第93話 圧倒的な存在感

 後方でアドニスがウルベニスタと会話をしている最中、歩きながらルーは冥王に話しかけた。


「冥王さん、ちょっとお願いが」

「ん?どうした?」

「昨夜、陛下と話した内容は内密にお願いします。特に私の過去の事」


 ルーはついつい余計な口を挟む冥王に対し、事前に釘を打ち付ける事にした。


「そなたがアルフォニアで王女だった件か。確かシンシアだったな?」

「はい。もちろん私とあなたが過去に対峙した事も含めて」


 この件は本当に他人にバレてはいけない内容なのでルーは真面目なトーンで冥王にお願いしていた。冥王の脳裏に昨日のヴィエッタとのやり取りがよみがえる。


(私がルー殿の立場としてそれがアドニスにバレたところで何ら問題ないのだがな。人間というのはこうまで気にする生き物なのだな)


 と人間関係の複雑さを感じながらも


「分かった。安心しろ。だからそんなに構えずともよい」


 とルーも安心させるように落ち着いた口調で返答した。それを聞き、ルーも笑みを返した。


 魔界へ向かう途中、あちこちから幾度となく視線を浴び、そして声も掛けられた。この要因はアドニスにあった。

 アドニスはナルスニアでの知名度は高く、人気が高い。ウルベニスタは英雄になり得る男と称してしたが、人々の間ではもはや英雄扱いだ。


「アドニスさまー、こっち向いて」


 時よりこういった黄色い声援も聞こえるほどに。


「そなたの人気ぶりはすごいな」

「いやぁ、はは」


 アドニスは恥ずかしそうに町の女性たちに控えめに手を振る。

 このアドニスが知られるようになったのはやはり開拓者での功績だ。きっかけは多くの開拓者たちが手を焼いていた強力な魔物を倒した事だ。その後もアドニスは同じような手を焼く魔物を何度も討伐した。それにより開拓者たちはアドニスに一目置くようになった。それでもアドニスは傲慢にならず謙虚のままで、まだ日が浅い開拓者たちをバックアップする役も進んで協力するようになった。そのうちギルドから直接依頼を受けるようになり、開拓者としての地位は確固たるものとなった。

 アドニスの活躍ぶりは市民たちの間でも広がり始め、加えてアドニスの甘いマスクが起爆剤となったためにまたたく間に人気者へと駆けあがった。その人気ぶりは止まる事を知らず、遂には一国の女王であるヴィエッタの元まで届くようになったのだ。そこからウルベニスタが実際にアドニスに声を掛け、国からも厚い信頼を得るようになったのだ。

 尚もアドニスは声を掛けられ続けられ、次第に目はアドニスの横に居る冥王やルーにまで向けられる。頭に角が生えた男。そして黒い鎧を身に纏う息をする事さえも忘れてしまうほどの美貌を持ったルー。2人共、最初は平然としていたが、段々と困った顔をするようになる。


「これがゲートまでずっと続くの。面倒だな…走るか?」

「確かに…」


 ルーも冥王の意見に同意した。市民に自分の正体がバレないと分かっていてもやはり注目を浴びるのは避けたい。


「アドニス殿、悪いが私たちは先に行く。魔界で集合だ」

「えっ、あっ…」


 何か言おうとした矢先、ルーと冥王はもう走りだしてしまった。アドニスはすぐに追いかけようとするも駆け寄って来る声に反応せざるを得なかった。


 しばらくした後、ようやくゲートをくぐり魔界に入ったアドニスはルーたちの元へたどり着いた。


「お待たせして申し訳ありません」

「いいんです、気にしないで下さい」


 声を掛けられ、それに対応しなければならない辛さはルーも承知している。自身がアルフォニアに居た時にさんざん対応してきた。アドニスはルーの理解ある言葉に感謝した。


「さてと…元の姿に戻りたいが」

「冥王さん、ここはまだゲート前で目立ちます。少し離れた場所に移動しましょう」


 先日、ドラゴンが現れたと大騒ぎしたばかりである。それがまた繰り返されてはたまったものではない。不要な混乱は避けるべきである。


「あそこはどうでしょう」


 アドニスは森を指差す。


「あの森まで行けば新人の開拓者が足を踏み入れる事はありませんから」


 その言葉に了承し、ルーたちは森の少し中まで移動する。辺りに人の気配は感じられない。代わりにゴブリンや獰猛になった動物たちの気配が感じられた。


「今度こそ戻るぞ」


 その言葉と共に冥王の体が光に包まれた。その光は形を変える冥王と共に大きくなる。そして大木のような大きさまでになったとき、発光が終わる。そこにはブラックドラゴンへと変貌を遂げた、冥王が佇むんでいた。

 黒光りした鱗が全身を覆い、手と足には何でも切り裂きそうな鋭い爪が生えている。大きな口にはどんな硬いものでもかみ砕きそうな牙が生え揃えており、射殺すような金色の瞳がこちらを覗いている。冥王の喉から鳴る音はまるで地響きのようであった。


(この圧倒的な存在感。忘れるはずもない)


 冥王が元の姿に戻っただけで辺りの空気がピリピリしている。現に感じていた魔物の気配も一切感じられなくなった。恐らくこの空気に一目散に逃げたのだろう。横に居たアドニスは少し震えていた。無理もない。ルー自身も初めて冥王と対峙した時はその姿に恐怖したのだ。

 冥王は首を地面に付けるように背を低くした。


「よし、乗るがいい」


 ドラゴンへと戻った冥王の声は少し耳に響くような感じがする。


「いいのですか?乗っても」


 アドニスは冥王の背に乗る事を躊躇していた。圧倒的な存在を前にし、萎縮してしまっている。冥王の姿を見て、瞬時に勝てないと悟った。


「乗らないでどうするんだ。そなたも竜血樹を取りにいくのだろう」


 すると横に居たルーが跳躍し、冥王の背に乗った。


「アドニスさん、行きましょう」

「え、ええ」


 ルーにそう言われ、アドニスも跳躍し、冥王の背に乗った。

 2人が背に乗ったのを確認した冥王は立ち上がり、大きな翼を羽ばたかせた。バサバサと音が鳴り、空へと舞い上がる。


「では行くぞ」


 ルーとアドニスを乗せた冥王は竜血樹がある場所へ向かい始めた。

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