第75話 決着
「何なのよ、あの赤い目は。それに…」
ナナが急に変化を遂げたウォッカの姿に恐怖を交えた不気味さを感じた。ウォッカは全身から湯気が立ち上がり、全身の血管が浮き上がっていた。同様にアッザムとカルゴもウォッカの姿に恐怖を覚えていた。
「————!もしかして…」
「なんだ?心当たりがあるのか?」
カルゴの反応にアッザムが問いかけた。
「多分あれはリミッター解除だ」
「リミッター解除?」
「俺たち体は知らずの内にセーブが掛かっている。自分の体が壊れるのを心配してな。奴はそのリミッターを解除しているんだろう」
「超越者ってのはそんな事も出来るのか、本当に化け物だな」
「俺たちも出来ない事はない。例えば大声を出すとかな。でもそれはほんの一瞬だ。継続してリミッターは解除出来るものじゃない」
そこにルーがウォッカの攻撃を受け止めきれず、3人の方へと吹き飛ばされて来た。それをアッザムが受け止める。
「嬢ちゃん、大丈夫か?」
「えぇ、大丈夫です。助かりました」
「おい、あいつリミッター解除してるんだろ?勝てるのか?」
「いえ、あれはリミッター解除などではありません」
「「「————!」」」
「どうやっているかは分かりませんが、あの者は今、魔力暴走状態です」
そのウォッカは口から熱い空気を吐き出しながらこちらへと向かってくる。
「魔力を暴走させ、細胞が異常なまでに活性化されているのです。そのため身体能力が著しく向上していると考えられます。ただその反動として体温が上昇し、あのように湯気が立ちます。また血流は恐ろしく速くなり、血管が浮き出ます。目が赤いのは恐らく毛細血管が切れたのでしょう。リミッター解除も同じようなものですが、あそこまでの状態にはなりません」
そうアッザムたちに説明した後、ルーは剣を身構えながらウォッカに苦言を呈す。
「あなた!どうやっているのか分かりませんが、その状態をすぐに止めなさい!死にますよ!」
その言葉にウォッカは笑みを浮かべる。
「この期に及んで敵の心配か?お前はものすごく強いかもしれねぇが、とんだ甘ちゃんのようだな。まぁ、お前の言う通り、俺は多分死ぬけどな。でもお前たちも道ずれだ」
そう言うとウォッカはルーたちに向かって襲い掛かって来た。ルーは3人を守るために飛び出てウォッカの攻撃を受け止める。
「ぐっ!」
押されるルー。攻撃を受け止めるのがやっとの状態である。
「本当はこんな反則技使いたくなかったんだがな。でもお前たちを抑えるにはこうするしかねぇんだ」
ウォッカはルーに蹴りを入れる。腕の攻撃を防ぐので精一杯なルーはこれを食らい、壁に叩きつけられてしまった。
「ルーさん!」
ナナがルーに駆け付けようとする。しかし、ウォッカの方が速い。
「悪りぃな。この戦い、俺の勝ちだ」
ウォッカはナナの顔面に向けて拳を打ち下ろす。だが、寸での所でカルゴの放った手斧がウォッカの腕に刺さり、動きが一瞬止まった。その隙にナナとアッザムがウォッカへと攻撃を仕掛ける。
「「————!」」
だが2人はウォッカの表情を見ただけで怯んでしまう。赤く染まり上がった鋭い目つき、そして鬼気迫る表情に。
「雑魚は邪魔だぁーーー!」
払いのけた腕で2人は吹き飛ばされ、勢いよく壁に激突し、倒れ込む。
ウォッカは視線をルーの方へと戻すが、ルーはその隙に体を素早く回転させ、起き上がった。
「ちぃ!」
腕に刺さった手斧を引き抜き、地面に捨てる。興奮状態であるウォッカは痛みを感じていない。だが、息が先ほどより上がっている。
「もう時間がねぇみたいだな」
ウォッカは再度、攻撃に体制に移ろうと身構える。
「アッザムさん!ナナさん!起き上がれますか?」
それに反応するようにゆっくりと2人は体を起こす。
「あぁ」
「なんとかね」
その反応で安堵の息を吐くルー。だがすぐに指示を出す。
「カルゴさんを含めたあなた方3人はラルフの元へと向かって下さい」
「おい、何言ってんだ!嬢ちゃんを1人で置いてくわけには——」
「——あぁ、その通りだ。俺はエッジから4人を食い止めるように言われてんだ。お前たち4人は俺がここで殺す。命に代えてもな」
「残念ですがそうは行きません」
ルーは鋭く言い放った。
「あ?」
「あなたは私が斬りますから」
「ほう」
ウォッカはこの期に及んで自分に向かってくる敵に好感を覚えていた。魔力暴走をさせた自分にもう命はない。残念だが仕方のない事。だがその最後に好敵手に出会う事が出来た。その事を素直に喜んでいたのだ。
反対にルーは追い詰められた状況にあった。ラルフの事が心配で仕方がない。すぐにでも駆けつけたい。だが予想以上に敵は強く、しぶとい。威圧すればどうにかなるような相手ではなく、決死の覚悟を持って自分たちに襲い掛かって来ている。自分も先ほど覚悟を決めたばかりだが、覚悟という点においては相手の方が一枚上手であると認めざるを得なかった。
(まだ、もう1人いるというのに…でもここでやられたら元も子もありません。なりふり構っていられない!)
ルーは大きく息を吸い、そしてゆっくりと吐いた。
「リミッター解除…」
「————!」
その瞬間、ウォッカは全身に悪寒が走るのを感じた。目の前の眼光鋭い女から自分に向かって殺気が解き放たれるのを感じる。
(これがこの女の本気か…)
その気迫は3人も伝わる。カルゴは急いで2人に駆け寄り、ポーションを与えながら言った。
「俺たちが居ては邪魔になる。行こう」
2人は頷き、そして素早く平民街へと駆け出した。
ウォッカは3人を止めたかったが、少しでもルーから視線を外せばやられると感じたために止める事が出来なかった。まるでルーの鋭い眼光縛られているような感覚であった。そしてルーは自分に向かって突っ込んできた。足でかく乱するような事をせず、まっすぐに最短の道を。
ウォッカは何か錯覚をしているような気分になった。自分よりも体の小さな美しい女であるはずなのに、圧倒的で強大な存在を相手にしているような感覚であった。その強大な存在から思わず目を反らしたくなる。「逃げろ」と本能がそう告げている。しかし、ウォッカはそれを拒否した。
(目を反らすな!)
戦う事で己を見出したウォッカは、いつしかその戦いの中で死にたいと思うほどに戦う事を好んでいた。
(最後の最後の最後まで…俺は戦う!)
ウォッカはルーに向かって右拳を繰り出す。この一撃は自分の生涯にとって、渾身の一撃であった。
だがルーはさらにその上を行った。ルーはその拳よりも速く剣を振り、ウォッカの右手首から先を斬り落とした。
刹那の中の出来事。だが2人にとって、その刹那はものすごく引き伸ばされた時間であった。
「クソッ…届かなかったか」
時間の流れが元に戻る。そして同時にウォッカの限界が訪れた。全身の血管が破れ、血が大きく噴き出す。力が抜けるように地面に膝を付く。自身の命が間もなく燃え尽きようとしている。
「なぁ、俺はあんたの敵になれたかい?」
最後に好敵手に巡り合えたウォッカは感謝していた。同時にこうも思った。自分が相手にとって満足のいく存在であったかと。
ルーは剣の血の払い、納めながら言った。
「えぇ、あなたは間違いなく強かった。好敵手でした」
その言葉を言われ、自然と笑みがこぼれるウォッカ。
「へへへ、あんたにそう言われるなら…命を懸けた甲斐があったな」
その言葉を言い終えると同時にウォッカの命は燃え尽き、地面に倒れ込んだ。その表情は何か満足したような表情であった。
ルーはそのウォッカを静かに見ていた。
初めて人を斬った。体はリミッター解除の影響もあり、燃え滾るように熱いが、頭の中はひどく冷静であった。
ルーは息を吐きだし、体を落ち着かせる。
「うっ…」
全身が痛み、気だるさを感じる。だがそう言ってはいられない。
「ラルフの元へ急がないと」
ルーは再び足を動かし、アッザムたちの後を追った。
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