第24話 密談
夜も更け込み、人間たちがその日の活動の終わりを告げるように町中の明かりが消える。そしてその瞬間を待ち焦がれた静寂と暗闇が世界を覆う。そんな中で開拓者ギルドには明かりが灯っていた。
開拓者ギルドは基本いつでも空いている。そしてイリーナもまだ忙しく働いていた。
窓をノックする音でイリーナは手を止める。
イリーナは窓を開け、周りに気づかれぬように窓を叩いた者をすばやく部屋の中へ招き入れる。
そしてイリーナはその者に対し、深々と頭を下げた。
「シンシア様、わざわざ足をお運び頂くようなことをさせてしまい誠に申し訳ございません」
「よして下さい。頭を上げて下さい」
本来であるならば王族であるシンシアと平民のイリーナがこのように2人きりで会うことなど到底容認出来るようなものではない。身分から考えればイリーナはシンシアを見上げるような形でしか見ることが出来ない。
だがシンシアはそれを嫌った。可能な限り平民と同じ目線で立ちたい、触れ合いたいと願っていた。
よく言えば純情。しかし王族たる絶対者のわがままと言った方が的確なのかもしれない。
「それよりもラルフの件をもう少し詳しく教えて下さい」
イリーナからのメモを見た時からシンシアの頭の中はラルフの事で上の空だった。
「まずは…」
イリーナはラルフの過去の話を聞いた事をシンシアに告白した。
それを聞いたシンシアは俯くしかなかった。シンシアにとってラルフとの過去は楔となって彼女の心に突き刺さり、一生かかっても抜けることのない出来事なのだろう。
だからこそ必死に足掻くラルフが誰よりも輝いて見えるのかもしれない。
「ラルフ君は昼間の貴族、ロン様からの報復を恐れています」
「そんな…ラルフに非はありません。それに殴ったのは私です。報復を受けるなら私のはず」
「確かにシンシア様にも何かしらあるやもしれません。しかしそれは抗議程度で収まるでしょう。私は所詮平民ですので分かりかねますが、それでも第二階貴族が王族に弓を引くことなど出来ないはず。それよりもロン様はこのような事になってしまった怒りの矛先をラルフ君にぶつけるかもしれません」
シンシアは一度目を瞑る。そして見開く。
「それならば、私は王族の立場を使い、全力でラルフを守るまでです」
その時のシンシアの瞳は覚悟を秘めていた。
「そもそもなぜラルフ君にちょっかいを出したでしょう?なぜロン様は必要以上にラルフ君に手を出したのでしょう?私にはそれが不明です」
シンシアも一瞬考えこむような顔をしたがすぐに気付いた表情をし、顔をしかめた。
「私が原因かもしれません」
「シンシア様が?」
「先日、私の誕生パーティを開きました。その時にあのロン様がいました。ロン様は、はぐれ者に対する貶す言葉を吐いていました。私は感情を抑えようと努めたのですが、その対象がラルフの事だと確信した瞬間に我慢なりませんでした。それで彼に注意をしたのです。今思えばそれがラルフに手を出す原因になったに違いありません」
「そうだったのですか…」
シンシアは拳に力を込める。
「また…また私のせいでラルフが…」
シンシアは自分を責めた。
あの時軽く受け流せばこのような状況にならなかったのかもしれないと。
(どうして…どうしていつもこうなってしまうのでしょうか?やはり私はラルフと関わるべきではないのでしょうか?)
やりようのない思いは自分を責める事しかできなかった。握られた拳は小刻みに震えていた。
「シンシア様、無礼を承知の上で言わせて頂きますが、私はシンシア様の行動は正しかったと思います」
まったく反対の意見を述べるイリーナの言葉に思わず驚くシンシア。
「シンシア様は本当のラルフ君を知っていたから、それを貶すロン様を許せなかった。そうですよね?」
「はい…」
「だったら私はそれで間違いないと思います。シンシア様はラルフ君をバカにしようとするロン様を許せなかった。気高く生きる人間だと正したかった。それが不幸にも今回のような事件に繋がってしまった。そこまで予測することなど誰も出来ません」
「でも…」
「ラルフ君は言っていました。「助かった」って。彼はこの件に関してはシンシア様に感謝しています。この言葉に尽きると私は思います」
「イリーナさん…」
「シンシア様もラルフ君と同じようにまっすぐな方です。だからこそあの時黙っていることが出来なかった。黙っていてもきっとシンシア様は後悔したことでしょう。だからあの時シンシア様は然るべき行動を取ったのです。私はシンシア様がシンシアたる行動を取ったことに嬉しく思います」
「…ありがとうございます」
シンシアはその言葉に幾分か救われた気持ちになった。
「それに今はこの状況を憂うよりも今後どうするかを考えるべきかと」
シンシアは頷く。
「イリーナさんの仰る通りです。今後どうするかですね。とりあえずあの貴族のことは何とかします。だからラルフが国を出る必要なない旨を伝えましょう」
「…実は私もラルフ君にそう言ったのです。シンシア様が絶対にどうにかしてくれると。ですがラルフ君はこれから自分を襲う者はロン様だけではないと言っておりました。ラルフ君は今後貴族に目を付けられる事を懸念しているのです。似たような模倣犯が現れるだろうと言っていました。そのような事態に陥った時に今度は誰も手を出すことは出来ません」
イリーナは悔しそうな顔をしていた。
シンシアも同じ気持ちだった。
確かにロンは黙らせることが出来る。だがそれで終わりではない。同じような権力を持った貴族にほんの気まぐれで再び牙を向けられるかもしれないのだ。
そして名が知れた今は非常にその可能性が高い。ラルフはそこまで考えていた。自分たちよりもずっと俯瞰していたのだ。
シンシアは昨日ようやくラルフと対峙する事が出来た。ほんのわずかかもしれないが、溝を埋める事が出来たと感じていた。
しかしそのラルフは自分の知らないどこか遠くへと行ってしまう。
(ラルフはこの国を出る。そうなればもう二度と彼に会うことが出来ないかもしれません)
「ラルフ君には明日の朝ここに来るようにと告げております。後悔のなさらないようにしてください」
「分かりました…」
シンシアは突きつけられた現実を受け入れるようにゆっくりと頷いた。
シンシアは城に戻り、すぐに父である国王陛下のいる寝室へと歩いて行く。
「申し訳ありませんがお父様に話があります。通して下さい」
当然シンシアの行動に夜間警備の者たちは驚く。
「姫様、陛下はすでにお休みになられています」
「大事な話があるのです。通して下さい」
「ですが…」
有無を言わさずシンシアは寝室へと入ろうとする。
警護の者たちはこのような強引のシンシアの姿を見たことがなくたじろいでいる。
シンシアは構わずにドアを強くノックする。
「お父様!お父様!シンシアです」
「姫様…」
するとゆっくりとドアを開く。
「シンシア、どうした?こんな夜更けに」
「お父様、大事なお話がございます」
翌朝、ラルフはイリーナに言われた通りギルドへと足を運ぶ。ラルフは自分がギルドに入ろうとすることに違和感を覚えていた。なぜなら今までは無縁の場所で素通りしていたのだから。
開拓者となった今、たとえ用が無かろうとこの場所に寄る事が基本になるのだ。
自分は開拓者になった。その事実がラルフを恥ずかしい気分にさせた。
「おはよう。ラルフ…くん…よね?」
そこには徹夜明けなのか、背筋を伸ばすような格好のイリーナがこちらを確かめるように声を掛けてきた。
「お、おはようございます」
ラルフは慌ててフードを取り、頭を下げた。
「昨日の今日なので一応目立ちたくないので」
「そりゃそうよね。とりあえず中に入って」
ラルフはギルドの中へ入り、昨日手当てを受けた個室へと通される。
するとそこにはラルフと同じようにフードを被った者が1人立っていた。
「お前は!?」
フードを取り、ラルフに顔を晒す。その者はシンシアだった。
シンシアはラルフを見つめる。
ラルフは驚きの表情を浮かべている…しかし今までのようにシンシアに向かって敵意を向ける眼差しではない。
ラルフは視線をイリーナへと変える。
「あの…イリーナさん、これは一体?」
「シンシア様がね、ラルフ君に話があるそうよ。私も内容までは知らないわ」
そう言うとイリーナは視線をシンシアの方へと向ける。
それに倣うようにラルフもシンシアへと視線を戻す。
「なんだ?話って?」
再び視線を向けられたシンシアはまっすぐな目をラルフに向けて口を開く。
「この町を出るとイリーナさんからお聞きしましたが、それは本当なのでしょうか?」
ラルフはその事を知っているシンシアに少しばかり反応をする。
「…あぁ、俺はこの国を出るつもりだ」
「それならば……ラルフ…お願いです。私も一緒に連れて行って下さい!」
「なっ!?」
「えぇーーー!」
ラルフの驚きをかき消すようにイリーナの声が部屋中に響き渡った。
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