第94話 物件探し

「さぁ、ラルフ。私たちが住む家を探しに行くわよ」


 ナナは気分良さそうにラルスの車いすを押して歩く。ラルフはそんなナナを見上げながら


(本当にこいつと今日から一緒に過ごすのか。大丈夫かな?)


 と一抹の不安を覚える。


「何よ、人の顔をじろじろと見て。もっと楽しそうにしたら?この私と!ナナ様と一緒に暮らせるのよ」

「あぁ」

「気の無い返事ね。まぁいいわ。それよりも家探しをしないと。アッザムあんたいい物件紹介しなさいよ」

「お前、ここをどこだと思ってる?セクター2だぞ?セクター3や俺たちのいるセクター4ならまだしも」


 今ラルフたちが居るのはセクター2。ここは比較的裕福な平民が暮らす場所である。スラム街のボスであるアッザムはセクター4なら自分の庭のような場所であるが、セクター2はさすがに管轄外である。


「役に立たないわね、あんた」

「ったく、俺に向かってそんな口を聞けるのはお前くらいだぞ…ん、ちょっと待て…おい、なんとかなるかもしれねぇ」


 そう言ってアッザムは走ってどこかへ行ってしまう。ナナとラルフはそこで足止めを食らってしまった。少しした後、アッザムはある男を連れて戻って来た。


「よう、待たせたな。こいつはセクター2に俺たちより詳しいはずだ」


 アッザムが連れて来た男。それはウロであった。この男は宝飾店の店主でアッザムに混ぜ物の多い金の装飾品を売った。しかしルーの知識によってアッザムに見抜かれてしまった。そのため、ウロの運命は煮るも焼くもアッザム次第なのである。


「こいつはセクター2に宝石店を構えてやがる。だからここら辺の事はくわしいはずだ。おい、こいつらの家を探してやれ」

「は、はい」


 ウロは怯えながら返事をした。ちなみにウロの首には絞めつけられた痕がついている。これは昨日、フォレスター家に侵入する際にも彼を利用し、成り行きとしてアッザムが締め落としたものだ。これはウロが敵に襲われないために付けたものだが、その真実を知らないウロにとってアッザムは恐怖の対象でしかない。そんなアッザムがウロの眼前に自身の顔を突き付ける。


「おい、分かってるな。もし変な物件を紹介したらお前がどうなるか」

「わ、分かっております。良心的な不動産をご紹介します」


 ウロは怯えた様子で答えた。


「アッザム、別に店だけ教えてもらえば俺たちだけで行けるぞ。この人は居なくても大丈夫だぞ」

「あのなぁ。お前たちだけで行ってもいい家を紹介してくれると思うか?」

「違うのか?良心的な不動産?ってのを紹介してくれるんだろ?」

「その良心的な不動産ってのが皆に対して良心的なわけじゃねぇ」

「ん?何が言いたいのかいまいちよく分からないぞ」

「つまり俺が言いてぇのは、この俺がお前以外に親切にすると思うか?」

「あ~」


 ラルフはアッザムのその一言ですぐに納得出来た。これ以上ないという説明だったために思わず声を出しながら頷いた。

 世の中、全ての者に対し優しく接する事が出来る聖人なような人間はほとんどいない。大抵、優しく出来るのは自分に関わりがある人間だけだ。献身的となるとほぼこれに当たる。

 ラルフはナルスニアに来てまだ数日足らずで尚且つ家を借りた事など無い。そんな者に対しては優良な物件など紹介してもらえるはずもなく、下手をすればカモに成り得る。その点ウロはセクター2に宝飾店を構えており、顔が知れている。また、ウロとの関係を作っておけば貴族たちへの関係も築く事が出来ると考える者もきっといるだろう。優良物件を紹介してもらえる可能性が高いのだ。


「ただ…」


 ウロは言いにくそうに口を開く。


「本当に良心的な不動産はご紹介出来ません。それは私があこぎな商売をしてきたからです。いいお店は情報網もすごい。きっと私がどのような人間か分かっているでしょう。そのような店ではもしかしたら門前払いされる可能性もあります。だから私がご紹介出来るのは利己的な人間のお店です…それでもよろしいでしょうか?」


 言い終えたウロは申し訳無さそうにアッザムとラルフを交互に見た。するとアッザムは笑いだした。


「いいんじゃねぇか、それで。逆に信用が出来る。俺たちみたいな人間にはぴったりじゃねぇか。なぁラルフ?」

「あぁ。それでいい。それに俺としては物件を紹介してもらえるだけで十分だ。ウロさん、感謝している」


 ラルフは軽く頭を下げた。ウロはアッザムとラルフの言葉に安堵し、笑みをこぼす。


「まぁ私がいるから大丈夫よ。ふっかけてきたら私がその場で対応するし」

「おう、そうだな。ウロ、それと店に俺の名前を出せ。こいつらはアッザムの仲間ってな。そういう店なら脅しも効くだろうしな」

「分かりました」


 アッザムとはそこで別れ、ラルフたちは一軒の不動産屋を訪れた。そこで現れた男は身なりの整ったやたら笑顔を作る男だった。しかし、ウロの顔を見るや否や急にその笑顔は無くなり、愛想の悪い顔へと変わった。「なんだ、お前の知り合いか」と呟いていた。

 ウロは事情を説明し、ラルフにあった物件、セクター2にあるこぢんまりとした平屋。そして値段は当然のように知り合い価格で。最初は渋っていたが、アッザムの話をすると途端に表情が一変した。


「あんた、アッザムと知り合いなのか?」

「まぁそうだな」


 ラルフは表情を変えずに答える。そして追い打ちをかけるようにナナも開拓者カードを提示する。


「私もアッザムと同じ高レベルの開拓者。あいつと同レベルの実力を持ってると思って。まぁ私の方が強いけど。ねぇ、あんた私たちに変な物件紹介したら…分かってるわね?」


 睨みを聞かされた店主はごくりと聞こえるくらい大きな音で唾を飲む。


「おい、お前が下手をすると俺まで巻き込まれる。だから下手に儲けようなんて考えないでくれ」


 店主はウロの知り合いのため、そう多くは金を取れないと考えていたが、まだどこかで金をせしめる算段を立てていた。しかし、雲行きが怪しい。ウロは同じ証人として店主の気持ちを感じ取ったのか、もう一言付け添える。


「まだ儲けようとしているな?悪い事は言わない。そんな事は考えるな。お前がこの人たちの怒りを買わないことが一番の儲けだ。分かるな?」


 ウロのけん制に店主はようやく頷いた。そしてすぐにラルフたちに向け、


「すぐにご案内します!」


 と血相を変え、準備を始めた。


 ラルフたちは一軒の民家に案内された。それはかつて老夫婦が住んでいた家だ。要望通りにこぢんまりとした家である。ラルフもナナもその物件をすぐに気に入り借りる事にした。


「それで金はいくらなんだ?」


 ラルフは恐る恐る金の入った袋を取り出す。


「月ごとの契約という事でとりあえず家賃は5000Jで」


 ラルフはそれを聞いた途端目が飛び出るほど大きく見開く。すぐに「高い」という言葉が飛び出そうになったが、


「安いじゃない。良心的な値段ね」


 とナナが先に口にした。


「えっ、ナナ。安いのか?」

「あったり前じゃない。ここはセクター2よ?セクター2で住むのは平民にとって憧れみたいなものよ。それを5000Jで住めるなんて」

「勉強させて頂きました」


 店主もまんざらでもない顔をする。


「そういう事か。じゃあここにするよ。5000Jでいいんだな?」

「あの…ですね。それは家賃という事で最初の1ヶ月は先にお支払い頂くんですが、それ以外にも紹介料や手数料も含めまして、もう5000Jほど…」

「えっ!?」


 ラルフはウロの方を向く。


「いや、こいつの言っている事は別に普通の事だ。こいつらはこうやって金を得るんだ。それに5000Jってのも法外な紹介料じゃない」


 それを聞き、今度はナナの方を見る。


「まぁいいんじゃない?間違ってないと思うわ。それにもしあれだったら私がこの男を追い詰めてむしり取ればいいだけだし」


 表情を変えず淡々と話すナナの言葉に店主は再び音を立てて唾を飲み込んだ。


「金っていろいろかかるんだな」


 ラルフは渋々10000Jを支払う事にした。つい先日まで開拓者登録をするために1000Jを必死でかき集めていた自分がバカらしく思うほどであった。

 後の書類などはウロに任せることにし、ウロと店主はその場を去って行った。ラルフとナナはこれから住む事になる家を眺める。


(こんな俺が…まさか家を借りる事になるとは)


 ラルフは自分の生活環境の変化に驚いていた。


「今日から楽しい生活の始まりね。あんたの世話は私に任せて!」


 自信満々の笑みで顔を近づけて来るナナに対し、ラルフは若干引きつった顔で「よろしくお願いします」と答えた。


「ラルフ君!」


 そんな所へ1人の女が駆けてくる。


「イリーナさん?」

「ん?誰よあれ」


 イリーナ息を整えてしゃべり始める。


「初めまして。私はアルフォニアで開拓者ギルドの職員をしているイリーナです。今は出張でナルスニアまで来ているの。それと、ラルフ君とルーさんとはお友達の関係よ。あなたはナナさんでいいわよね?」

「そうだけどなんで私の名前を?」

「ルーさんから聞いたの」


 それを聞いたラルフが「余計な事を」と苦い顔をして小さく呟いた。そんなラルフにイリーナが詰め寄る。


「それよりも…ラルフ君」


 イリーナは急に声のトーンを低くし、屈んでラルフの顔を見る。その表情は少し怖い。そしてラルフは罰が悪そうに下を向く。


「私…数日前に言ったばかりよね?無茶な事はしないって」

「…ごめんなさい」


 ラルフは絞り出すように弱々しい声を出した。ナナはこのようにうろたえるラルフを見て少し動揺していた。だがナナはもっと驚くことになる。


「なっ!」


 なんとイリーナはラルフを自分の胸へと抱き寄せたのだ。


「足はどうなの?今も痛む?」


 胸から離しラルフの顔を見る。険しい表情はいつの間にかラルフの容態を心配する不安げな表情へと変化していた。


「いえ、今は薬が効いてるおかげでなんともありません。それにこの状態もすぐに治ります。今、ルーが薬になる原料を取りに行ってくれていますから」

「あなたは強い意志を持っている子。だから無茶な事をするのはよく分かる。でももう少しでいいから自分の体を労わって。お願い」


 そう言って再びラルフを自分の胸へと抱きしめた。抱きしめられるラルフはイリーナの優しさと温かさを感じ、「ごめんなさい」と呟いた。そしてイリーナも「よろしい」とラルフの頭を優しく撫でた。


「それで、ラルフ君はこのナナさんと少しの間一緒に暮らすのよね?」


 ラルフを離し、ナナの顔を見るイリーナ。


「そうだけど、もしかしてあなたも一緒に住むとか言わないでしょうね?狭いから無理よ」


 ナナはそう言ったが、現実的には不可能ではない。プライベートゾーンは無くなるかもしれないが一緒に生活するのは可能である。ナナがこう言ったのはラルフがイリーナへ完全な信頼を寄せている事に少し妬いていたのだ。


「そんな野暮な事しないわよ。私には分かるわ。あなたが善意でラルフ君の世話をしている事が。ルーさんへはちょっとからかっただけでしょう?それに…」


 イリーナが指でラルフの鼻をちょんと押す。


「ラルフ君には恋愛はまだちょっと早いって感じがするわ」


 そんな笑うイリーナを見て、ナナも笑い返した。


(女の魅力としてはこの人に敵いそうにないわね。敵に回したくないわ)


「ただ私もルーさんも心配性だから夜ご飯の時に一度足を運ばせてもらっていいかしら?」

「構わないわ」

「じゃあ今日から一緒にラルフ君を見守りましょう。よろしく」


 ナナとイリーナはお互い笑顔で握手を交わした。


「さぁ、ラルフ。私たちの家の中に入るわ——」

「——お兄ちゃん!」


 またしてもラルフを呼ぶ声が聞こえる。今度は少女の声である。声の方へ3人共顔を向けると1人の少女が駆けて来た。


「ん?サラ?お前サラだよな?」


 サラはドラゴンに踏み潰されそうになった時にラルフが助けた少女である。そのサラが大事そうに袋を抱えて走ってきた。


「この男、女をたらし込める才能があるのかしら?」

「同感だわ」


 少し冷ややかな目つきで嘆くナナにイリーナも同調していた。


 ―不動産屋にて―


 ウロとその店主が話をしている。


「なぁ、あれって開拓者なりたての初心者装備だろ?あんな奴が何でスラム街のボスのアッザムと知り合いなんだ?」


 冷静になったところで今一度疑いを持つ店主。


「そんな事は知らねぇ。でも現に昨日俺の店にあいつらは来たんだ。くそっ、この間からついてねぇ」


 ウロの不機嫌さを見るとやはり話しは本当なんだと思わざるを得ない。


「あの高レベルのナナだけならまだ吹っ掛けようがあったのになぁ。いくら強かろうが別にのらりくらりかわせばなんとでもなる。なんとかしてあいつらから金を騙し取る方法は——」

「——おい、お前まだそんな事を考えているのか?」


 ウロは遮るように問いただす。


「だってよう本当に儲けなしであいつらに物件を紹介したんだぜ?これじゃあ商売にならねぇよ!」


 ウロから窓の方へと顔を捻らせ嘆く店主。それを見たウロは大きなため息を吐いた。


「お前に言っておく」


 ウロの低い声にびくりとした店主は顔の向きを変えず視線だけをウロの方へと向けた。


「あいつらは昨日、あの悪名高いフォレスター家に殴り込んだ。」

「ほ、本当か?」


 それを聞いて店主はまたもや大きな音を立てて唾を飲み込む。


「フォレスター家にたてつけばどうなるかはお前も知っているだろ?無残に殺されてお終いだ。でもあいつらは生きて戻って来た。あのフォレスター家だぞ?」


 店主はあまりに驚いて声が出ない。


「お前が今日相手をした客は貴族に喧嘩を吹っかけて勝っちまうようなそんなヤバい奴らなんだよ」


 それを聞いた店主は急にガタガタとし始める。


「おい、そんな話俺が聞いたら」

「あぁ、お前もまずいだろうな。ちなみにこの話はアッザムに報告させてもらう。バカが金をむしろうとしていたってな」


 店主はその場でガックリと肩を落とした。

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