第49話 ドラゴンを止める女
ドラゴン。
人類の歴史で伝説の生物と称され、数々の逸話が残され、信仰の対象にさえなるほどだ。人々はドラゴンに畏怖し、崇め奉る。
ラルフも例外ではなかった。己の瞳でその存在を確認したラルフも圧倒的な存在感を前に萎縮してしまったのだ。
だがルーは違った。到底あらがう事の出来ない存在を前にしても1人動じず、そして止めるとラルフに言い放った。
(こんな化け物一体どうやって止めるって言うんだ?)
ルーの「止める」という言葉に反応したか定かではないが、タイミングよく直後にドラゴンが雄叫びを上げる。
ラルフたちは慌てて耳を塞ぐ。雄叫びが終わると同時にドラゴンはまたラルフたちに狙いを定める。
だがそれよりも早くルーが先に動いた。ルーはただ一直線に向かう、まるで何も迷いが感じられぬように。
ドラゴンは先ほどルーに弾かれた尻尾でもう一度ルーを圧し潰そうとするが、ルーの方が早かった。尻尾の攻撃をくぐり抜け、ルーはドラゴンの足元へとたどり着く。何かするかと思いきや、ルーはドラゴンへ語り掛けた。
「我が名はルー。ドラゴンよ、怒りを鎮めて下さい。そして私と話をしませんか?」
だがそれに対するドラゴンの反応は怒りと取れる咆哮であった。そして足元にいるルーを踏み潰そうと足を上げ、そして勢いよく振り下ろす。
それをルーは素早くかわす。そして再度ドラゴンへと話しかける。これを繰り返していた。
ラルフは少女を抱いたままルーを凝視していた。
人間などドラゴンの攻撃を受ければひとたまりもない。そんな中でルーは攻撃を避け続ける。
先ほどのルーとの修行とは比べ物にならないほど緊迫状態を肌で実感し、文字通り命のやり取りである事をラルフは認識し、学んだ。
ここでルーとドラゴンの攻防に変化が生じる。
ドラゴンが大きな翼と一体となった腕を振り回し、鋭い爪で襲い掛かる。斬撃とも呼べるその攻撃をルーはかろうじて躱す。だがそこにはドラゴンの大きく開いた口があった。そのままルーを喰らおうとするがルーはこれも跳んで回避した。
しかしそこへドラゴンは自分の体を回転させ、ムチのようにしならせた尻尾がルーへ直撃した。空中にいるために避ける事が出来なかったのだ。
ルーは苦悶に満ちた表情をし、地面と平行に飛ばされた。
「ルゥーーー!」
自分の心情を端的でそして的確に表現したかのようにラルフは声を張り上げた。だがその心配は杞憂に終わる。
地面に叩きつけられたルーはくるりと起き上がり、またドラゴンに向かって駆け始めた。そして同時にミスリルソードを抜く。
「聞く耳を持っていないようですね。仕方ありません」
ドラゴンが次の攻撃を繰り出す前に、シンシアは素早く左足を斬りつける。斬られたドラゴンは鳴く。
ルーは続けて攻撃するかと思われたが、そこで剣を納め、ドラゴンが鳴き止むと同時に話しかけようとする。
だがすぐにルーを睨みつけ、再びルーに襲い掛かる。
ルーはそれを冷静に避け、独り言を呟く。
「一度斬りつけて冷静になってもらうつもりでしたが、全く意味がなかったようですね。寧ろ逆のようですね」
その頃、未だに足の痺れが取れないラルフは少女に話しかけていた。
「おい、お前ケガはないか?」
「うん、大丈夫」
「そうか」
「ねぇ…なんで私を助けてくれたの?」
「分からない。ただ勝手に体が動いただけだ。それに俺はお前を助けていない。お前とそして俺を助けてくれているのは今、目の前にドラゴンと戦っているあのルーっていう女だ」
「あのお姉ちゃん、何者なの?なんでドラゴンと戦えているの?」
「いや、俺も分からん」
「分からんって、お兄ちゃんたちは仲間じゃないの?」
「まぁ一応仲間だがまだ日が浅いんだ。とにかく強い事は確かだ」
ラルフは少女の事を助けてないと言ったが、少女はそうは思っていなかった。なぜなら踏み潰されそうになった時、間違いなくラルフが抱きかかえて助けてくれたからだ。そうでなければ少女は命を落としていた。
そして今、目の前のルーという女が自分と自分を抱いている男のためにドラゴンと対峙してくれている事も理解していた。
少女はこのような命を救ってもらう事はおろか人から親切にされる事もほとんどない境遇にあった。以前のラルフと同じである。それ故にこのような緊迫した状況でも2人には申し訳なく感じていた。
本来ならば感謝という気持ちを表すべきなのだがそうはならなかった。なぜなら今すぐにでも命を落としかねない状況にあるからだ。自分がこの場所に居なかったら2人はトラブルに巻き込まれる事はなかったのだと思うと余計に胸に重しがのしかかる。
「————!」
そんな事を考えていると、また尾撃をくらったルーがラルフたちのすぐ横で地面に叩きつけられた。
「ルー!大丈夫か?」
ラルフが溜まらず声を掛ける。
ルーはドラゴンの攻撃をほとんど避けていたが、どうしても避けきれないものもあった。
その場合は防御に徹し、直撃を避けるようにしていたが、かすった程度でも衝撃が大きい。
「大丈夫です」
ルーはすぐに起き上がる。
ラルフはあんな化け物の攻撃をくらって平気なわけがないと言いたかったが、ルーが超人的な事は理解しており、そしてすぐに起き上がるのを目の当たりにしているため、何を信じていいか分からない状態だった。
「ただ…あの、すみません」
「ただ、何だ?どうした?」
申し訳無さそうにするルー。
その顔を見て、やはりドラゴンは止められないのだろうと悟るラルフ。当然の事だ。あんな激しく地面に叩きつけられて無事なわけがない。
だがそうではなかった。
「ズーさんから借りた装備、ダメになるかもしれません。これ結構いい装備ですので弁償するとなると——」
「——そんな事考えなくていい。今はこの場をなんとかするだけ考えろ!」
ラルフは呆れていた。死んだら元も子もないのに装備の心配をしているとは。
「分かりました。それでは装備の事は考えず、もっと派手に動きます!ドラゴンは何とかしてみせます」
ルーは大きく呼吸をする。そしてドラゴンへと鋭い視線を向けた。だが、すぐに思い出したかのようにラルフへと視線を戻す。
「ところでラルフ、足の方はどうですか?出来れば離れて頂きたいというか、もっと言うならゲートをくぐって町に戻ってほしいのですが」
「悪い…まだ足が動かないんだ」
「そうでしたか、ではこちらに被害が出ないようにします」
そう言ってドラゴンの方へ向かおうとする。
その時、少女がルーに声を掛けた。
「あの…お姉ちゃん、死なないで」
少女は恐れながらも精一杯の声でルーに声援を送った。自分が言える立場にないのは重々承知しているが、それでも何か声を掛けたかった。
するとルーは振り返り、微笑みながら親指を立てた。
「大丈夫」
少女はそのように理解した。大丈夫ではない状況にも関わらずなぜか少しだけなんとかなるような気がした。
ルーは視線をドラゴンへと戻す。
そして、ルーは目を疑うようなスピードでドラゴンへと向かって行く。
(あいつ、今まで装備の事を気にして力を抑えていたのか)
ルーはドラゴンをスピードでかく乱しようと四方八方に移動する。
(俺に力を披露した時にやったのと同じだ)
ドラゴンも依然のラルフと同じようにルーを捉えようとあちこち目をやっている。
これまではあくまでドラゴンと対話するのを目的としていた。だが、今は違う。ドラゴンと戦闘する事を目的としており、尚且つルーはギアを上げている。
その急な変化にドラゴンは対応出来ないでいた。
ルーは死角に入り込むたびにドラゴンを斬りつけ、刃傷が増えて行く。
たまらずドラゴンはなりふり構わず爪や尻尾を振り回す。だがそれらは悉く空を切った。その間も刃傷は増えて行く。
「こざかしぃ人間がぁーーー!」
ここで初めてドラゴンが口を開いた。
「やっと口を開いてくれましたね」
ルーは微笑む。
「ドラゴンよ、手を止めて一度話を交わしませんか?」
だがそれに対する返答はなかった。代わりにドラゴンは大きな翼で空へと羽ばたき、空へ空へと上がっていく。あれほど大きかった巨体はみるみるうちに小さくなっていく。
ここでルーの表情に余裕が消えた。
「あれは…ちょっとまずいですね」
そして次の瞬間、ドラゴンはルーを目掛けて急転直下してきた。
本来ドラゴンの持っているスピードに加え、自由落下の重力加速まで加わったドラゴンはまるで隕石だった。
(このままでは)
ルーはラルフから離れるように全速力で走り出した。これはドラゴンが地面に激突した衝撃で周辺に被害が出る事を懸念したためである。ラルフもそれに気が付いた。
(くそっ、俺の足が動ければ)
未だに痺れて動けない自分を憎んだ。自分たちが離れていればルーの対処は変わったかもしれないと思ったからだった。
だがそんなわずかな間にドラゴンという隕石はルーの元へ落ちてきて、轟音と共に地面へと激突した。
衝撃と共に砂埃が湧き起こり、ラルフと少女に襲い掛かり、思わず目を瞑る。ひしひしと顔に当たる砂埃。湧き起こった砂埃で辺り一面が見えなくなるほどであった。
そしてようやく砂埃が収まった所でラルフたちは目を開ける。
すると目の前には大きなクレーターが出来ており、その中心にドラゴンが佇んでいた。
「ルー!」
ラルフは再度居てもたってもいられず声を上げた。
すると、声が帰って来た。
「大丈夫です!」
ルーは上空にいた。
ラルフたちからある程度距離を取った後に、ドラゴンの急転直下を避けるために高く舞い上がっていたのだ。
今のルーはドラゴンよりも高い位置に居た。
どうやってあそこまで跳んだんだと疑問に思うところだが、とりあえずルーの無事を確認したラルフは安心した。
一方ドラゴンは自分の攻撃を避けたことに驚いていたが、すぐにルーに向かって方向を上げる。
そして再び襲い掛かろうとする前にルーが動いた。
「いい加減…話を、聞いて下さい!!!!!」
ドラゴンの頭に向かって自由落下する自身の体を回転させ、そのまま思いっきり踵落としをくらわした。
不意な一撃を頭にくらい、脳震盪を起こしたドラゴンはさすがに体が揺らいだ。
「おのれ人間め、卵を盗んだだけでく、わらわにこのような攻撃をくらわせるとは」
ドラゴンは頭をふりながらルーを睨んだ。
「卵を盗んだ?一体それはどういう事ですか?」
ルーは戦闘態勢を解き、ドラゴンへ語り掛ける。
それを見ていたラルフも何とか動けるようになったのでルーの方へと向かった。
少女を返しても良かったが、少女はラルフに付いて来た。
「ルー、大丈夫か?」
ラルフは何度もこの言葉を使っていた。
傷を負っていないのは見て分かるのだが、それでも聞かないといけないという心情であった。
「えぇ、大丈夫です。問題はありません」
そしてルーも決まったように「大丈夫」と答えた。本当に大丈夫であり、何よりラルフを安心させるためにこの言葉を使っていた。
「それよりも問題があるのはこのドラゴンのようです。話を聞きましょう」
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