第72話 ナナの機転
ラルフを除く4人はそれぞれ武器を構える。
ルーは剣。アッザムはドラゴンクロー。ナナは三節混。カルゴは手斧。
ちなみに超越者のエッジは剣。ウォッカは小手と一体型のナックルである。
お互いが相手の出方を探り合っている状態である。
本来ならば、実力が上の超越者が攻撃を仕掛けていいものだが、ルーがいるために迂闊に手出しは出来ない。そしてルー自身もラルフを守るという任を負っているために慎重にならざるを得ない。
この時ラルフはブーツに魔石を新たに2つ装着していた。だがそれにルーがいち早く反応する。
「ラルフ!三速以上はダメと言ったはずです!」
ラルフのブーツにはスロットが5つある。そこへ魔石を装着すると、本来よりも速く動くことが可能になる。それは数が増える毎により強力になる。一速、二速、三速、トップ、オーバートップ。
速く動くことは可能になるが、もちろん代償が付いて回る。体への負担は数を増やす毎に大きくなるのだ。
本来であるならばルーのような実力者が使用する物であるが、まだ魔力操作もほとんど理解していない素人同然のラルフにはあまりにも危険な代物であるのだ。トップ、オーバートップを使えば間違いなくラルフの足は壊れてしまう。
ルー自身としてはラルフに三速どころかこのような装備をさせたくないと思っているほどであった。しかし、当の本人は、
「分かっている。でも念のためだ。簡単に逃げ切れる相手ではなさそうだからな」
「あなたは必ず私が守ります。だからどうか無理はしないで」
「お前は俺を守るために無理をするのに、俺には無理をするなと?ルー、矛盾しているぞ。それにお前だけじゃない。アッザムたちも命懸けで今回の事に協力してもらっているんだ、だから当事者の俺にも無理くらいさせてくれ」
真剣な表情で見返すラルフ。それを見たルーはこれ以上、何を言っても無駄だと感じた。ラルフは無理をするなと言っても平気で無理をする人間であるのだと。
(…ならば、私が全力で!)
ルーはさらなる決意をし、その闘志を目に宿らせた。
「よし、じゃあ俺は行くぞ。みんな、頼んだ」
ラルフは片手で持っていた卵を両手でしっかりと持つ。
「いち、にーの…さん!」
合図と共にラルフは走り出した。そしてルーもまた大きく声を出す。
「私はあの剣の使い手の相手をします。皆さんはもう1人の男を!」
それと同時にルーはエッジに向かって走り出した。
アッザムたちはルーがエッジを相手にするのは先程聞いたばかりだと疑問を感じながらも、もう一度頷く。だがこれは、エッジとウォッカに聞かせるのがルーの狙いであった。
「だとよ、エッジ。あの強い姉ちゃんの相手は任せるぜ。俺は雑魚担当だ」
「おい、ウォッカ侮るな。お前はいつもそういう所がいつも危うい」
「へいへい」
2人も攻撃に備える。
ルーはエッジに向かって直進する。しかし、その直前で方向転換し、そしてウォッカに向かって一気にギアを上げて奇襲する。
「何!?またかよ!」
またもやルーの攻撃に反応が出来ないウォッカ。ルーは反応出来ないウォッカのみぞおちに目掛けて蹴りを入れた。
「ぐおぉ」
吹き飛ばされながら苦悶の表情と共に声を漏らす。あまりの衝撃と痛みに意識がはっきりとする。
(あの女…あの一瞬で急所をピンポイントに。それにこの攻撃力。バケモンか!)
一般的に開拓者はレベルが上がるほど、強いと考えて良い。もちろん全てがこの限りではないが。
高レベル開拓者は20後半からの者を指し、これがアッザムやナナ、そしてゾルダンやカルゴもそうだ。この者たちは常人とはかけ離れた強さを持つ者と認識して良い。
そして超越者は50レベル以上の者であり、常人とは次元が違う強さであり、もはや同じ人間とは思えないほどの強さを持つ。それ故に「超越者」と呼ばれる。
そんな次元の違う強さを持つ超越者のウォッカであっても、ルーの攻撃はすさまじいものであったのだ。ましてや、今回受けたのは足での攻撃。先程の顔を殴られた時よりも何倍も威力があった。
地面に叩きつけられたウォッカはそのままのたうち回る。一時的に肺の動きが止まり、息が出来ない。
「今です!」
ルー自身は追撃に出ず、アッザムたちに声を出した。
「応!」
アッザムはルーが方向転換した時に、ルーの思惑に気付き、すぐさまウォッカに向かって突撃した。カルゴもワンテンポ遅れたが、アッザムを追うようにウォッカに突撃する。のたうち回りながら、アッザムたちを認識するウォッカ。
「ぐっ、待て、ちょっと待て」
声にならない声でウォッカはアッザムを制するが、
「待てと言われて待つ奴がいるかぁー!」
と満面の悪役面でドラゴンクローをウォッカの顔に目掛けて躊躇なく繰り出す。
「————!」
ドラゴンクローの爪が眼前まで突きつけられるが、ウォッカは寸での所で回避した。
さらにそこへカルゴの追撃が襲い掛かる。カルゴの手斧がまたもやウォッカの頭に目掛けて降りかかって来る。
(取った!)
カルゴはそう思ったが、そのカルゴの攻撃をもウォッカは凌いでみせた。手を交差させ、ナックルで受け止めたのだ。その後、手斧を弾くと同時に後転をしてなんとかして立ち上がる。だがルーの攻撃もあり、立つのがやっとである。
(ちきしょー。こいつら容赦ねぇ。さすが高レベルといったところか。それにさっきの女の蹴りのダメージが思ったよりもやべぇ!)
未だ呼吸もままならぬ状態でアッザムとカルゴが手を休めることなく襲い掛かる。
一方、ナナはウォッカへの急襲はしなかった。ルーの思惑にはすぐに気が付いた。それでも敢えて動こうとしなかったのだ。もし、ナナも動いていれば、ウォッカにダメージを与える事が出来たかもしれない。しかし、それ以上に注意しなければならない事があった。
ルーが方向転換した時、エッジもまたチャンスと見て行動を開始した。エッジはルーへ攻撃を仕掛けるのではなく、ラルフを追い始めたのだ。ナナはそれを読んでいた。
ナナはラルフを追いかけようとするエッジに向かって三節混を振り回し、攻撃を仕掛けるモーションをする。だがそれはフェイントであり、すぐに三節混をまとめ、防御態勢を取る。自身の攻撃が当たるはずがないと踏んでいた。ナナの目的はエッジにダメージを与える事ではない。
エッジはナナのフェイントに掛かり、剣で受け止める動きをするが、フェイントだったためにそこから変則的に攻撃に移った。それにより、幾分か力が乗らなかったために、ナナはその攻撃を受け止めた。
(くそっ、受け止められたか)
ニヤリと笑うナナ。しかし、ナナは内心驚いていた。
(いたたたた。あそこからの攻撃でこの威力ってやっぱり超越者ってバケモノね…でもちゃんと仕事はしたわ)
「————!」
エッジは咄嗟に後ろから来る殺気に反応する。そこには自分に振り下ろされるルーの一太刀があった。エッジはそれをなんとか剣で受け止め、腕力で押し返した。同時に横蹴りをルーに向かって放つ。だがルーはその蹴りに反応し、後方へ宙がえりしながら避けた。
(もう追って来たか!)
ナナの本当の目的はルーがエッジに追いつく時間を稼ぐ事であった。
ルーはエッジが自分と戦おうとせず、ラルフを追いかけるであろうと予測していた。なぜならエッジたちの目的は冥王の卵の奪還だからである。それを踏んでルーは追撃をしなかった。決してラルフを野放しにするはずがないと。
本当はエッジ1人に専念したかった。しかし、ウォッカと自身を除く3人では少々分が悪いと感じたために奇襲を取ったのだ。もちろん、その分ラルフが危険に晒される事は理解していた。しかし、そのリスクを取ってでも奇襲する必要があった。3人がやられてしまえば自身1人で超越者2人を相手にしなければならない。いくらルーでもラルフを守りながら戦うのは不可能に等しい。ラルフが襲われるのは時間の問題である。
その未来を回避するためにルーは頭を捻らせた。ルーはウォッカに奇襲し、それを他の3人が追撃をする。その後エッジを追いかけ、ラルフにたどり着く前になんとかして食い止める算段であった。
だが予想外の展開が起きた。それは良い方向に。
「ナナさん、感謝します!」
ナナが稼いだ時間とは、一呼吸するかしないかのほんのわずかな時間である。そのほんのわずかな時間を稼ぐために、ナナは自分の持てる力を使い、そして見事に勝ち取ったのだ。
笑みを浮かべるナナ。その反対にエッジは険しい表情を浮かべる。
2人は知っていたのだ。戦いの優劣はほんのわずかな時間で逆転すると。
「じゃあ後は頼んだわよ。私はあの脳筋超越者の方へ行くわ!」
ナナはアッザムとカルゴに加勢しに行く。この場に残るのはエッジとルー。
「くっ、これほどまでに連携が取れているとは。計算外だ」
「正直私も計算外ですよ」
ルーは思わず本音を漏らしてしまう。
「さぁ、もうラルフの元へは向かわせませんよ。あなたは私が止めてみせます!」
ルーとエッジは再び激突する。
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