第58話 本物のターゲット

「さっきの話は忘れろぉ?」


 ラルフは「はぁ?」とした表情をアッザムに向けた。そしてラルフの横に居たルーもシンクロしたように同じ表情をしていた。このような砕けた表情は王女の時では決して出来なかった表情である。

 だが、ナナだけは違った。多少は驚いていたが、アッザムの言葉に納得したようで、


「やっぱりね」


 と頷いていた。


「おいアッザム、どういう事だ?」

「まぁ待て。そんな顔するなよ。今説明してやるから」


 アッザムはラルフとルーに落ち着けと手でなだめた。


「順を追って説明するぞ」


 アッザムの話にラルフとルーは前のめりになる。


「3日前、おやっさんが裏を取れと俺に依頼したな?それと同時におやっさんはギルドの上層部、つまり貴族に報告しに行ったわけだ。という事はだ。その日の内に情報が貴族たちに漏れる可能性があったってことなんだよ」

「なっ!?」


 ラルフはランバットの顔を見る。


「私だって漏らすつもりなどない。上層部だってそうだろう。だが情報というものはいつどこで漏れるか分からん。ましてやドラゴンの卵を盗んで持ち帰るなどかなりの大ごとだ。犯人側としてもかなり慎重になっているだろう」

「それに相手は貴族だ。どこでどんな手を使うかわかりゃしねぇ」


 アッザムがランバットの言葉に付け加える。


「では、イーロン家という情報は一体なんだというのですか?」


 ルーがアッザムへと口を開く。


「それは相手側の情報操作に決まっている。自分たちが表に出ないためにそうやって嘘の情報を流すのさ。もっと他のでたらめも交えてな。でも中には大概の者が納得して騙されちまう嘘の情報があるんだよ」

「それがイーロン家のことね?」


 ナナは目を瞑って黙って聞いていたが、口を開くと同時に目を開けた。その言葉にアッザムは頷く。


「あぁ。もっともらしい理由になるだろ?新規開拓をするために恩を売るなんて。それにイーロン家はそれを行う財力もある」

「さっき言っていたことか。よく分からんがそんな事がもっともらしい理由になるのか?」


 ラルフには縁のない話なのでどうもピンとこなかった。


「私たちは他人の食い扶持を奪い合って生きてるのよ。あんただって獲物や薬草を奪い合って来なかった?」


 ナナはラルフに分かるように例えを出す。ラルフは状況を理解し、


「あぁ、確かにそうだな」

「貴族たちはそれのスケールが大きいのよ。当然根回しとか面倒な事も多いのよ」

「そう言う事か。でもなんかこう見た目が怪しいとか、分かりやすい理由はないのか?」

「貴族なんてものは大概真面目に見えるもんでしょ。綺麗な服を着飾って、紳士的な振る舞い。アッザムと貴族を見比べたらどっちが怪しい人間って思う?」

「まぁそりゃそうだな」


 ラルフは自身が身なりのせいで全く信用されていない時の事を思い出し、そう答えた。また、ルーも心の中で納得していた。ルーは貴族を皆、品行方正と思っていたのだから。


「見るからにヤバそうな貴族ってのは、本当のバカかあるいは本当に実力があるって事なんだよ」


 アッザムはそう付け加えた。

 ラルフは両腕を組んで唸っていた。一筋縄ではいかないと感じていたが、敵は自分よりも一枚も二枚も上手なのだ。実力が足りないとかそういう次元ではない。そもそも土台に立つことさえ出来ないのだ。相手が誰かでさえ見えていないのだ。改めて自分が大口を叩いたことを反省していた。


「なぁ、一体どうすれば敵は見えてくるんだ?正直俺じゃあ方法も分からないっていうか、お手上げなんだが」


 ラルフは若干の引け目を感じながら答えた。


「情報ってのは常に収集しているもんなんだよ。そうでないと今の小僧みてぇに右往左往しちまうからな。なに、大丈夫だ。ちゃんと正確な情報を掴んである」

「で、誰なんだよ?」

「フォレスター家だ。間違いねぇ」


 アッザムははっきりとそう口にした。その表情は真剣そのものだった。


「おまけにこの間ここに居たゾルダンとカルゴも絡んでるぞ」

「ここに居たって、ドラゴンの討伐依頼を受けていた奴だろ?それにそいつらってナナの仲間じゃないのか?」


 驚きの表情をナナの方へと向け、ラルフはナナへ問う。


「あいつら仲間?別に仲間なんかじゃないわよ」

「だって一緒に討伐って」

「私くらいになるとね、依頼を受けてその場で即席のパーティーを組む事だってあるのよ。だからあいつらとは仲間じゃないわ。それにしてもあの2人が絡んでいるなんて…ゾルダンは分からなくもないけど、カルゴまで関わっているのが意外だわ」


 ナナは眉をしかめている。


「俺にはどっちがゾルダンでどっちがカルゴは分からないんだが、でもどうして2人が関わっているって分かったんだ?」

「あの日、卵を取り返す依頼を断っただろ?その後2人をつけさせたんだよ。部下を使ってな。そしたら2人共フォレスター家に向かいやがった。しかもギルドの前で別れたのによ。あの2人も警戒していたんだろう。別の道を使って時間差で屋敷に入って行きやがった。怪しいだろ?」


 ラルフはアッザムの言葉に頷く。


「それになぁ、ここ数日、若干ではあるがフォレスター家を警護する人数が若干多いんだよ。なぁ、おやっさん。おやっさんの方でも何か情報は掴めてないのか?」

「私もいろいろと探ってはいるが、フォレスター家の情報は一切入っておらん」

「やっぱりな」

「やっぱりってどういう事だ?」


 ラルフは真意を問う。


「火の無いところに煙は立たない。フォレスター家は少しでも疑われる目を向けられないように、徹底しているということですね?」

「ご名答だ」


 ルーの問いにアッザムは笑みを含んで答えた。


「俺からしてみればそれが逆に怪しんだよ。間違いねぇ」

「よくそこまで調べてるな。アッザムは貴族の事はそんなに詳しいのか?」

「いや、フォレスター家だけだ。俺はあの野郎にしてやられてるんだよ」


 そう言うとアッザムは苦い顔をした。


「それにしてもどうしてアッザムさんのアジトで嘘の情報を私たちに教える理由があったのです?」

「ルーの言う通りだ。なんであんな事をする必要があったんだ?」


 ルーの言葉にラルフが同調する。


「俺たちが嘘の情報に踊らされているのを敵に知らせるためだ」

「それって」

「あぁ、俺の組織の中にも裏切り者がいるってことだ」


 アッザムはあっけらかんと答えたが、それを聞いたラルフやルーの方がショックを受けていた。


「おいおい、小僧もスラム出身なら分かるだろ?スラムの人間はやさぐれているからこんな事当たり前だ」

「それはそうだが…」


 ラルフはスラムに住む人間がどんな者たちなのか知っている。余裕がなく、行き場のない者たちが飢えに苦しみ、今日一日を過ごす事がどれだけ大変なのかを。そんな者たちが他人を思いやる心など持てるはずもない。しかし、組織として一緒に活動する者が裏切りの厚意を平気でするというのは想像していなかった。これは今まで単独で行動していたためで経験がなかったからだ。


「今俺たちの情報をリークしている奴の後を付けている。そうすればフォレスター家に手を貸している奴らが分かるぞ」


 アッザムは狙う獲物を見定めるように笑みを浮かべる。

 ラルフはその光景を目にして、部下の裏切りを当たり前の事と割り切り、そして逆に利用しようとしているアッザムが逞しく見えた。だが同時にこれまでたくさんの苦い思いをして来たのだろうと思うと、少し気の毒に感じた。


「もう少しで敵が具体的に見えてくると思うが…おやっさん、どうする?」

「ギルドとしてフォレスター家に何か働きかけを出来ないのですか?」


 アッザムとルーの言葉にランバットは両腕を組み、目を瞑る。そして重たい口を開けた。


「上に報告したが感触は良くない。なぜドラゴンを討伐しないのだと言う始末だ。それに今回はフォレスター家がドラゴン討伐の費用を出すと言っているらしく、下手に手を出せない状況だ」

「っち、やっぱりな」


 アッザムは天を仰ぐ。


「さらに1つ厄介な通達をされてな」


 ランバットの言葉に全員の視線が集まる。


「ルー君、君がドラゴンを監視する役に選ばれてしまった」


 その言葉に全員が顔をしかめた。

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