038話 死神少女は死にたがる
ロリーナを仲間に加えた後、いったん俺たちは宿に戻った。
ラミリィが、ロリーナの汚れを落とすと言って聞かなかったからだ。
まあその話が無くても、宿に戻って今後の相談をするつもりではあったのだが。
ラミリィとロリーナは二人で湯浴みに行った。
その間、俺は部屋で二人が戻ってくるのをのんびりと待っていた。
魔族や魔物と一緒に。
「しっかしよぉー、魔物だって
ディーピーは先程の冒険者ギルドでのやり取りに大層ご立腹だ。
「しかたないよ。神聖教団の教えだと、”天啓”を持っているものだけが人類って扱いだからね」
”天啓”は、神が人類に与えたものだと言われている。
辺境のサイフォリアでは滅多に見かけないが、世界には様々な種族がいる。
外見も文化も違うので、どうしても差別や偏見からの争いは起きる。
それでも人類という大きな枠組みの中で各種族がそれなりにうまくやれているのは、その誰もが”天啓”を授かるから。
同じ神の祝福を得た、兄弟姉妹というわけだ。
そして魔族だけは、”天啓”スキルを持たない。
だから、魔族は神の敵であり、人類の敵であるというのが、神聖教団の教えだ。
「メルからしたら、その天啓ってのが
魔族のメルカディアが、俺の横でせんべいを食べながら興味なさそうに言った。
そういえば母性派魔族のマーナリアも、天啓の話をしたときに不思議そうにしていたな。
「魔族から見ると、”天啓”って変なのか?」
だが俺が話に食いつくと、メルは愉快そうに笑う。
「プークスクス。魔族と人間は敵同士なんだよ? クソ人間に教えてあげるわけないじゃん! どう? 怒った? 怒った?」
敵同士なら俺の横でリラックスしながらせんべいを食べるな。
「怒りよりも呆れてるよ。またお仕置きされたいのか?」
「お仕置き……ごくり」
あっこれ、お仕置きされたいやつだ。
だがもしロリーナが帰ってきて、俺が少女のお尻をペンペンしているところを目撃したら、たぶん印象が最悪になると思う。
メスガキ魔族へのお仕置きを止めておいたところで、ノックの音が響いた。
俺の返事を待つことなく、ラミリィは意気揚々と扉を開けて部屋に入る。
「戻りました! それよりもカイさん、見てくださいよ、これ! ほら、ロリーナさん、恥ずかしがってないで、入ってくださいよ!」
ラミリィが手招きすると、おずおずとロリーナも入ってきた。
その姿に驚いた。
綺麗な人形のような美少女がそこにいたからだ。
くすんで灰色だった髪は、いまは銀色に輝いている。
リボンやフリルで飾られた服を着ていると、貴族の子供ではないかと錯覚する。
幼いながらも端正な顔立ちもあいまって、ロリーナからは気品が感じられた。
メルカディアが子供のあどけなさなら、ロリーナには宗教絵画のような神秘さがあった。
「やっぱり思った通りですよ、これがロリーナさんのポテンシャルです!」
「ラミリィ、何度も繰り返しておるが、妾はこの服に何かあっても弁償はできぬからな?」
「いいんですよ! あたしが好きでやってることですから!」
ロリーナ本人よりも、ラミリィのほうが嬉しそうだった。
そのロリーナはどこか申し訳無さそうにしているのが、少しだけ気になった。
ラミリィの興奮がおさまったあたりで、俺は本題の話を切り出した。
冒険者が新たにメンバーを加えたときに最初にやることは、ひとつ。
互いの”天啓”スキルを確認し、何が出来るかを考えることだ。
ボロボロの服を着て各地を転々とする境遇のロリーナは、きっと俺たちと同じように何らかの不遇な事情があるのだろう。
俺のように天啓がハズレスキルだったりとか、あるいはラミリィのように天啓と本人の素質がまるで食い違っていたりだとか。
俺はロリーナがどんな”天啓”スキルだろうと、驚かないつもりでいた。
それでも、ロリーナの言葉には驚かずにはいられなかった。
「妾には、天啓スキルとやらはないぞ」
ロリーナには”天啓”スキルが無いというのだ。
そんなことがありえるのだろうか。
”天啓”スキルは神から人類に平等に与えられる。
それを授かっていないとなると、ロリーナの正体は──
「ま、魔族……?!」
言ってから、しまったと口を押さえる。
他人を魔族呼ばわりするのは、最大級の侮辱だ。
相手の人間性さえも認めないレベルの失礼な発言であり、「お前は魔族だ」などと罵倒された場合は、名誉回復のための決闘が無条件で認められるほどだ。
だがロリーナは俺の発言を聞いても、あっけらかんとしていた。
「構わん。そういう反応になると思っておった。妾が信用できぬのなら、パーティーに加わるという話も無しにしてよいぞ。じゃが、教団に突き出すのだけは勘弁してもらいたい。火あぶりにされるのは
「そんなこと、するわけないじゃないですか!」
動揺しすぎて、ラミリィのフォローのほうが早かった。
ラミリィはロリーナが魔族だろうと構わないという気持ちなのだろう。
だが俺は違った。
このロリーナという少女が、魔族のはずがないのだ。
気配や雰囲気で分かる。
ロリーナは、普通の人間だ。
「なあ、メルカディア。お前から見たらどうなんだ? ロリーナは、魔族なのか?」
自分の出した結論が信じられず、魔族のメルカディアに助けを求めてしまった。
退屈そうに俺たちを見ていたメルカディアだったが、俺の話を聞くと、今までにないぐらいに不機嫌そうな声になった。
「これまでで一番最低な発言ね。この少女が魔族? バカにしないでくれる? どう見ても非力な人間じゃない。ふんっ。まさかここまで不愉快なことを言われるとは思わなかったわ」
裏付けは取れた。
ならば、俺は間違っていない。
間違っているのは、神のほうだ。
「ロリーナ、すまなかった。せっかく勇気を出して教えてくれたのに、魔族だなんて言ってしまって」
俺はロリーナに頭を下げた。
”天啓”の無い人間がいたら、噂にならないはずがない。
だというのに、そんな話は聞いたことがない。
だから、”天啓”が無いというのはロリーナの最大の秘密。
ロリーナは俺たちに隠してきた秘密を明かしてくれたのだ。
適当なハズレスキルを言っておけばそれで誤魔化せたはずなのに。
「やれやれ、お人好しな連中じゃな」
「俺だって、もしもメルカディアと同類扱いされたら嫌な気分になる。そんなことを、俺は君に言ってしまったんだ」
「はぁ!? ちょっと何なのよ、クソ人間! メルをなんだと思ってるの!」
何って、お前は魔族だ(罵倒)。
「ともかく事情は分かったよ。そこまで話してくれたなら、俺たちのことも話しておこう」
魔族の抗議を無視して、俺はロリーナに全てを話した。
ある意味では、俺たちの相性は最高だ。
”天啓”スキルが無いロリーナは、それがバレたら神聖教団に魔族扱いされる。
魔族から教わった<魔法闘気>で戦う俺たちも、バレたら神聖教団に異端扱いされる。
俺たちは隠したいものが一緒なんだ。
なんとなく、ロリーナとは上手くやれそうな気がしてきた。
「じゃあ次はパーティー内での役割分担を考えるか。ロリーナは何かやれそうなポジションはあるか?」
ロリーナはその白くて細い、ガラス細工のように儚げな手を胸に当てて言った。
「そうじゃな。
一同が一斉にロリーナを見る。
吹けば飛びそうなその体で、一体どうやって
何か特別なスキルでもあるのだろうかと期待した俺だったが、すぐに落胆する。
ロリーナは、全くの無策だったのだ。
「妾の命なんて、
破滅願望でもあるのではないかと疑うほどに、ロリーナは投げやりに言った。
前言撤回。
本当にロリーナと上手くやれるか、いきなり不安になってきた。
この少女、かなり闇が深そうだ。
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