、顔を手で覆っていた。それでもラルフは厳しい目を2人に突きつけている。


「何もそこまで」

「こいつらは何に謝ってるんだ?自分たちの置かれた立場に怖くなって謝っているだけだ」


 ラルフはナナ意見を突っぱねた。ではこれ以上どうするつもりなのか?ナナはそう思わざるを得なかった。イリーナも同様に。罪を恐れ自分の非を認め、幕引きを図るのは自然の成り行きだ。ラルフはこのまま本当に2人に重い罪を背負わせるつもりなのだろうか?

 一方、ウルベニスタはどう返答するか考えあぐねていた。先程イリーナが言った通り、ギルドに報告したところで幕引きを図ればよい。それ以上はどうする事も出来ない。だがラルフはそれ以上の処罰を求めている。もしラルフの意見を断れば冥王に届き、国益を損なう場合があるだけにたちが悪い。かといって2人を斬り捨てて、簡単に幕引きを図るのは己の良心が許さない。なんとかしてラルフを諭さなければならないと思っていたところ、ラルフがまた話を始めた。


「理不尽だろ?怖いだろ?でもお前たちが見下すはぐれ者はいつもそれを味わってるんだ」


 その言葉に2人は少し驚きの表情を見せる。


「さっきお前たちは言ったな?衛兵に突きだしてやるって。もし、衛兵にサラを突きだしたらどうなっていたと思う?サラは何もしちゃいないのに勝手に荷物を盗んだ悪人として捕まっていたかもしれない。いや、間違いなく捕まっていただろう。どんなに声を出しても「嘘だ」と言われてお終いだろう。お前たちははぐれ者を人間扱いしないからな。サラのような弱者、はぐれ者の声は誰も信じちゃくれない。誰にも届かない。そうやって生きているんだ。その苦しみがお前たちに分かるか!?」


 ラルフの放った言葉に女はハッとした顔をする。今の自身の状況がまさにそれだ。自分たちは確かにサラの荷物を奪おうとした。しかし、彼女にケガをさせようなどとは思っていなかった。だが、立場の強いラルフに言い分を聞いて貰えず、大きな罪を被せられようとしている。

 だがそれを自分は小さな少女に行おうとしていたのだ。汚い恰好故にすぐにスラムの子であると分かった。その瞬間に慈悲は消し飛んだ。スラムの人間は自分たちとは同じ人間ではない。侮蔑されて当然の人間であり、そこから搾取しても何ら問題はない。女や男はそんな風に思っていたのだ。


「…ごめんなさい」


 女はぽろぽろとまた涙をこぼし始めた。自分がどれだけ酷い事をしようとしていたか、ようやく理解した。男もまた泣いてサラに謝る。


「やっと謝ったか」


 ラルフは2人が自分の罪を逃れようと謝っているのではなく、本心から謝罪している事を理解した。


「ウルベニスタさん、こいつらを捕まえるのは無しにしてくれ。それとサラ、悪いけどこうやって謝っている事だし、2人を許してやってくれないか?」

「うん、私はそれでいいよ」


 その後、男と女はサラにもう一度深く謝罪し、イリーナに自分たちの身分情報を教え、兵士に連れられて城を後にした。


「あの2人、もうしないといいわね」

「またバカな事をするようなら今度は容赦しないさ。それこそアッザムに頼んで地獄を見せるさ」


 ラルフは表情を変えず答えた。


「ウルベニスタさん、忙しいのに悪かった。すぐに出て——」

「——見事だった」


 ウルベニスタはラルフを褒める。


「はっ?」

「君の裁断だよ。彼らは心の底から反省していた。もう罪を犯すような事はないだろう。それに私も気持ちを新たにさせてもらった。民に寄り添うように努力したいと思う」


 ラルフは勝手に感心しているウルベニスタを少し面倒に思い、


「まぁ大変だろうけど頑張ってくれ」


 と適当に返事した。


「それで、サラ。お前は何を魔界から取って来たんだ?良かったら見せてくれないか?」

「ん?私が取っていたのはお花だよ」


 サラは袋の中から白い花を取り出した。すると、ラルフ以外の3人がびっくりする。


「これってイメリアじゃない!」


 イリーナが声を上げる。


「これじゃあ、あの2人がサラちゃんの荷物を盗ろうとしたのも納得出来るわ」

「なんだ?高級品なのか?ハチの巣並みに高いのか?」


 ラルフはナナの言葉に反応する。ラルフは以前、ハチの巣を苦労して取って来て、イリーナに買い取ってもらった事例を思い出していた。


「ラルフ君、悪いけどあなたの取って来たハチの巣とは格が違うわ」

「えっ?」


 イリーナにそう言われてやっと驚くラルフ。


「どれ見せてやろう」


 ウルベニスタはテーブルの上にあった水差しから少し水をすくい、それをイメリアの花びらへと垂らす。すると、


「あっ!花が透明になった」

「そう、この花は水に反応すると花弁が透明になる非常に珍しい性質を持っている。観賞用として貴族に好まれていてな。ものすごく価値が高い」

「へ、へぇ。すごいな。これってどのくらいで買取ってくれるんだ?ハチの巣より高いって言ったから、200Jか?それとも300Jか?」


 その言葉にナナは呆れてため息を漏らす。そしてイリーナが、


「ギルドでは3000~5000Jで買取るわね」

「ご、5000?さっき払った家賃じゃないか?じゃあ貴族に行き渡る頃はいくらになるんだよ。たかが花くらいで」


 ラルフは話に付いて行けなかった。


「それにしてもサラ、お前よくこんなの知ってたな」

「ううん、私この花がそんなすごい花だなんて知らないよ。私はただ元気がない妹のために花を取って来ようと思って」

「そうだったのか」


 ラルフはサラの頭を撫でる。


「サラちゃん、悪いがこの花を私に売ってくれないか?ちゃんと適正価格で買取る」

「あんた花に興味があるのか?」

「今日の事を陛下に報告しようと思ってな」

「そう言う事か。サラ、どうする?妹に花を見せるよりこの花を売って美味しい物たくさん食べさせた方がいいんじゃないか?何なら売った金で別の花を買えばいいわけだし」

「うん、そうする!」


 サラは躊躇なく花を手放す事を選んだ。


「という事だ。貧乏人は綺麗な花より今日飢えをしのぐための金が必要なんだ。ウルベニスタさん、金の用意を頼む」

「分かった。すぐに用意しよう」




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