第59話 結論

「私が監視役とは一体どういうことです?」


 ルーがランバットへと問いただす。


「私も先ほど聞かされたのだ。君たちが来る少し前にな。ドラゴンがまたいつ暴れ出すか分からんとな」

「ちょっと待ってくれ。ドラゴンは人へと襲い掛からないと言質を取ったはずだ。イリーナさんがちゃんと耳にしている。それじゃあダメだって言いたいのか?」


 その言葉にラルフは反論する。ギルド長のランバットが担保のために言質を欲しいと言ったので、ラルフたちは言われた通りに行動したのだ。しかし、


「上が言うには人間通しではそれは通用するが、魔物相手では通用しないと。約束を違えたところで向こうには何ら不利益を被らないからな」


 確かに言う通りであった。人間同士であれば決まり事を破れば何らかの罰則を受ける事になる。しかし、ドラゴンとはその罰の取り決めなどない。卵の無事は保証されないという面では現時点で変わらない。寧ろ、本来であるならば卵を守り切れなかった点でドラゴンの負けなのだ。弱肉強食の自然界においては、奪われた時点でそれはドラゴンの落ち度となり、それで終了なのだ。憂さ晴らしのために人間を襲っているかもしれないが、人間に害を為す時点で討伐する流れは自然の流れなのだ。やはり今回の卵を取り返すという計画はイレギュラーであり、その危険因子であるドラゴンを野放しにしておくのはやはり看過できないのだ。

 だが、それに異論を唱える。


「まぁ…建て前だろうな」


 アッザムは両腕を組みながら答える。


「あぁ、私もそう思う」


 ランバットは同調する。


「おやっさん、本音は?」

「本音はルー君、君を動けなくするためにある」


 ランバットはルーを見ながら答えた。


「私を動けなくする?」

「あぁ、ルー君。君の強さは尋常ではない。何せドラゴンを1人で止めた挙句に高レベルの開拓者を一発で仕留めてしまったのだ。今回の裏で糸を引いているフォレスター家としては君が非常に厄介な存在なのだ。君に暴れられては止める事が出来ないとな。それにもし、再びドラゴンが暴れたとしても君ならそれを止める事が出来る。上にとってもそれは好都合なのだよ」

「フォレスター家の野郎、痛いところを突いて来やがる。実に巧妙なやり方だ」


 アッザムは舌打ちをした。しかし内心、このような行動を取るのではないかと思っていた。なぜなら、もし自分がフォレスター家の立場なら間違いなく同じ行動を取ったからだ。


「それで私はこれからドラゴンの元に行けという事ですか?」


 ルーは焦った声でランバットへ問う。


「そう言う事になる」

「ラルフの元を離れろと、そう仰るのですね?」


 ルーは怒りを滲ませていた。


「すまない、私の力不足だ」


 ランバットは謝罪する。しかし今のルーにはその謝罪が聞こえていなかった。それは今後起こり得るであろう未来を予見していたからだ。

 自身がラルフから離れるという事、それは即ちラルフの窮地に駆けつける事が出来ないのを意味するのだ。これから卵を取り返すため、ラルフたちはフォレスター家と対峙しなければならない。昨日今日の開拓者に成りたての何も出来ないラルフは敵と戦わなければならないのだ。無理をするだろう。無茶をするだろう。そんな時自分は何もしてあげる事が出来ないのだ。

 そう予見したルーは、


「申し訳ありませんが、それは出来かねます」


 ランバットの指示に背く結論に至った。


「なっ」


 ランバットは声を出す。周りも驚きの表情を浮かべていた。


「私はラルフの横を離れる事は出来ません。ですので、ドラゴンの監視は出来かねます」


 決心した声で力強くそう答えた。


「あんたちょっと何言ってるのよ。ドラゴンが暴れ出すかもしれないから監視しろって言われてるのよ」


 ナナが慌てた声で問う。


「そんな事は分かっています、ですが出来ないものは出来ないのです」


 睨み返すようにナナへと返答する。ナナはたじろぐ。


「ルー君、落ち着きたまえ。君の言いたいことは分かるが、ルー君がドラゴンを監視しなければ安全の確保が出来なくなる。それは卵を奪還するという計画のとん挫だ。私たちはドラゴンを討伐せざるを得ない」


 ランバットは諭すように話す。しかしルーの結論は変わらない。


「私はラルフの横を離れる事は出来ません」


 それを聞いたアッザムがラルフへ声を掛ける。


「おい、小僧。お前何か言ってやれよ。俺たちじゃどうしようも出来ねぇ」


 するとラルフは大きく息を吐いた。そしてルーへと声を掛ける。


「ルー。俺はドラゴンに卵を取り返すと約束した。だから何が何でも卵を取り返さなきゃいけない」

「分かっています、ですが…」


 先ほどまで決心したかのような顔をしていたルー。しかし途端に表情が崩れ、困惑している。


「俺はドラゴンと約束した。だから卵は絶対に取り返す」

「分かっています、ですがそうしてしまうと私は——」

「——まぁ、待て。お前が動けないってことは向こうの思うつぼになる。それにフォレスター家に乗り込む準備をしている間に向こうも万全に準備を整える。アッザム、正直どうなんだ。ルーがいなくて準備万全のフォレスター家は?お手上げか?」

「あぁ、言いたくねぇが正直お手上げだ」


 アッザムは笑いながら答えた。


「だろ?だったらやっぱりルーが必要になる」


 そう言うとラルフはアッザムの方からランバットの方へと向き直り、


「ギルド長、悪いがルーがドラゴンを監視する命令は聞くことが出来ない」

「ラルフ君。そうなればドラゴンを討伐する方向へ動いてしまうぞ」

「いや、卵は取り返す」


 全員がまた驚きの表情をする。それは自分の思う方向へ動いているルーでさえも。


「どういうことなんだ?」


 ランバットはラルフへ聞き返す。


「ギルド長はルーがその命令を聞くことが出来ないことを上に伝えてくればいい」

「それなら討伐隊を組むことになるぞ?」

「あぁ。それで構わない。でもその討伐隊ってすぐに組む事が出来ないだろ?アレスはルーにやられたし、それにナナ」

「何よ?」

「ナナは俺たちの方に付いてくれるんだろ?」


 その言葉に詰まるナナ。するとアッザム笑みを含みながら覗き込むように


「おい、どうなんだナナ。お前は俺たちの仲間になってくれるんだろ?」

「はぁ?仲間じゃないわよ!…まぁでも、手は組んであげるわよ。私はドラゴンを取り返すあんたたちに付くわ」


 それを聞いたラルフは頷く。


「だったら少なくともアレスとナナの代わりを用意しなきゃいけない。それに、フォレスター家側にいるゾルダンとカルゴだって俺たちがフォレスター家に向かえばドラゴンの討伐どころじゃないはずだ」


 それを聞いたナナは顔を歪めながら


「向かうってどういう事よ?」

「決まってるだろ。ドラゴンの討伐隊が動き出す前にフォレスター家に殴り込みをかける」


 その場の全員が呆気に取られた顔をしていた。しかしすぐにアッザムが高笑いをし始めた。


「はっはっはっは!やっぱり俺は小僧の事が好きだ。いいぜ、乗ってやる。フォレスター家に殴り込みだ!」


 ランバットは顔に手を当て、ため息をつく。


「待て待て待て。何をバカなことを言い出すかと思えば、そんな場当たり的に考えおって」

「そうよ!いきなり殴り込みだなんて。それにドラゴンを監視する命令はギルドの上からの命令、はっきり言って国からの命令よ。そんなものに背いて言いわけないじゃない!」


 ナナが同調し、そしてもっともな事を言う。


「命令に背くとどうなるんだ?ドラゴンを監視するのを断ったってあいつが別に人を襲うわけじゃないから実害は出ないはずだ。それでも罰は受ける事になるのか?開拓者の資格をはく奪されたりするのか?」


 ラルフはランバットの方へと向く。


「いや、そこまではないと思うが、何らかの罰は免れん」

「資格をはく奪されないならそれでいい。よし、ルー。俺もお前も罰を受けるぞ。いいな?」


「罰を受ける」ラルフはそう口にした。本来なら重く受け止めなければならないが、ルーはその言葉に満面の笑みを浮かべた。


「はい、罰を受けましょう!私はラルフの傍にいます。フォレスター家に殴り込みです!」

「よし、決まったな」


 ラルフは決心したように目をたぎらせていた。

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