第95話 ボロ袋

「お兄ちゃん、助けて!」


 悲痛な声で懇願するような顔をするサラ。


「どうしたんだ?何があった?」


 ラルフは状況を聞こうとする。


「はぁ、やっと追い付いた」


 だが状況を聞こうとする前に男女2人がこちらに駆けて来た。

 サラが大事そうに袋を抱えている。そしてサラを追い掛けて来た男たち。ラルフはなんとなく事情を察した。1年前の自分と同じ状況だ。


「何よ、どうしたのよ?あんたその子と知り合いなの?」


 ナナが慌ただしい状況になってラルフに問う。


「あぁ。ドラゴンに踏み潰されそうになった時に俺がこいつを助けたんだ」

「で、後ろのは?」

「知らん」


 ラルフはそう言って男たちの方を見る。


「あんたら、どうしたんだ?」

「ちょっとその女の子に用があるんだ。悪いが俺たちに渡してくれないか?」


 それを聞いたサラは怯えながらそっと後ろを振り返って男たちを見る。だが再びラルフの足元に抱き着いた。ラルフは少しでもサラの恐怖を拭い去ろうと優しく頭を撫でる。


「まずは状況を——」

「——あのナナさんですよね?」


 ラルフがしゃべろうとした時、もう片方の女がナナへ声を掛けた。


「えぇ、そうだけど。何?」

「私たち以前ナナさんに声を掛けて頂いた者です!開拓者になったその日に…」

「あ~あ!思い出した。あんたたちあの時の」

「また会えるなんて光栄です!」


 女は嬉しそうにナナへ駆け寄り、手を握る。


「やっぱり高レベルの開拓者はそれなりに有名なんだな」

「あったり前よ。まぁ私はその中でも美人開拓者として特にね」


 自慢気に語るナナを見て、すぐに調子に乗る奴だなとラルフは思った。


「まぁいい。とりあえずあんたたちは開拓者って事か」


 ラルフは2人の身なりを見る。


(身なりもそれなりに普通だし、開拓者って事はスラムの連中では無さそうだな)


「あなたは初心者装備をしているから開拓者になったばかりなの?私たちもこの間レベル5になったばかりなの。あなたは…車椅子。魔物にやられたの?」

「いやあこれはちょっとバカをしてな。気にしないでくれ…それよりも、なんでこの子を追っかけた?あんたらみたいな人間がこんな汚らしいガキに用なんて無いはずだ」


 ラルフはどちらかが何かすぐに言い返すと思ったが、一度示し合わせるように顔を見合わせていた。ラルフはそれを注意深く見ていた。そして男が話を始める。


「俺たちは今日も魔界で薬草の採取をしていたんだ。レべル5になったからといってもまだ駆け出しだからな。でもその子がちょっと目を離した時に俺たちの荷物を盗って」

「違う!盗ってなんかいない!盗ろうとしたのはお前らだ!」


 サラは強い目つきで見返す。


「…と言っているんだが?」

「あなた、私たちよりこの子を信じるって言うの!?」


 女は心外だと言わんばかりの反応を見せる。男も同じ反応だった。そして横に居たナナも口には出さなかったがなんとなく驚いていた。


「なんだ、ナナ。お前はファンの肩を持つって事か?」

「そ、そんなんじゃないわよ。でも…」

「身なりが汚いから、サラが盗んだって、そう言いたいのか?」

「そんなわけじゃ…」


 ラルフの少しだけ怒気の含んだ声にナナはたじろぐ。


「ねぇ、あなた!さっきから何なのその態度!ナナさんは高レベルの開拓者なのよ!なのにその態度は何なの!」


 女はラルフの上から目線の態度が気に食わなかった。


「新人は新人らしく大人しくしとけと言いたいのか?悪いな、俺はスラム出身でな。そういう常識を持ち合わせていないんだ。」

「あぁ、あなたもスラム出身なの。だからその子の肩を持つのね」


 スラムと聞いた途端、あからさまに女は態度を見下し始めた。


(その目だ。その冷たい目。やっぱりこの国もスラムの人間に対してこういう目を向けるのか)


 ラルフは内心怒りを覚えた。


「サラ」


 名前を呼ばれてサラはラルフを見る。


「確認させてくれ。お前が今持っているその袋はお前のなんだな?こいつらから盗った袋じゃないんだな?」

「うん、絶対に取ってない!」


 お互いがお互いにまっすぐに見つめ合う。ラルフはサラの瞳を見て、絶対にサラは盗っていないと確信を得た。


「悪いがサラの荷物を勝手にお前に渡す事は出来ない」

「やっぱり汚い者同士お互いに肩を持つのね」

「なぁ君、悪いがその子に言ってその荷物を俺たちに返すように言ってくれないか?このままじゃギルドに掛け合うしかなくなる。そうすれば君も何かしら罰せられるんだぞ」


「…すみません、イリーナさん」


 ここまで静観していたイリーナにラルフは尋ねる。


「この場合、どうなるんですか?」

「えっ?この人ギルド職員なの?」


 男と女は少し動揺したようにイリーナの顔を見た。

 この時、イリーナは傍から見れば静観していたように見えるが、内心は焦っていた。心臓は大きく鼓動を立てていた。思い出すのはラルフがイリーナの依頼を受け、ギルドに立ち寄った時の事。この時、ギルド内に居た全員が盗人の嘘を信じ、ラルフに白い眼を向けていた。何も出来ずに居た自分。それが再び起ころうとしているのだ。


「私はこの国のギルドの職員じゃないからどうしようも出来ないのだけれど…でも開拓者同士の揉め事ならギルドは介入するけど、これは開拓者と一般人の揉め事。多分衛兵に告げてお終いだと思うわ」

「…そうなるとどうなりますか?」

「多分そのサラっていう子が捕まってしまう事になると思う」


 それを聞いて女は勝ち誇った顔をした。そして男はほっと安心したような顔をして、


「ほら、この人が言った通りだ。だからその袋を俺たちに渡してくれないか。そうすれば衛兵に告げる事はしない。だから——」

「——断る!」


 ラルフははっきりと言い切った。


「サラはお前たちから盗っていないんだ。渡す理由がない」

「あっそ。だったらギルドに行って…いえ、もうこの際衛兵に直接告げましょう。あんたも匿ったって事で一緒に捕まえてもらうから」


 女の戦線布告ともとれるような口ぶりにラルフは思わず下唇を噛む。


「…ねぇ、ちょっと聞きたいんだけど」


 その時ナナが口を開く。


「この子の持ってる袋って今にも破けそうでものすごくボロいけど、本当にあんたたちの袋なの?あんたたちそれなりに身なりが綺麗だからさ。なんかおかしくない?」

「「「「————!」」」」


 その言葉に誰もがハッと気づかされる。確かに身なりが綺麗な者たちが持つような袋ではない。身なりの汚いボロを身に纏うサラだからこそボロ袋を持っていても違和感がないのだ。


「そ、それは…装備を整えた関係でお金が無くて」

「そうです。私たちもうお金が無くて」


 歯切れの悪い男の答えに女が同調する。怪しくなってきた。


「とにかく私たちの袋なんです。私、もう近くの衛兵を呼んで来るわ!」


 一気に幕引きを図ろうとする女。そうはさせまいとラルフは動きたいが方法が思い浮かばない。そして物理的にも動けない。


「城に行きましょう」


 その言葉を発したのはイリーナだった。


「ラルフ君、あなたはこの国を救った英雄よ。このくらい相談しても何ら問題ないと思うわ。だから偉い人たちの知恵を借りましょう」

 

 英雄?初心者装備を身に纏ったこの男が?男女は不思議な物を見る目でラルフを見る。そのラルフは城へ行くと聞き、戸惑うが他に方法が思い浮かばないので、


「そうしますか…あんたらそこで白黒を付けよう。付いてきてくれ」


 男と女は再度顔を合わせる。ヤバい状況になったと顔に書いてある。


「もういいわよ!私たちが諦めればいいだけでしょ。行きましょう!」


 そう言ってこの場を立ち去ろうとする。


「ナナ!」


 ラルフは声を上げる。するとナナは一瞬の内に2人の前へと回り込んだ。そしてにこやかな表情を作る。


「私は私のファンの言う事を信じるわ。だから身の潔白を証明しましょう!」


 そう言って2人の手を掴んだ。だが顔を近づけた際ににこやかな表情が一変し、鋭い目つきへと変わった。


「逃げるんじゃないわよ」


 ドスの効いた声に2人は思わず身震いした。

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