第21話 開拓者のラルフ
ラルフとシンシアはそれぞれ別の部屋に通される。
ラルフは傷の手当てを。シンシアは事情聴取をするために。
ギルドとしては今回の揉め事を黙認することは出来ないのだ。
開拓者通しの揉め事は日常茶飯事である。
一々介入するのはギルドとしては避けたいところだが、これも彼らの業務。成果物の奪い合いやパーティ同士の衝突などの仲裁によく入る。
今回の揉め事がロンとラルフだけなら介入するつもりなどなかった。ロンは開拓者であれど、ラルフは開拓者ではない。そうであれば衛兵に処理を任せればいいのだ。ギルドが介入する必要はない。
しかし、そういうわけには行かなかった。開拓者であるシンシアが絡んできた。おまけに彼女は王族である。
ギルドとしても事件の内容把握だけはしておかなければならない。そしてギルドが何ら関わっていない事を証明しなければならない。
そのため事情聴取は万全を期してギルド長が行った。なぜなら身に降りかかる火の粉を払うのは彼の専売特許である。
シンシアにはレオナルドを含む騎士団が数名付いていた。
シンシアは自分たちが居合わせた場面、ロンとその護衛がラルフの持ち物を無理やり剥ぎ取った場面の事から説明を始めた。
一方、ラルフの応対はイリーナが行っていた。
ガラスの破片が散らばる状態でロンに踏みつけられたので体中に傷がある。
イリーナは医者を呼び、ラルフの傷の具合を診てもらっていた。
「ひどいな、これは…」
医者は一つひとつラルフの体に突き刺さったガラスの破片を取り除いていく。一見取り除いたと思っても、小さな破片が傷の深い所へ入り込んでいた。
ラルフが傷の処置を施してもらう様子をイリーナはずっと申し訳無さそうに見つめていた。
(私がもっと早く止めに入っていれば)
目から自然と涙がこぼれていた。
「よし、こんなもんじゃろ。ガラスの破片は全て取り除いた」
するとイリーナがすぐに動いた。
別の職員に指示を出す。
「ポーションを!すぐに取ってきて!」
「はい!」
治療を受ける中で徐々に落ち着きを取り戻したラルフはここで初めて声を出した。
「そんな、イリーナさん。ポーションだなんて。それにこんな医者にも診てもらって」
しかしそれを聞いたイリーナが首を横に振る。
「これくらいは…これくらいはさせてちょうだい。あなたを守れなかった私のせめてもの罪滅ぼしをさせて」
「罪滅ぼしだなんて…イリーナさんは別に」
「お願い」
涙をこぼしながら懇願するようにラルフを見つめる。
「…ありがとう…ござい…ます」
その顔を見るとラルフは拒否出来なかった。
職員から受け取ったポーションを口にするラルフ。ポーションを使用するのはこれで二度目だ。どちらも自分で用意したものではない。人から与えられたものだ。
一度目は暴漢に襲われ意識が朦朧とする中でシンシアに与えられた。その時に比べれば今回は幾ばくかマシだ。
ポーションは少しだけ苦い味がした。体の中にポーションが行き渡ると同時にポーションは力を発揮する。
「これは…すごい」
ラルフ体中にあった擦り傷や切り傷のほとんどが治癒される。
「ポーション、ほんと、いつこの光景を見ても驚かされるな。いつか医者がいらなくなる日が来るかもな」
医者は頭を掻きながら答えた。
「そんなことありませんよ、ポーションが治せるのは傷だけです。病には効きません。それにすべての傷が治るわけじゃないですから」
イリーナの言う通り、ラルフの全ての傷が癒える事はなかった。傷が深い物は完全に治癒はされなかった。それでもポーションを使う前とは大違いだ。
医者はその残った傷に念のため化膿止めを塗り、包帯を巻いた。そしてラルフに注意した。
「お前さんに言うのは酷かもしれんが、傷の場所を不衛生にするな。そこから化膿するかもしれんからな。きれいな水場があったらしっかり洗え」
「…分かった、ありがとう」
手当を終えた医者はイリーナから治療費を受け取り、帰って行った。
ラルフはすぐに立ち上がり、イリーナに礼を述べる。
「イリーナさん、こんなに良くしてもらって…ありがとうございます」
「そんなこと気にしなくていいのよ。傷は大丈夫そう?」
「えぇ、もうバッチリです。ありがとうございます」
ラルフはイリーナに笑って応えた。
それを見たイリーナの心は幾分か救われた気持ちになり、イリーナもラルフへ笑い返した。
しかし、すぐにその笑みを真剣な表情へと切り替え、ラルフに謝罪する。
「ラルフ君…何も出来ずに…助けて上げる事が出来ずに本当にごめんなさい」
「そんな…」
ラルフはイリーナの申し訳無さそうな顔を見て、深くは分からないが、いろいろと事情があるのだろうと察した。
それに今になって冷静に考えれば貴族に楯突くなど無謀にも程がある。
ラルフ自身も躊躇してしまうし、無関係な人物ならそれこそ関わる事を拒絶する。
「俺は…こうやってイリーナさんが普通に接してくれるだけで十分です。だから気にしないで下さい。それにこんなに良くしてもらって…逆に感謝したいくらいです」
「ラルフ君…」
そこへちょうどドアをノックされる。
それを先ほどからイリーナと一緒に行動していた女性職員が応対し、何やら荷物を受け取る。
その職員はラルフのボロ袋を持っていた。
「俺の荷物!か、金は?」
イリーナは職員と目を合わす。そして職員は黙って頷いた。
イリーナはラルフの方へ視線を移す。
「ラルフ君。確認をお願い」
「はい…」
荷物を持った職員がラルフの前に移動する。
「ラルフさんでよろしいですね?」
「あっ…はい」
「先ほどの騒動であなたの所持品をこちらでお預かりさせて頂きました。それであなたのお荷物はこちらの袋、回復草が20本、そして容器のビンは割れてしまいましたが、その中に入っていたお金1001Jはラルフさんの所持品で間違いないでしょうか?」
「…はい、間違いなく俺の持ち物です」
するとイリーナは心配そうな顔をしてラルフに問う。
「大丈夫?お金は減っていない?必死に周囲を探したつもりなんだけど…」
「俺が持っていたお金は1001Jです。間違いありません。あの…ありがとうございます」
ラルフはイリーナに、そして職員に頭を下げた。
イリーナはその感謝の意を素直に受け止めたが、職員の方はそのラルフに少し驚いていた。
職員は、はぐれ者に対し、差別とは行かないまでも区別はしていた。
平気で嘘を付き、平気で人の物を奪う。
自分自身も昔絡まれた経験がある。
周囲に助けを求め、事なきを得たが、それ以降はぐれ者に対しては自分たちとは違う人種で関わるべきではないという認識をしていたから。
しかし目の前にいるラルフは違う。
してもらった事に素直に感謝の意を述べ、そして何よりお金を偽ることをしなかった。
職員に昔絡んだはぐれ者ならば、きっと所持していた金を偽り、「もっと多くの金を持っていた」と主張してくるはずだから。
(この人…ドブネズミと呼ばれるはぐれ者なのに…汚い恰好をしているのに…でも他のはぐれ者とは違う)
その反応にイリーナは気付いたのか職員に語る。
「ラルフ君は違うのよ。どこまでもまっすぐな人なのよ」
それを聞いた職員は大きく頷いた。
彼女もまたラルフによってはぐれ者に対しての偏見を見直さなければと自省した。
「それでラルフ君、どうする?」
ラルフは一度目を瞑りそして大きく息を吐いた。そして目を開けてイリーナにお願いをした。
「開拓者登録をお願いします!」
「かしこまりました」
イリーナは職員に予め用意させておいた書類を受け取り、必要事項をラルフの代わりに記入する。名前や年齢、性別や出身国などの簡単な内容である。
ちなみにラルフは、文字は読めるが書くのは自信がない。そのためイリーナが代わりに記入した。
しかし、名前だけはラルフ自身に書かせた。汚くなってしまったが、ゆっくりと丁寧に書いた。
「よし、これでいいわ。ラルフ君、右手を出して」
ラルフは言われた通り右手を差し出す。
「この書類に血判を押したいの。右手の人差し指にちょっと針を指すけどいい?」
「はい、大丈夫です」
イリーナは専用機器で針を指す。少しだけ人差し指が痛む。指には赤い血がほんのりと出ていた。
ラルフはそれで書類に血判を押した。
イリーナは職員に書類を渡す。
職員はラルフのお金と書類を持って部屋を出るがすぐに戻って来た。
イリーナは職員が持ち帰った物を受け取り、そしてラルフの目の前へ置いた。
「ラルフ君、これがあなたの開拓者の登録証よ。これで今日からあなたは開拓者です」
ラルフはその言葉に反応せず、黙って机から登録証であるカードを両手で手に取る。
カードを持つ両手は震え、ラルフの目には涙が浮かぶ。
「やっと…やっと…俺は…」
「よく頑張ったわね」
イリーナはラルフを優しく抱きしめた。
ラルフはこらえきれずに泣いていた。
これまでの人生、ラルフは何度も涙を流した。
しかしそれは負の感情がもたらした涙であり、嬉しい感情に押し出されて涙を流すのはこの日が初めてのことであった。
8年前の8歳の時に母を失い、そこから1人で生き延びて来たラルフ。
母に恥じぬよう前を向き、ひたすら歩み続けた道のりは決して楽なものではなかった。
しかし、今日、やっとその成果が形となって現れた。
この瞬間を持って、ドブネズミと呼ばれたラルフは「開拓者のラルフ」となった。
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