第11話 アンダーグラウンド

「あ~、いらっしゃ…!」


 気だるそうに挨拶をする店主。しかし、この国の王女が入って来たことに驚きを隠せない。すぐさまシンシアに駆け寄る。


「あの…一体何のご用でしょうか?」


 店主は心の底からそう思った。なぜならこの国の王女がこのような店に足を運ぶのか理解出来なかったから。


「お聞きしたいことがあります。このお店は開拓者でない者たちの魔界探索の成果物の買取りを行っているのは本当ですか?」

「えぇ、そうですが…」


 店主は別にやましいことをしているわけではないが、答えに詰まってしまう。シンシアのような常に陽の当たる場所にいるような存在がなぜアンダーグランドの世界を覗きに来ているかと。


「どんな成果物がここで売られるのですか?」

「それはギルドの成果物と同じですよ。ただこちらの店への持ち込まれる物は安物ばかりですがね。ちょうど良かった。先ほどポーションの原料となる回復草を売りに来た奴がいるんです」


 シンシアは「先ほど」という言葉に反応する。間違いなくラルフの事である。シンシアはラルフが実際に持ち込んだ成果物に興味があった。

「状態のいい回復草でしょ?」


 シンシアは回復草を見て安堵する。それは魔物を倒した素材でなかったからだ。先ほどのラルフの身なりからすればとてもじゃないが魔物と渡り合える装備とは言えないからだ。


(ラルフ…焦って無謀な事はしていないようですね)


「普通、ここに持ち込まれる成果物はあまり状態が芳しくないんです。何でも持ってこればいいと考えている連中ばかりでね。まぁ裏を返せばみんな生きるのに必死だってことです。開拓者でない奴も売りに来ますが、開拓者の奴も売りに来ます。そういった場合は決まってギルドで買い取ってもらえないと判断した物ばかりですがね。ここに来る連中はそんな連中ばかりなんです」


「生きるのに必死」…シンシアにとって一番無縁と言える言葉であった。


「まぁこのように状態がいい物が持ち込まれるのは稀です。これならギルドは喜んで買取ってくれる。まぁ先ほどこれを売りに来た奴は貴族や普通の平民たちが毛嫌いするほど身なりが汚い奴ですがね。でもあいつは仕事だけはきっちりこなしやがる」


 口は悪いが店主が誠実に仕事をこなしているラルフを認めていることにシンシアは嬉しくなる。だが素直にその感情を表に出すことは出来ない。

 この国にはラルフに限らずその日生きるための金を稼ぐために奔走している者たちがたくさんいるのだ。嬉しい感情はすぐに憂う感情へと変わって行く。


「それで、買取り額はどのような値段なのですか?」


 店主の表情がまるで「教えたくない」言わんばかりに曇る。


「大丈夫です、それを聞いたところで私は別にあなたをどうしようということはありません。ただ知りたいのです」


 シンシアの懇願されるような目に店主は重い口を開く。


「ギルドでは薬草10束10Jで買取りをしていると思いますが、ここでは10束3Jです。それはこのような良好な状態での買取り金額です。状態が悪ければ下がります」

「えっと…」


 シンシアはギルドの買取りで聞いた話を思い出す。そしてすぐに驚きの表情をし、声を漏らす。


「ギルドの1/3以下の値段ではないですか!?」

「はい、その通りです」

「それでこの回復草はどうするのですか?」


「そして私はこれをギルドに5Jで売ります。私の儲けは2Jです。ですが先ほど言った通り、この店には買取るのが難しいような物がたくさん持ち込まれます。そしてそれを持ち込むのは食べる物にも困っているような奴らばかりです。私はそういう連中に雀の涙ほどですが、値段をつけて買取りを行っています。何とか都合をつけながら経営しているのが現状です」


 シンシアは買取り額がギルドの1/3以下と聞き、一瞬この店主は私腹を肥やしているのかという考えがよぎった。何もしないと言ったが、場合によっては忠告しなければならないと考えていたがそれは思い過ごしだった。ここ店主は逆に貧しい者たちに手を差し伸べようと奮闘していたのだ。少ない利益の中からそれを使って弱者を助けようとしているのだ。頭が下がる思いである。

 逆にギルドは本来開拓者から買取る半額の値段で成果物を手に入れることが出来ているのだ。先ほどギルド職員のイリーナと話をした時、言いにくそうな顔をしていたのを思い出す。そして出来る事ならば全ての者から成果物を買取りしたいとも言っていた。


(おそらくあのイリーナという職員もこのような現実を知っているのでしょう)


 表があれば裏がある。

 光があれば影がある。

 シンシアは民衆の前で笑顔を振りまいているだけでは決して見ることが出来ない本当の現実を目の当たりにしたのだった。


「あの…これから私が持ち込む成果物もこちらで買い取ってもらえますか?」

「そんな事をすれば買取り額はグッと下がりますよ?」

「構いません。私が売った成果物で得た利益を貧しい者たちへ還元してあげて下さい」

「姫様!」

「レオナルド、別に騎士団の成果物をこのお店に持ち込むのではありません。あくまでも私個人の成果物です。それだったら問題ないのでは?」

「ですが…」

「申し訳ないのですが…そのご提案はお断りさせて頂きます」


 レオナルドがシンシアを説得する前に店主がシンシアの提案を断った。


「差し出がましいことを言うようですが、シンシア様のお考えは木を見て森を見ずという感じがします」

「…なぜでしょうか?」

「確かにシンシア様の成果物なら良質でそして他の者が持ってこないような高価なものでしょう。その利益でここに来る連中の買取り額を増やしてあげられるかもしれません」

「でしたら——」

「——ですが、ギルドは不審に思うでしょう。なぜこのような店に高価な成果物が持ち込まれるのか私に問いただすでしょう。蓋を開けてみればこの国の王女がギルドを避けてこんな怪しい店に売りに来ている。ギルドはこの状態を良しとしないでしょう。そして世間も」

「私は別に騒ぎを起こすつもりは」

「人というのは時に感情が先走ります。そしてあらぬ疑いを生み、それに翻弄される。そんな生き物なのです。ギルドは私の店を潰すような手段を取って来るでしょう。何、簡単なことです。私の店から買取りしなければいいだけですから。それであっという間に店をたたまなければなりません。そうすればここに成果物を持ち込んでいる連中はもっと質の悪い店に行かねばならなくなり、生活は今よりも困窮してしまいます」


 木を見て森を見ず…シンシアは店主の説明に納得した。

 貧しい者たちのため、ひいてはラルフのために。

 そう考えたものの、逆に足を引っ張りかねない事にしようとしていたのだ。


「店主の言う通りです。先走った事を言ってしまいました。申し訳ありません」

「いえいえ、そんな………それよりもシンシア様はこれまで通り、騎士団として活躍し、ギルドによりたくさんの成果物を持ち込んで下さい。そしてこの国を少しでも豊かして下さい。それが何よりの解決方法です」


 店主に間違いを指摘されるだけでなく、心配まで掛けさせてしまったシンシア。気持ちを入れ直す。


「はい、ありがとうございます」


 シンシアは店主に頭を下げ、店を後にする。

 去り際、レオナルドも店主に頭を下げた。


「店主、助かった。感謝する」

「いえ、この国のために頑張って下さい」


 店を出たシンシアはまたラルフのことを考えていた。1000J貯めることがいかに大変なことなのかを。


(ラルフ、頑張って下さい。私も頑張りますから)


 シンシアは強い眼差しで空を見上げた。

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