第71話 それぞれの優先事項

 全員覚悟を決めていた時、超越者のウォッカが思いがけない提案をしてきた。


「お~い、おめぇらにちょっと相談があるんだが」


 ためらいながらもラルフたちは警戒を解かない。しかしウォッカは構わず話す。


「お前たちの相手をするのはちょっと骨が折れそうなんだ。だからこっちとしてもそういう面倒事はなるべく避けてぇ。っつうことでよ、ドラゴンの卵、それとそこのガタイの良い兄ちゃんが担いでいるそのおっさんをこっちに渡してくれねぇか?そうしてくれたらお前たちには何もしねぇ。約束する」


 それを聞いたアッザムが


「殺さないでおいてやるから、言う通りにしろってか。強者の一方的な要求だな…まぁ、いつもは俺がする立場だったんだがな」


 と皮肉交じりに嘆く。

 だがこれはどの世界においても行われて来た出来事。強者は常に弱者を貪り、当たり前のように弱者の上に立つ。真っ当な権利である。弱者が弱者のままで強者の上に立つことなど決してない。


「どうだ?いい条件だろ?」


 ウォッカのこの言葉を放った時の強者としての余裕溢れた表情が、人一倍負けん気が強いナナの癇に障る。


「ふざけんじゃないわよ!そんな要求飲むわけがないでしょ!」


 強者は弱者の上に立とうとする。だがその要求が通るかどうかはまた別問題である。時に弱者は強者に盾を突くのだ。今のナナは正にその状況であった。

 そんなナナを見て、ウォッカもまた笑う。


「それじゃあ、まぁ、しょうがねぇな」


 頭を掻くウォッカ。この男はどこかで自分たちに抗う者たちを歓迎していたのだ。


「それじゃあ、せいぜい俺を楽しませてくれよ!」


 次の瞬間、ウォッカはナナの方に向かって突撃を開始した。


(速い!)


 ナナが対応しようにも、ワンテンポ遅れたために対処出来ない。代わりに対処したのがルーであった。ウォッカが飛び出すや否や、ルーも同じようにウォッカに向かって突撃する。


(なっ、この女!)


 ウォッカは突然目の前に現れたルーに対処出来ない。ルーの繰り出した拳は、ウォッカの右頬にクリーンヒットし、そのまま来た方向を逆戻りするように吹き飛んでいく。

 またもう1人の超越者、エッジもウォッカに注目が集まっている時に静かに動いていた。エッジはいつの間にかゾルダンへと間合いを詰め、切りかかっていた。しかし、これに関してもルーが対処した。ウォッカを殴り飛ばした後にすぐさま移動し、エッジの攻撃を受け止めた。

 攻撃を受け止められたエッジは一度後方へと下がる。また、吹き飛ばされたウォッカもすぐに立ち上がった。


「エッジ…」


 驚きながら口から流れる血を拭うウォッカ。


「あぁ、あの女、かなりやる…もしかしたら俺たちよりも強いかもしれない」


 2度も自分の攻撃を受け止められたエッジもまた動揺していた。


「それほどか?人間で俺たちよりも強い奴に出会うなんて、ほんと久しぶりだぜ。で、どうする?諦めるか?」

「バカなことを言うな。そんな選択肢はあり得ない。それに、あの女以外は大したことは無さそうだ。戦い方次第でなんとかなる」

「そうだな、俺たちが引く事はあり得ない」


 強者としてのプライド、そして今日まで生き残って来た自負が2人にはあった。


「敵の2人はそれぞれフォレスターと卵を抱えている。戦いには参加出来ない。実質4対2だ」

「…それじゃあなんとかなりそうだな」


 再びラルフたちを見据えていた。


 一方、アッザムたちが反応出来ない事を嘆いていた。


「おいおい、全然反応出来ねぇぜ」

「えぇ、めちゃくちゃな相手ね」

「私たちも同様の意見です。私とカルゴもアッザムさんやナナさんと同等の力しか持っておりません」


 ゾルダンは自分たちを客観視した上で答えた。いつものように笑みは浮かべているものの、額からは汗が滲み出ている。ルーが対処しなければ自分たちはやられていたと自覚していた。


「おい、ルー。トータル的に見て、俺たちと向こうのバケモノ2人はどっちが強い?」


 この中で一番戦いに付いて行けないラルフが口を開く。アッザムたちのように焦りはなく、妙に落ち着いていた。


「卵やフォレスターを守りながらだと考えると…こちらが少々、分が悪いかと」


 何かを庇いながら戦闘する事は非常に難しい。庇う対象にも集中を削がなければならないために目の前の敵に集中出来ないからだ。ルーは騎士で魔界に遠征していた時代、仲間を庇いながら戦闘していた経験があったため、その難しさを痛感していた。


「でもこっちが圧倒的に負けているってわけじゃないんだな?」

「え、えぇ。そこまででは」


 淡々と話すラルフに少々動じるルー。


「ルー、フォレスターと卵。どちらか守る対象が減ればちょっとは楽になるか?」

「はい、それはそうですが…」


 ラルフは努めて冷静になるようにしていた。焦りを少しでも落ち着かせるよう、ゆっくりと呼吸していた。

 自身が初めから戦いに付いて行けない事は百も承知だ。でもだからといって考える事を放棄してはいけない。

 この戦闘の頼みの綱は紛れもなくルーである。自身を含め、他のメンバーも実力不足である事は先ほどの会話や振舞いから想像出来る。そのため、ルーが少しでも戦いやすい状況を作ることが必要なのだ。ラルフはそれを自分なりに必死に考え、ルーに訊いていたのだ。

 ルーの意志を確認したラルフは、ウォッカに向かって問う。


「おい、卵とこのフォレスターどっちが優先なんだ?」


 ウォッカは意外な問いに驚くも、


「どっち?まぁどっちも重要なんだがなぁ。エッジ、どっちなんだ?」

「…卵だ。我々は卵を優先する」

「あ?そうなのか?」


 エッジの答えにウォッカも意外な反応を示した。


「卵か…ついてないな」


 と自分の不運に愚痴りながらも、


「おい、ゾルダン。頼みがある」

「…頼みとは?」

「お前らはフォレスターを回収したいんだろ?だったら今すぐこの場を離れろ。俺たち…じゃないな。俺以外が2人を食い止める。その隙に逃げてくれ」

「————!…いいのですか?」

「その代わり…頼みにくいんだが、お前かカルゴどっちか残ってくれないか?そうすれば、ルーが1人を相手して、残りの3人がもう1人を相手出来る。それが今の最善だ」

「………」


 ゾルダンは少し沈黙する。


(卵が優先となった以上、私とカルゴで逃げればフォレスターは持ち帰る事が出来る…でも確実ではない)


 ゾルダンは任務の遂行を全てにおいて優先する。任務が絶対なのだ。そのためにあらゆる事を考える。

 今、ゾルダンが懸念していのは、超越者は卵を優先すると言っているが、その優先度はどれほどのものか分からないという事だ。


(ドラゴンの卵が彼らにとって絶対的優先事項かもしれないが、そうでない場合もある)


 ラルフたちと離れ、自分とカルゴ2人になった状況を見て、超越者がフォレスターの方が容易に回収できると踏めば、簡単に優先度が変わるかもしれない。卵とフォレスターはその程度の差しかないかもしれないという事。そうであった場合、フォレスターを持ち帰る事は絶望的になるからだ。


「あなた方にとって、この卵はそれほど重要なものなのですか?」


 ゾルダンは相手が正直に答えてくれるとは思っていないが、一応尋ねてみた。


「卵だ。その卵は何が何でも回収する。」

「おい、エッジ。その卵、そんなに重要なのか?俺はてっきりあのおっさんの方が重要だと思っていたんだが」


 ウォッカの疑問。正直、ゾルダンもそう思っていた。フォレスターをこちらが持ち帰るという事は、情報が漏洩する事を意味する。口封じのためにもフォレスターが優先されると考えていた。


「…その卵は冥王の卵の可能性がある」

「なんだって!?」


 エッジは表情を変えずに答えたが、単純なウォッカは、思いっきり表情と声に現れた。


「そりゃ何がなんでも持ち帰らねぇといけねぇな。でもよ、冥王の卵って言って良かったのか?」

「冥王とはこちらで付けた名称だ。奴らには分からん」


 先ほどのゾルダンの懸念は消え去った。自分とカルゴがここで消えても何も問題ない。だが新たな懸念事項が生じだ。卵が相手に渡るのは、後々、非常に問題になるのではないかと。

 ゾルダンはもう一度考え、


「ラルフさん、あなたの提案に従いましょう」

「いいのか!?」


 ラルフは自分の無茶な要求を通ったことに驚く。しかしゾルダンはあくまでも自分たちの利益を考慮し、それがラルフの利益と一致したために了承したのだ。


「えぇ。構いません。その卵が相手に渡るのはどうにも問題になりそうですから。それでカルゴにフォレスター卿を連れて帰ってもらい——」

「——いや、俺が残ろう」


 カルゴが提言をする。


「ゾルダン、俺はお前より装甲の固い装備をしている。超越者の攻撃もお前よりは少し耐えられるだろう。お前はフォレスターを抱えて城へ戻れ」

「…分かりました。よろしくお願いします」


 ゾルダンはカルゴが残った方がいい事は理解していた。だが、敢えて自分が残ろうとしたのは仲間を危険な場所に残しておきたくなかったのだ。任務最優先のために非情になろうとは思っても、やはり人の心がある限り、このような迷いは生じる。

 ゾルダンはカルゴからフォレスターを貰い受け、背負う。


「皆さん、どうかご無事で」


 ゾルダンはこの場から離れようとするが、


「それを俺たちが易々と見過ごすと思うのか?」

「やめろウォッカ!」


 だがそれをエッジが止めた。


「なっ、エッジこのままじゃあいつフォレスターを持って帰っちまうぞ?」

「このメンツで両方取り返すのは無理だ。俺たちは冥王の卵を取り返すのに全力を注ぐ」

「…分かった」


 ウォッカはエッジに言われ、フォレスターの事を諦めた。ゾルダンはフォレスターを抱え、この場を離脱した。

 そして改めて、2人はラルフたちに狙いを定めた。


「おい、なんだか冥王の卵とか言ってるぜ?」


 アッザムはドラゴンの卵がさらに稀少になっている事を確認した。


「そんなの関係ない。どんな卵であれ、俺はこの卵をあのドラゴンに返す。それだけだ」


 ラルフは動揺せずに答えた。それにルーも頷く。


「皆さん、踏ん張り時です。私はあの剣使いを対応します。3人はあの体格の良いウォッカという男を。それと、ラルフ。あなたはゲートに向かう事だけに集中して下さい」

「「「「了解!」」」」


 ルーの言葉に全員が賛同した。

 戦闘開始。

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