第60話 ランバットとアッザム

 ランバットはという男は5年ほど前からギルド長の職についた。真面目であり、人望も厚かった。それがギルド長に任命された理由でもある。

 そんなランバットはギルド長という立場を任されてから、幾度となく権力という壁にぶつかった。冷や飯を食う事もあれば、明らかに不正だと思われる事も黙認せざるを得なかった。それでもランバットという男は貴族からもギルド職員や開拓者からも高評価を得ていた。それはやはり彼の真面目さが評価されているのであろう。

 そのランバットは今、新たな問題に直面している。貴族が奪ったであろうドラゴンの卵を取り返そうと躍起になる一癖も二癖もありそうな若者たちがいる。当然穏便に解決しそうにない。寧ろそんな事は望んでおらず、あろうことか貴族に中指を立てようとしている。

 ギルド長という立場で考えれば、この者たちを止める事が正しいのだろう。いや、そうあるべきだ。

 しかし、今自分の胸の内にある思いはそれとは異なった感情であった。


(この者たちを応援したい)


 ランバットは自分の中で答えを見出したかのような力強い目をしていた。そしてアッザムの前に移動し、肩に手を置く。そしてまっすぐにアッザムの目を見ながら


「アッザム、頼んだぞ」

「おやっさん…」


 それだけアッザムに伝えると、ランバットは部屋から出て行こうとする。


「おやっさん、どこに行くんだ?」

「私は私の出来る事をする。お前たちも自分たちに出来ることを精一杯するんだ。いいな」


 そう言い残し、部屋から出て行った。

 部屋に沈黙が流れる。視線は自然とアッザムに向けられていた。アッザムは自分が何か発しなければならないのは分かっていたが、それどころではなかった。それはランバットに「頼んだぞ」という言葉に胸を打たれていたからだ。


 アッザムとランバットは20年近く前から付き合いがある。しかし、深い付き合いがあるというわけではない。

 アッザムも子供の頃からスラム出身で貧しい生活を送っていた。物心つく頃には親はおらず、自分で食う物を探さなければいけないその日を生き延びる事に精一杯な生活を行っていた。そのため盗み強奪など出来る限りの悪事を働いていた。最初の内は罪悪感があった。でもこれは生きるために仕方のない事だと自分に言い聞かせ、割り切っていた。これはスラムで生きる人間ならば当然の生き方であり、残酷で悲しい現実であった。

 そんなアッザムも盗みをしようとしたものの、相手から返り討ちに遭い、路上に倒れ込んでいた。自分はこのまま死ぬのだと、今までの報いが一気に返って来たと体中痛む中でそう思っていた。次第に眠気のような意識が薄れて行く感覚の中で、1人の男が声を掛けた。それがランバットであった。


「おい、大丈夫か?ポーション飲めるか?」


 薄れゆく意識の中でアッザムはほとんど聞き取れず、ただ見知らぬ男が自分の口の中に液体を流し込むのをそのまま受け入れた。正確には抵抗する力がなかったと言った方がいい。だがそれを受け入れた事でアッザムは快方へと向かった。

 ランバットがアッザムを助けた理由はただの気まぐれだ。たまたま通りかかった所にたまたまアッザムが倒れ込んでおり、たまたま助けようと思ったのだ。スラム街では路上に人が倒れ込んでいるのは日常茶飯事だが、アッザムが倒れていた場所はスラム街ではなく、普通の平民たちが住まう場所であったのだ。そのためアッザムは助けられた。

 アッザムの身なりから大体の事が想像出来たが、思った通り、アッザムは盗みを働いて返り討ちにあったと話した。「バカな事はするな」と言いたかったが、ランバットはその言葉を飲み込んだ。彼に取り巻く環境がそうさせているのだと察した。現に目の前の子供は「次はもっと上手くやる」と言う始末だ。その時のアッザムは盗みを働く人間を間違えたことを悔しがっていた。

 そんなアッザムを見たランバットは、これも何かの縁だと思い、


「おい、付いてこい」

「付いて来いってどこに行くんだ?衛兵に突きだすつもりか?俺は行かねぇぞ!」

「安心しろ。お前を衛兵に突きだすつもりはない。衛兵だって忙しいんだ。お前なんかに構っちゃいられねぇ」

「じゃあどうするって言うんだ?」

「お前を開拓者に登録する。おら、さっさと付いて来い」


 そう言われるがままアッザムは開拓者になった。


「おい、何でここまで良くしてくれるんだ?」

「さぁな。たまたまだ…まぁ強いて言えば、俺が助けた人間がまた返り討ちに遭って簡単に死なれるのは困るからな」

「お、俺は開拓者になったからって盗みをやめねぇぞ」

「好きにしろ。お前の生きたいように生きればいい。これ以上は俺も知らん」


 この頃のアッザムは悪事を働く事に罪悪感を抱くことは無くなっていた。しかし、まともな人間に好きにしろと言われた事が癪に障った。決して自分は好きで盗みを働いているのではない。仕方がなくそうしているのだと。身なりが整った貧しさとは無縁のランバットが憎かった。自分よりもずっと好き勝手に生きているようで気に食わなかった。


「あんたからだって盗んでやるからな!」

「それこそ返り討ちにしてやるよ」


 そう皮肉めいた言葉を残し、ランバットは去って行った。


 それからアッザムは開拓者として活動を行った。魔物を狩り、素材を回収して生計を立てた。しばらくして、仲間を作り一緒に活動を行った。その仲間はみんなスラムの者だった。食うに困った者に声を掛けた。そんな事をしている内にどんどん数は増えて行った。徒党を組むほどに大きくなった。

 徒党が大きくなると、いつの間にか知らない者が徒党の中にいた。さらには自分の知らない所で他の徒党と揉め事が起きていた。


「舐められるわけにはいかない」「舐められたら終わりだ」


 今日食うに困るわけでは無くなったにも関わらず、心は渇いていた。組織が大きくなっても渇きが無くなる事はない。その上ボスというトップの存在である事に孤独を感じるようになっていた。もちろん信用できる徒党の構成員もいた。だがそれはランバットの孤独を埋めるものではなかった。

 そんなアッザムが徒党のボスとして、ランバットに再開する。そしてランバットもいつの間にかギルド長になっていた。お互いが組織のボスとして対峙するようになっていた。そこにはどこか心に線引きをしているような感覚であった。実際に付き合い方もギルドとして情報を掴むのが厄介な案件をアッザムに頼んでいた。2人はお互いを利用するような割り切った関係になっていた。


 だが、先ほど声を掛けたランバットは違った。

 アッザムの目をまっすぐに見て「頼んだ」と言葉を残した。そこには立場も何もない。心から信用できる者としてランバットはアッザムに託した。その言葉や仕草に熱いものを感じていた。久しく忘れていた心臓の高鳴りを感じていた。


(なんだよ、急に)


 アッザムは心の中で葛藤する。


 アッザムはフォレスター家と因縁がある。金を稼ぐためにフォレスター家に取り入り、言われるがままに汚い仕事をした。全ては自分のため、徒党のため。しかし、ある日アッザムはそのフォレスター家に切り捨てられた。まるでトカゲの尻尾切りのように。

 今回ラルフが持って来た話にやはりフォレスター家が絡んでいた。アッザムはそれを復讐のチャンスだと考えた。舐められた報いを晴らす絶好の機会であると。もちろん、ラルフやルーに多少なり借りがあるので助けようと思った事も本当だ。しかし、一番の目的はやはり「復讐」であった。ドラゴンの卵を取り返す事は二の次であった。しかし、今は違う。ドラゴンの卵を取り返すために全力を尽くそうという思いに満ちていた。


(しょうがねぇなぁ)


 ランバットの信用に応えようと決心したアッザムは目をたぎらせていた。

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