第39話 入国審査
その後、別の宿でもう一泊した。その時もラルフは馬車の中で眠っていた。
そして3日目。昼過ぎにナルスニアに着くことが出来た。
現在ラルフたちが乗った馬車は入国するために列に並んでいた。
「そんなに緊張しなくても大丈夫よ。大罪を犯した極悪人でもない限り誰だって入国出来るんだから」
馬車の中でイリーナがその言葉を掛けたのはラルフだ。
ラルフは自身がはぐれ者出身であるという理由で入国出来ないのではないかと思っていたのだ。
「大丈夫」
その言葉とイリーナの笑顔にラルフは安心し、
「ありがとうございます」
と笑顔で返した。
だが馬車の中ではもう1人、緊張した面持ちの者がいた。
「もしかして……ルー様も緊張してます?」
そう言われたルーは体がピクリと反応する。
「ここはアルフォニアではないので私の顔は他国まで知れ渡っていないと思うのですが…」
「大丈夫ですよ。ラルフ君にも言った通り、ルー様は別に罪を犯した人間ではないのですから。それにルー様の正体だって、王族が馬車の中に入って入国審査を受けるだなんてあり得ない事ですからバレる事はまずありませんよ」
イリーナは笑って答えた。
「そうだといいのですが…」
そう言いつつもルーはフードを被り、顔を隠した。この温度差はやはりルーが絶対に正体をバレたくないと思っていたからであろう。
「次の方、どうぞー」
ラルフたちの番がやって来た。
門番の衛兵が入国審査を始める。最初は御者の確認を始めた。当然その後はラルフたちだ。
ルーの心情としてはこのまま馬車に隠れていたかった。そのまま黙って入国したかった。だがそういうわけにはいかない。もし隠れているのが見つかれば、衛兵も疑いの目を持って問いただして来る。そうすればかなり面倒くさい事になる。
イリーナを先頭に馬車から降り、自分たちの入国審査を待つ。
「え~っと、一緒に乗って来たのは、あなたたち3人ですね。恰好からするにギルド職員さんですね?」
するとイリーナは胸ポケットからギルド職員のカードを提示した。
「えぇ、私はギルド職員よ。こちらの国に書類を運びに来たの」
「そうでしたか。お疲れ様です…それで一緒にいる方は?」
「この子たちは職員じゃなくて、開拓者の方よ。個人的に付き合いがあって一緒に来たの」
すると衛兵はラルフとルーを見る。
ラルフは衛兵に見られ、体が硬直した。
(俺も開拓者のカードを提示した方がいいのか?)
しかし衛兵はラルフに疑いの目をかけることなく、すぐに視線を外した。ラルフはその事に内心驚いていた。
だがこれは当然の結果であった。現在のラルフの身なりは整っているとはまでは言わないが、人に不快感や疑念の目を向けられるような姿ではないからだ。
ラルフは宿で女将から服を貰い受け、それを着用していた。汚れたフードも脱ぎ、今はどこにでもいる少年にしか見えないからだ。これを見て疑う方がおかしいというものだ。
一方、ルーの方はすんなりと終わる事はなかった。ルーは自分の正体を隠すようにフードで全身を覆っているのだ。これで疑うなと言う方が無理だ。
「こちらの方はなぜフードを?」
衛兵はイリーナに尋ねる。
「この子はこれから開拓者登録をするのだけれど、ひどく臆病なんです。衛兵の方となるとやはりひどく緊張しているようで」
「ははは、そうでしたか。私たちの事を怖がる人はたくさんいますが、別に取って食おうとしているわけじゃないんですよ。国の安全のため、怪しい人物を侵入させないようチェックしているだけですよ」
「それだったらこの子の身は私が保証します。ギルド職員として、この子の友人として決して怪しい人物ではありません」
イリーナはルーの気持ちを察して衛兵にダメ元でお願いをしてみた。しかし当然ながら衛兵は困った顔をする。
「う~ん、お気持ちは分かるんですが、こちらも仕事でして。この目で確かめないわけにはいかないのです。ちらっと顔を拝見するだけでいいですので」
衛兵にも不真面目な衛兵はいる。袖の下を渡せば入国を認める者はいくらでもいる。だが今回の衛兵はそういう人間とは真逆で、不正を決して許さない、融通も利かない程の人物であった。
(これは顔を見せるまで通してもらえそうにないわね)
イリーナは観念したような表情を見せた。
「という事よ。恥ずかしいのは分かるけれど、フードを取りなさい」
イリーナはルーに指示をした。
(ルー様、こんな口調でごめんなさい。でも疑われるわけにはいかないの)
「はい…」
そしてルーは恐る恐る頭に被ったフードをゆっくりと取った。
「————!」
その時の衛兵は目を大きくさせた。それを見て3人は少なからず動揺する。
特に一番焦っていたのはルーであった。アルフォニアの王女、シンシアである事がバレてしまったのではないかと。
身分を偽り、隠れてナルスニアへ入国した事が王族へと連絡が行き渡る。そして接触を図ってくるに違いない。そうなればラルフはルーを煩わしく思うに違いない。
(私はラルフの仲間になったつもりです。ですが、ラルフにとっては付いて来る事を許した程度でしょう。私が傍にいる事で面倒事に巻き込まれるのならラルフは簡単に私を切り捨てるに違いない)
ラルフに切られる。ルーにとってそれは何としてでも避けたい事だった。
やっと得た繋がりを断たれるわけにはいかなかった。
(お願いします…どうか…どうか)
そんな考えがよぎっていた時、横にいたラルフが口を開いた。
「驚いているようだけど、こいつがどうかしましたか?」
ラルフはこのように衛兵に尋ねた。
だがルーには、
「こいつの正体を知っているのか?」
と尋ねているように聞こえた。心臓の鼓動は激しく打ち、全身から汗が噴き出そうになる。
未だに衛兵はルーの顔を驚いた顔をして見ている。
ルーも思わず衛兵を見返す。唾をゴクリと飲み込む。
すると、
「い、いや。申し訳ない。女性だとは思っていなくて。それにこんなに綺麗な方だとは…あぁ、失礼。問題はありません」
それを聞いたルーは安心したかのようにゆっくりと長めの息を吐いた。そしてすぐさまフードを被り直した。
衛兵はルーの正体に気付いたのではなかった。ルーのあまりの美しさに目を奪われていただけだったのだ。
「入国を許可します」
ラルフたちは無事入国審査をパスした。
ここまで運んでもらった御者に別れを告げる。
ちなみに御者はこのナルスニアの出身のため、ルーの正体は知らない。
門からある程度離れた所でイリーナが先ほどの入国審査の事を振り返る。
「無事に入国出来たけど、ある意味無事じゃなかったわね。美人過ぎるってのも罪なものね」
イリーナは先ほどのやり取りを面白おかしく振り返った。ルーがどれほど緊張していたか理解していなかった。ルーは正体がバレないように慌ててフードを被り直したが、イリーナはルーが衛兵に言われた言葉が恥ずかしいためにフードを被り直したと思っており、非情に可愛らしいと感じていた。
「もうっ、変な事を言わないで下さい」
「ごめんなさい、ごめんなさい。さぁ、ギルドへ向かいましょう」
「はい!」
ルーはラルフと一緒にいられる事に喜びを感じ、気分よくギルドへと足を進めた。
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