第40話 ルーの開拓者登録

入国審査の後、ラルフたちはギルドへと向かった。


「やっと着いたわね。私の心情的には着いちゃったと言う方が正しいんだけれども」


 イリーナは少し寂しそうに言った。

 だがすぐに表情を戻し。


「さぁ、中へ入りましょう。ルー様の開拓者登録をしなくては」


 イリーナに急かされるようにラルフたちもギルドの中へ入って行った。


 ギルドの中はいつでも開拓者がたくさんいる。開拓者同士の情報の交換、また成果物の買取り、そしてギルドからの依頼を受けるなど常に人が途切れる事はない。

 そのため職員は常駐している。ギルドが眠る事はない。


「イリーナさん!」


 ギルドの女性職員がイリーナを見つけると笑顔で駆け寄って来た。やはりイリーナは人気があるようだ。


「おはよっ…じゃなくてこんにちはよね。書類を持ってきたわ」

「ありがとうございます…あれ?そちらの方々はお知り合いの方ですか?」

「えぇ、個人的に付き合いがあるの。それとこの子の開拓者登録をお願いしたいんだけど」

「かしこまりました。それではこちらへどうぞ」


 ルーはその職員の指示に従い、受付に移動しようとする。だがその前にラルフが、


「おい、ルー。いつまでフードを被ってるんだ。さっき問題なかったからもう大丈夫だろ。いい加減取れ」

「あっ、はい。ごめんなさい」


 言われるがままに慌ててフードを取るルー。


「————!」


 女性職員は驚きの表情をしていた。

 ルーはまたその表情にヒヤリとする。正体がバレたのではないかと。


「あの…」

「す、すみません。登録でしたよね?今すぐ取り掛かります」


 この女性職員もルーの正体を知っていたわけではなかった。入国審査の衛兵と同様にルーの容姿に見惚れてしまったためであった。

 それは女性職員だけではなかった。ルーの近くにいた者たちが見惚れてしまうほどルーは美しかった。中には二度見、三度見してしまうほどがっついている者もいた。

 一方イリーナは、職員としての責務を果たすため、持って来た書類を渡しに別室へと移動する。

 ラルフはルーを1人待つことになり、空いている席に座った。

 辺りを見回すと、ボードに紙が何枚か貼られていた。ギルドからの依頼が貼られているのだろう。


(俺もその内ああいう依頼を受ける事が出来るようになるのかな?魔物討伐とか。まぁ先の話だな)


 ラルフはボードから目を離し、今度は開拓者たちを観察した。

 ベテランと思われる者もいれば新人と思われる者もいた。共通して言えるのは装備をちゃんとしていた。多分それが当たり前なのだろう。


(一番似つかわしくない恰好をしているのは俺という事か。装備…しっかり整えないとな)


 ラルフが開拓者を観察する中でラルフの視線に気が付く者は何人もいた。しかし全ての者がラルフを横目で確認するだけで警戒する事は無かった。


(取るに足らないってことか)


 ラルフはそう判断した。実際にその判断は間違っていない。

 人は一目見て、その人間がどのような人物か瞬時に判断をする。

 開拓者という危険な場所に身を置いている者なら尚更そのような事に関しては敏感だ。ラルフを視認した者たちは実際にラルフの実力を測っていた。そして目に留めておく人物ではないと判断したのだった。

 逆にラルフのような新人は、本来ならばこういった品定めに気が付く事がないのだが、ラルフがこれまでに培ってきた異様なまでの危険に対する反応が優れているため、これに気が付く事が出来た。そして、自分が相手にとって取るに足らない存在である事も正確に感じ取っていた。


「お待たせしました」


 そんなことを考えている内に登録を終えたルーがラルフの元へ戻って来た。


「登録終わったのか?」

「はい、無事に。ラルフ、ごめんなさい。貴重な1000Jを使わせてもらいました」

「別に謝らなくていい。必要な事なんだから」

「ありがとうございま…見られてますね?」


 ルーも自分に視線が注がれているのを感じ取った。

 これは先ほどのルーの容姿に見惚れているという意味ではなく、ラルフと同様に品定めを受けているような感覚に対しての反応だった。


「俺はすぐに取るに足らないって判断されたと思うが、ルーはどうだ?相手の力量は?」

「まぁそこそこの者はいるようですが…まぁ問題ないですね」


(問題ない…か。こいつ、一体どこまで強いんだ?)


 そう思った時、男2人組がルーに声を掛けて来た。


「おい、あんた新人さんかい?」


 ルーに対しニヤニヤしながら声を掛けて来た男たちだった。

 そんな男たちに対し、ルーは冷たい反応を示す。


「そうですが、何か?」


 まるで話しかけられる事を望んでいないと自分の心情をそのまま表すかのような反応だった。

 ラルフも同様にこの男たちの事を冷たい目で見ていた。この男たちとは初対面であるがどこか既視感があった。そう、ラルフは何度でもこういった男たちを見て来ている。はぐれ者たちが集うスラム街で。人を貶めたり、奪ったりする事を平気で行う者たちと同じ表情をしているからだ。


(目の前の男たちもきっとそんな奴らに違いない)


 ラルフはこれまでの経験と直感でそう判断した。

 このような者たちは決まって嫌な笑みを浮かべる。だがほとんどの者が最初からこうではない。

 貧しさなどの理由から悪事を働き、それを重ねる毎に罪悪感が薄れ、当たり前のように悪事を働くようになって行く。そして罪悪感の代わりにスリルが湧き起こり、それを味わうようになる。この笑みは言わばその代償のようなものなのだ。

 そんな者たちのも金さえ払えば開拓者には登録する事が出来る。

 もちろん、開拓者になってからの行いが悪い者は処罰される対象になるが、ちょっかいをかける程度なら何ら問題はない。


「おいおい、そんな冷たい反応するなよ。俺たちはあんたが新人だから心配して声を掛けてやったんだぜ」

「それはどうもありがとうございます、でも結構です」


 ルーは軽くあしらった。王女であった頃ならこんな対応は絶対に取らなかった。

 人に「疑い」を抱く事のなかったシンシア(ルー)には絶対に出来ない事だった。

 またラルフも男たちを見て、


(こいつらは…大したことないな。ま、俺より強いことには違わないけど)


 と冷静に判断していた。

 大した事のない男たちは尚もルーに食い下がる。よほどのルーの事が気に入ったのだろう。

 ルーは困った顔をしていた。


「つねない姉ちゃんだな。そんな弱そうでつまらなそうなガキより俺たちの方がずっと楽しませてやる事が出来るぜ?なぁ?」

「へへっ、こいつの言う通りだ。そんなガキほっといて俺たちとおしゃべりでもしようぜ?」

「…やめとけ」


 ラルフは面倒くさそうに頬杖をつきながら言った。


「あぁ?なんだてめぇ!」


 男たちはラルフの言葉に怒りを露わにする。

 だがラルフは止めようとしない。


「やめとけって言ったんだ。こいつはお前たちに興味も用もないんだ。これ以上は時間の無駄だぞ」

「てめぇ、言わせておけば」


 男の1人がラルフに襲い掛かろうとする素振りを見せる。


「ケガするぞ」

「あ?俺がお前にやられるって言いたいのか?ハハハッ!お前みたいな装備もないひょろいガキにどうやってやられるって言うんだよ」

「いつ俺が相手するって言った?俺にそんな力はねぇよ」

「あぁ、じゃあ誰にやられるって———!」


 その時、男は悲鳴を上げた。

 それは男の腕がルーに捻りあげられていたからだ。


「いででっ、何しやがる」

「私はあなた方に結構ですと答えました。それに私の仲間に対する侮辱行為。とても許せるものではありません」


 ルーはまた男の腕を捻りあげる。男もまた悲鳴を上げる。

 それを見たもう片方の男が声を上げる。


「女だからって調子によりやがって。その手を離しやがれ」


 何もされていない男がルーに襲い掛かろうとするが、ルーはそれに反応し、腕を捻りあげている男を盾にする。


「このままあなたのお仲間の肩を外しましょうか?それともこれ以上騒ぎを起こす気が起きないよう折った方がいいですか?」


 ルーは言った、冷たい声で、冷たい目で、冷たい表情で。そして、さらに男の腕を捻りあげる。

 捻りあげた男は苦し紛れに仲間の男に声を出す。


「おい、よせ。止めろ。こいつの言っている事はマジだ。これ以上はやばい」


 そう言われて片方の男はルーに襲い掛かるのを止めた。どうやら観念したようだ。

 それを見てルーも捻りあげていた腕をようやく放した。

 男は解放された腕を抑える。


「くそっ、覚えてやがれ」


 男たちはギルドから退出しようとする。

 そこへ騒ぎを聞きつけた男の職員がやって来る。


「ちょっとどうしたんですか?揉め事は起こさないで下さいよ」

「あぁ?なんでもねぇよ!」


 男の職員の肩を突き飛ばし、男たちは今度こそギルドを出て行った。

 その職員はルーの元へと駆け寄ってきて声を掛けた。


「あの大丈夫でしたか?あの人たち、よくトラブルを起こす人たちで」

「えぇ、特に問題は。こちらも騒がせてしまいすみません」

「開拓者の中には少なからずああいった連中がいます。十分お気をつけ下さい」


 するとそこへ聞き覚えのある声が届いて来た。


「なぁにが、お気をつけ下さいよ。ああいった連中をなんとかするのがギルド職員の役目でもあるのよ」


 後ろから声を掛けたのはイリーナだった。


「よくトラブルを起こすって分かっているのならちゃんと対処しなさい」

「はい、すみません」


 その男の職員はイリーナに注意され、しぶしぶと下がって行った。

 ラルフもその通りだとイリーナの言っている事に納得した。


「さて、私はとりあえず用は済んだし、ラルフ君たちもとりあえずは用が済んだのよね?」

「はい、ルーの登録を終えましたし、今はもう特に用はありません」

「じゃあ外に出ましょうか?なんか注目されちゃってるし」


 先ほどの事ですっかりとルーに視線が集まっていた。

 ラルフたちはこれ以上の面倒事はごめんという事で早々にギルドを退出した。

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